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31謝罪

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 どんな顔をしてダイニングへ戻ればいいのか分からない。

 エマはこのまま外へ飛び出して行きたかった。勝手口の扉はダイニングから丸見えだが飛び出すのは一瞬だ。
 でも、彼らを放ってそんな無礼なこと出来ない。そう分かっているけれど、この動揺を隠すことなど到底出来そうになかった。
 
 エマの足が勝手口に向きかけた時、店のほうからスーラと客の切羽詰まった声が聞こえてきた。
 相手は常連の老婆のようだ。ひどく慌てた声でただパンを買いにきている様子ではない。

 たった今までの動揺がスーラへの心配に塗り変わり、エマはダイニングを走り抜け店へと通じるドアノブに手をかけた。
 開けた先には近所の八百屋の老婆をなだめるようにその背に手をのせるスーラ、そして作業場から出てきたロジがいた。

「エマちゃん!お願いだよっ」

 老婆はエマの姿を見るなりカウンターへ駆け寄ってきた。
 スーラは「お婆ちゃん、落ち着いてっ」というが老婆は、お願いだよと泣くばかりだ。

「スーラさん、何があったんですか?」

 スーラは開けっ放しのドアからダイニングにいるルイス王子とジークヴァルトを気にする仕草を見せたので、エマは右耳をスーラへ寄せた。

「孫のサラちゃんが遊んでた木箱から落ちて怪我をしたらしくて、血が止まらないって。
慌てて行った近所の薬草屋が休みだったから気が動転したみたいで。膝の薬をつくれるエマならと思って駆け込んで来たらしいんだよ。
いまはお爺ちゃん一人で布を当ててサラちゃんを見てるって」

 エマは事情を聞くや否や「すぐに戻ります」と言うとダイニングを通りリビング横の階段を駆け上がった。そして、二階の部屋から薬箱を引っ掴むとダダダダっと階段を駆け下りた。
 駆け下りた先でルイス王子たちにやっと気づくと、勢いよく頭を下げた。

「き、急用でっ、席を外してもよろしいでしょうかっ」

 あっけに取られていたルイス王子だったが「ああ、構わない」と理由も聞かず許可してくれた。

「ありがとうございます」

 ほっと安心して礼を言い頭を上げるとジークヴァルトと目が合った。エマは再び頭を下げた。

「失礼…いたします。申し訳ございませんでした」

 気まずくてとてもじゃないが顔を見られない。声も掠れてうまく声がでない。
 俯き加減におずおずと二人の前を通り過ぎた。

 急用なのは嘘ではないが、きっと、ジークヴァルトからはここから逃げる口実に見えるだろう。
 実際スーラたちの騒ぎに気づく前はここから逃げ出したいって思っていたのは本当だ。

 ドアを閉める間際もう一度「本当に申し訳ございません」と言って深々と頭を下げた。


✳︎
 老婆の孫娘サラは幼稚園児ほどの歳で、幸い怪我は大したことはなかった。

 額を切って血が多めに出たので顔や服を濡らし老婆が動転したのだ。
 むしろ、エマが駆けつけた時に、泣く孫を抱き顔面蒼白で座り込んでる老婆の夫の方が心配になった。
 実際エマが来るまで数分程度だったが、血を流す孫を抱く老人にとって果てしなく長く感じただろう。

 サラの手当てはあっという間に終わった。
 エマは小一時間ほど老婆やサラの話に付き合い八百屋を後にした。
 店の近くまで戻ると、窓からエマの姿を見つけたスーラがドアを開けて迎えてくれた。

「エマ、ご苦労さま。どうだった?」

「大丈夫です。眉の上が少し切れていただけでした。血が顔や服に流れたのでびっくりしたそうで」

「そうかい、それは良かった。血相変えて飛び込んできたときは何が起こったのかと思ったよ」

「あの、あの方たちは…」

 エマはダイニングへ続くドアをちらりと伺う。

「もう帰られたよ。エマが行ってしばらくしたらね。
また来るって仰ってたよ。あの方たちも熱心にエマに会いにくるねぇ」

「私に会いに?まさか、町の様子を見に来るのにちょうどいい休憩場所だと思われているだけですよ」

「そんなわけないよ。こんな熱心に来ておいて。王宮警備隊で貴族のご次男やご三男ならお付き合いするのに、」

 俯き加減に卑屈に微笑えむエマに気づかないスーラはエマの言葉を否定するが、エマは「荷物を置いたら店番変わりますね」とスーラを遮りダイニングへ続くドアを開ける。

 テーブルはきれいに片付けられてあった。スーラがやってくれたのだろう。
 ほんの一時間ほど前にルイス王子とジークヴァルトがそこに座っていたあとはもう何も無かった。
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