【完結】恋につける薬は、なし

ちよのまつこ

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28もこもこ草

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 ルーの問いかけにとっさにうまく返せないと思ったエマは慌ただしく席を立った。

 帰る道すがら、エマは公爵家を思い返していた。何度思い出しても、懐かしい祖父の屋敷の風景と重なる。
 ルーの話から、この国は英国と何か関わりがあるように思う。それなら、貴族に近づけばもっと英国との接点を見つけられて元の世界との繋がりが…と思いかけるが、

「いやいや、今度こそもう次はない。あれでおしまい。向こうも聞きたいこともないだろうし。もう本当に忘れよ。忘れなきゃ」

と首を振りきっぱりと否定する。

 そんなことより、今はこの植物だ。ルーに布をかけてもらった鉢植えを腕に抱き、もこもこした葉っぱをポムポムと撫ぜた。

 その夜、二階の部屋でエマは鉢植えと向き合った。

 薬草とは、この世の全ての植物のこと。植物に無益なものなど一枝一草もないのだから。
 だから魔女エマの『力』はこの世界全ての植物に及ぶ。

 両手でもこもこと縮れた葉っぱを撫ぜながら、魔女の力ーーールーンを紡ぐ。

 葉っぱから拙いルーンがたどたどしく紡がれてくる。幼い子どものような、見た目と同じ可愛らしいルーンが紡がれる。
 ルーの元に来た時はほんの小さな苗木だった。いまは元気よく育っているが、それでもまだ両手で包み込めてしまう大きさだ。
 エマは小さな子どもの話を聞くように、根気よく耳を傾けた。

 分かったことは、辺境の地でひっそりと自生していたこと。そして、その地の土着信仰で巫女がトランス状態になって神のお告げをきく儀式に使われていた。神聖な植物として名前はえて付けられていない。
 それに、次から次へと挿し木で大量に栽培され、少し育てば売られているということも分かった。
 種から育てるよりずっと効率がいい。明らかに金銭を稼ぐために生産・・されている。

 肝心の毒性は、ルーの言う通り軽い幻覚作用程度のようだ。それに幻覚作用があるのは若木の柔らかい葉だけ。数年に一度花が咲き、木が1メートル程の高さに成長すると毒性は無くなる。
 副作用は頭痛。神経痛の偏頭痛を起こすからと分かった。吐き気が伴うのはお互いの神経が近くにあるためだ。幸いなことに、今の技術ではこの副作用を取り除くことはできそうにない。
 でも、もしこの副作用を取り除き常習してしまったら幻覚で脳が混乱し、やがて精神を病んでしまう危険性がある。
 そして、エマなら人を廃人にしてしまう完璧な薬を作れると考えゾッとした。

 この可愛らしい植物は、金銭のためだけに生産される植物と成り果ててしまっていた。

(辺境の地で神聖なものとしてひっそりと自生していたのに。誰がこんな酷いことを…)



 翌日、このことをルーに報告し、ロイに相談することにした。
 意外にもロイが「ああ、そうだったんだ!」と何やら納得したのでエマはぎょっとなった。

「まさか…ロイさん?」

 ロイは手を振り、

「違う、違う。最近庁舎でもたまに体調不良で休む若い奴らがいるから、その理由がコレかも知れないと思ったからさ」

と慌てて否定する。

「エマ、君の心配は分かるけどコレにこれ以上関わらない方がいい。
こういう物を売って商売をする奴らがまともなはずがない。とても危険だ。
それに多分、国の上層部の方々の耳にも入っていると思う。民に紛れて情報を集める特別な者たちもいるからね」

「国の上層部って、王子様や宰相補佐様ももう知って?情報を集める人たち……そんな人たちがいるんですね?」

 エマは驚きながらロイがどうしてそんなことを知っているのか不思議に思った。
 ロイが国の中枢に関わっていく一級公務員だからということはエマはまだ知らない。

「もう少し様子をみよう。庁舎でも気を配って見ておくよ。
だからエマも薬草屋のルーに直接調べようとしないように言っておいてくれ」

 ロイの提案でこの件は様子見ということになり、ルーから預かったもこもこ草(エマが勝手に命名)はそのまま持っていることになった。


✳︎
 それから一週間が何事もなく過ぎた。

 魔女の手ずから世話をされるようになった、もこもこ草は今日も元気に青々とした葉っぱを繁らせている。
 エマはこんもりともこもこした葉っぱをポムポムと撫ぜて部屋を出た。

 そして、ちょうどお昼時。

「絶妙~超絶絶妙な焼き加減~」

「今日のお昼は何を作ってくれたんだい?」

「お疲れさまです!パングラタンです。ちょうど焼けたので、熱々をどうぞ。ロジさんも呼んできますね」

 エプロンを取って、工房にロジを呼びに行こうとしたとき、表で馬の蹄の音が聞こえた。店の前で止まったようだ。

 何だろうとスーラと顔を見合わせていると、ドアがコンコンコン!とリズムよくノックされた。
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