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24公爵家の応接間
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エマは唾をゴクリと飲み込み、部屋の中へと足を踏み入た。そして、ゆっくりと顔を上げる。
途端、目の前に広がる部屋の様子が目に飛び込み、驚きに立ち尽くしてしまった。
目を見張り息を飲んだ。
何故ならそこはーーー
母方の祖父が所有していた英国の邸宅と同じ様式美に溢れていたから。
そこはエマにとって懐かしい場所だった。
エマの母親は英国人で、実家は古くから続く貴族の称号を持っている。
母自身は英国で日本人の父と知り合い結婚し、日本で一般市民として暮らしている。
だが、毎年夏や冬の長期の休みには祖父に招かれ実家によくエマを連れて帰っていた。
ここは、その時過ごした伝統的な英国貴族の邸宅の様式そのままの広い応接間だった。
クリスタルのシャンデリアに暖炉、暖炉の上には銀製の小物。木製のハイチェストやローボードなどの調度品は重厚かつ細かい細工にまで手が込み、代々受け継がれてきた風格を漂わせている。
壁紙や敷物に至るまで、広々とした室内は一級の貴族の格式が保たれていた。
この異世界が、かつて貴族が支配したヨーロッパにタイムスリップしたかのような世界だとは思っていたが、だがこの既視感はどうだ。
ここが初めて訪れる異世界の公爵家であるはずなのに、まるで祖父やいとこたちと談笑したあの英国の屋敷のよう。
エマはあまりに懐しく感じ、自分がなんのためにここへ来たのかをすっかり忘れて部屋をぐるりと何度も見回した。
不意にソファの小さく軋む音がした。
はっと我にかえるとアイスブルーの冴え冴えとした瞳がエマを見つめていた。公爵家嫡男ジークヴァルト・フォン・ホランヴェルスだ。
そして、もう一人この国のザ・王子様ルイス・フォン・シュタルラントが優雅にお茶をしながらソファで寛いでいた。
センターテーブルの上の大きな花瓶と生花が、扉からの直接的な視線避けになっていたためソファに座る二人に気づけなかった。
扉の戸口に立ち、不躾に部屋を見回していたことにバツの悪さを感じ、エマは慌てて視線を下げると両足を揃えて庶民らしく小さく膝を折り、頭を下げる。下げた先に見えた自分の服と靴。なんてこの部屋に似合わないのだろうと胸が切なくなった。
エマは頭を下げながらバスケットの柄をギュッと握り締め、いたたまれなさに耐えた。
「よく来たね。ここへおいで」
そう言ったのはルイス王子。気が抜けるほど、軽い口調だ。
エマは困惑した。いろいろな考えが瞬時に頭の中を巡る。
ルイス王子がここにいるのはどうして?!先日の不敬を咎めるために呼んだんじゃないの?!友人でも待ってたような口調はどういうこと?!何か魂胆があったり?「おいで」って同席しろってこと?!平民の私が?!本当に?!
そして、最優先として導き出されたのは『この場からとにかく早く帰る』だった。
「ご注文のお品物をお届けに参っただけでございます。私のような者が同席させて頂くなど恐れ多く存じます。どうかご容赦ください」
低頭しながら丁寧にだが早口で辞退し、早くバスケットを受け取ってほしくて差し出すように持ち返事を待つ。
ふっと手元が軽くなり、これでやっと解放されたと顔をあげれば、バスケットを受け取ったのは先ほど扉を開けた若い執事でもなければ案内してきたメイドでもなく、ジークヴァルト・フォン・ホランヴェルスだった。
城で会ったときと何も変わらない冷たい目でエマを見下していた。
心臓がギュッと締め付けられる。
エマは間違ったと思った。
入っていきなり部屋を見回すなど、ジークヴァルトには部屋を物色しているとしかうつらなかっただろう。
これでは誤解の上塗りをしに来たようなものだ。
「あ…」
エマが何かを言う間もなく、ジークヴァルトは可愛いナフキンのかかったバスケットを一瞥もせず若い執事に渡してしまった。
ロジが早朝から丹精込めて作ったパンはジークヴァルトの手元を右から左へ移っただけ。
エマのせいでロジの真心を台無しにしてしまったことが申し訳なくて仕方なかった。
「座れ」
そう命じるとジークヴァルト自身はソファから少し離れた大きな窓辺に腕を組んでもたれかかる。自分は同席せず、我関せずの場所を決め込んでいる。
つまり、今日の呼び出しはルイス王子でジークヴァルトは公爵家を貸しただけ。
ジークヴァルトとしては迷惑でしかないのだろう。
エマはおずおずとソファに近づくと、小さな声で「失礼します」と言って浅く腰掛けた。この手のソファはあまり深く座ると背筋を伸ばしづらくなり姿勢がくずれるのだ。
もちろん気後れと遠慮が大半だが。
エマの正面にはルイス王子。
ジークヴァルトは窓辺から見飽きているはずの自邸の庭を眺めている。だが、それでも何かあればルイス王子をすぐに護れるように悪女エマに意識を向けているはずだ。
裏門でパンを渡したら帰るつもりがついにエマは公爵家の応接間のソファに座るはめになってしまった。
お尻の下には、エマのワンピースよりもはるかに高級な、絹の布に金糸で刺繍された座り心地抜群の上質なソファ。
顔を俯けていても二人の存在感がビリビリと伝わる。
エマは膝の上で手を握り締めながら、スカートの小さな花模様の花弁の数をかぞえ、目の前の現実から必死で逃避した。
途端、目の前に広がる部屋の様子が目に飛び込み、驚きに立ち尽くしてしまった。
目を見張り息を飲んだ。
何故ならそこはーーー
母方の祖父が所有していた英国の邸宅と同じ様式美に溢れていたから。
そこはエマにとって懐かしい場所だった。
エマの母親は英国人で、実家は古くから続く貴族の称号を持っている。
母自身は英国で日本人の父と知り合い結婚し、日本で一般市民として暮らしている。
だが、毎年夏や冬の長期の休みには祖父に招かれ実家によくエマを連れて帰っていた。
ここは、その時過ごした伝統的な英国貴族の邸宅の様式そのままの広い応接間だった。
クリスタルのシャンデリアに暖炉、暖炉の上には銀製の小物。木製のハイチェストやローボードなどの調度品は重厚かつ細かい細工にまで手が込み、代々受け継がれてきた風格を漂わせている。
壁紙や敷物に至るまで、広々とした室内は一級の貴族の格式が保たれていた。
この異世界が、かつて貴族が支配したヨーロッパにタイムスリップしたかのような世界だとは思っていたが、だがこの既視感はどうだ。
ここが初めて訪れる異世界の公爵家であるはずなのに、まるで祖父やいとこたちと談笑したあの英国の屋敷のよう。
エマはあまりに懐しく感じ、自分がなんのためにここへ来たのかをすっかり忘れて部屋をぐるりと何度も見回した。
不意にソファの小さく軋む音がした。
はっと我にかえるとアイスブルーの冴え冴えとした瞳がエマを見つめていた。公爵家嫡男ジークヴァルト・フォン・ホランヴェルスだ。
そして、もう一人この国のザ・王子様ルイス・フォン・シュタルラントが優雅にお茶をしながらソファで寛いでいた。
センターテーブルの上の大きな花瓶と生花が、扉からの直接的な視線避けになっていたためソファに座る二人に気づけなかった。
扉の戸口に立ち、不躾に部屋を見回していたことにバツの悪さを感じ、エマは慌てて視線を下げると両足を揃えて庶民らしく小さく膝を折り、頭を下げる。下げた先に見えた自分の服と靴。なんてこの部屋に似合わないのだろうと胸が切なくなった。
エマは頭を下げながらバスケットの柄をギュッと握り締め、いたたまれなさに耐えた。
「よく来たね。ここへおいで」
そう言ったのはルイス王子。気が抜けるほど、軽い口調だ。
エマは困惑した。いろいろな考えが瞬時に頭の中を巡る。
ルイス王子がここにいるのはどうして?!先日の不敬を咎めるために呼んだんじゃないの?!友人でも待ってたような口調はどういうこと?!何か魂胆があったり?「おいで」って同席しろってこと?!平民の私が?!本当に?!
そして、最優先として導き出されたのは『この場からとにかく早く帰る』だった。
「ご注文のお品物をお届けに参っただけでございます。私のような者が同席させて頂くなど恐れ多く存じます。どうかご容赦ください」
低頭しながら丁寧にだが早口で辞退し、早くバスケットを受け取ってほしくて差し出すように持ち返事を待つ。
ふっと手元が軽くなり、これでやっと解放されたと顔をあげれば、バスケットを受け取ったのは先ほど扉を開けた若い執事でもなければ案内してきたメイドでもなく、ジークヴァルト・フォン・ホランヴェルスだった。
城で会ったときと何も変わらない冷たい目でエマを見下していた。
心臓がギュッと締め付けられる。
エマは間違ったと思った。
入っていきなり部屋を見回すなど、ジークヴァルトには部屋を物色しているとしかうつらなかっただろう。
これでは誤解の上塗りをしに来たようなものだ。
「あ…」
エマが何かを言う間もなく、ジークヴァルトは可愛いナフキンのかかったバスケットを一瞥もせず若い執事に渡してしまった。
ロジが早朝から丹精込めて作ったパンはジークヴァルトの手元を右から左へ移っただけ。
エマのせいでロジの真心を台無しにしてしまったことが申し訳なくて仕方なかった。
「座れ」
そう命じるとジークヴァルト自身はソファから少し離れた大きな窓辺に腕を組んでもたれかかる。自分は同席せず、我関せずの場所を決め込んでいる。
つまり、今日の呼び出しはルイス王子でジークヴァルトは公爵家を貸しただけ。
ジークヴァルトとしては迷惑でしかないのだろう。
エマはおずおずとソファに近づくと、小さな声で「失礼します」と言って浅く腰掛けた。この手のソファはあまり深く座ると背筋を伸ばしづらくなり姿勢がくずれるのだ。
もちろん気後れと遠慮が大半だが。
エマの正面にはルイス王子。
ジークヴァルトは窓辺から見飽きているはずの自邸の庭を眺めている。だが、それでも何かあればルイス王子をすぐに護れるように悪女エマに意識を向けているはずだ。
裏門でパンを渡したら帰るつもりがついにエマは公爵家の応接間のソファに座るはめになってしまった。
お尻の下には、エマのワンピースよりもはるかに高級な、絹の布に金糸で刺繍された座り心地抜群の上質なソファ。
顔を俯けていても二人の存在感がビリビリと伝わる。
エマは膝の上で手を握り締めながら、スカートの小さな花模様の花弁の数をかぞえ、目の前の現実から必死で逃避した。
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