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26老執事

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「あーあ、帰ってしまった」

 ルイス王子がつまらなさそうにため息をつく。

「俺はお前が分からん。大叔母に引き取られるまで面識はなく、素性も知らない?お前はそんな話を信じるのか?」

 ジークヴァルトは馬鹿馬鹿しいと言い捨てソファにどかりと腰を下ろす。

「君にあんな冷たく言われれば誰だって動揺するよ!かわいそうに。
僕にはそんな悪い子に見えないけどな」

「マリアンヌ嬢の方がまだ扱いやすい」

「うわ、君って趣味が悪いねぇ」

 言わんとすることにあえて気づかない振りをするルイス王子をジークヴァルトは冷めた目で一瞥すると、腕を組み声は一段と低くなる。

「違う。心の卑しさが見た目に分かりやすいほうがマシだということだ。
お前も見ていただろう。あの娘、入ってすぐに部屋中を見回していた。おおかた値踏みをしていたのだろう。だが、我々に気づくと無害で無力な市井の娘の皮を被った。全て丸見えだ。浅はかな」

 どうあってもエマを悪く解釈するジークヴァルトの頑なさにルイス王子はお手上げだと首を振る。

「値踏みって、君はどうして彼女のことをそう悪者にしようとするのかな。お前はどう思う?彼女のこと」

 ルイス王子がおもむろに話を振ったのは、側に控えていた老執事にだ。
 老執事、ジェームズは動じることなく「そうでございますねえ」と応じると柔和な笑みを浮かべ、

「あのお方は何か事情がお有りになるのではと存じます。多分本来は下町でお暮らしになるような方ではないでしょう」

とだけ答えた。

 ジェームズはジークヴァルトの祖父の代から公爵家の執事長をし、使用人全てをまとめるに相応しく堂々として品がある。
 ジークヴァルトの幼少期から教育にあたった一人でもある。

 そのジェームズが、ただそう答えただけなのだが明らかにルイス王子に賛同しているようにジークヴァルトには聞こえた。
 主人であるジークヴァルトがエマに対して否定的な感情を持っていると分かっているにもかかわらずだ。

 多くの使用人をまとめる執事長として、人を見る目はジークヴァルト自身まだまだ及ばないと常々思っている。
 だが、エマについてだけはこの場だけのやり取りで何がわかるのかと反発心がわく。

「外見や身についたマナーや頭の良さが内面の良さと比例するとは限らない。
現に内面に難があっても教養やマナーが一流な女性はこの貴族社会にもたくさんいる。
あの娘は貴族の出だろう。あんな平民はいないからな。自国で没落し、この国の平民のふりをして成り上がる機会を狙っているのだろうよ。身一つでここまで来たんだどんなことをやってきたのやら」

と最後は嘲笑するジークヴァルトに、ジェームズが「左様でございますね」と静かに同意する。
 しかし、ティーカップを手に取ったジークヴァルトには、分かっていない子供を見るような困った顔をしたジェームズの表情は見えていない。

 ジークヴァルトはソファの背もたれから背を浮かし、ルイス王子を覗き込む。

「お前はなぜあの娘にかまう?本気で側室にでもする気か?そんなことをすればあの娘の思うつぼだぞ」

「側室なんてありえない。それはないって前にも言っただろ?彼女は謎な部分が多すぎて面白いじゃないか」

とあくまで遊びのようなものだとでも言うようだ。

 ジークヴァルトはソファに勢いよく背を戻しフンと鼻を鳴らす。

「勝手にしろ」

「ああ勝手にするよ。……その代わり、後からかまいたくなっても知らないからね」

「それは、絶対ない」

 ジークヴァルトが手で払うような仕草をしてそう言うと、

「ふーん、『絶対』ね」

とルイス王子がもう一度念を押した。

 そして、その二人を見て老執事は小さくため息をついた。
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