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第十四話 人と魔の妖

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 ウルさんに仙狐様と共に乗り、妖の居場所まで全速力で向かう。
 先に進めば進むほどに辺りが暗くなってくる。まだ昼過ぎだと言うのに少し異常だ。

「……いた」

 私が暗くなった辺りを見渡していると仙狐様からそんな一言が聞こえた。すぐ様仙狐様の向く方に体を向ける。
 少し先の方に真っ黒の何かが渦巻いており、その中には人型の影が見える。その影はゆっくりと私から見て右に向かって歩いている。

「神子は少し妖術で加勢してくれれば良い」

 そう言いながら仙狐様は私に何枚かお札を渡してくる。私がそれを受け取ると、仙狐様はウルさんの背中から飛んで近くの木の枝に足をつける。

「……同じ人型じゃが、昨晩のとは違う妖じゃ」
「それなら、昨晩の妖は一体どこに……?」
「さあの。まあ、そのうち見つかるじゃろ。ともかく今はあやつじゃ」

 仙狐様は改めて妖の明確な場所を把握した後、音をできるだけ鳴らさずに木と木を渡っていく。妖から一番近い木の枝に着くと、どこからともなく私が持つ妖刀とはまた違う刀を出現させる。

「はっ!」

 そして、刀の抜刀と共に木の枝から妖の方へと飛び、そのまま刀を妖の肩に突き刺した。

「ウグッ……ァアー!」
「まだじゃ!」

 痛みで暴れる妖だが、仙狐様は冷静に突き刺した刀の柄を握る。そしてそのまま妖を肩から切り裂いた。

「アァ……イダィ……イダイ……!」

 切り裂かれた妖は肩を抑えながら悲鳴を上げる。その光景は、本当に人がいたがっているようにも見えた。

「妖が、痛がってる……」
「妖というのは人間の生み出す負の感情の塊。当然です」

 痛みを感じるのではなく、痛みを知っている。まるで妖にとっての痛みはただの記憶だとでも言っているかのようだ。
 切り裂かれた妖は痛がるが、すぐに切られた傷に周りに渦巻いていた何かがまとわりつき再生していく。少し時間が経てば何事も無かったかのように以前の姿に戻っている。

「ウヴッ……!」

 妖が腕を振るうと同時に渦巻いている黒い何かも動き、まるで巨大な腕のように仙狐様に向かってくる。
 その攻撃に仙狐様は慣れているのか、余裕を持って回避する。

「……やはりただの攻撃は効かぬか。前までは多少効いたんじゃがの」

 そう言いながら仙狐様は刀の柄に一枚のお札を貼る。すると刀が薄紫色に光る。

「………!」

 そしてすぐさま足を動かし、まるで野を駆け回る獣のように妖に接近し再び切る。そして今度の攻撃は先程とは違い、薄紫色に光る刃に触れた黒い何かが同時に消滅する。
 恐らく、仙狐様の貼ったお札が刀に黒い何かを消滅させる効果を付与したのだろう。

「私も……!」

 仙狐様だけに戦わせるわけにはいかない。私は加勢してくれればいいと言われた。私だって少しは戦えるんだ。観戦しに来たわけじゃないんだ。

 私は仙狐様から預かったお札のうち一枚である『氷風』。これがどんなものなのかは全く把握していない。

「『氷風』!」

 私がそう叫ぶと、丁度私の前から吹雪のような風が発生した。そしてその風は私の前にのみ吹き、私自身に当たることは無かった。

 吹き荒れる氷風は体から放出される魔力を凍らせ氷柱を生成し、その氷柱が氷風の風に乗って妖に飛んでいく。まるで氷のミサイルだ。
 しかしこの攻撃は先程の仙狐様のような不意打ちではないため、黒い何かで幾つか弾かれ、弾き切れなかった氷柱は体を拗じることで避けられた。

「メザ……ワリ……!」

 そう言って妖がこっちを向こうとした瞬間に仙狐様がまたも切り掛る。

「……グゥ……!」

 妖は一番厄介なのが仙狐様だと判断し、私の方に向けていた体を仙狐様の方へと向ける。そして、黒い何かを何本もの触手に変え、一斉に仙狐様へと襲い掛かる。
 仙狐様はその触手を自身の小柄な体を利用して次々に回避していく。そして反撃とばかりに触手を切ろうと刀を振る。しかし……、

「んな、弾力!?」

 仙狐様の振るった刀は触手を切断するどころかその弾力に弾かれ、完全に切る気だった仙狐様は体勢を崩す。その隙を妖が見逃すこともなく、すぐさま地に着いている足を触手で掴む。軸足を拘束されたことで体を支えられなくなった仙狐様は背中から倒れる。
 そして妖はそのまま足を掴んだ触手を振り回し、トドメに地面へと叩きつけた。

「うぐっ……」
「『雷光』!」

 仙狐様を掴んでいる触手をどうにかしようと私は触手に向かって妖術を放つ。しかし今度は弾くのではなく妖術をすり抜けさせた。

「負の感情が普段の妖よりも多いせいで、力だけじゃなく知能まで高くなっておる……!」

 物理攻撃には弾力、妖術にはそもそもの体を投影されたホログラムのようにしてすり抜けさせる。その知能と学習能力は並大抵の人間以上だ。

「じゃったら……これで!」

 仙狐様はまた新たにお札を貼ろうとするが、その札を持つ腕を掴まれ刀から距離を離されてしまう。

「まずい……まずい……」

 妖術が効かない以上、接近して攻撃するしかない。しかし、仙狐様の動きでかなりギリギリだと言うのに、こんな私が戦おうとしたところでやられるだけだ。

「ヴゥゥァアアァーー!!」
「っ……!」

 私がどう動こうかと必死こいて考えていると、妖が突然咆哮かと言うくらいに声を上げる。同時に黒い何かを先程よりも渦巻かせ、その隙間からは赤色の光が見えている。

 それは誰もが、あの妖の最大の攻撃を行う溜め時間だとわかるほどの迫力と威圧感があった。

「どうすれば……どうすれば……」

 仙狐様は片足と片手を拘束され、拘束を解こうとしても刀は弾かれ妖術はすり抜けて当たらない。どうしようも出来ない
 そんな仙狐様に対して私は動けるが、どれも通じないとわかっている攻撃しかできない。私が向かったところで無駄だ。

 ──この時間が何十分にも何時間にも感じる。

 どうすればいい。無駄ならやっても無駄。わかっていることをやる勇気もない。
 そもそもどうしてこんなことになっているんだ。なんで人間は争うのか。とても迷惑だ。いや、こんなことは今はどうでもいい。とにかくどうするかを考えなくては。このままでは──

「神子様!」
「っ……!?」

 突然聞こえたウルさんの声で意識を現実に戻す。

 そうだ、こんな所で深く考えても何も解決しない。むしろこの時間の方が無駄だ。これだけ集中できるのならばさったと動け。

「仙狐は言いました。‘‘結果は想像するな’’と」
「………」
「私の攻撃は効きません。ですが、貴方ならどうにかすれば確実に攻撃が通ります。そんな気がします」
「でもどうやって──」

 もう考えるのはやめろ。これじゃあ解決策なんて永遠に出てこない。

 ──やるんだ。

 本能がそう叫ぶ。人間の時からある孤独の本能が。他人には頼るな。きっと誰も助けてはくれないし、助けが来たところでもう遅い。

「うぁああーー!」

 今までの考えを捨て、私は妖にまっすぐ向かって行く。どうやってかかわからないかと言って何も出来ないだなんて嫌だ。そんな理想ばかりを追い求める人間のような考え方をするなんて嫌だ。
 何故か涙が出てくる。恐怖からなのか、それとも不安からなのか。それは全くわからない。

 妖に近づく私だが、その事に妖は気付いていない。最優先で仕留めようとしているのが仙狐様だからだ。
 近付けるのはいいがそれよりも妖の溜めを阻止しなければならない。なんとしてもだ。

「──その思い、任せてもらおうか」
「え?」

 突然女性の声が聞こえた。その声は仙狐様のような幼い声ではなく、どちらかと言えばお姉さんの声という例えが一番当てはまる声であった。
 その瞬間、私の顔の横に何かが風を切りながら飛んできた。とても目で終えるような速さではない。
 そして飛んできた物は妖の渦巻いていた黒い何かをも風を切るように突き抜け、そのまま妖の首に突き刺さった。

「ウグァ!?」

 妖自身も想定していなかったことだったのか、防ぐような動作を全く見せなかった。
 そして誰かの攻撃が命中したお陰で妖は怯み、仙狐様はその少しの間に出来た触手の緩みから腕と足を抜き拘束から脱出する。

「これが『ウィンドアロー』。風の力を甘く見ないことだ」

 その言葉と同時に木の上から降りてきたのは、猫耳と尻尾が特徴の種族──猫族の女性であった。

「……貴方は?」
「そんなことは後。今はともかく」
「よぉレーナ。いつぶりじゃったか?」
「話聞いてた?」

 話は後と言われたというのに間もなく名前を呼ぶ仙狐様。というか仙狐様いつの間に戻ってきていたんですか。

「今はともかくアイツをどうにかしよう」
「でも、攻撃が通りません」
「ここでいい情報だ」

 妖が突き刺さった矢を引き抜こうと苦労しているうちに、猫族の女性レーナさんの言ういい情報というものを聞く。
 その情報とはあの妖に唯一通る攻撃手段であった。その情報に信憑性があるのかと言われれば、先程レーナさんが放った矢を見れば一目瞭然だ。

「いいか?」
「了解です」
「……ってレーナ。さてはおぬしわしらの戦いを最初から見ておったな?」
「観察と考察こそ戦闘で重要なこと。それが私の考え方だ」

 そうかと一言呟くと、仙狐様は再び妖に接近し始める。そして今回は私も仙狐様に続いて妖に接近する。
 何故先程とは違って仙狐様よりも劣る私も接近するのか。その理由はレーナさんが言った攻撃手段にあった。

 ──いいか。見ていたところやつの攻撃を防ぐ手段は二通りある。物理攻撃を何らかの方法で出す弾力で防ぎ方と、妖術などの百パーセント魔力を使った攻撃をすり抜けさせる防ぎ方だ。

 その二つは仙狐様の攻撃と私自身の攻撃を防いだ妖を見ていればわかる。

 ──普通に見れば完璧な防御手段だ。だが、この世に完璧なんて存在しないようにその防御手段にも穴がある。それは……

 私はしっかりと攻撃してくる触手を見てほぼ反射的に体を動かして避けていく。仙狐様と違ってかなり余裕のない避け方だが、接近できればそれでいい。

「神子!」
「はい!」

 仙狐様の合図で私は妖刀に『雷光』の札を、仙狐様は自身が持つ刀に『狐火』の札を貼り付ける。

 一見完璧な防御手段の穴。それは、刀などの物理攻撃と魔力百パーセントの妖術を同時に行うことだ。
 しかし、ほんの少しでもズレれば別々に対応されてしまう。これはレーナさんが既に検証済みとのこと。

 だからこそ、この妖術の札が役に立つ。本来ならばレーナさんのように攻撃する武器に魔法を付与すればいい話なのだが、私は魔法の適性がないためそんなことは出来ない。仙狐様についてはわからないが。
 しかしだからと言って、妖刀による攻撃と妖術の同時攻撃なんて器用なことも出来ない。

 だからこそ、刀に妖術の札を貼り付け刀に妖術の効果を付与したのだ。これは妖術ではないが、仙狐様がこの戦いで既にやっていたことなのでこれは使えると思いついた。

「グル……ナァ!」

 最後の最後で避けようがない全方向から触手の攻撃が来る。しかしその触手は丁度私と仙狐様に当たらない位置に降り注ぐ矢によってバラバラになる。

「はあっ!」
「ぬぅ!」

 そして、触手がなくなったことでがら空きになった妖の体の上半身を私が。下半身は仙狐様が切り裂いた。

「グィアァーー!」

 体を切り裂かれた痛みで狂い悶える妖。しかしまたも黒い何かを使って再生を試みる。

「マダ……ヤル……」
「いや、もう休むんだ。君はもう十分に苦しんだ」

 少し遠くからレーナさんがそう言う。そして、矢筒から矢を取りだし妖とは真逆の青白い空色の光を纏わせる。

「『ホーリーショット』」

 そして弓の弦を離し、矢が放たれた。その矢はまっすぐ妖の方へと向かい妖の頭部に突き刺さった。
 すると、妖の周りに渦巻いていた黒い何かが分散し、徐々に妖の姿が消えていく。

「ニンゲン……ニクイ……マオウ……ニクイ……」
「……人間と魔族の負の感情が混じりあっていたのか」

 妖がその言葉を最後の一言として残すと、黒い何かが分散した時と同じように薄らとしていた体が分散し消滅した。

 その光景を、ここにいる私達は静かに見ていた。

 人間が憎い。確かに私もそうだ。今すぐにでも殺したいくらいに人間が憎い。だが、殺すことに意味は無いと思っている。どうせなら、もっと、私以上に苦しめてやりたい。

「最後のトドメは貰ってしまったが……」
「まあ問題は無いぞ。わしがいちいちトドメを指す手間が省けたからの。それよりも、さっさと帰ることにする」
「そうか。まあなんだ、次も機会があれば」
「そうじゃの。それじゃあの」

 仙狐様に挨拶すると、レーナさんは体の向きを百八十度回転させて歩いて行く。

「おっと、そうだ」

 しかし、ある程度進んだところで足を止めて再び体の向きを変える。レーナさんの体の向きは私の方に向いている。

「君、名は?」
「え?」
「名前」
「あ、えっと、結城神子です」
「神子か。覚えた」

 そう言うと言いたいことは言い終えたのか、レーナさんは再び元の方向に向かって歩き始めた。

「確かに君の思いは達成出来たぞ。君自身も」
「え、あ、はい」

 フフっと笑うとレーナさんは素早い動きで気と気を渡り、一瞬のうちに森の奥へと姿を消した。さすがは猫族と言ったところだろうか。

「それじゃ、わしらも帰るぞ」
「わかりまし」
『ニン……マ……ニクイ……』
「……え?」

 突然さっき倒したはずの妖の声が聞こえた気がした。しかし、辺りを見渡しても妖の姿はない。

「どうかしたか?」
「……いえ、なんでもないです」
「そうか。ウールー」
「わかってますよ。でも、帰りは少しゆっくり歩いてもいいですか?」
「ウルはわしの奴隷ではない。別に好きにすれば良い」
「ありがとうございます」

 さっきの声は何だったのだろうか。よくあるフラッシュバックなのか、それともただの気のせいなのかはわからないが、まあ気のせいだろう。
 きっと初めての戦闘ということで疲れてるんだ。何処と無くダルさもある。少し休めばきっと元気になるだろう。

「なんじゃ、疲れておるのか? それじゃあわしがまたキスして魔力を送ってやろうか?」
「あ、えっと……お願いします」
「まあ流石に断……え、いいのか?」
「その方が疲れが取れるのなら……ですけども」
「……今夜は寝かさんぞ?」

 最近やけに仙狐様の誘いに乗ってしまうところから、かなりあっち系の思考がしやすくなっている。少し気を付けなければ本当に元男ということを忘れてしまいそうだ。

 一度深呼吸をした後にウルさんの背中に乗り、私と仙狐様は家に戻って行った。
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