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第二十二話 覚悟と約束
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最近よく体調を崩す。それはもう、生まれつき病弱だった人並にだ。これを機に、私は何かをする事にどんどん体が衰弱してきている気がしてならない。
「……大丈夫ですか?」
「うん、大丈夫……多分」
今は仙狐様の家にて敷布団の上で寝込んでいる。そしてウルさんに看病をしてもらっている。しかし、ご飯については流石のウルさんでも作れないので軽く米粥を作って食べた。意識が朦朧としている中、ウルさんの手伝いを受けて作ったものなので美味しいかと言われれば微妙だ。
米粥を食べ終わった後はずっとこうして寝込んでいる。そんな中でたまにウルさんの肉球を触って癒されている。
その時、この家の鍵が開き扉が開く音が聞こえた。
「帰ったぞー」
「……おかえりなさい、です」
家に入って来たのは、出ていく時よりも主に服が少しだけボロボロになっている仙狐様であった。
勿論帰ってきたことは嬉しいが、歓迎できるほどの体調でないのが残念だ。
「なんじゃ、また体調を崩しておるのか?」
「アハハハ……」
「……わしがいない間、どれだけの妖を倒した?」
「はっきりとは数えてませんが、大体十体くらい、ですね。基本的に、ここの近くの妖だけ倒してました」
仙狐様が出て行ったのはちょうど一週間前。そこから今日まで現れた妖はどれもあの時の妖よりも弱かったので特に苦戦することはなかった。
少し気になったこととしては、やけに数が多かったことだ。恐らく人間と魔族の戦いが激しくなってきたのが原因だろう。だが、それにしては弱過ぎる気もする。
なんだろう、この違和感……。
「……それにしてもその体調不良、何か原因とかわかるかの?」
「さあ、多分疲労によるものだと、私は思ってます」
「……まあ、今はゆっくり眠っておけ。夜ご飯時には起こしてやるぞ?」
仙狐様はそう言って、私の額に手を当てる。その手は何故かいつものような暖かさはなく、とても冷たかった。
「お願いします……」
きっと、この一週間頑張ったせいで仙狐様も疲れが溜まっているんだ。少し自分だけ休むのは申し訳ないと思ったが、襲いかかる睡魔には勝てずそのまま私は瞼を閉じた。
***
神子が瞼を閉じる。そしてそのまま寝息を立てて気持ちよく眠り始めた。とてもいい寝顔じゃ。
「仙狐様?」
「……ウル、できれば今この場から離れてくれんかの」
「どうしたんですか?」
「少し、神子と二人っきりになりたいんじゃ。ウルも一週間ぶりに同族に顔を見せた方がいいじゃろう」
「……わかりました」
わしがそう言うと、ウルは少しわしの言葉に疑問を抱いたのかチラッとこっちを見た後に外に出て行った。
「………」
わしは神子と二人っきりになったこの空間を懐かしく感じる。たった一週間という短い期間じゃが、何故かそう感じた。そう言えば、わしが神子を助けたのはちょうど二週間前くらいじゃったか。
「どうして、こんな感じになったんじゃろかなー」
最初はほんの出来心じゃった。ただの人間なんて、別に助けようとも思わなかった。多分、神子もわしなんてどうでもいいただの生き物としか思っていなかったはずじゃ。
じゃが、何となくわしの大切じゃった人と同じような雰囲気を感じた。今はもういない彼女の生まれ変わりなんじゃないかとさえ思うほどに。
「………」
わしは寝ている神子の横に座り込む。そして、持っていた刀の鞘をゆっくりと抜いていく。
じゃから、今度はもう同じような過ちは繰り返さない。前のようなことになるのは避けねばならない。それが、仙狐としての役目じゃ。
「………」
わしは抜いた刀の刃先を神子の胸に突き付ける。スっと腕を降ろせばすぐに突き刺さる。
今ここで、わしが神子を殺す。そうすれば少なくとも、この森の者達を救うことができる。これ以上、あの妖の被害が増えることもない。
「あの妖が、ぬしのでなければ……」
今はこの森に甚大なる被害を及ぼしている妖の正体は恐らく、神子が人間だった頃に生まれた妖じゃ。じゃからあの時市場で見かけた時に神子は頭痛を訴えた。
妖とは、その妖を生んだ本人が遭遇してしまうとその妖が生まれる原因となった記憶が無理やり呼び起こされる。いわば、恐怖や憎悪を呼び起こすのじゃ。あの妖ほど強いものじゃと相当な恐怖や憎悪があの妖の中にある。
「もう、思い出したくないようなことなんじゃな……」
自分の名前を忘れてもそれ以外の記憶は残る。それが返って神子を苦しめている。こうなっているのも、わしの責任でもある。
じゃから、わしは神子を苦しみから解放する意味も込めて、この刀を降ろす。こんな方法しかないのが残念じゃ。
「……さよならじゃ、神子」
そう言ってわしは手に持っている刀を降ろした。
しかし、ギリギリのところでわしの腕は止まった。誰かに止められているのではない。わし自身が神子を殺すことを拒んだんじゃ。
「……どうして、わしは、覚悟を決めた、はずなのに……」
ここで殺さなくて、前にどうなったのかを覚えておらんのかこの間抜け。また、同じ過ちを繰り返すつもりなのか。
──ちゃんと次は、守ってね。
「っ……」
誰もいない。ここにはわしと神子しかいない。なのに、何故か声が聞こえた。それも、今聞こえたのはあの時の彼女の声と言葉じゃ。
「どうしてなんじゃ……」
どうして今になってはっきりと思い出す。もう彼女は死んだんじゃ。そんな、苦い記憶をなぜ今思い出すんじゃ。
──迷いは時に人を傷つけ、苦しめる。だから……
「……そうじゃの。ぬしはいつも言っておったな。『迷うくらいなら思い切れ』って」
先のこと──つまり結果のみを考えるのは嫌いじゃが、その過程においてやはり迷いや悩みというものは生じてしまう。しかし、そういう時は自分の気持ちに正直になれと教えられた。
「わしは……」
わしはそっと、手に持っていた刀を収めた。そしてそのまま立ち上がる。
わしはどれだけの覚悟をしたところで、神子を殺すなんてことは出来ない。殺せば、それは神子に対する裏切りじゃ。
神子は既に何度も裏切られ、信用されず、まるで人形のように扱われてきた。わしはそんな神子を助けた。もしそこでまた神子を裏切ればどうなる。神子は人間だけじゃなくこの世全てのありとあらゆる生き物を憎み、失望するじゃろう。そうなればもう手がつけられなくなる。
じゃからわしは、神子を守ることに決めた。もしも誰かが神子を殺そうとして、神子がその誰かを殺そうとすれば代わりにわしが殺す。恨むのなら恨むがいい。そんなこと、とうの昔に慣れておるわ。
「……ゆっくりと眠れ。助けるともう決めたんじゃ」
きっと、妖と神子の繋がりを絶つ方法がある。今度は手遅れになる前に神子を本当の意味で助け出す。
「……あやつとの約束もあるしの」
わしは神子の眠る部屋から出て行き、帰り際に適当に摘んで来た花を持ち家の外に出た。そしてそこから家の裏へと回り、その先の森を真っ直ぐ歩いて行く。
水が流れ落ちる音がする。とても心が安らぐ。
少し進むとそこには、今いるこの場所を守るように木が周りに生えており、澄んだ川の水が小さな滝を作り、石柱が何本か立っている。それはとても神聖さがある空間があった。
そしてその中心には、お墓がポツンと一つだけあった。
「元気にしておったか?」
わしはそう言いながらその墓に近づいて行く。
この墓はわし自身が成長するきっかけを作ってくれたとても大切な人のお墓だ。そんなお墓にわしは空き時間があれば来ている。神子が入浴中の浴室に入り込んだあの日も来ていた。
「すまんの、少しいつもより遅れたわい」
何も返答はないが、そのままわしはいつものように話を続ける。この声が彼女に届くことを願いながの。
しかし、最近少し妙なことが起こっている。この辺りは彼女が生前いつもいた場所。じゃから、ここには彼女の魔力で溢れている。それは彼女が死んだ後でも健在じゃ。じゃが、最近になってその魔力がなくなりつつある。これもまた、今起こっていることと何か関係しているのじゃろうか。
「ぬしならきっとこういう時、神子を殺したじゃろうな。ぬしは誰よりも周りを気にする人じゃったからの」
持っていた花束をお墓の前に置き、そのまま話を続ける。
彼女はどんな時でも人を助け、人のために尽くしていた。それはもう、自分よりも他人が最優先という程に。ただの命知らずと皆は言っていたが、そんな命知らずなのが彼女の性格であり、生まれつき持つ性なのじゃ。
「さて、わしはもう行くとするかの」
少しお墓の掃除をした後に、わしは最初に入ってきた所からわしの家に向かって歩き始めた。
その途中、ルフが言っていた黒い妖狐についてふと嫌な可能性が頭によぎった。
「……もしかすると」
有り得ないことじゃが、その可能性は捨てきれない。いや、可能性としては十分ある。ただわしが信じたくないだけじゃ。
──白狐がもしも、その黒い妖狐だと言う可能性を。
わしはこれから起こるであろう事に不安になりつつ、神子が寝ているわしの家へ帰って行った。
「……大丈夫ですか?」
「うん、大丈夫……多分」
今は仙狐様の家にて敷布団の上で寝込んでいる。そしてウルさんに看病をしてもらっている。しかし、ご飯については流石のウルさんでも作れないので軽く米粥を作って食べた。意識が朦朧としている中、ウルさんの手伝いを受けて作ったものなので美味しいかと言われれば微妙だ。
米粥を食べ終わった後はずっとこうして寝込んでいる。そんな中でたまにウルさんの肉球を触って癒されている。
その時、この家の鍵が開き扉が開く音が聞こえた。
「帰ったぞー」
「……おかえりなさい、です」
家に入って来たのは、出ていく時よりも主に服が少しだけボロボロになっている仙狐様であった。
勿論帰ってきたことは嬉しいが、歓迎できるほどの体調でないのが残念だ。
「なんじゃ、また体調を崩しておるのか?」
「アハハハ……」
「……わしがいない間、どれだけの妖を倒した?」
「はっきりとは数えてませんが、大体十体くらい、ですね。基本的に、ここの近くの妖だけ倒してました」
仙狐様が出て行ったのはちょうど一週間前。そこから今日まで現れた妖はどれもあの時の妖よりも弱かったので特に苦戦することはなかった。
少し気になったこととしては、やけに数が多かったことだ。恐らく人間と魔族の戦いが激しくなってきたのが原因だろう。だが、それにしては弱過ぎる気もする。
なんだろう、この違和感……。
「……それにしてもその体調不良、何か原因とかわかるかの?」
「さあ、多分疲労によるものだと、私は思ってます」
「……まあ、今はゆっくり眠っておけ。夜ご飯時には起こしてやるぞ?」
仙狐様はそう言って、私の額に手を当てる。その手は何故かいつものような暖かさはなく、とても冷たかった。
「お願いします……」
きっと、この一週間頑張ったせいで仙狐様も疲れが溜まっているんだ。少し自分だけ休むのは申し訳ないと思ったが、襲いかかる睡魔には勝てずそのまま私は瞼を閉じた。
***
神子が瞼を閉じる。そしてそのまま寝息を立てて気持ちよく眠り始めた。とてもいい寝顔じゃ。
「仙狐様?」
「……ウル、できれば今この場から離れてくれんかの」
「どうしたんですか?」
「少し、神子と二人っきりになりたいんじゃ。ウルも一週間ぶりに同族に顔を見せた方がいいじゃろう」
「……わかりました」
わしがそう言うと、ウルは少しわしの言葉に疑問を抱いたのかチラッとこっちを見た後に外に出て行った。
「………」
わしは神子と二人っきりになったこの空間を懐かしく感じる。たった一週間という短い期間じゃが、何故かそう感じた。そう言えば、わしが神子を助けたのはちょうど二週間前くらいじゃったか。
「どうして、こんな感じになったんじゃろかなー」
最初はほんの出来心じゃった。ただの人間なんて、別に助けようとも思わなかった。多分、神子もわしなんてどうでもいいただの生き物としか思っていなかったはずじゃ。
じゃが、何となくわしの大切じゃった人と同じような雰囲気を感じた。今はもういない彼女の生まれ変わりなんじゃないかとさえ思うほどに。
「………」
わしは寝ている神子の横に座り込む。そして、持っていた刀の鞘をゆっくりと抜いていく。
じゃから、今度はもう同じような過ちは繰り返さない。前のようなことになるのは避けねばならない。それが、仙狐としての役目じゃ。
「………」
わしは抜いた刀の刃先を神子の胸に突き付ける。スっと腕を降ろせばすぐに突き刺さる。
今ここで、わしが神子を殺す。そうすれば少なくとも、この森の者達を救うことができる。これ以上、あの妖の被害が増えることもない。
「あの妖が、ぬしのでなければ……」
今はこの森に甚大なる被害を及ぼしている妖の正体は恐らく、神子が人間だった頃に生まれた妖じゃ。じゃからあの時市場で見かけた時に神子は頭痛を訴えた。
妖とは、その妖を生んだ本人が遭遇してしまうとその妖が生まれる原因となった記憶が無理やり呼び起こされる。いわば、恐怖や憎悪を呼び起こすのじゃ。あの妖ほど強いものじゃと相当な恐怖や憎悪があの妖の中にある。
「もう、思い出したくないようなことなんじゃな……」
自分の名前を忘れてもそれ以外の記憶は残る。それが返って神子を苦しめている。こうなっているのも、わしの責任でもある。
じゃから、わしは神子を苦しみから解放する意味も込めて、この刀を降ろす。こんな方法しかないのが残念じゃ。
「……さよならじゃ、神子」
そう言ってわしは手に持っている刀を降ろした。
しかし、ギリギリのところでわしの腕は止まった。誰かに止められているのではない。わし自身が神子を殺すことを拒んだんじゃ。
「……どうして、わしは、覚悟を決めた、はずなのに……」
ここで殺さなくて、前にどうなったのかを覚えておらんのかこの間抜け。また、同じ過ちを繰り返すつもりなのか。
──ちゃんと次は、守ってね。
「っ……」
誰もいない。ここにはわしと神子しかいない。なのに、何故か声が聞こえた。それも、今聞こえたのはあの時の彼女の声と言葉じゃ。
「どうしてなんじゃ……」
どうして今になってはっきりと思い出す。もう彼女は死んだんじゃ。そんな、苦い記憶をなぜ今思い出すんじゃ。
──迷いは時に人を傷つけ、苦しめる。だから……
「……そうじゃの。ぬしはいつも言っておったな。『迷うくらいなら思い切れ』って」
先のこと──つまり結果のみを考えるのは嫌いじゃが、その過程においてやはり迷いや悩みというものは生じてしまう。しかし、そういう時は自分の気持ちに正直になれと教えられた。
「わしは……」
わしはそっと、手に持っていた刀を収めた。そしてそのまま立ち上がる。
わしはどれだけの覚悟をしたところで、神子を殺すなんてことは出来ない。殺せば、それは神子に対する裏切りじゃ。
神子は既に何度も裏切られ、信用されず、まるで人形のように扱われてきた。わしはそんな神子を助けた。もしそこでまた神子を裏切ればどうなる。神子は人間だけじゃなくこの世全てのありとあらゆる生き物を憎み、失望するじゃろう。そうなればもう手がつけられなくなる。
じゃからわしは、神子を守ることに決めた。もしも誰かが神子を殺そうとして、神子がその誰かを殺そうとすれば代わりにわしが殺す。恨むのなら恨むがいい。そんなこと、とうの昔に慣れておるわ。
「……ゆっくりと眠れ。助けるともう決めたんじゃ」
きっと、妖と神子の繋がりを絶つ方法がある。今度は手遅れになる前に神子を本当の意味で助け出す。
「……あやつとの約束もあるしの」
わしは神子の眠る部屋から出て行き、帰り際に適当に摘んで来た花を持ち家の外に出た。そしてそこから家の裏へと回り、その先の森を真っ直ぐ歩いて行く。
水が流れ落ちる音がする。とても心が安らぐ。
少し進むとそこには、今いるこの場所を守るように木が周りに生えており、澄んだ川の水が小さな滝を作り、石柱が何本か立っている。それはとても神聖さがある空間があった。
そしてその中心には、お墓がポツンと一つだけあった。
「元気にしておったか?」
わしはそう言いながらその墓に近づいて行く。
この墓はわし自身が成長するきっかけを作ってくれたとても大切な人のお墓だ。そんなお墓にわしは空き時間があれば来ている。神子が入浴中の浴室に入り込んだあの日も来ていた。
「すまんの、少しいつもより遅れたわい」
何も返答はないが、そのままわしはいつものように話を続ける。この声が彼女に届くことを願いながの。
しかし、最近少し妙なことが起こっている。この辺りは彼女が生前いつもいた場所。じゃから、ここには彼女の魔力で溢れている。それは彼女が死んだ後でも健在じゃ。じゃが、最近になってその魔力がなくなりつつある。これもまた、今起こっていることと何か関係しているのじゃろうか。
「ぬしならきっとこういう時、神子を殺したじゃろうな。ぬしは誰よりも周りを気にする人じゃったからの」
持っていた花束をお墓の前に置き、そのまま話を続ける。
彼女はどんな時でも人を助け、人のために尽くしていた。それはもう、自分よりも他人が最優先という程に。ただの命知らずと皆は言っていたが、そんな命知らずなのが彼女の性格であり、生まれつき持つ性なのじゃ。
「さて、わしはもう行くとするかの」
少しお墓の掃除をした後に、わしは最初に入ってきた所からわしの家に向かって歩き始めた。
その途中、ルフが言っていた黒い妖狐についてふと嫌な可能性が頭によぎった。
「……もしかすると」
有り得ないことじゃが、その可能性は捨てきれない。いや、可能性としては十分ある。ただわしが信じたくないだけじゃ。
──白狐がもしも、その黒い妖狐だと言う可能性を。
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