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33榛色

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「パーティーはお楽しみいただいておりますか?」

 やってきたのはこの夜会の主催者、ヴォーク伯爵。先代王、つまりルイス王子の祖父の友人であり忠実な家臣だった人物だ。
 年齢は七十間近でブロンドの髪や髭はすっかり白くなったが、紳士然とした立ち居振る舞いや年齢を重ねた思慮深さがある反面、ユーモアも持ち合わせているため、未だにご婦人方からの人気は高い。
 長年連れ添った夫人とそろそろ隠居を考えているらしい。

「先程から女性方がお二人が気になって仕方がない様子。私がお節介を焼きに参りました」

とダンスが始まったホールに視線をやる。

「そういうお節介は歓迎ですよ」とルイス王子が柔和に微笑み応じると、「さあ、仕事だ」とジークヴァルトに目配せし、女性たちが集まる場に近づいていった。

 女性たちが華麗な扇子越しに微笑み浮き足立つのがわかる。
 ジークヴァルトはこちらに視線をくれる女性に気づくと、歩み寄った。

「ハストン伯爵夫人、お久しぶりです」

「あら、ジークヴァルト様」

 淑女のダンスの相手をするのは夜会に招かれた青年貴族のマナー。軽く頭を下げ「一曲お相手いただけますか」と声をかけ手を差し出す。

「喜んで」

 その手を取り腰に手を添えて流れる曲にのって踊ると、夫人の美しく結われた茶色の髪を飾る髪飾りの宝石がキラキラと輝く。

(エマに似た髪の色だな…いや、彼女はもっと明るいはしばみ色だったか…。)

 背の高さもエマと似ていて「彼女と踊ればこんな感じか…」とふと思った。

「周りに気づいていらして?
貴方と踊りたいお嬢様方がそわそわしていたのよ。まだ婚約者もつくらずにいるのはそれを楽しんでいらっしゃるのかしら?
でも、そのおかげでこうしてファーストダンスが踊れるのだけれど。ふふふ」

「世継ぎの王子のご婚約がまだなのに、私が先に片付くわけにはいかないでしょう」

「マリアンヌ嬢ね。まだ正式なご婚約者ではないけれど皆は相応に扱うでしょ?
だから、とても気取っていらして。
なんというか…もう少し控えめにされていた方が…ねえ」

 含んだ物言いは、マリアンヌ嬢と会ったことのあるジークヴァルトなら言わなくても分かるだろうとあんに言っている。

 つまりは品が無いということだ。
 周りがもてはやすと自分の振る舞いが正しいと勘違いする。染み付いた地が出ても気づきもしない。
 だが、正しく教育をされた者なら本来の環境を離れたとしても剥がれるようなものなどない。

 そういえば……エマが公爵家へきた時。
 出された紅茶を一口飲んだ後、背筋をスッと伸ばし顔を真っ直ぐあげたエマは茶会に招かれた令嬢のように気品が漂っていた。
 エマが着ていた質素な服にひどく違和感があり、令嬢が身分を隠すためにあえてそうしているような、隠しきれない品があった。

「ジークヴァルト様、それよりも最近新しい庭園が出来たのですって。今の季節珍しい花々もたくさん咲いているのだとか」

「それは興味深いですね。ですが貴女をお誘いすると伯爵に嫉妬されてしまう」

「まさか。貴族の結婚は『家』のため。お互いは自由でしょ?」

「なるほど、そうでもありますね」

「まあ、つれないわ。貴方が誘いたいと思うようなお嬢様がいたら是非お会いしてみたいものだわ」

 ジークヴァルトの胸元を見ていた夫人が、そう言って上目遣いに見上げた瞳の色は、碧だった。

 曲が終わりお互い一礼すると、ジークヴァルトを見つめて妖艶に微笑み背を向け去っていった。
 その後ろ姿に、エマの瞳は髪と同じ榛色だった…とまたなんとなしに頭の片隅で思う。

ーーーエマのことを誤解していたのか?

 先程呟いた自分の言葉が、まるで耳元で誰かに言われたように聞こえた。

 はっとして横を見たがそんなはずはない。
 視線の先にはダンスの順番待ちの女性たちが遠巻きに数人固まっているだけだった。

 ジークヴァルトは見た目は冷たいイメージを持たれ、実際怜悧冷静であるが冷血な人間ではない。
 いたって常識のある青年貴族だ。夜会の雰囲気を壊さないよう一人一人丁寧にダンスの相手をした。

 だが、その合間にまた

ーーーエマのことを…誤解していた……

と自分の言葉が頭の中で明滅する。

 そして、ジークヴァルトと同じく入れ替わり立ち替わり違う女性たちと踊るルイス王子の姿が視界に入るたび、

ーーー君はどうして彼女のことをそう悪者にしようとするのかな。
ーーーあのお方は何か事情がお有りになるのではと存じます。多分本来は下町でお暮らしになるような方ではないでしょう。

とルイス王子や執事長ジェームズとの会話が脳裏に浮かぶ。

 ジークヴァルトは順番待ちの最後の女性とのダンスを終え、お互い一礼して顔をあげた。
 女性が嬉しそうにはにかみながら微笑んだ瞳は…、エマと同じ榛色。

 女性の背を見送っていたジークヴァルトは頬に火照ほてりを感じた。
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