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10春の舞踏会
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舞踏会当日、たくさんの人たちがお城前の広場に集まった。300人程はいるだろうか。
みんな精一杯着飾り、外だというのに香水の匂いが立ち込めている。
「すごい人たちですね」
エマは感心して周りを見渡す。
「そうなんだ。すごいだろ?特に女の子は、思わぬ出会いがあるかもしれないから気合いがすごいんだ」
「出会いって…、でも、みんなパートナーと一緒ですよね?」
「まあ、それは、女の子の強かさというか何というか」
ロイの言いづらそうな内容は、要はイケメン貴族に会いたい女子に、さえない役人男子がいいように使われてるってことだと理解する。
そういう目で周りの女の子たちを見回すと、パートナーそっちのけで女子同士が集まりとても盛り上がっている。
(アイドルを見に行くようなノリかな。)
「エマもよく似合ってるね。ドレス」
穏やかに笑かけてそう言うロイは、優しいお兄さんみたいな人だと思う。
「ありがとうございます。こんな素敵なお出かけ着を頂けて嬉しいです」
エマが着ているのは、薄ピンク色の生地を使った足首まで隠れるちょっと豪華なワンピース。デコルテは少し広めに開いている。
レースは高価なのでついていないが、その分リボンを肘丈の袖口や胸回りに使ってある。
とても可愛らしい。
「そろそろ門が開かれるみたいだ」
儀礼用の正装をした衛兵が左右にわかれ、決められた手順で厳かに鉄製の大きな扉をギギギと開けていく。
開かれた先は……、石畳みが延々と続いていた。
この国の城は、広大な森に囲まれその周りを堀や高い壁が囲むつくりになっている。
エマたちが入ったのはいくつかある門の一つで、森の中の曲がりくねった石畳の道を延々と歩き城へ至る。
城の正面の立派な門からは国中の貴族が馬車で颯爽と乗り付けている。だが、そんなことを知らないエマは、歩きづらいデコボコの石畳みにうんざりしながら先に進んでいた。
「全然お城の入口が見えないんですけど」
転ばないよう足元を見ながらかなりの距離を黙々と歩いた。
「エマ、見てごらん」
半ば帰りたくなった頃、ロイの声で足元を見ていた顔をあげた。
ようやく城が見えた。
視界に飛び込んできた城の姿に思わず声をあげる。
「うわー!あれが、お城?!」
(ベルサイユ宮殿みたい!巨大なお城に、広大な庭園に、噴水っ大きい!)
「驚いたかい?」
ロイがエマの反応をくすくすと笑う。
「もちろんです。すごい!としか言葉がでません」
「僕も初めて来たときは驚いたさ。
あれが、会場だよ。我々は城内に入れないからガーデンが会場なんだ」
広々としたテラスに出て談笑している貴族たちの姿を見上げる。
(うわー、身につけている宝石が日に反射してキラキラしている~)
周りの女の子たちも当然一緒に来たパートナーそっちのけで、テラスの方をみて色めき立っている。
ガーデンとテラスの間にあるのはたった十数段の階段だが、貴族と庶民の隔たりは果てしなく高く遠い。
出会いのためにこの隔たりを女の子たちはどう克服するのか純粋に興味が湧いたが、
「こっちにおいで、まず食事をしよう」
のロイの声を聞いて、エマの興味は直ぐにそちらに向いた。
「これもすごい規模ですね…」
移動した先はずらりとテントが立ち並びその下には立食用の食事が並んでいる。
目の前で調理してくれる料理もあり、屋台村と言っていいだろう。
「ははは、お腹がすいたかい?」
「私、そんなに、物欲しそうにしてました?」
エマが軽く睨むとロイはおどけたように、いえいえと首をすくめる。
「さ、お嬢さま参りましょう」
「もうっ!」
エマは、キザに差し出されたロイの腕を少し乱暴に取った。
✳︎
「どれもみんなホントに美味しかったです」
「城の料理を口にできるなんてこの時くらいだからね」
エマたちは、屋台村を満喫し先ほどのテラス前の会場に移動した。
そこでは優雅な音楽がかなでられているが舞踏会といっても実際踊っている人はおらず、みんな飲み物を持ちながら思い思いに過ごしていた。
「やあ、ロイじゃないか」
「やあ、アルベルト」
「役所仕事はどうだ。しばらく合わなかったな」
「僕は、いつも通りさ。君が忙しいんだろ」
「今度久しぶりに飲みにいこう。それに、うちにもまた来てくれ。妹も会いたがっていた。
それにしても、いつも通り?今回は、パートナーがいるじゃないか」
「彼女は、叔母の店で働いているエマさんだ。王都に来て間がなくて、祭りが初めてなんだ。
エマ、彼は、アルベルト・フォン・ハビ、大学の同級生だったんだ。これでも、子爵家の次男だ」
「初めまして。エマと申します。スーラさんのパン屋さんでお世話になっています」
ワンピースをつまんで少し持ち上げ、片足を少し後ろに引いて軽く膝を折って挨拶した。
(ロイさんとアルベルトさんが少し驚いたように見えたけど、なんか変だったのかな。
でも、たしか、これでよかったはず。)
この世界に来てからエマはドリスからマナーやその他必要だと言われたこともいろいろ覚えさせられた。
ドリスは王都から書籍や新聞も取り寄せて読む知識人で、礼儀作法にも明るかった。
魔女の修行以外でも、到底あの田舎では必要ないだろう様々なこともエマに教え、エマもドリスの充分な話し相手になれるよう教えを吸収していった。
「やあ、はじめまして。アルベルトだ。王宮警備隊の職についている」
アルベルトは、体格ががっしりしていて、背も高い。茶色の短髪に茶色の瞳の爽やか青年だった。
エマたちは、暫くその場で談笑していた。
ロイとアルベルトは学生時代の失敗談などを面白おかしくエマに聞かせてくれた。
談笑の合間周りに目を向けると、例のテラスから貴族たちや、アルベルトと同じ制服を着た王宮警備隊員たちも階段からガーデンに降りてきていた。
(なるほど!思わぬ出会いって、庶民のお嬢さんたちはこの機会を狙っていたのか。
貴族のほうから降りて来るのは予想外だった!)
馴染みの商人たちと仕事の話をしているような貴族もいるようだったが、貴族たちは女性たちに気さくに話しかけ数人で輪になって合コンのようなノリで話しているグループも多かった。
(本当に結構、無礼講なんだぁ。)
ちなみに女の子たちと一緒に来たパートナーの男子の姿はすでにどこにもなかった。
エマがそんな風に周りの様子を楽しげに観察していると、大きな噴水付近で大声で言い争う声が聞こえてきた。
談笑していた皆が話を中断し、何だ何だとそちらの方に注目しはじめる。
エマたちも何事かと、そちらに目を向けた。
「僕の婚約者にからまないでくれ!」
「男爵ふぜいが無礼だろ!少し話しをしていただけだ!」
「嫌がる女性の手を掴むことは、話しではない!」
(あーあ、酔っ払いに絡まれてるよ。
あの若い男爵さんも災難だなあ。
あの偉そうな口調だと相手は男爵さんより上位の貴族なんだろうけど、貴族っていっても、ああなったらタダの輩だな。)
男爵の手を振り払った貴族は腹立たしい気持ちを当てつけるように男爵の婚約者の肩にドンと当たりその場を去っていった。
小さく悲鳴をあげよろめいた女性は急に崩れるように地面に膝をついた。
男爵は慌てて駆け寄りだきおこそうとするが女性の様子がおかしい。
息をはっはっと吐くばかりで男爵の腕や胸を掴んで何かを訴えようとするが言葉を発することも出来ない様子だ。
男爵は「誰か医師を呼んでくれ!」と叫びながら女性の名前を呼び背中をさすり息を吸うんだと言うが上手く吸えない。
こんなことは初めてなのだろう。女性は涙を流しながらヒューと息を吸おうとするが上手くできない。
エマは辺りを見回した。
アルベルトたち警備隊員は医師を呼びに行く者、暴力を振るった貴族を追う者と慌ただしく動くが、女性には手をかせないでいた。
医師ならともかく婚約者がそばにいる貴族女性に無闇に触れるわけにはいかないのだろう。
パニックになる二人を取り囲むように多くの貴族たちや舞踏会の参加者たちは誰も動かない。
皆遠巻きに気の毒そうな顔をしながら、それでもこの顛末がどうなるのかと興味のある目で見ているだけだった。
ふと花壇にある花々に視線を走らせると紫の花に目が止まった。小さな花を鈴なりにつけている。
エマは手のひらに収まるほどのわずかな一房を手折ると口元へ持っていき小さくルーンを囁いた。
そして、その一房をドレスの胸元にすっと忍ばせると人々の輪の中へタッと駆け出した。
みんな精一杯着飾り、外だというのに香水の匂いが立ち込めている。
「すごい人たちですね」
エマは感心して周りを見渡す。
「そうなんだ。すごいだろ?特に女の子は、思わぬ出会いがあるかもしれないから気合いがすごいんだ」
「出会いって…、でも、みんなパートナーと一緒ですよね?」
「まあ、それは、女の子の強かさというか何というか」
ロイの言いづらそうな内容は、要はイケメン貴族に会いたい女子に、さえない役人男子がいいように使われてるってことだと理解する。
そういう目で周りの女の子たちを見回すと、パートナーそっちのけで女子同士が集まりとても盛り上がっている。
(アイドルを見に行くようなノリかな。)
「エマもよく似合ってるね。ドレス」
穏やかに笑かけてそう言うロイは、優しいお兄さんみたいな人だと思う。
「ありがとうございます。こんな素敵なお出かけ着を頂けて嬉しいです」
エマが着ているのは、薄ピンク色の生地を使った足首まで隠れるちょっと豪華なワンピース。デコルテは少し広めに開いている。
レースは高価なのでついていないが、その分リボンを肘丈の袖口や胸回りに使ってある。
とても可愛らしい。
「そろそろ門が開かれるみたいだ」
儀礼用の正装をした衛兵が左右にわかれ、決められた手順で厳かに鉄製の大きな扉をギギギと開けていく。
開かれた先は……、石畳みが延々と続いていた。
この国の城は、広大な森に囲まれその周りを堀や高い壁が囲むつくりになっている。
エマたちが入ったのはいくつかある門の一つで、森の中の曲がりくねった石畳の道を延々と歩き城へ至る。
城の正面の立派な門からは国中の貴族が馬車で颯爽と乗り付けている。だが、そんなことを知らないエマは、歩きづらいデコボコの石畳みにうんざりしながら先に進んでいた。
「全然お城の入口が見えないんですけど」
転ばないよう足元を見ながらかなりの距離を黙々と歩いた。
「エマ、見てごらん」
半ば帰りたくなった頃、ロイの声で足元を見ていた顔をあげた。
ようやく城が見えた。
視界に飛び込んできた城の姿に思わず声をあげる。
「うわー!あれが、お城?!」
(ベルサイユ宮殿みたい!巨大なお城に、広大な庭園に、噴水っ大きい!)
「驚いたかい?」
ロイがエマの反応をくすくすと笑う。
「もちろんです。すごい!としか言葉がでません」
「僕も初めて来たときは驚いたさ。
あれが、会場だよ。我々は城内に入れないからガーデンが会場なんだ」
広々としたテラスに出て談笑している貴族たちの姿を見上げる。
(うわー、身につけている宝石が日に反射してキラキラしている~)
周りの女の子たちも当然一緒に来たパートナーそっちのけで、テラスの方をみて色めき立っている。
ガーデンとテラスの間にあるのはたった十数段の階段だが、貴族と庶民の隔たりは果てしなく高く遠い。
出会いのためにこの隔たりを女の子たちはどう克服するのか純粋に興味が湧いたが、
「こっちにおいで、まず食事をしよう」
のロイの声を聞いて、エマの興味は直ぐにそちらに向いた。
「これもすごい規模ですね…」
移動した先はずらりとテントが立ち並びその下には立食用の食事が並んでいる。
目の前で調理してくれる料理もあり、屋台村と言っていいだろう。
「ははは、お腹がすいたかい?」
「私、そんなに、物欲しそうにしてました?」
エマが軽く睨むとロイはおどけたように、いえいえと首をすくめる。
「さ、お嬢さま参りましょう」
「もうっ!」
エマは、キザに差し出されたロイの腕を少し乱暴に取った。
✳︎
「どれもみんなホントに美味しかったです」
「城の料理を口にできるなんてこの時くらいだからね」
エマたちは、屋台村を満喫し先ほどのテラス前の会場に移動した。
そこでは優雅な音楽がかなでられているが舞踏会といっても実際踊っている人はおらず、みんな飲み物を持ちながら思い思いに過ごしていた。
「やあ、ロイじゃないか」
「やあ、アルベルト」
「役所仕事はどうだ。しばらく合わなかったな」
「僕は、いつも通りさ。君が忙しいんだろ」
「今度久しぶりに飲みにいこう。それに、うちにもまた来てくれ。妹も会いたがっていた。
それにしても、いつも通り?今回は、パートナーがいるじゃないか」
「彼女は、叔母の店で働いているエマさんだ。王都に来て間がなくて、祭りが初めてなんだ。
エマ、彼は、アルベルト・フォン・ハビ、大学の同級生だったんだ。これでも、子爵家の次男だ」
「初めまして。エマと申します。スーラさんのパン屋さんでお世話になっています」
ワンピースをつまんで少し持ち上げ、片足を少し後ろに引いて軽く膝を折って挨拶した。
(ロイさんとアルベルトさんが少し驚いたように見えたけど、なんか変だったのかな。
でも、たしか、これでよかったはず。)
この世界に来てからエマはドリスからマナーやその他必要だと言われたこともいろいろ覚えさせられた。
ドリスは王都から書籍や新聞も取り寄せて読む知識人で、礼儀作法にも明るかった。
魔女の修行以外でも、到底あの田舎では必要ないだろう様々なこともエマに教え、エマもドリスの充分な話し相手になれるよう教えを吸収していった。
「やあ、はじめまして。アルベルトだ。王宮警備隊の職についている」
アルベルトは、体格ががっしりしていて、背も高い。茶色の短髪に茶色の瞳の爽やか青年だった。
エマたちは、暫くその場で談笑していた。
ロイとアルベルトは学生時代の失敗談などを面白おかしくエマに聞かせてくれた。
談笑の合間周りに目を向けると、例のテラスから貴族たちや、アルベルトと同じ制服を着た王宮警備隊員たちも階段からガーデンに降りてきていた。
(なるほど!思わぬ出会いって、庶民のお嬢さんたちはこの機会を狙っていたのか。
貴族のほうから降りて来るのは予想外だった!)
馴染みの商人たちと仕事の話をしているような貴族もいるようだったが、貴族たちは女性たちに気さくに話しかけ数人で輪になって合コンのようなノリで話しているグループも多かった。
(本当に結構、無礼講なんだぁ。)
ちなみに女の子たちと一緒に来たパートナーの男子の姿はすでにどこにもなかった。
エマがそんな風に周りの様子を楽しげに観察していると、大きな噴水付近で大声で言い争う声が聞こえてきた。
談笑していた皆が話を中断し、何だ何だとそちらの方に注目しはじめる。
エマたちも何事かと、そちらに目を向けた。
「僕の婚約者にからまないでくれ!」
「男爵ふぜいが無礼だろ!少し話しをしていただけだ!」
「嫌がる女性の手を掴むことは、話しではない!」
(あーあ、酔っ払いに絡まれてるよ。
あの若い男爵さんも災難だなあ。
あの偉そうな口調だと相手は男爵さんより上位の貴族なんだろうけど、貴族っていっても、ああなったらタダの輩だな。)
男爵の手を振り払った貴族は腹立たしい気持ちを当てつけるように男爵の婚約者の肩にドンと当たりその場を去っていった。
小さく悲鳴をあげよろめいた女性は急に崩れるように地面に膝をついた。
男爵は慌てて駆け寄りだきおこそうとするが女性の様子がおかしい。
息をはっはっと吐くばかりで男爵の腕や胸を掴んで何かを訴えようとするが言葉を発することも出来ない様子だ。
男爵は「誰か医師を呼んでくれ!」と叫びながら女性の名前を呼び背中をさすり息を吸うんだと言うが上手く吸えない。
こんなことは初めてなのだろう。女性は涙を流しながらヒューと息を吸おうとするが上手くできない。
エマは辺りを見回した。
アルベルトたち警備隊員は医師を呼びに行く者、暴力を振るった貴族を追う者と慌ただしく動くが、女性には手をかせないでいた。
医師ならともかく婚約者がそばにいる貴族女性に無闇に触れるわけにはいかないのだろう。
パニックになる二人を取り囲むように多くの貴族たちや舞踏会の参加者たちは誰も動かない。
皆遠巻きに気の毒そうな顔をしながら、それでもこの顛末がどうなるのかと興味のある目で見ているだけだった。
ふと花壇にある花々に視線を走らせると紫の花に目が止まった。小さな花を鈴なりにつけている。
エマは手のひらに収まるほどのわずかな一房を手折ると口元へ持っていき小さくルーンを囁いた。
そして、その一房をドレスの胸元にすっと忍ばせると人々の輪の中へタッと駆け出した。
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