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60tage(5)

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  四十五日目。残り七人。
「な~んでこう毎日毎日、山を登り降りしなきゃいけないのかなー!?  めんどくさーい!」
  背後から、ひかりが愚痴を言っている──いや、叫んでいるのが聞こえてくる。その隣で、ひなたが彼女をなだめていた。
「しょうがないでしょ、状況が状況なんだから」
  そんなひなたの後ろで、中野も文句を言っている。
「まさか、頂上付近の生態系が見事にぶっ壊れてるとはねぇ……。ま、仕方ないか」
  ここの山は、森林限界に達するほどは高くない。でもなぜか、動物どころか植物さえないのだ。だから、ほぼ毎日のように食料調達をする必要がある。
  それに加え、島の中心にあるこの山には、十人近い人間が固まっていられる場所がほとんどない。なんとか見つけた場所にも、あと二十日を生き延びられるような所ではなかった。食料も足りなければ、高さもない。段々迫りつつある水に、いつ飲み込まれるか。
「こうやって、毎日少しでも食料を調達しなきゃ駄目なんだよ。……生き延びるためには」
  四十五日間。たった四十五日間で、少なくとも七人の人間が死んでいる。途中で別れたあの人達も、多分、今は──。
「もー!  司もこーきもひなたも静かすぎ!  なんか元気になること話そーよ!」
  突然ひかりが叫んだ。いや、こいつの行動はかなりの確率で突然だが。
「ちょっとひかり……。近所迷惑になるからやめて……」
  双子の片割れの突飛な行動を、ひなたがため息混じりに諌める。
「近所っていっても、僕等しかいないから大丈夫だけどね」
  中野が笑顔で言う。フォローと言えるかどうかは怪しい。
「まあ、俺はひかりが言うことももっともだと思うけど」
  ここで初めて口を挟んだ俺に、全員から驚きの声が上がる。
「「「え!?」」」
  揃いすぎて少し怖いくらいだ。
「……まさか、司に同意されるとは」
「同意」
  ひかりと中野のこの反応までは予想通り。予想できなかったのはこいつの反応だ。
「あ、あの、結城先輩、変なもの食べました?  それとも、ひかりに毒されたとか……?」
  ひなたはどこまでひかりを信用してないんだ。心なしか顔も若干青ざめている。
「どうしたもこうしたもないよ。そう思ったんだから。別に、しんみりする必要もないんだしさ」
「ふーん?」
  まだ中野はなにか言いたげだ。
「なんだよ」
「別に?」
  ……やりづらい。

 * * *

  その日の夕方。俺達はまだ、山の中にいた。
「もうすっかり暗くなっちゃいましたね……。最近、日が落ちるの早くなったような気がするのですが……」
  ひなたが話しかけてきた。
「言われてみれば……」
  この「サバイバル」が始まったのが七月の終わり。だから今は、九月くらいだ。
  そう考えると、日が落ちるのが早すぎるような気がする。
  よく考えてみたら、この島は奇妙なことだらけだ。低すぎる森林限界、動物が一切いない、不自然に上がる水位、早すぎる日没……。それに主催側の目的もよくわからない。
「どうしたんですか?」
  ひなたが不思議そうに聞いてくる。
「……いや、なんでもない」
  確信が持てないことをひとりで考え込む。悪い癖だ。
「つーかーさー、こーきー、ひーなーたー!  これ重い~!」
  真後ろでひかりが叫んでいる。さっきはああ言ったが、いい加減うるさくなってきた。
「ひかりうるさいよ?  ずっと叫んでるじゃない。子供じゃないんだから、それくらいちゃんと持ちなよ」
  ひなたも振り返って、迷惑そうにしている。
  水が早く上がってくるのを見越して、多めに食料──といっても植物だけだが──を調達してきた。だからと言って、音をあげるほどの重さじゃないはずだ。
「日が完全に落ちる前に、もう少し上まで登りたいから、もうちょっと頑張って」
  中野がそう励ますと、ひかりはしぶしぶ「はーい」と返していた。

  それからまた少し歩いたところで、完全に日が落ちてしまった。足場が悪い山の中では、これ以上進むことができない。
「今日はここで野宿か~……。思ったより進まなかったな」
  中野が同意を求めてくる。
「こんなに早く日が落ちるなんて思ってなかったからな。向こうの食料はもつと思うけど、問題は……」
「水、か」
  俺は微かにうなずいた。おおよその予測はついているとはいえ、水が一定の量で上がってくるとは限らない。できることなら、今日のうちに皆がいる場所まで登っておきたかった。
  「サバイバル」開始から四十五日。全体の四分の三が過ぎたが、ここに連れてこられた理由も、目的もよくわからない。ここがどこなのかすら、謎に包まれている。その全てを知りたいとは思わないけど、不可解な所ばかりだ。
「司?  どうした?」
  中野が方眉を上げる。
「……なんでもない」
  その答えを聞いた彼は、大きめのため息をついた。
「司はさ、いっつもなにか考えてるけど、誰にもにも言わないよね」
「…………」
  それに答える気にはなれなかった。中野は構わず続ける。
「別に嫌ってわけじゃないけど……。底が見えないなって思っただけ」

 * * *

  夜が深くなった。雲ひとつない空に、月が高く昇っている。
  水の音が聞こえたような気がして、完全に目が覚めた。跳ね起きて下を見る。
  まだ遠いが、明らかに水位は高くなっている。水が近づいているのが目にとれる。
「ひかり!  ひかり、起きて!」
  ひなたも気付いたようで、懸命にひかりの肩を揺すっている。それでようやく、ひかりは起きたようだ。
「なに?  どうしたの?」
  ひかりの声は完全に寝ぼけている。
「水が来てる。この勢いだと、私達も巻き込まれるかもしれない」
「それヤバいじゃん」
  単細胞は楽だ。危機感がないよりはずっといい。
  ふと横を見ると、中野はぼーっとして座っていた。
「……中野?」
  恐る恐る話しかけると、中野は何事もなかったかのように腰を上げた。
「多分ここは、すぐに水が来るだろうね。早めに登った方がいいんじゃない?」
  呆気にとられる俺を見て、中野は言った。
「どうかした?」
「……別に」
──なあ、隠していることがあるのは、お互い様なんじゃないのか?
  口が開きかけたが、今はそれどころじゃない。この波からどう逃れるかだ。

  ザアザアと波の音が聞こえる。止む気配はない。それどころか、だんだん近づいている。
  なんとか捕まってはいないけど、それも時間の問題かもしれない。
「こうき、これ、木に登るとかしたら駄目なの?」
  ひかりが息を弾ませながら言う。
「あまり意味ないと思う。波がどこまで高くなるのかもわからないから……」
  判断を誤れば、皆揃って水の中だ。
「ひなた……。大丈夫?」
  ひかりが横目でひなたを見た。
「……大丈夫」
「荷物、持つよ?」
  昼間集めた食料は、それなりの大きさのある袋三つに積めてある。それを男二人で持って逃げるには荷が大きすぎたから、ひなたにも協力してもらったが、ひなたはついていくのがやっとになっている。
「いい。それより、前、ちゃんと見て、ついていかないと」
  ひなたは気丈にもそう言った。
  再び目を後ろにやる。また、波が高くなってきた。いくら若くても、体力の限界ってものがある。いつまで逃げられるのかもわからない。
  どれだけ走っただろうか。膝まで水につかるようになってきた。
  地面がでこぼこしてきた。木の根が張っているのだろう。頼りになるのは月明かりだけだから、すぐつまずいてしまいそうだ。
「あっ」
  後ろで小さな悲鳴が聞こえた。
「ひなたっ!」
  ひかりが金切声をあげている。ひなたがつまずいたのだ。
「大丈夫!  先に行っ──」
  ひなたが凍りついた。目を見開いて、なにかを凝視している。
  その刹那、波が盛り上がった。その場にいる全員が、鑪を踏んで動けない。波の中に、生き物の影が見える。 水が、ひなたを覆った。
  ふっと、なにかが動いた。
「ひなた!  捕まって!」
  ひかりが波の中に飛び込むのが見えた。そのまま、ひなたを引っ張りあげる。二人は胸まで水に浸かって、座りこんでいた。
「ひなた!  ひなた!?」
  ひかりはしきりに片割れの名前を呼ぶ。水に飲み込まれたひなたは咳き込みながら答えた。
「平気……。そんなことより、早くここを離れないと……」
  中野が手を貸して、ひなたを立ち上がらせた。ひなたは中野に礼を言い、振り向こうとする──。
「ひなた!  離れろ!」
  俺は思わず叫んでいた。なにか──生物の影のようなものが見えたからだ。
  反応が遅れたひなたは、対応しきれない。中野が腕を引っ張るが、間に合いそうにない。

  鋭い歯が見え、ガツンと、鈍い音がした。

「ひ……かり……?」
  ひなたが恐る恐る呟いた。ひかりの体は、上半身がサメのような生き物の口に飲み込まれている。ひかりはサメとひなたとの間に、身体をねじ込んだのだ。
  呆気にとられているうちに、波が引き始めた。
「……っ!  待って!」
  ひなたが悲鳴をあげた。サメは、ひかりを咥えたまま、引き返していく。
  追いかけようとするひなたを、中野が止めた。
「離して!」
  珍しく声を荒げるひなたに、中野は静かに言った。
「離せないよ。あれを追いかけたら、君も巻き込まれる」
  ひなたはしばらく涙が浮かんだ目で中野を見ていたが、突然膝から崩れ落ちた。
「私の……私のせいだ……。私のせいで、ひかりが……!」
  どう声をかけていいのかわからなかった。ひかりはひなたの代わりに犠牲になった。それは、変えようのない事実だから。
  泣きじゃくる彼女の背を、中野がさすっている。そんなこともできない自分が歯痒かった。

  いつの間にか、水は引いていた。
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