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第三十四話 理屈で解決できないこと
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日が沈み真っ暗になった森の中を進んで行く。止まることなくただ歩き続ける。
「………」
ボロボロになった白狐を連れて来たのはわしの家。随分と辺りに雑草が増え、とても綺麗な状態とは言えない。
それもそのはず。この家に帰ってきたのも神子がいなくなってから一週間も経っている。人間のいる場所よりも生命力に満ちているこの森では植物の成長も早い。そんな植物を一週間も放置すれば雑草が大量にあるこの現状にも納得できる。
通行の邪魔になる雑草を適度に切りながら歩き、家に着いた後に玄関の扉を開ける。その途端に中から数匹の虫が出てくる。
「生命力もまた、面倒じゃの……」
生命力はあればあるほどにいい効果はあるが限度というものがある。その限度を越してしまえば、その生命力はわしら生き物に牙を向く。何事も優秀過ぎてはダメなのじゃ。
玄関から適当な部屋に行き、白狐を床に寝かす。そして部屋に魔力を通して明かりを点ける。
「一週間もすれば貯蔵してた分もからっぽか」
自然消費されるとはいえこうも魔力を無駄にしたと考えると勿体ない気もする。いや、あの時は神子の捜索が最優先じゃった。そんなこと考えている場合ではなかった。
「……ともかく、白狐の回復をしないと」
近くの引き出しから適当に札を取り出し、それを白狐の体の上に置く。そしてわしの指を刀で少し切り流血させ、血の雫を札に垂らす。
「『血癒』」
わしがそう言うと血に濡れた札が赤い光を放ち、その光が白狐を包み込む。すると、白狐の外傷が少しずつではあるものの通常よりも速く治っていく。
妖術の発動に必要な札とは本来魔力を長い月日を重ねて作る。じゃがしかし、今回の場合は治癒の妖術の札がなかった為に血で代用した。血とは魔力を体中に巡らせる体液。完成品にならなくとも限りなく近いものができ妖術も使える。代用するにはうってつけじゃ。
「……わしは、どうすればいいんじゃ」
──ずっと悩んでいた。今のわしに何ができるか、と。
神子は既にわしの想像超えた力を持ち、己が憎しみのために人間を殺そうとしている。普通には止められないと直接対峙したことで嫌な程に思い知らされた。
なら、その力に屈してわしも神子の味方をするべきなのじゃろうか……。
「いやダメじゃ! 殺しで解決するものなんてありはしないんじゃ!」
確かに人間に対してわし自身何度も憎しみを抱いたことがある。神子と対峙する前に殺した人間に対してもじゃ。
──なんて醜い生き物なんじゃろうか、と。
やむを得ず殺してしまったが、後悔している。わしがこうだから、妖ですら殺めることで解決するのが当然だと考えていたから、神子の異変にすら気が付けなかった。
復讐は憎しみを生み、それがまた復讐という形として表面上に出てくる。人を殺すことで解決しようとすれば、その連鎖がいよいよ止まらなくなる。
今頃人間だけでなく人間と争っていた魔族達も神子の存在に気が付いているじゃろう。そうなれば、近いうちに人間だけでなく魔族達もがこの森へ攻め込んで来る。その結果にあるのは破滅のみじゃ。
止めなくてはと思う。じゃが、どうやって?
簡単な話、元凶である神子を始末すれば終わる話ではある。大抵の生き物ならばそういう結論へ達する。
しかし、それは終わりなき戦いをも意味する。決して不可能と言われてきた。それぞれの種族の意思が伝わらなければならな、真に世界が平和になることはない。
神子に対しても分かり合うことができなければ、その先にあるのは後悔と絶望だけだ。この思いをするのは、あの時だけで十分じゃ。
ならば探せ。この世には常に未知というものが存在している。例え誰からも止める方法は殺す以外にないと言われても、何らかの方法は必ず存在する。
「……どこ行くの?」
わしが家から出ようとした途端に白狐が目を覚ましそう聞いてくる。
「なに、少し外の空気を吸いたいだけじゃ」
「……気を付けてね」
「そこまで警戒せんでよい。もう少し体を楽にしておけ」
「うん、そうさせてもらう」
その言葉を聞いた後に家の外に出る。その瞬間、目の前にあの黒い妖狐が立ちはだかる。
「黒い妖狐、なんの用じゃ」
「いや、一体どこに行くんだろうなーってな」
「わしの勝手じゃ。理由なんて中立的な立場のぬしには言えん」
「ほぉー、俺を敵ではなく中立的な立ち位置として見るか」
「ぬしに関しては現状ほんとによくわからん。前は妖の味方をしていると思えば、今はその妖に味方をしていない。何が目的じゃ?」
少し前ならば単純に妖と共に何かをしようとしていたと予想できた。じゃがしかし、今この時になって突然妖の味方をしなくなるのはわけがわからない。
何か特別な理由があるのじゃろうが、少し前と違って全く予想がつかない。また完全に敵になる前に最低でも目的くらいは聞いておかなければならない。
「目的か。強いて言うなら、その目的は既に達成された」
「なんじゃと?」
「俺の目的はただ一つ、お前らが妖と呼ぶ存在の成熟だ。俺はあの存在の成長を望んでいる」
「……成長って、あれは負の心そのものじゃぞ? 森の外の生き物達の悪性の塊があれじゃ。そんなものの成長を望んでいると?」
「そうだ」
なんの迷いもなく答える。その表情と迷いがない返答にこの言葉は冗談ではない。
妖とは負の心の塊。誰もが必要としない存在じゃ。そんなものの成長なんて、一体誰が望むのか。
「あらゆる生き物は良かれ悪しかれ常に成長する。何かの成長を望むことの何が悪い」
「あれは成長してはならないものじゃ。あれ以上に大きく強大になればこの森だけでなくこの世界を滅ぼすのじゃぞ」
「ならば果たして、その成長を阻害する権利がお前にあるのか?」
「………」
生き物の成長とはこの世の理であり決して避けることのできないこと。それを否定することはこの世の生き物そのものを否定することになる。わしは、この世を総べるような神ではなくただの妖狐じゃ。そこまで偉そうなことは言えない。
だがそれはあくまで普通に生きる者達に対してであり、妖のような本能的に生き物を殺すような者達は別だ。
──あれは、この世に存在してはならないものだ。
「生き物を殺すことしかできない。だからこそ危険なんじゃ」
「それは真実なのか?」
「なんじゃと?」
「こう考えたことはないか。妖が生き物を殺す理由が単純に本能がそうしているのではなく、何か目的があっての行動なのだと」
「……奴らに、意思があるとでも言っておるのか?」
「確証はない。だが、奴らに意思がないという確証もないだろ?」
確かに、わしは妖の行動を見て敵だと判断した。意思的なものを感じられなかった為に本能的にそう行動しているのだと思っていた。
じゃがそれは、わしが単に妖の意思を普通には感じられないからじゃったのかもしれない。意思疎通をするための道具も能力もなかったから、このように妖と敵対行動をとっているのかもしれない。
「何でもかんでも決めつけないことだ。決めつけることで謝ったことを思い込み、その思い込みはいずれ後悔を生み出す」
「まるで経験してきたような言い方じゃな」
「赤の他人の経験だ。俺のものでは無い」
そう言うと黒い妖狐は道を譲るようにその場から横へと動く。ただ話がしたかっただけなのじゃろうか。
「ほんの少しだけお前と話したかった。まあ、知りたいことはだいたい知れた。お前が考える妖についてもな」
「……わしは少なくとも、今はもう妖を殺そうなんて考えてはいない」
「殺す以外に神子を助ける方法がないというのにか?」
「それもまた、確証のあることではなかろう」
黒い妖狐の隣を通り、わしは階段のある方とは逆の方にある森の奥へと進む。その際、わしが丁度隣に来るタイミングで黒い妖狐は言う。
「まあ、今はお前らの味方だ。白い奴は見といてやる」
そして黒い妖狐はわしの家の中へと入っていく。本当に白狐を見ておいてくれるのかが不安じゃが、今はそう信じるしかない。
わしが今やるべきなのは神子を助ける術を探すこと。それに全力を注ぎ、必ずその術を見つける。殺すことで解決するなんてことは絶対にしないし、誰にもさせない。
そう決意を固め、わしは森を迷うことなくひたすらに進み抜けると白狐の墓に辿り着く。しかしその場所には既に魔力はなくなっており、当時のような神聖さはなくなっていた。
「……何故か来てしまった」
別に行こうとは思っていなかった。じゃが、体が勝手に動いてここに着いたような、そんな感じじゃ。神子を助ける術を探すと言っておきながら、何故こんな寄り道をしているのか。
そう思いわしはすぐに来た道を引き返そうと後ろへ振り返る。
──しかしその瞬間、わしはそれを聴いた。
「なんじゃ……?」
周りには何もいない。聞こえるのは風の音と草木が揺れる音のみのはずなのに……、
どうしてか、わしにはそれらの音の他に、何者かの唄が聞こえていた。
「………」
ボロボロになった白狐を連れて来たのはわしの家。随分と辺りに雑草が増え、とても綺麗な状態とは言えない。
それもそのはず。この家に帰ってきたのも神子がいなくなってから一週間も経っている。人間のいる場所よりも生命力に満ちているこの森では植物の成長も早い。そんな植物を一週間も放置すれば雑草が大量にあるこの現状にも納得できる。
通行の邪魔になる雑草を適度に切りながら歩き、家に着いた後に玄関の扉を開ける。その途端に中から数匹の虫が出てくる。
「生命力もまた、面倒じゃの……」
生命力はあればあるほどにいい効果はあるが限度というものがある。その限度を越してしまえば、その生命力はわしら生き物に牙を向く。何事も優秀過ぎてはダメなのじゃ。
玄関から適当な部屋に行き、白狐を床に寝かす。そして部屋に魔力を通して明かりを点ける。
「一週間もすれば貯蔵してた分もからっぽか」
自然消費されるとはいえこうも魔力を無駄にしたと考えると勿体ない気もする。いや、あの時は神子の捜索が最優先じゃった。そんなこと考えている場合ではなかった。
「……ともかく、白狐の回復をしないと」
近くの引き出しから適当に札を取り出し、それを白狐の体の上に置く。そしてわしの指を刀で少し切り流血させ、血の雫を札に垂らす。
「『血癒』」
わしがそう言うと血に濡れた札が赤い光を放ち、その光が白狐を包み込む。すると、白狐の外傷が少しずつではあるものの通常よりも速く治っていく。
妖術の発動に必要な札とは本来魔力を長い月日を重ねて作る。じゃがしかし、今回の場合は治癒の妖術の札がなかった為に血で代用した。血とは魔力を体中に巡らせる体液。完成品にならなくとも限りなく近いものができ妖術も使える。代用するにはうってつけじゃ。
「……わしは、どうすればいいんじゃ」
──ずっと悩んでいた。今のわしに何ができるか、と。
神子は既にわしの想像超えた力を持ち、己が憎しみのために人間を殺そうとしている。普通には止められないと直接対峙したことで嫌な程に思い知らされた。
なら、その力に屈してわしも神子の味方をするべきなのじゃろうか……。
「いやダメじゃ! 殺しで解決するものなんてありはしないんじゃ!」
確かに人間に対してわし自身何度も憎しみを抱いたことがある。神子と対峙する前に殺した人間に対してもじゃ。
──なんて醜い生き物なんじゃろうか、と。
やむを得ず殺してしまったが、後悔している。わしがこうだから、妖ですら殺めることで解決するのが当然だと考えていたから、神子の異変にすら気が付けなかった。
復讐は憎しみを生み、それがまた復讐という形として表面上に出てくる。人を殺すことで解決しようとすれば、その連鎖がいよいよ止まらなくなる。
今頃人間だけでなく人間と争っていた魔族達も神子の存在に気が付いているじゃろう。そうなれば、近いうちに人間だけでなく魔族達もがこの森へ攻め込んで来る。その結果にあるのは破滅のみじゃ。
止めなくてはと思う。じゃが、どうやって?
簡単な話、元凶である神子を始末すれば終わる話ではある。大抵の生き物ならばそういう結論へ達する。
しかし、それは終わりなき戦いをも意味する。決して不可能と言われてきた。それぞれの種族の意思が伝わらなければならな、真に世界が平和になることはない。
神子に対しても分かり合うことができなければ、その先にあるのは後悔と絶望だけだ。この思いをするのは、あの時だけで十分じゃ。
ならば探せ。この世には常に未知というものが存在している。例え誰からも止める方法は殺す以外にないと言われても、何らかの方法は必ず存在する。
「……どこ行くの?」
わしが家から出ようとした途端に白狐が目を覚ましそう聞いてくる。
「なに、少し外の空気を吸いたいだけじゃ」
「……気を付けてね」
「そこまで警戒せんでよい。もう少し体を楽にしておけ」
「うん、そうさせてもらう」
その言葉を聞いた後に家の外に出る。その瞬間、目の前にあの黒い妖狐が立ちはだかる。
「黒い妖狐、なんの用じゃ」
「いや、一体どこに行くんだろうなーってな」
「わしの勝手じゃ。理由なんて中立的な立場のぬしには言えん」
「ほぉー、俺を敵ではなく中立的な立ち位置として見るか」
「ぬしに関しては現状ほんとによくわからん。前は妖の味方をしていると思えば、今はその妖に味方をしていない。何が目的じゃ?」
少し前ならば単純に妖と共に何かをしようとしていたと予想できた。じゃがしかし、今この時になって突然妖の味方をしなくなるのはわけがわからない。
何か特別な理由があるのじゃろうが、少し前と違って全く予想がつかない。また完全に敵になる前に最低でも目的くらいは聞いておかなければならない。
「目的か。強いて言うなら、その目的は既に達成された」
「なんじゃと?」
「俺の目的はただ一つ、お前らが妖と呼ぶ存在の成熟だ。俺はあの存在の成長を望んでいる」
「……成長って、あれは負の心そのものじゃぞ? 森の外の生き物達の悪性の塊があれじゃ。そんなものの成長を望んでいると?」
「そうだ」
なんの迷いもなく答える。その表情と迷いがない返答にこの言葉は冗談ではない。
妖とは負の心の塊。誰もが必要としない存在じゃ。そんなものの成長なんて、一体誰が望むのか。
「あらゆる生き物は良かれ悪しかれ常に成長する。何かの成長を望むことの何が悪い」
「あれは成長してはならないものじゃ。あれ以上に大きく強大になればこの森だけでなくこの世界を滅ぼすのじゃぞ」
「ならば果たして、その成長を阻害する権利がお前にあるのか?」
「………」
生き物の成長とはこの世の理であり決して避けることのできないこと。それを否定することはこの世の生き物そのものを否定することになる。わしは、この世を総べるような神ではなくただの妖狐じゃ。そこまで偉そうなことは言えない。
だがそれはあくまで普通に生きる者達に対してであり、妖のような本能的に生き物を殺すような者達は別だ。
──あれは、この世に存在してはならないものだ。
「生き物を殺すことしかできない。だからこそ危険なんじゃ」
「それは真実なのか?」
「なんじゃと?」
「こう考えたことはないか。妖が生き物を殺す理由が単純に本能がそうしているのではなく、何か目的があっての行動なのだと」
「……奴らに、意思があるとでも言っておるのか?」
「確証はない。だが、奴らに意思がないという確証もないだろ?」
確かに、わしは妖の行動を見て敵だと判断した。意思的なものを感じられなかった為に本能的にそう行動しているのだと思っていた。
じゃがそれは、わしが単に妖の意思を普通には感じられないからじゃったのかもしれない。意思疎通をするための道具も能力もなかったから、このように妖と敵対行動をとっているのかもしれない。
「何でもかんでも決めつけないことだ。決めつけることで謝ったことを思い込み、その思い込みはいずれ後悔を生み出す」
「まるで経験してきたような言い方じゃな」
「赤の他人の経験だ。俺のものでは無い」
そう言うと黒い妖狐は道を譲るようにその場から横へと動く。ただ話がしたかっただけなのじゃろうか。
「ほんの少しだけお前と話したかった。まあ、知りたいことはだいたい知れた。お前が考える妖についてもな」
「……わしは少なくとも、今はもう妖を殺そうなんて考えてはいない」
「殺す以外に神子を助ける方法がないというのにか?」
「それもまた、確証のあることではなかろう」
黒い妖狐の隣を通り、わしは階段のある方とは逆の方にある森の奥へと進む。その際、わしが丁度隣に来るタイミングで黒い妖狐は言う。
「まあ、今はお前らの味方だ。白い奴は見といてやる」
そして黒い妖狐はわしの家の中へと入っていく。本当に白狐を見ておいてくれるのかが不安じゃが、今はそう信じるしかない。
わしが今やるべきなのは神子を助ける術を探すこと。それに全力を注ぎ、必ずその術を見つける。殺すことで解決するなんてことは絶対にしないし、誰にもさせない。
そう決意を固め、わしは森を迷うことなくひたすらに進み抜けると白狐の墓に辿り着く。しかしその場所には既に魔力はなくなっており、当時のような神聖さはなくなっていた。
「……何故か来てしまった」
別に行こうとは思っていなかった。じゃが、体が勝手に動いてここに着いたような、そんな感じじゃ。神子を助ける術を探すと言っておきながら、何故こんな寄り道をしているのか。
そう思いわしはすぐに来た道を引き返そうと後ろへ振り返る。
──しかしその瞬間、わしはそれを聴いた。
「なんじゃ……?」
周りには何もいない。聞こえるのは風の音と草木が揺れる音のみのはずなのに……、
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