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1王都
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乗り合い馬車の単調な揺れに揺られているとエマはいつの間にかうとうと眠っていた。
昨日泊まった宿であまり眠れなかったせいだ。
そんなエマが気づかないうちに森や田園の風景が車窓を流れて行く。
ガタガタとした土の地道を進み、やがて車窓の景色は家々が立ち並ぶ街を過ぎ、大きな城門をくぐっていく。
馬車は石畳みの広い道を進んだ。
そして、乗り合い馬車はガタンと車体をきしませ止まった。
「終点、王都庁舎前~、王都庁舎前~」
車掌の声に静かだった車内はざわめき、乗客たちは列をつくって降りていく。
エマも車掌の声に眠気を飛ばすと膝に置いていた古びた旅行鞄を両手で持ち乗客の列に並んだ。
馬車を降りると、周りは人々で溢れていた。
他の馬車を待つ人たち、地図を広げ目的地を探す人たちや出迎えを受けて喜び合う人たち様々だ。
エマは人混みをすり抜け建物の壁際まで足早に移動すると、街の様子をぐるりと見渡した。
「やっと着いた。ここが王都…」
どこを見ても石造りの立派な建物が道路に沿って延々と立ち並んでいた。
道路を行き交う馬車や荷馬車。
歩道沿いの店は扉を開け放ちテーブルとイスを出したカフェでくつろぐ客たち。
路面店のショーウィンドウには靴やバッグ、小物や布地が華やかにディスプレイされ、その前を多くの人々が行き交い街は活気に満ち満ちていた。
ここはシュタルラント国の王都オルシュタル。
八百年ほど前にシュタルラント家によって建国されて以来大陸でも有数の栄華を誇る国。
領土は大きくないが、大陸の一番東に位置しているため貿易ルートの最終地点として西から大陸全土の様々な物が運ばれる。
南と東は海に面して海洋貿易も活発だ。
海岸から内陸に向かって広がる広大な平野部では肥沃な土地で栽培された作物が国民を充分に満たしていた。
そして、この富んだ国を護っているのが北側にある大陸の背骨と言われる万年雪を頂く高い山々。
温暖な気候と肥沃な土地を求めて南下を試みる国々を阻み続けている。
そんな国の中心地にふさわしい王都オルシュタルは、何重にも掘りを巡らせた白亜の王城を中心に美しく都市が整備され人口を数十万人かかえる大都市だ。
エマは春の瑞々しい日差しに手をひるがえし顔に影をつくりながら周りを見回した。
一際大きな建物が目的地の庁舎のようだ。
だが、エマは庁舎正面の大階段に背を向けると広い噴水広場の石段まで移動しそこに腰を落ち着けた。
彼女の名前は、エマ。18歳。
エマはこの世界の住人ではない。
5年前に日本から『この異世界』に突然やってきた。
石造りの建物に石畳みの道、まるで古い時代の面影を残したヨーロッパの旧市街のような街並み。
でも、ここはヨーロッパの何処かの国、またはいつかの時代ではなく、似て非なる『異世界』なのだ。
ある日の学校帰り、突然つむじ風に巻かれた次の瞬間ある村のある老婆の家庭菜園の庭に瞬間移動したようにパッと日本からこの世界にトリップしていた。
気づくと景色が変わり菜園の真ん中に突っ立っていた。
それ以来この世界で暮らしている。
今日は、エマが老婆の家にトリップしてからずっと住んでいる村の村長の勧めでここまでやってきた。
村長は王都で戸籍を作り、ついでに村しか知らない彼女にしばらく働いて世間を見てくるように勧めたのだ。
そして、乗り合い馬車を乗り継いで三日かけて王都までやってきた。
庁舎前まで最後に乗った乗り合い馬車には早朝に宿を出発し4時間ほど揺られていた。
まだ昼前ぐらいだろうか。
日差しが街路樹の新緑をきらきらと照らしている。
エマは、はあと大きなため息をついた。
一刻も早く庁舎に行って戸籍を作り、宿と職探しをしなければならないが、なかなか腰が上がらない。
こんなところで時間をつぶしている場合ではないのはわかっている。
なのに何故ため息が出るのか。
それはやっぱりエマが異世界人だから。
戸籍を作るとなると、公の場で出生から何から何まで全部嘘をつくことになる。
助けてくれた老婆が考えてくれたこの世界での生い立ち設定が一応あるが、詳しく詮索されるときっと動揺が顔に出てしまうだろう。
そう考えるだけで緊張してしまう。
村を出発してから王都に近づくにつれ気が重くなり、昨夜はいよいよ明日かと思うとあまり眠れなかった。
村長の紹介状もあるが、国一番の大都市の役所、それも異世界の役所へ堂々と嘘をつきに行くには精神的なハードルが高い。
エマは、自分が知らない場所をどんどんと探検してみたいと胸にワクワクをいっぱい詰め込んだ好奇心溢れる女子でないと確信している。
出来れば面倒ごとは避けて通りたい平凡な女子だ。
すでに異世界で生きていることが、平凡が足元から覆されているのだが、いまそれを言ったところで仕方がない。
(いろいろ聞かれたらどうしよう。
でも、こんな所でこうしてても仕方ないし。
三日もかけてここまで来たんだし。
ああ…やっぱり行くしかないか。)
はあと深いため息をまたつくとなんとか重い腰を上げた。
紺色の木綿のワンピースのお尻と裾の埃を払い、古い旅行鞄を両手で持ち上げると庁舎へと重い足を一歩踏み出した。
昨日泊まった宿であまり眠れなかったせいだ。
そんなエマが気づかないうちに森や田園の風景が車窓を流れて行く。
ガタガタとした土の地道を進み、やがて車窓の景色は家々が立ち並ぶ街を過ぎ、大きな城門をくぐっていく。
馬車は石畳みの広い道を進んだ。
そして、乗り合い馬車はガタンと車体をきしませ止まった。
「終点、王都庁舎前~、王都庁舎前~」
車掌の声に静かだった車内はざわめき、乗客たちは列をつくって降りていく。
エマも車掌の声に眠気を飛ばすと膝に置いていた古びた旅行鞄を両手で持ち乗客の列に並んだ。
馬車を降りると、周りは人々で溢れていた。
他の馬車を待つ人たち、地図を広げ目的地を探す人たちや出迎えを受けて喜び合う人たち様々だ。
エマは人混みをすり抜け建物の壁際まで足早に移動すると、街の様子をぐるりと見渡した。
「やっと着いた。ここが王都…」
どこを見ても石造りの立派な建物が道路に沿って延々と立ち並んでいた。
道路を行き交う馬車や荷馬車。
歩道沿いの店は扉を開け放ちテーブルとイスを出したカフェでくつろぐ客たち。
路面店のショーウィンドウには靴やバッグ、小物や布地が華やかにディスプレイされ、その前を多くの人々が行き交い街は活気に満ち満ちていた。
ここはシュタルラント国の王都オルシュタル。
八百年ほど前にシュタルラント家によって建国されて以来大陸でも有数の栄華を誇る国。
領土は大きくないが、大陸の一番東に位置しているため貿易ルートの最終地点として西から大陸全土の様々な物が運ばれる。
南と東は海に面して海洋貿易も活発だ。
海岸から内陸に向かって広がる広大な平野部では肥沃な土地で栽培された作物が国民を充分に満たしていた。
そして、この富んだ国を護っているのが北側にある大陸の背骨と言われる万年雪を頂く高い山々。
温暖な気候と肥沃な土地を求めて南下を試みる国々を阻み続けている。
そんな国の中心地にふさわしい王都オルシュタルは、何重にも掘りを巡らせた白亜の王城を中心に美しく都市が整備され人口を数十万人かかえる大都市だ。
エマは春の瑞々しい日差しに手をひるがえし顔に影をつくりながら周りを見回した。
一際大きな建物が目的地の庁舎のようだ。
だが、エマは庁舎正面の大階段に背を向けると広い噴水広場の石段まで移動しそこに腰を落ち着けた。
彼女の名前は、エマ。18歳。
エマはこの世界の住人ではない。
5年前に日本から『この異世界』に突然やってきた。
石造りの建物に石畳みの道、まるで古い時代の面影を残したヨーロッパの旧市街のような街並み。
でも、ここはヨーロッパの何処かの国、またはいつかの時代ではなく、似て非なる『異世界』なのだ。
ある日の学校帰り、突然つむじ風に巻かれた次の瞬間ある村のある老婆の家庭菜園の庭に瞬間移動したようにパッと日本からこの世界にトリップしていた。
気づくと景色が変わり菜園の真ん中に突っ立っていた。
それ以来この世界で暮らしている。
今日は、エマが老婆の家にトリップしてからずっと住んでいる村の村長の勧めでここまでやってきた。
村長は王都で戸籍を作り、ついでに村しか知らない彼女にしばらく働いて世間を見てくるように勧めたのだ。
そして、乗り合い馬車を乗り継いで三日かけて王都までやってきた。
庁舎前まで最後に乗った乗り合い馬車には早朝に宿を出発し4時間ほど揺られていた。
まだ昼前ぐらいだろうか。
日差しが街路樹の新緑をきらきらと照らしている。
エマは、はあと大きなため息をついた。
一刻も早く庁舎に行って戸籍を作り、宿と職探しをしなければならないが、なかなか腰が上がらない。
こんなところで時間をつぶしている場合ではないのはわかっている。
なのに何故ため息が出るのか。
それはやっぱりエマが異世界人だから。
戸籍を作るとなると、公の場で出生から何から何まで全部嘘をつくことになる。
助けてくれた老婆が考えてくれたこの世界での生い立ち設定が一応あるが、詳しく詮索されるときっと動揺が顔に出てしまうだろう。
そう考えるだけで緊張してしまう。
村を出発してから王都に近づくにつれ気が重くなり、昨夜はいよいよ明日かと思うとあまり眠れなかった。
村長の紹介状もあるが、国一番の大都市の役所、それも異世界の役所へ堂々と嘘をつきに行くには精神的なハードルが高い。
エマは、自分が知らない場所をどんどんと探検してみたいと胸にワクワクをいっぱい詰め込んだ好奇心溢れる女子でないと確信している。
出来れば面倒ごとは避けて通りたい平凡な女子だ。
すでに異世界で生きていることが、平凡が足元から覆されているのだが、いまそれを言ったところで仕方がない。
(いろいろ聞かれたらどうしよう。
でも、こんな所でこうしてても仕方ないし。
三日もかけてここまで来たんだし。
ああ…やっぱり行くしかないか。)
はあと深いため息をまたつくとなんとか重い腰を上げた。
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