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第九話 信じるという自分勝手
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家の外に出ると、仙狐様以外にも狼とその群れが僕のことを見守るように見ていた。
妙な気分だ。目が覚めるまでは、今にでも殺してやろうかという程に殺気が飛んでいた。だが、この姿になった途端にその目からは殺気は飛んでこなかった。それどころか、狼達の視線からは友好関係を築こうとしているような気がする。
「それじゃあ神子よ」
「……えっと、僕のことですか?」
「おぬし以外に誰がおるのじゃ。なんじゃ、こう呼ばれるこが気に食わんか?」
「いえ、そういうことでは……。どうせなら名前で呼んで欲しい……」
おかしい。今自分の名前を思い浮かべようとしたが何も出てこない。
元人間だということと、今まで自分が経験したことは頭に浮かぶ。しかし、僕の名前や出身地などのことは思い出せない。
「思い出せない、とでも言いたげな表情じゃな」
「僕の……名前は……」
「言ったはずじゃ。おぬし自身が忘れるのじゃと」
物忘れはしたことある。しかし、自分の名前を忘れるなんて経験はしたことがない。まるで、僕の脳内にある「■■■■」についてのみを抜き取られたような感じだ。きっと、記憶喪失の人もこんな感じなのだろう。
名前が無い、ということは僕は一体誰なのだろうか。今は人間ではなく狐……ていうか、今僕の種族はなんなのだろうか。狐なのか、それとも獣人なのか。
いや、そんなことは今はいい。今は僕が誰なのかだ。
「うーむ、名前がないというのは不便じゃろ。どうだ、わしが付けてやるぞ?」
「……もし付けるとしたら、何ですか?」
「わしの神子っていう名前じゃ」
「何かダサいので自分で考えます」
「えぇー」
そうは言ったものの、自分の名前を考えるなんて思ってもみなかった。一体どんな名前がいいだろうか……。
シンプルに神の神子という言葉を名前風にして神野神子とかがいいだろうか。それとも、名前自体に意味のあるような名前を作るべきか。
こう迷っている姿を想像すると、まるでゲームで自分の操作するキャラの名前を付けるような気分だ。
「ゆうき……」
「ん、なんじゃ?」
「あ、いえ、何故かこの言葉が思い浮かびまして……」
「じゃったらそれを名前に入れるといい。ふと浮かんだということは、無意識のうちに自身が大切に思っているということじゃ」
「大切に……」
何故だろう。どこにでもありそうな名前なのに、妙に感じるこの変な気持ち。そこまで大切な言葉だったのだろうか。だったら名前に使うべきだ。
「……ゆうきみこ、とかですかね?」
「みこというのはわし付けた名から取ったのか?」
「はい。折角出してもらって使わないって言うのは失礼かと思いまして」
「そうか。なら、わしらの文字で表すとすれば……」
仙狐様は地面の砂をなぞって文字を書いていく。その文字は僕がよく知る漢字だ。
よかった。こんな名前をもしもカタカナとかで表されれば、仙狐様が考えた「わしの神子」という名前と同等くらいにダサくなる。
「……こうかの」
地面に書かれた文字は正直言って見にくいが、漢字で『結城神子』と書かれていた。結城という字に違和感はあるが、自分が望むような名前の読み方なので妥協した。
「何か変えたいところとかあるか?」
「大丈夫です」
「よし、それなら今日からおぬしの名は結城神子じゃ」
人間ではなく、人間以外の生き物としての名前。この名前が、僕はもう人間じゃないとより一層思わせてきた。
人間をやめたことに後悔はない。むしろ大歓迎だ。だか、この名前が付いたことで僕の望みは叶えられたんだ。
──あれだけ人間を自分勝手と言っときながら、これはこれで自分勝手じゃないか。
喜びと同時に、僕は人間をやめたとしても人間らしさはどうやっても捨てることは出来ないのだと思った。
「さてと、名前も決めたことだし、とりあえずこの刀を持ってくれんかの? 流石にこれ以上地面に置いておくのは刀に悪い」
「あ、はい」
仙狐様は僕に妖刀を差し出してくる。僕はそれを受け取ろうと手を伸ばすが、その前に聞きたいことが出来た。
「……どうして、人間のためになるようなことをするのですか?」
「どうしたんじゃ急に?」
「仙狐様が言う妖というのは、人間の負の感情が原因で生まれる。そして、そんな化け物を人間ではなくこの森に住む人間以外の生き物が何とかする。まるで、人間の出したゴミの後始末させられているようじゃないですか」
人間の出したものなら、人間が責任を持って片付ければいい。態々関係の無い生き物達が手伝う必要なんてない。
だと言うのに、何故こうも仙狐様は妖を倒そうとするのか。考えたくはないが、人間と同じく自分の名誉のためだと言うのなら、この人を信じた僕が馬鹿だったなんてことになってしまう。
「……その理由を話さんと、わしのことを心の底からは信用出来ないということじゃな」
「そうです。そして、理由によっては……」
「わかっとる。少なくとも、神子が納得できる理由ではあると思うぞ?」
納得出来る理由じゃなければ、人間をやめたからと言って根本的には何も変わらないということだ。だったら、僕はきっとこの世界そのものが僕の敵だと決めつけ、望み通りに苦しめられながら死んでいくだろう。
よっこらしょ、と言って仙狐様は近くにあった岩の上に腰を下ろす。長話になる予感がする。
「理由としては簡単じゃ。妖というのは、自身を作り出した負の感情の持ち主である人間の元に向かう」
「向かって、何するんですか?」
「その人間を取り込み、その人間になろうとするんじゃ」
「……だとしても、どこに僕達が関係する理由があるんですか?」
妖がその人間の元に向かうのならば勝手に向かわせておけばいい。それを態々食い止める必要があるとは到底思えない。
「……実はの、この森の周辺には錯乱の結界が張ってあるんじゃ。人間や凶暴性の高い魔物らが入り込まんようにな。ちなみに神子が入れたのは恐らく、何らかの理由で意識がなかったからじゃ」
「………」
「何らかの理由で」その理由についてはハッキリと覚えている。なんせ、僕が生きることを諦めた瞬間だったからだ。
この話を聞くと、あの時に撃たれた足の傷が疼く。神子になった時にいつの間にか治ったようだが、あの時に感じた痛みを脳が覚えている。完全な意味としては、決して完治することは無いだろう。
「本題に戻るぞ?」
「……はい」
少し無駄話をしたところで本題に戻る。未だに足にはジンジンと痛みを感じる。
「その結界は最強なんじゃが弱点があっての」
「弱点ですか?」
「そうじゃ。内側からは強引に開けることが可能なんじゃ」
「つまり、妖が結界の外にいる人間の元に向かおうとすれば、その結界は確実に破壊されるってことですよね?」
「そうじゃ。そしてこの森の結界が解けた時、わしらは結界を張り直す間、本気で人間達や凶暴な魔物と戦わねばならん」
そう、人間とは簡単にものを壊す生き物。いや、それは人間だけではない。ものを壊すなんてことはどんな生き物にだって濡れた紙を破くくらい簡単に出来る。
人間は表では環境がどうこう議論してはいるが、実際は議論なんて関係なしに開拓と言って森林伐採を繰り返している。
その他にも、見つけた生き物を片っ端から食っていく程凶暴な肉食の生き物だっている。ここは日本ではなく異世界。凶暴な生き物なんてうじゃうじゃといる。
そんな生き物達をこの森に入れないためにある結界。結論から言うと、僕の望む生き方をするには妖という存在は実に邪魔な存在だということだ。
──これも僕の生き方をするために行う自分勝手。僕自身、人間をやめたからと言って少し調子に乗りすぎだ。これではアイツらと何も変わりやしない。
「これが妖を倒す理由じゃ。わし以外にも妖を倒そうとしている勢力はおる。大きく分けると、わしら妖狐と猫人、そしてエルフじゃ」
「……敵対とかは」
「せん。偶に口論になる時はあるが、まあ基本的には皆目的が同じということで協力しているつもりじゃ」
……まあ、納得はできる理由だ。戦績を争うなんてゲーム感覚で妖を倒してもいない。種族間での大きな問題も起きてはいないらしいし。
今は信じてみよう。今は。
「まだ話は三分の一程度じゃが、残りは今夜にでも話すかの。あと数時間もすれば黄昏時になってしまうからの」
「……とりあえず今は信じます」
「それなら、早く始めるとするかの」
「はい」
最後の二言だけを見ればただの普通の会話だ。しかし、僕は「信じる」という言葉を言ってから思っていた。
──信じるって、なんだろ。
信じるというのは意味がある言葉であって行動ではない。僕の言葉も結局は口だけだ。心の奥底には、裏切りという言葉が眠っている。それは僕に限らない。
信用と言っても所詮はこの程度だ。本当に、信じるものは救われるなんてよく言ったものだ。
「ほれ、刀を持て」
「……本当に持てるんですか?」
「刀に神子の魔力を通すんじゃ。それならば、ぬしが使えるように刀がしてくれる。魔力と刀の相性が良ければの話じゃかな」
とにかく、一度刀を持ってみるしかない。魔力を通すというのはそれからだ。
僕は仙狐様が差し出す刀を掴み、それを持ち上げた。そして仙狐様がその刀を離すと、僕の腕は刀の重さに耐えきれずに刀を落としてしまった。
「魔力は刀の柄から流すんじゃ。鞘に通しても意味はないぞ」
「そう言われても、どう通せば……」
「魔力のコントロールは上手いんじゃろ? あの時の感覚と同じじゃ」
「あの時……」
僕を裏切った人のことは思い出したくはないが今は仕方がない。体の中に流れる血液とは違うものを感じとれ……。
僕はあの時の感覚を思い出す。しかし何かおかしい。あの時のようにうまくいかない。
なんかこう、流れを操れないというか、とりあえず上手くいかない。
「うーむ、魔力自体は出でいるんじゃがのー……」
「何故か上手く操れないんです。人間の時は出来たのに……」
「人間の時じゃったら出来た? ……あー、なるほど。わかったぞ」
「何がですか?」
「まあ、とりあえずこっちに来てみ」
「……?」
魔力の不調の原因は何もわからないまま、仙狐様がいる所まで歩いて行く。仙狐様の前まで来ると、突然仙狐様が僕に「わしと同じくらいにまで屈んでくれんかの」と言ってきた。言われた通りに足を少し曲げて屈むと、仙狐様は僕の頭を優しく掴んでき、そして……
「はむっ……」
「んっ……!?」
本日二度目のディープキスをされた。
とは言っても儀式の時よりは軽いもので、軽く舌が触れ合う程度だった。しかし、この行為に一体なんの意味があるのだろうか。
「ぷはぁ……はぁ……はぁ……いつか呼吸困難になりますよこれ……」
「……まあ、ともかくじゃ。もう一度試してみるんじゃ」
「……わかりました」
バクバクと鼓動が鳴る心臓を落ち着かせ、過呼吸になっている僕の呼吸を整える。そして、もう一度魔力のコントロールをする。
すると、先程の不調が嘘のように簡単に操ることが出来た。
妙な気分だ。目が覚めるまでは、今にでも殺してやろうかという程に殺気が飛んでいた。だが、この姿になった途端にその目からは殺気は飛んでこなかった。それどころか、狼達の視線からは友好関係を築こうとしているような気がする。
「それじゃあ神子よ」
「……えっと、僕のことですか?」
「おぬし以外に誰がおるのじゃ。なんじゃ、こう呼ばれるこが気に食わんか?」
「いえ、そういうことでは……。どうせなら名前で呼んで欲しい……」
おかしい。今自分の名前を思い浮かべようとしたが何も出てこない。
元人間だということと、今まで自分が経験したことは頭に浮かぶ。しかし、僕の名前や出身地などのことは思い出せない。
「思い出せない、とでも言いたげな表情じゃな」
「僕の……名前は……」
「言ったはずじゃ。おぬし自身が忘れるのじゃと」
物忘れはしたことある。しかし、自分の名前を忘れるなんて経験はしたことがない。まるで、僕の脳内にある「■■■■」についてのみを抜き取られたような感じだ。きっと、記憶喪失の人もこんな感じなのだろう。
名前が無い、ということは僕は一体誰なのだろうか。今は人間ではなく狐……ていうか、今僕の種族はなんなのだろうか。狐なのか、それとも獣人なのか。
いや、そんなことは今はいい。今は僕が誰なのかだ。
「うーむ、名前がないというのは不便じゃろ。どうだ、わしが付けてやるぞ?」
「……もし付けるとしたら、何ですか?」
「わしの神子っていう名前じゃ」
「何かダサいので自分で考えます」
「えぇー」
そうは言ったものの、自分の名前を考えるなんて思ってもみなかった。一体どんな名前がいいだろうか……。
シンプルに神の神子という言葉を名前風にして神野神子とかがいいだろうか。それとも、名前自体に意味のあるような名前を作るべきか。
こう迷っている姿を想像すると、まるでゲームで自分の操作するキャラの名前を付けるような気分だ。
「ゆうき……」
「ん、なんじゃ?」
「あ、いえ、何故かこの言葉が思い浮かびまして……」
「じゃったらそれを名前に入れるといい。ふと浮かんだということは、無意識のうちに自身が大切に思っているということじゃ」
「大切に……」
何故だろう。どこにでもありそうな名前なのに、妙に感じるこの変な気持ち。そこまで大切な言葉だったのだろうか。だったら名前に使うべきだ。
「……ゆうきみこ、とかですかね?」
「みこというのはわし付けた名から取ったのか?」
「はい。折角出してもらって使わないって言うのは失礼かと思いまして」
「そうか。なら、わしらの文字で表すとすれば……」
仙狐様は地面の砂をなぞって文字を書いていく。その文字は僕がよく知る漢字だ。
よかった。こんな名前をもしもカタカナとかで表されれば、仙狐様が考えた「わしの神子」という名前と同等くらいにダサくなる。
「……こうかの」
地面に書かれた文字は正直言って見にくいが、漢字で『結城神子』と書かれていた。結城という字に違和感はあるが、自分が望むような名前の読み方なので妥協した。
「何か変えたいところとかあるか?」
「大丈夫です」
「よし、それなら今日からおぬしの名は結城神子じゃ」
人間ではなく、人間以外の生き物としての名前。この名前が、僕はもう人間じゃないとより一層思わせてきた。
人間をやめたことに後悔はない。むしろ大歓迎だ。だか、この名前が付いたことで僕の望みは叶えられたんだ。
──あれだけ人間を自分勝手と言っときながら、これはこれで自分勝手じゃないか。
喜びと同時に、僕は人間をやめたとしても人間らしさはどうやっても捨てることは出来ないのだと思った。
「さてと、名前も決めたことだし、とりあえずこの刀を持ってくれんかの? 流石にこれ以上地面に置いておくのは刀に悪い」
「あ、はい」
仙狐様は僕に妖刀を差し出してくる。僕はそれを受け取ろうと手を伸ばすが、その前に聞きたいことが出来た。
「……どうして、人間のためになるようなことをするのですか?」
「どうしたんじゃ急に?」
「仙狐様が言う妖というのは、人間の負の感情が原因で生まれる。そして、そんな化け物を人間ではなくこの森に住む人間以外の生き物が何とかする。まるで、人間の出したゴミの後始末させられているようじゃないですか」
人間の出したものなら、人間が責任を持って片付ければいい。態々関係の無い生き物達が手伝う必要なんてない。
だと言うのに、何故こうも仙狐様は妖を倒そうとするのか。考えたくはないが、人間と同じく自分の名誉のためだと言うのなら、この人を信じた僕が馬鹿だったなんてことになってしまう。
「……その理由を話さんと、わしのことを心の底からは信用出来ないということじゃな」
「そうです。そして、理由によっては……」
「わかっとる。少なくとも、神子が納得できる理由ではあると思うぞ?」
納得出来る理由じゃなければ、人間をやめたからと言って根本的には何も変わらないということだ。だったら、僕はきっとこの世界そのものが僕の敵だと決めつけ、望み通りに苦しめられながら死んでいくだろう。
よっこらしょ、と言って仙狐様は近くにあった岩の上に腰を下ろす。長話になる予感がする。
「理由としては簡単じゃ。妖というのは、自身を作り出した負の感情の持ち主である人間の元に向かう」
「向かって、何するんですか?」
「その人間を取り込み、その人間になろうとするんじゃ」
「……だとしても、どこに僕達が関係する理由があるんですか?」
妖がその人間の元に向かうのならば勝手に向かわせておけばいい。それを態々食い止める必要があるとは到底思えない。
「……実はの、この森の周辺には錯乱の結界が張ってあるんじゃ。人間や凶暴性の高い魔物らが入り込まんようにな。ちなみに神子が入れたのは恐らく、何らかの理由で意識がなかったからじゃ」
「………」
「何らかの理由で」その理由についてはハッキリと覚えている。なんせ、僕が生きることを諦めた瞬間だったからだ。
この話を聞くと、あの時に撃たれた足の傷が疼く。神子になった時にいつの間にか治ったようだが、あの時に感じた痛みを脳が覚えている。完全な意味としては、決して完治することは無いだろう。
「本題に戻るぞ?」
「……はい」
少し無駄話をしたところで本題に戻る。未だに足にはジンジンと痛みを感じる。
「その結界は最強なんじゃが弱点があっての」
「弱点ですか?」
「そうじゃ。内側からは強引に開けることが可能なんじゃ」
「つまり、妖が結界の外にいる人間の元に向かおうとすれば、その結界は確実に破壊されるってことですよね?」
「そうじゃ。そしてこの森の結界が解けた時、わしらは結界を張り直す間、本気で人間達や凶暴な魔物と戦わねばならん」
そう、人間とは簡単にものを壊す生き物。いや、それは人間だけではない。ものを壊すなんてことはどんな生き物にだって濡れた紙を破くくらい簡単に出来る。
人間は表では環境がどうこう議論してはいるが、実際は議論なんて関係なしに開拓と言って森林伐採を繰り返している。
その他にも、見つけた生き物を片っ端から食っていく程凶暴な肉食の生き物だっている。ここは日本ではなく異世界。凶暴な生き物なんてうじゃうじゃといる。
そんな生き物達をこの森に入れないためにある結界。結論から言うと、僕の望む生き方をするには妖という存在は実に邪魔な存在だということだ。
──これも僕の生き方をするために行う自分勝手。僕自身、人間をやめたからと言って少し調子に乗りすぎだ。これではアイツらと何も変わりやしない。
「これが妖を倒す理由じゃ。わし以外にも妖を倒そうとしている勢力はおる。大きく分けると、わしら妖狐と猫人、そしてエルフじゃ」
「……敵対とかは」
「せん。偶に口論になる時はあるが、まあ基本的には皆目的が同じということで協力しているつもりじゃ」
……まあ、納得はできる理由だ。戦績を争うなんてゲーム感覚で妖を倒してもいない。種族間での大きな問題も起きてはいないらしいし。
今は信じてみよう。今は。
「まだ話は三分の一程度じゃが、残りは今夜にでも話すかの。あと数時間もすれば黄昏時になってしまうからの」
「……とりあえず今は信じます」
「それなら、早く始めるとするかの」
「はい」
最後の二言だけを見ればただの普通の会話だ。しかし、僕は「信じる」という言葉を言ってから思っていた。
──信じるって、なんだろ。
信じるというのは意味がある言葉であって行動ではない。僕の言葉も結局は口だけだ。心の奥底には、裏切りという言葉が眠っている。それは僕に限らない。
信用と言っても所詮はこの程度だ。本当に、信じるものは救われるなんてよく言ったものだ。
「ほれ、刀を持て」
「……本当に持てるんですか?」
「刀に神子の魔力を通すんじゃ。それならば、ぬしが使えるように刀がしてくれる。魔力と刀の相性が良ければの話じゃかな」
とにかく、一度刀を持ってみるしかない。魔力を通すというのはそれからだ。
僕は仙狐様が差し出す刀を掴み、それを持ち上げた。そして仙狐様がその刀を離すと、僕の腕は刀の重さに耐えきれずに刀を落としてしまった。
「魔力は刀の柄から流すんじゃ。鞘に通しても意味はないぞ」
「そう言われても、どう通せば……」
「魔力のコントロールは上手いんじゃろ? あの時の感覚と同じじゃ」
「あの時……」
僕を裏切った人のことは思い出したくはないが今は仕方がない。体の中に流れる血液とは違うものを感じとれ……。
僕はあの時の感覚を思い出す。しかし何かおかしい。あの時のようにうまくいかない。
なんかこう、流れを操れないというか、とりあえず上手くいかない。
「うーむ、魔力自体は出でいるんじゃがのー……」
「何故か上手く操れないんです。人間の時は出来たのに……」
「人間の時じゃったら出来た? ……あー、なるほど。わかったぞ」
「何がですか?」
「まあ、とりあえずこっちに来てみ」
「……?」
魔力の不調の原因は何もわからないまま、仙狐様がいる所まで歩いて行く。仙狐様の前まで来ると、突然仙狐様が僕に「わしと同じくらいにまで屈んでくれんかの」と言ってきた。言われた通りに足を少し曲げて屈むと、仙狐様は僕の頭を優しく掴んでき、そして……
「はむっ……」
「んっ……!?」
本日二度目のディープキスをされた。
とは言っても儀式の時よりは軽いもので、軽く舌が触れ合う程度だった。しかし、この行為に一体なんの意味があるのだろうか。
「ぷはぁ……はぁ……はぁ……いつか呼吸困難になりますよこれ……」
「……まあ、ともかくじゃ。もう一度試してみるんじゃ」
「……わかりました」
バクバクと鼓動が鳴る心臓を落ち着かせ、過呼吸になっている僕の呼吸を整える。そして、もう一度魔力のコントロールをする。
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