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第54話 負の人格
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──俺がいなければ……。
たったそれだけだ。たった、アスカがこの村にいたという理由だけでこの人達は犠牲になった。
もしもあの時──刃翼竜に貫かれた時に大人しく死んでいれば、こんな悲しみなんて感情を抱くことなんてなかった。こんな、苦しみや悔しさなんて感情を抱くこともなかった。
──目の前が真っ暗だ。
誰かが近づいてくるのがわかる。クロを確保したことでアスカは既に用済みになったのだろう。
だが、恐怖はしていない。それどころか、早く死にたいという気持ちでいっぱいだ。
自分のせいで人が死んだ。それも大勢。自分にもっと力があれば、こんなことにはならなかった。
──もう疲れたんだ。
本来ならば家に引きこもってゲームをするだけの人生を送るつもりだった。この異世界に来てからも、そこらにいる冒険者達のように普通に魔獣を倒してよくある生活をするつもりだった。
しかし、いつからだろうか。そんな普通の生活ができなくなったのは。
なんにせよ、たった15歳の精神はもう限界だった。
生きていることで迷惑がかかるのなら、いっそのこと死んでしまった方が楽だ。この気持ちからも解放される。
──いいや、貴様は逃げただけだ。
絶望していたアスカは、聞き覚えのある声を聞いた。
だが、そんな言葉を聞いたところでなんの慰めにもならない。逆に惨めな気持ちになるだけた。
「もういいんだ。放っておいてくれ」
──いいのか? 言っておくが、このままでは貴様はさらに利用されるぞ?
「知るか。もう、これ以上考えるなんてごめんだ」
──貴様は逃げているだけだ。
違う……。
──ただ弱い自身の心に、自分がいなければと嘘をついて逃げているだけだ。
違う。
──貴様がいなくなった所で人が死ぬということに変わりはない。ただ、貴様の存在がその運命を少し早めただけに過ぎない。
「うるさい! さっきから何なんだ! あーだこーだ説教しやがって。お前に俺の何がわかる!? ただ普通に生きたかっただけなのに、よくある平和な人生を過ごしたかっただけなのに、どうしてここまで傷つかなきゃいけないんだ! どうしてここまで苦しまなきゃいけないんだ!」
──貴様には今、決定的に足りないものがある。
「……なんだよ」
──『憎しみ』だ。憎悪の気持ちが貴様にはない。
憎しみなんていくらでもある。
他人に憧れる。嫉妬する──など。人間には必要不可欠な要素の1つである憎しみは誰しもが持っている。憎しみを持たない人間などこの世には存在しない。
「憎しみなんて、人間は皆持っている。俺にアイツらに対しての憎しみがないわけがないじゃないか……!」
──ほう。では、貴様は仇を打ちたいんじゃないのか?
「当たり前だ……!」
──なら何故しない。その気になれば、あの弱竜の力を爆発させられただろうに。
「それは、できない。無理をさせるのは、クロに悪い」
──その甘さを捨てろ。でなければ、憎しみはあっても何もできない。今の貴様のようにな。
「っ……」
何もできない。確かに言う通りだ。
もしもクロの身を案じていなければあの場を突破する事はできた。無理にでも力を引き出し、少しでも森の奥に村の人達を逃がせば皆殺しなんて最悪の結果にはならなかったかもしれない。
あの状何もできないという状況を作り出していたのは、アスカ自身なのだ。
──我の力を使え。そうすれば奴らをいとも容易く仕留められよう。
「まさかお前は……あの時の……」
──今更気がついたか。だがそんなことはどうでもいい。力を貸してやろうと言うのだ。
「本当にアイツらを……殺れるのか?」
──我の力はあの弱竜以上だ。思う存分暴れられる。
「……なら」
──ただし、貴様の心の甘えを捨てろ。それが条件だ。
「…………」
心の甘さを捨てる。それはつまり、人間で言う感情の1つを捨てろと言うこと。そして同時に、白野飛鳥としての心を捨てろということでもある。
──思い出せ。奴らがどう殺したのかを。その表情を。
「……ぁあ………」
アスカの記憶がフラッシュバックする。助けを求める顔で殺された人達。そして、それをまるで娯楽のような顔と笑い声で殺すローブを着た奴ら。
許せない。
「……そうだ。あいつらを殺せば仇を討てる。それに……」
人がどうとかなんて関係ない。
もうこんな思いはしたくない。もう悲しみたくはない。苦しくもなりたくない。泣きたくもない。悩みたくもない。だったら──
「私が悲しむ要素を取り除いたら、こんな思いしなくてもいいよね!」
──ククク、ハハハ! 実に面白いやつだ。自ら精神を破壊を崩壊させるとはな!
「あぁ、早く殺したい。アイツらを、憎いアイツらを!」
──もっと憎しみを増大させろ。我の力はその負の感情によってより力を増す。
真っ暗闇の中に1人立っているアスカの近くに大きな禍々しいオーラを纏った黒い影が現れる。前は視認するできなかったが、今回はしっかりとシルエットを確認できた。
そのシルエットは刃翼竜に似た姿勢をしているが、捻れた二本の角に悪魔を想像させるような翼など明らかに違う点があった。
そしてその竜は、アスカを翼膜で包み込んだ。まるで、アスカの身を守るように。
その瞬間、力が溢れ出てきた。その力はクロの力以上の大きさで、クロの時とは真逆に憎悪の感情をより増大させた。
苦しい。死ねばいいのに。お前さえいなければ。悲しい。痛い。殺す。憎い。殺せ。苦しめ。悲しめ。嘆け。絶望しろ。憎め。死ね。仇を討て。滅ぼせ。邪魔する者には死を。恐怖せよ。苦しむ者にはより残酷なる死を。破壊しろ。悲しむ者にはより残酷なる絶望を。恨め。痛がる者にはさらなる痛みを。消えろ───
「うぐ………あああ!」
力と共に負の感情が入り込んでくる。
クロとの契約時に受けたのは痛みだが、この竜から流れてくる力には痛みというかは精神にくる。並の人間なら既に精神が死に、息絶える程の負の感情だ。
だが、アスカはそんな感情を全て受け入れる。
憎しみの矛先である奴らを殺せるのなら、自身をも犠牲にしてやろう。その覚悟があった。
そして、もう自身が悲しまないように、苦しまないように、悩まないように……、
「あ、ははははは!」
この負の感情を自らの快楽に変え、自らの喜びへと変えようではないか。
白野飛鳥としての甘さを捨てた時、白野飛鳥の精神は簡単に崩壊した。その甘さこそが、白野飛鳥としての人格を保たせる核だったからだ。
人間というのは失ったものを何かで埋めようとする。それは精神も同じだ。
核を失い崩壊した白野飛鳥の精神は、新たに「負の感情」を取り込み、それを元に精神を再構築したのだ。
だが、1度崩れたものが完璧に元通りになることは決してない。
そしてできたのがアスカ・ハクノとしての人格だ。その人格は負の感情を快楽とし、喜びを得る。まさに真逆の人格であった。
──さあ、思う存分暴れるがいい。憎しみを奴らにぶつけ、殺すがいい。我が契約者よ。
力を与えた邪悪なる竜は、不敵な笑みを浮かべていた。
たったそれだけだ。たった、アスカがこの村にいたという理由だけでこの人達は犠牲になった。
もしもあの時──刃翼竜に貫かれた時に大人しく死んでいれば、こんな悲しみなんて感情を抱くことなんてなかった。こんな、苦しみや悔しさなんて感情を抱くこともなかった。
──目の前が真っ暗だ。
誰かが近づいてくるのがわかる。クロを確保したことでアスカは既に用済みになったのだろう。
だが、恐怖はしていない。それどころか、早く死にたいという気持ちでいっぱいだ。
自分のせいで人が死んだ。それも大勢。自分にもっと力があれば、こんなことにはならなかった。
──もう疲れたんだ。
本来ならば家に引きこもってゲームをするだけの人生を送るつもりだった。この異世界に来てからも、そこらにいる冒険者達のように普通に魔獣を倒してよくある生活をするつもりだった。
しかし、いつからだろうか。そんな普通の生活ができなくなったのは。
なんにせよ、たった15歳の精神はもう限界だった。
生きていることで迷惑がかかるのなら、いっそのこと死んでしまった方が楽だ。この気持ちからも解放される。
──いいや、貴様は逃げただけだ。
絶望していたアスカは、聞き覚えのある声を聞いた。
だが、そんな言葉を聞いたところでなんの慰めにもならない。逆に惨めな気持ちになるだけた。
「もういいんだ。放っておいてくれ」
──いいのか? 言っておくが、このままでは貴様はさらに利用されるぞ?
「知るか。もう、これ以上考えるなんてごめんだ」
──貴様は逃げているだけだ。
違う……。
──ただ弱い自身の心に、自分がいなければと嘘をついて逃げているだけだ。
違う。
──貴様がいなくなった所で人が死ぬということに変わりはない。ただ、貴様の存在がその運命を少し早めただけに過ぎない。
「うるさい! さっきから何なんだ! あーだこーだ説教しやがって。お前に俺の何がわかる!? ただ普通に生きたかっただけなのに、よくある平和な人生を過ごしたかっただけなのに、どうしてここまで傷つかなきゃいけないんだ! どうしてここまで苦しまなきゃいけないんだ!」
──貴様には今、決定的に足りないものがある。
「……なんだよ」
──『憎しみ』だ。憎悪の気持ちが貴様にはない。
憎しみなんていくらでもある。
他人に憧れる。嫉妬する──など。人間には必要不可欠な要素の1つである憎しみは誰しもが持っている。憎しみを持たない人間などこの世には存在しない。
「憎しみなんて、人間は皆持っている。俺にアイツらに対しての憎しみがないわけがないじゃないか……!」
──ほう。では、貴様は仇を打ちたいんじゃないのか?
「当たり前だ……!」
──なら何故しない。その気になれば、あの弱竜の力を爆発させられただろうに。
「それは、できない。無理をさせるのは、クロに悪い」
──その甘さを捨てろ。でなければ、憎しみはあっても何もできない。今の貴様のようにな。
「っ……」
何もできない。確かに言う通りだ。
もしもクロの身を案じていなければあの場を突破する事はできた。無理にでも力を引き出し、少しでも森の奥に村の人達を逃がせば皆殺しなんて最悪の結果にはならなかったかもしれない。
あの状何もできないという状況を作り出していたのは、アスカ自身なのだ。
──我の力を使え。そうすれば奴らをいとも容易く仕留められよう。
「まさかお前は……あの時の……」
──今更気がついたか。だがそんなことはどうでもいい。力を貸してやろうと言うのだ。
「本当にアイツらを……殺れるのか?」
──我の力はあの弱竜以上だ。思う存分暴れられる。
「……なら」
──ただし、貴様の心の甘えを捨てろ。それが条件だ。
「…………」
心の甘さを捨てる。それはつまり、人間で言う感情の1つを捨てろと言うこと。そして同時に、白野飛鳥としての心を捨てろということでもある。
──思い出せ。奴らがどう殺したのかを。その表情を。
「……ぁあ………」
アスカの記憶がフラッシュバックする。助けを求める顔で殺された人達。そして、それをまるで娯楽のような顔と笑い声で殺すローブを着た奴ら。
許せない。
「……そうだ。あいつらを殺せば仇を討てる。それに……」
人がどうとかなんて関係ない。
もうこんな思いはしたくない。もう悲しみたくはない。苦しくもなりたくない。泣きたくもない。悩みたくもない。だったら──
「私が悲しむ要素を取り除いたら、こんな思いしなくてもいいよね!」
──ククク、ハハハ! 実に面白いやつだ。自ら精神を破壊を崩壊させるとはな!
「あぁ、早く殺したい。アイツらを、憎いアイツらを!」
──もっと憎しみを増大させろ。我の力はその負の感情によってより力を増す。
真っ暗闇の中に1人立っているアスカの近くに大きな禍々しいオーラを纏った黒い影が現れる。前は視認するできなかったが、今回はしっかりとシルエットを確認できた。
そのシルエットは刃翼竜に似た姿勢をしているが、捻れた二本の角に悪魔を想像させるような翼など明らかに違う点があった。
そしてその竜は、アスカを翼膜で包み込んだ。まるで、アスカの身を守るように。
その瞬間、力が溢れ出てきた。その力はクロの力以上の大きさで、クロの時とは真逆に憎悪の感情をより増大させた。
苦しい。死ねばいいのに。お前さえいなければ。悲しい。痛い。殺す。憎い。殺せ。苦しめ。悲しめ。嘆け。絶望しろ。憎め。死ね。仇を討て。滅ぼせ。邪魔する者には死を。恐怖せよ。苦しむ者にはより残酷なる死を。破壊しろ。悲しむ者にはより残酷なる絶望を。恨め。痛がる者にはさらなる痛みを。消えろ───
「うぐ………あああ!」
力と共に負の感情が入り込んでくる。
クロとの契約時に受けたのは痛みだが、この竜から流れてくる力には痛みというかは精神にくる。並の人間なら既に精神が死に、息絶える程の負の感情だ。
だが、アスカはそんな感情を全て受け入れる。
憎しみの矛先である奴らを殺せるのなら、自身をも犠牲にしてやろう。その覚悟があった。
そして、もう自身が悲しまないように、苦しまないように、悩まないように……、
「あ、ははははは!」
この負の感情を自らの快楽に変え、自らの喜びへと変えようではないか。
白野飛鳥としての甘さを捨てた時、白野飛鳥の精神は簡単に崩壊した。その甘さこそが、白野飛鳥としての人格を保たせる核だったからだ。
人間というのは失ったものを何かで埋めようとする。それは精神も同じだ。
核を失い崩壊した白野飛鳥の精神は、新たに「負の感情」を取り込み、それを元に精神を再構築したのだ。
だが、1度崩れたものが完璧に元通りになることは決してない。
そしてできたのがアスカ・ハクノとしての人格だ。その人格は負の感情を快楽とし、喜びを得る。まさに真逆の人格であった。
──さあ、思う存分暴れるがいい。憎しみを奴らにぶつけ、殺すがいい。我が契約者よ。
力を与えた邪悪なる竜は、不敵な笑みを浮かべていた。
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