私が人間をやめたのには理由がある

幻影刃

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第十五話 異様な時

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 木の枝を乗り継ぎ、風を切る速さで私は森を駆け抜けていた。お陰で耳には風の音しか入らない。

「今日の晩御飯はどうしようか……。いつも通りにするか少し変えてみるか……」

 私達猫族はみな共通して魚を好む。だからといって魚以外を食せないということではない。ちゃんと食生活は整えなければ体に悪いしな。

 しかし、最近妖が増えてきていることがどうも気になる。人間と魔族が戦争してるというが、本当にそれだけが原因なのだろうか。
 今までの妖なら私の『ホーリーショット』を一発でも命中させれば浄化することが出来た。しかし今回は違った。ある程度弱らせなければ私の『ホーリーショット』は浄化するどころか傷一つ負わすことが出来なかった。

「これが所謂、ってものなか?」

 だったら、私も強くなっていく妖に負けないくらいに強くなっていけばいいだけだ。恐らくそれは、仙狐様と神子と同じ考えであろう。当然だ。
 まあとりあえず、今日の妖は浄化した。さっさと家に帰って晩御飯を食べるとしよう。
 そうして私は、猫族が多く住む森の一角へと向かって行った。

 私が家に帰る頃には既に日は暮れ、木に掛けてあるランタンがこの辺り一帯を照らしていた。

「ふぅー……やっぱりいつも通りの魚料理でいいか」

 今日の晩御飯も決まったので、早速昨日買ってきた魚を料理しようと家のドアノブに手をかける。
 しかし、この時私はこの辺り一帯に漂う異様な空気に気がつく。いや正確には、と言う方がいい。

「……待って」

 やけに静かだ。日が暮れているとしても就寝時間はまだまだ先だ。
 それ以前に、。まるでゴーストタウンだ。

 ──嫌な予感がした。いくらなんでもおかしい。

 私は一度魚のことを脳内から追い出し、他の猫族の家に向かった。
 一軒目。明かりがついているが何も聞こえない。
 二軒目。全く一軒目と同じ。
 三軒目──

 それから猫族の家の他に、ここでは数は少ないが少数のエルフの家も確認してみた。しかし誰もいない。全く、肉片一つない。殺されたというのならば死体あるはずだ。

 私がとにかく誰でもいいと人を探していると、何か黒い影が見えた。その影はまるでこの暗闇に溶け込むような素早さと格好をしていた。この目の良さがなかったら見逃していただろう。そして、動きからして恐らく人だ。
 もしかすると、ここで何が起こったのかを知っているかもしれない。

「すまない! 少し尋ねたいんだが!」

 お腹から声を出して遠くからでもはっきり聞こえるように話しかける。するとその影は動きを止める。どうやら聞こえたようだ。
 私はその影に近づいて自分の疑問を尋ねてみる。

「態々話しかけてすまないな。それより、ここで一体何があったか知っ」

 その瞬間、ほんの一瞬だけ鳥肌が立った。殺気という訳でもないが、反射的に首を横に傾ける。何故こんな行動をしたのかはわからない。しかし、この行動をしなければ、私は即死していた。

 ──何故なら、丁度私の首の真横に一本の短剣が飛んできたからだ。少し掠った。

「……敵意はない。だが、もしも私を攻撃するのなら、私は自分を守るためお前を戦闘不能に」

 またも短剣が飛んできた。今度はしっかりと投げる音も聞こえたので軽く避けることが出来た。
 それと同時に、この影には私に情報を提供するどころか殺す気らしい。

「……ガ……ギィ……」
「……もしかして、この状況を作ったのがお前か?」
「グ………ィ……」
「言葉が話せないのか。だがまあしかしだ」

 私は弓と矢を手に持ち、それを影に向ける。

「関係しているというのなら、逃がすわけには行かない」
「……ギァ!」

 そう言った途端、影は大きく後ろへと下がり私との距離を離す。体勢を整えるために逃げたようだが、残念ながら私には無力だ。逆にそっちの方がやりやすい。

「逃がさない!」

 完全にあの影を見失う訳には行かないので、私も影を追うように森の中へと入る。そして持ち前の素早さで影を追う。
 恐らくあの影がこっそり自然に消えたようにこの辺りにあったランタンを消したのであろう。光が全くない。しかし猫族は元々目がいいので、夜でも昼と同様とまではいかないがある程度は見える。
 月の光でもう少し明るくなるか、或いは影になっている原因であるローブさえ剥がせば顔を確認できる。最低限それだけはしなければならない。

「追え、『ホーミング』!」

 先程取りだした矢を射る。その矢には文字通り追尾性能があり、標的に放てば命中するまで決して追うのをやめない。
 私の放った矢はそのまま影の方へと向かい、影の背中まであと少しというところで外れた。しかし、その矢の性能を知っていた私は特に焦ることもなかった。

 だがその余裕は、絶対に逃れる事は出来ない矢を避けられたことで消失した。

「避けられた……!?」

 ありえない。あの矢の性能は私が一番よく知っている。それ故に、絶対に破壊するとい手段以外では避けられないと思っていた。その考えが一瞬にして覆された。
 そしてそれと同じ『ホーミング』を放つがやはり当たらない。いや、矢が途中で追尾性能を失っている。でないとあのような動きにはならない。

「くっ、『灼熱』!」

 矢に魔力を込め、灼熱の炎を纏った矢を放つ。その矢は木の幹を溶かして貫通し、まっすぐ影の方へと向かっていく。幹を溶かされた木はそのまま形を崩し、土の中へと吸い込まれて行った。
 普通の矢が避けられるのなら、炎という矢よりも攻撃と呼べる範囲が広く、矢の先が当たらなくとも炎がそのローブを焦がす。

 しかしその矢も影に当たる瞬間にありえない方向に向きを変え、全く狙ってもいない場所に突き刺さった。

「……ふーん、遠距離攻撃は効かないってわけだな」

 そうとわかればこの弓は必要ない。あるだけ無駄だ。
 私は持っていた弓をその場で手から離し、こういう場合のために用意していたそこそこの長さがある剣を腰から抜く。
 弓に関しては私の魔力が込められており、それを利用してすぐに手元に持ってくることが可能。だからそこまで問題は無い。

「ギィヤァ!」

 私が剣を抜くと影はそこらの木の枝をデタラメに切断し、切れた木の枝を私にぶつけようとしてくる。
 しかし、木の枝が落ちてくるということがわかっていれば対処は簡単。私は剣で弾かざるを得ないもののみを弾き、その他は全て避けていく。

「逃げても無駄!」
「ウガッ!?」

 そしてついに影に追いつき、次に着地するはずであった木の枝を先回りして切断する。次なる足場を失った影は木の幹を蹴り次の枝に乗ろうとするが、そこに私は思いっきりかかと落としを入れる。まともに受けた影はそのままパシャンという音と共に地面へと叩きつけらる。

「よっと」

 そしてすぐに私も影を落とした場所に飛び下りる。その場所は、この森で唯一ある沼であった。

「…ギ……ギギ……」
「……足場は沼。動きにくいのはお互いだが、どっちが不利かどうかはわかるはずだ」

 相手はかなり消耗しているように見える。しかし私はまだまだ体力が有り余っている。その気になれば簡単に倒せるが、私はこの影から聞きたいことがある。殺すのではなく拘束すればいい。

「ギィア」
「そんな短剣投げても避けれる。どうせするならもっと大きな攻撃をして私を倒して見るんだな」
「オオキナコウゲキ……イマハ……必要……ナイ」
「強がりはよせ。大方その大量に持ってる短剣を投げまくって私を翻弄し首を切る。私を殺す手順なんでこんなものだろう?」

 思いのほか余裕だ。この影は正面勝負に弱い。基本的な戦い方は物陰から仕留めるか騙し討ち。そんな相手に苦戦するはずがない。
 それならさっさと拘束して話を聞くとしよう。この影をどうするかはその後だ。

 私が影に向かって歩き始めると、その影は沼に浮く倒木に素早く乗り移り私から距離をとる。
 この行動から、あの影自身も正面勝負では不利ということをわかっている。そしてそれは同時に、そういう戦いはできないという確実なる証明だ。
 確実な証明と勝機があるこの状況で勝てない方がおかしい。

「ま、大人しく話してくれれば殺しはしない。どうやら、カクカクとは話せるみたいだしな」
「……ソウ……ヨユウ……モテルカナ?」
「どういうことだ?」

 その瞬間、沼から噴水のようなブクブク音が聞こえた。影に警戒しながら、私はその音の方を見る。その瞬間に沼の中からその音の正体が飛び出してきた。

「なっ!?」

 飛び出してきたのは触手。それも、今日仙狐様達と倒したはずの妖の姿まであった。しかし、その動きは何処と無くぎこちない。

「どういうこと……」
「ギルアァ!」

 少し注意が逸れた瞬間、影は私に攻撃してくる。それに気がついた私は間一髪のところで短剣に夜攻撃を回避する。しかし、完全に避けきれなくその短剣は私の肩を少し切り裂いた。
 形勢逆転とはまさにこういうことを言うのだろう。今回はされた側だが。

「…………!」

 私が痛みで肩を抑える。そして、あの妖は触手を伸ばし私に攻撃してくる。それも、浄化される前に比べて触手の数が多い。

「くっ……!」

 大量に向かって来る触手から逃れようと私は全力で回避行動に入る。しかしそれでも避けきれず、触手が私の足を掴みそのまま沼の中を引きずる。
 このままではまずいと、私は持っていた剣に魔力を纏わせ触手を切断する。しかしまだまだ触手は残っている。

「使いたくはなかったが……仕方ない!」

 触手を切り落とした後に沼から飛び出し、下から向かってくる触手に向かって矢筒に残った矢を全て投擲する。
 投げた全ての矢には魔力が込められており、その矢は下から向かってくる触手のほとんどを貫き、そのまま切断した。
 この攻撃はいざ弓を使おうとした時に矢がないという致命的なことになるので、本当に使うのは避けたかった。がしかし、今回ばかりは仕方がない。

「大きな攻撃は必要ないって、あいつこのことを知っていたから……!」
「チガウ……ナ」
「あぐっ……!?」

 触手から逃れ着地した瞬間、既に接近されていた影に首を掴まれる。

 ──全く気配を感じなかった……。

 いや、気配を感じなかったのではない。こいつの気配を感じ取るほどの余裕がなかっただけだ。本当にまずいことになった。

「くっそ、はな……せ!」

 必死に首を掴む手を退けようとするが一向に離れない。かなりがっしり掴まれている。

「オワリ……ダ!」
「がっ……!?」

 身動きができない中、首を掴む影が私の心臓めがけて短剣を突き刺した。そしてそこから勢いよく下へと動かし胸から左腰にかけて深く切り裂かれた。
 さらにそこから切り傷に手を突っ込まれ、内臓を掻き回される。そして、私自身でもこれは死ぬと思う程にめちゃくちゃにされた後に勢いよく引き抜かれた。

「…………」

 まだ辛うじて意識はある。何故あるのかはわからない。
 もう立つだけの力が入らない。だが、ただで倒れる訳には行かない。残った森の住民達にこの事態を伝えなければ。

 私は倒れ間際にいつも身につけているブレスレットを外し、今出せる本気で思いっきり沼の外に投げる。

 ──これでいい。

 そして私の体は沼へと沈んだ。体の中をまさぐられた時に肺をやられたのか、水中で息を吐けない。というか、息が詰まっている感じだ。このままでは溺死する。いや、それ以前に出血死だ。
 水上で影が私を見る。着ていたローブを外しているようだが、水のせいではっきりとは見えない。
 やはり人だ。しかし、何処かただならぬ雰囲気を漂わせていた。

 その瞬間、何かに足を掴まれた。そしてそのまま力ない私を引き込んでいく。その何かというのが触手だということはわかるが、一体どこに連れて行くのだろうか。
 辺りがだんだん暗くなっていく。体が妖に近づいて行っているのだろう。

 そう言えば聞いたことがある。妖が好むのは妖自身の体を構成している負の感情。その他に魔力を好むと。しかし、妖にはそれほど器用に魔力のみを抜き取るなんてことは出来ない。

 それじゃあ、どうやって魔力を抜き取るのか。答えは簡単、魔力の周りに着いた殻──生き物の体ごと食すのだ。その方法の具体的な様子などは目撃されたことがない。だから肉食獣のように喰い殺すのか、スライムのように溶かし殺すのか。そういった詳しい食事方法は不明だ。
 いつも疑問に思っていた。何故不明なのかと。今までに何度か私達猫族やエルフ、妖狐達は調査をしていた。しかし何の成果もなし。それに疑問を持っていた。
 だが今この瞬間、何故何の成果も得られなかったのかが理解出来た。そしてそれと同時に、今までその調査した人達と同じ目に遭うのだと嫌でも理解させられた。

 ──……なるほど、道理で肉片一つないわけだ。

 いなくなった人達はあの影に殺されたのではない。この妖に一口で全身を喰われたんだ。血痕や肉片すら残ってなかったのもそれが理由だ。

 ……あーだめだ。体が動かない。

 そう試しているうちに薄らと見える真っ黒の塊が近づいて来る。そして足に絡み付いていた触手の他に顔や胸、腹などにも絡まり付く。
 その瞬間、先程よりも速く引きづり込まれる。

 ──これはもう……まずい事態が起き始めた、としか言えないな。

 その言葉を最後に、私は体と意識の両方が──

 ガリ……グリ……ギュ……ゴクン……
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