縁起モノの私と王様

ちよのまつこ

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 ユーリを助け出してから三日がたった。

 まだ目を覚まさない。

 苦しそうにうなされている姿は見ていて辛《つら》い。
 それでも眠りが浅く、少し覚醒《かくせい》したときには抱き起こして水分をとらせるが、声を掛けてもまたすぐに眠ってしまう。

 私は別邸でつきっきりでユーリの側《そば》にいる。
 執務もここへ持ち込んだ。夜はユーリの隣に用意させたベッドで眠る。
 もう、片時も目を離したくないのだ。ユーリが目覚めた時は、その瞳に私を映して欲しい。

 後宮は、完全に閉めるつもりだ。あの日を境に姫君たちを徐々に帰国させている。
 外交上の調整はしばらく続くが、そんなことは苦労でもなんでもない。

「ユーリ、目覚めてくれ。早くお前に謝らねば……」





 ――――夢を見た。

 綺麗な女の人が私の頭を何度も何度も撫で、優しく声を掛けてくれる。
 綺麗な黄金色の髪に、エメラルド色の瞳の人。
 その人が、握った手や額に何度も何度もキスをくれる。

私はどうなってしまったんだろう。
ずっとずっと暗い場所を行ったり来たりしているような。

 体はふわふわ浮いていて、『帰らないと』と思うけど、『どこへ?綺麗な人が悲しむよ?』て思ってまた戻る。
 何故、帰ることを躊躇《ためら》ってしまうのかわからない。
 戻ると体はとても辛い。でも、辛いときはいつも綺麗な人が側《そば》にいて優しくしてくれる。
 そんなことを何度も何度も、繰り返していたように思う。

ポタポタ、ポタポタ……

あれ?
頬に落ちてきたのは、何?

あ⋯め……?雨。
そういえば……

「ユーリ……」



「ユーリ、早く目を覚ましてくれ。」



「もう十日だぞ?熱も下がったのに、何故目覚めない?
ユーリお願いだ。いかないでくれ、ここにいてくれ。」

この雨は、あなたの涙なのね。
綺麗な人、泣かないで。

「起きてくれっ、ユーリ、ユーリ!」

分かった、分かった、起きるから。
起きるから泣かないで。

う~っん……

「ユーリ!?」

「……ぁい…」

「ああっ!ユーリ!ユーリッ!よかった、本当によかった!」

 私の真上に覆いかぶさりながら、大きく見開かれた目からぽろぽろと涙を零《こぼ》して泣き笑い、そう言った綺麗な人は……王様だった。

 王様は両手で私の頬を包むと、自分が零した涙を拭《ぬぐ》い額に強く口付けた。
 覆いかぶさった王様の胸元から前から知っていたような香《こう》の香りがした。

「すぐに医師をよんでくる!」

 王様は慌てて部屋を出て行った。

夢のあの人は王様だったんだ⋯――――
…………え?王様!?何でここに!?
って、ここどこ?
あれ?邸宅の……私の寝室だよね?

 まだ重い体はそのままに、首だけを動かし周りを見る。

私……雨のせいで濡れて寝ていたからひどい風邪をひいたんだっけ。
それから、心が弱りに弱って挫《くじ》けて……
そして…お母さんを呼んだ……

ずっと夢をみてた。行ったり来たりして……そっか、あれきっと幽体離脱っていうやつだ。

結局、帰れなかったんだ――――あっちの世界に。

「死んだら帰れるかと思ったのに…」

お母さん、ゴメン。私、帰れなかった……

「そんなことを言わないでくれ!」

 王様の大きな声が私の思考を遮《さえぎ》った。
 開けたドアの戸口で悲壮な顔をしてそう叫んだ王様は、素早くベッドの脇に来ると両膝をついて私の手を両手できつく握り、「ユーリ、すまなかった!全て私が間違っていた!」といきなり謝ってきた。

「王…様?」

王様は、さっきからなんでこんなに必死なんだろう?
そもそも、あの部屋に私を入れたのが王様で……

「陛下、ユーリ様は目覚められたばかりですし、先に診察を。」

 私の頭が?マークでいっぱいになっていると、侍女さんとその後ろにお医者さんらしき人が入ってきた。

侍女さん?あれ?戻ってきたの?

「お目覚めになられて本当によかった。一時はどうなることかと思いましたっ…」

 侍女さんは目頭を抑え涙ぐんで言葉を詰まらせた。

「私…どうして……」

全く状況が理解出来ない。
物凄く急展開してる?

 いろいろ聞きたかったけど、侍女さんの押しに負けて事情がわからないまま診察を受け、薬を飲まされて休まされた。


 翌日、やっと話が聞けた。

 私はあの雨の日以来、十日も寝ていたらしい。
 たまに浅く起きては寝ての繰り返しだったので、十分な栄養や水分も取れず体力的に危なかったとか。

実際、魂が出たり入ったりしてたからね。
いくら重症の風邪でも普通はあんなこと起こらないよね。
やっぱり違う世界を渡ってきたからかな?

 それから驚いたのが、その間に後宮は閉められたってこと。あれだけ賑わせていた姫君たちは全員帰されたらしい。
 それに、これ大切、今回の大騒ぎの原因になった護衛の人も無事仕事に復帰し、元気にしていると教えてもらった。
 私との関係を厳しく問いただされ、全く身に覚えがないと必死に訴えたが、自宅謹慎にされていたらしい。本当に悪いことをしてしまった。でも、よかった、よかった。


「ユーリ、私の誤解で酷い事を言ってしまい、本当に申し訳なかった。
お前の姿を見つけたときは胸の潰れる思いだった。こうして私のもとに戻ってきてくれて、どんなに嬉しいことか。」

 ベッドで体を起こす私の横に寄り添い手を握ってエメラルド色の瞳を揺らしながら許しを請う王様。

「王様、誤解が解けたのなら良かったです。もう大丈夫ですから……」

私の心は壊れていなかった。
あの雨の日、あんなに痛くて痛くて堪《たま》らなかった心は、いまはまた綺麗な色を取り戻して私の中でふわふわとちゃんと浮いているような、そんな感じ。
多分、私が暗闇でウロウロと迷っている間、王様がずっと、言葉で、キスで、涙で真心《まごころ》を私に灌《そそ》いでいてくれたからだと思う。

この人は本当に後悔しているし、私を大切に思ってくれている。
そんな人を、許せないわけがない。

 だから、私はその想いを込めて、王様に微笑んだ。
 王様は、私の『赦し』をちゃんと受け取ってくれたようだ。表情をフニャりと緩めた。

 王様は、私の両手を包んだままベッドから降り傍《かたわら》に膝を着いた。

「『瑞兆』のユーリ姫。ご挨拶が遅くなり申し訳ございません。
私はこの国の国王、エデュアード・レア・ディエトと申します。どうか私のことは、エデュアードとお呼び下さい。
貴女のことを、ユーリとお呼びしてもよろしいでしょうか?」

 突然自己紹介を始めて、今更名前を呼ぶ許可を求める王様に、ポカンとしてしまった。
 王様は「ここからやり直したい。」と言って、そんな私の両手を催促するようにギュッと握った。

「は、はい。王様……」

「エデュアードと、」

 黄金色の長い髪を揺らしながら、小さく首を振り訂正される。

「エデュ…アード…」

 王様は花がほころぶような笑顔で、「はい、ユーリ。」と返事した。




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