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第三十話 想定外の強さ

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「………また一つ」
「何がじゃ」
「いや、別に何も無い」

 突然黒い妖狐は独り言のように呟く。その言葉に疑問を抱き、もしかすると神子に関係することなのではと考える。

「……そんなに心配?」
「……ああ。神子は今、どのような気持ちでいるのじゃろうか」

 わしを恨んでいるのじゃろうか。それとも、あの時のように一人で塞ぎ込んで、自分を騙しているのじゃろうか。わしのことでは無いが、胸が痛む。

「ねぇ、あれ」
「ん?」

 白狐が隣から森の奥を指さす。特にわしには何も見えないが、あんな影しかない場所に何かがいるのじゃろうか。

「……っ!」

 いや待て、何かがおかしい。目の前にあるのは森の木々じゃがあれほどまでに暗いのは奇妙じゃ。葉の隙間から日が差していない。
 今の時間帯は夕方、それもまだ明るい方。それなのに、あの影はどんどん大きくなっている。

「あれ~、仙狐様じゃないですか~」

 ──その瞬間、彼女の声が聞こえた。

「っ!?」

 その声はわしの想像していたよりも明るく、とても無邪気な少女という感じであった。声は同じでもわしは彼女のこの部分を知らない。
 すたっと足音が聞こえた途端、周りが一気に暗くなり先程まで辺りを照らしていた夕陽が黒く染っている。同時に空気も重たくなる。ここまでの威圧感があるとは……。

「やっと会えた、私の大好きな仙狐様」
「……神子」

 その姿はあまりにも黒く染まっており、わしの知る神子の姿ではなかった。
 あまりにも黒い。わしが見てきた妖の中でも最上級レベルじゃ。想像を遥かに上回り過ぎている。

「あ、貴方が、神子……!」
「……誰ですか、貴方は?」

 氷のようにとても冷たい返事。それに話し方も前よりもより女性っぽくなっている。
 冷や汗が出てくる。相手はあの神子だと言うのに、わしは恐怖してしまっているのか……。体が反射的に拒絶してしまっている。

「もう一人……ああ、の一部じゃないですか」
「一部?」

 黒い妖狐に向けて神子が放った一言。その意味がわからない。あやつが神子の一部とはどういうことなのじゃ。

「まあ、そんなことはどうでもいいんです」
「………」
「私、この森を守るために近くの町の人間達を殺してきたんです。誰一人として残さず、そしてきっちりと」
「貴方、自分が何をしたかわか、うあっ!?」
「赤の他人が入ってこないでください」
「白狐!」

 白狐が口を挟むと神子が自身の影を伸ばし白狐の足元から侵食し始める。その途端、白狐は頭を抑えて苦しみ始め、急いでわしは白狐に駆け寄る。
 この侵食と精神的な攻撃、どれも妖が使ってきたものじゃ。

「……どうして、そんなやつを助けるんですか?」
「理由なんてない。苦しむ者がいれば助ける、わしと共にいたぬしならわかるじゃろう!」
「……ふふふ、ふふふふふ」
「神子……?」

 突然顔を下に向け笑い始める神子。そして、笑い終えた瞬間にわしを見て口を開く。

「なんて可哀想」
「可哀想……?」
「だって、そいつのような苦しむ人がいるから仙狐様は助けなきゃならない。まるで呪いじゃないですか」
「……ぬしも今、同じようにに呪われているではないか」
「いいえ、これは力です。私がこの森を守るために得た力です」
「その力が、どれ程までに危険で他人を傷付けるのか。それくらいはわかっているじゃろう!」

 必死の説得。できれば……いや、わしは神子とは戦いたくない。もしも戦えば、わしは神子の思いを裏切ることになる。そうすれば彼女に味方する者は、もうあの妖共しかいなくなる。
 そうなってしまえば、完全に神子は自我を失い、もう助けられなくなる。つまり、殺すしか手が無くなってしまう。

「そんな力なんてなくとも、わしとぬしでこの森なんて簡単に守れる。じゃから、そんな力なんて」
「いらない、とでも言うんですか?」
「っ……」
「結局、貴方も彼らと同じなんですね」
「………」
「守るのが力? 信頼こそが力? そんな言葉聞き飽きました」

 神子が今まで以上に冷たい表情でわしを見る。その瞬間、心臓の鼓動が早くなる。

「守るのが力なんて、結局は人を傷つける力。信頼こそが力なんて、それも結局は同じ人を傷つける力。それなら、そんな回りくどいことをするよりも、もう人を傷つけることに特化した方がいいじゃないですか」
「それが、この世の中を救うとでも言いたいのか?」
「ええ。森を守るのは外敵である生き物全てがいなければいい。簡単な話じゃないですか」
「それじゃあ、何も解決しておらん!」

 人を殺したところで世界は新たな生き物を生み出す。そしてその生き物を同じように殺したとしても、いずれはまた生まれる。それが生命というものじゃ。
 それに、人殺しで得た平和なんぞ本当の平和ではない。ただ、人々を恐怖で縛り付けているだけじゃ。

「そんな人殺しをしても、誰も救われないんじゃ!」
「……どうやら、貴方と私とでは意見が食い違うようですね。仙狐様だったら理解してくれると思ったんですけどね」
「っ……」
「安心してください。仙狐様は、汚らしい人間殺される前に私の手で殺して上げますから。そう、ずっと、ずっと、もう離れ離れにならないように」

 神子はお腹を擦りながら言う。そして、ニヤッ笑い目を細めてわしを見る。

 その瞬間、白狐の時と同じように影を伸ばして来る。それを反射的に回避し影から距離を置く。

「どうして避けるんですか? 辛いだけですよ?」
「くっ……」

 神子を助けるという目的があってもやり方わからなければそもそも手段もない。撤退しようにも白狐が動けないし、神子も見逃すつもりはないらしいためできない。

「どうした、何故攻撃しない?」
「黙っておれ!」

 必死に考えているところでそんなくだらない質問をしないで欲しい。

「……はあ、そこまでだ化け物」

 突然黒い妖狐が溜め息と共にわしと神子の間に入る。一体なんのつもりじゃヤツめ。

「邪魔しないでください」
「いや、邪魔させてもらう。これ以上は埒が明かない」
「この場で一番強い私に楯突くんですか?」
「そうじゃない。ただの提案だ」
「提案?」
「今のお前の目的は人間の抹殺。先にそちらを片付けてはどうだ?」
「………」
「安心しろ。こいつらは必ずお前のことを追いかけて来る」
「……わかりました」

 黒い妖狐の提案を呑んだ神子は白狐やわしに向けて伸ばしていた影を自分の元へ戻す。そして、足元を中心に渦を巻くように影を広げる。

「もう私は、貴方の知る弱い私じゃない。貴方なんて、いつでも殺せるんです」

 ──だからもう、私の前に来ないで下さい。

「──!?」

 神子の口から発せられる声とは別にもう一つ、脳に直接語り掛けてくるように声が聞こえた。その声は神子の声で、今にも泣き出しそうな弱々しいものだった。

「次会った時は、その助けようなんて考えないでくださいね。私は貴方と違って容赦しませんから」
「待つんじゃ、神子!」

 わしが神子に呼びかけるも、神子はその呼び掛けを無視して自らが作った影の中へと入っていく。そして神子が影の中に完全に入り姿が見えなくなると同時にその影が消滅し、周りの風景も元の状態へと戻った。

「……ぐあっ!」

 何もできなかったことに対しての悔しさから自分に怒りを感じ、座り込んだ後に自分の頭を地面に向けて思いっきりぶつける。

「……神子」

 割れるような頭への痛みに耐えながら、わしはそう呟く。
 その呟きは、森の木々を揺らす風の音で掻き消された。
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