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第49話 予期せぬ事態
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森を抜けるとそこは目的地である平原であった。まだ暴風雨は止まないが、とにかく今は森から出れたことに喜びを感じるとしよう。
「さて、俺はこの辺りでお暇させてもらうぞ。元々クエストの帰りでな」
「クエストの帰りに人殺そうとしたのかお前」
「ついでだ、ついで。お前だって1度帰るついでになにかしたことはあるだろ?」
「スケールが違い過ぎるんだよ」
「ま、精々頑張るんだな」
そう一言残すと、シロウは先程のように空間を斬り、斬った空間の中へと入って行った。斬れていた空間が閉じると、アスカは途中はぐれたレンとソニアを探しに歩き始めた。
しかし、既にわかっていたことだが中々見つからない。
それもそうだ。これだけだだっ広い平原から手がかりもなしに2人を見つけ出すなんて簡単なことではない。それに、大雨のせいで視界も悪い。
「全く、探すだけでも一苦労だ」
愚痴を言いながらアスカは平原を歩いた。少なくとも、自分が落ちたあの崖の方向を森沿いに歩いていけば、そのうち本来通る予定だった道に辿り着けるということはわかっていた。なお、確証は全くない。
「……もうすぐ止むか」
空を見てみると、雨で見にくいが少し先の方がうっすらと晴れていた。そしてその空がある方向は今現在の風向と同じ向きであった。
ということは、時期にこの雨も強風も止む。言わずともわかるだろう。
「……服どうするかなー」
アスカは傘なんて便利な道具は持ってもいないので、この暴風雨を全身に浴びていた。そのため、着ていた服がびちょびちょだ。
防具についても殆ど布を使っているので水を吸収する。
それに、別に男の時は気にしなかったが、濡れた服が水で透け、更に体に引っ付いているのだ。1部の男性が喜ぶ姿だが、アスカにとっては寒いし気持ちが悪いと嫌な要素しかない。
「とにかく、雨が止んだら誰も来ないうちに着替え」
「おーい!」
「………はぁ」
何故いつもこうタイミングが悪いのかと疑問を持つアスカ。
声のする方からは、馬車から降りたレンとソニアがいた。恐らく、アスカが森から出てくると信じて平原と森の境目にて待機していたのだろう。
その行動はアスカにとってはとてもありがたい。より仲間だということに実感を持てるからだ。
しかし、タイミングというものがある。誰かに見つからないうちに雨が止んでから着替えようとしたのに、これでは人前で1度服を脱いで着替えるのと同じではないか。
「良かった、無事だった」
「心配しましたよアスカさん……」
アスカを見つけられたことに2人は安心した表情をしていた。
それもそうだ。なんたって、崖から落ちるなんて生きている事が奇跡な出来事があったのだから。
「2人も無事でよかったです。もう少し遅く見つけてもらってもよかったんだけどな……」
「何……あー、そういうことね」
「え、何ですか姉さん」
「取り敢えず、今はアスカちゃんを見ないで。見た場合、しばらく意識を失ってもらうわ」
「急に怖い!?」
ソニアの言葉に恐怖を覚えたレンは急いで後ろに振り返ろうと足を移動させる。
「うわっ!」
しかし、雨のせいで柔らかくなった地面で足を捻りバランスを崩す。そして、レンは偶然アスカがいる方に倒れ込む。
そして──
ムニュッ
「…………」
「…………」
レンは反射的に出してしまっていた手で、アスカの小さな胸を触り、そして揉んでしまった。
「……レン」
「……えっと……あの……その……」
これは所謂ラッキースケベというものだが、そんな事故に対してまるでゴミを見るような視線を送るアスカとソニア。その視線による圧力の中、レンが発した言葉は……、
「意外とあるんですね」
「っ…………」
その言葉はアスカの逆鱗に触れ、アスカは心の底から激怒した。コンプレックスについてを容赦なく触れてきたレンに対して、アスカは激怒した。
「呆れた男だ。生かしては置けぬ」
アスカはゴゴゴゴゴ……という擬音が聞こえそうな笑顔でレンを見る。そして、今まで以上の力でレンの右腕をガシッと掴む。
「落ち着いてください! あれは故意ではなく事故であって……」
「今のはレン君が悪いわ」
「庇ってくれないんですか姉さん!?」
「意外とあるだと? 見てみろ。これのどこがあるように見える? 触ってようやく分かるくらいの大きさだ。あんな発言をしたところで嘘だってわかってるんだよ。ただの気遣いだってこともわかってるんだよ。たがらこそ余計にタチが悪い。というか胸なんて必要あるのか? 大きいだとか言われても正直──」
あれからずっとアスカはレンに向かってグチグチと言っていた。アスカの1度逆鱗に触れてしまえばしばらくは戻らない。この時アスカは我を忘れる程に頭にきているからだ。
そしてアスカの愚痴は、アスカが冷静になり我に返るまで続いた。
****
積乱雲も過ぎ去り、先程の暴風雨が嘘のように晴れる。アスカ達は本来の目的である炎狼を探していた。
「……ハ……クチュン……!」
「大丈夫ですか?」
「ぅ……頭痛い。風邪引いたか……?」
雨に打たれてすぐに風邪にはならない。しかし、どうもアスカの体調は優れていなかった。
レン達から見る現在のアスカは顔色が青白く、フラフラとしながら歩いている。今にも倒れそうだ。
「……いたわよ。炎狼」
ソニアが炎狼の姿を確認すると、すぐ様アスカとレンに伏せるように合図を送る。合図を見たアスカは伏せようとするが、一瞬意識がフワッとしたせいで伏せるどころか倒れる。
──やばい、しんどい……。
「アスカちゃん!?」
「……凄い熱です。さっきの雨が原因かと」
「着替えてなかったしね……。ともかく、炎狼程度なら私1人でなんとかできるから、レン君はアスカちゃんを村まで連れて帰って」
「歩いてですか?」
「嫌ならそこらで馬車拾いなさい。それと、いくら息が荒くなってて色っぽく見えるからって襲わないように」
「襲いませんよ! 襲ったところで損するのは僕だけですし」
レンがアスカを背負って立ち上がる。すると、立ち上がったレンを視認した炎狼がこちらに向かって走ってくる。
「こっち来た! 早く走って!」
「無茶言わないでください! こっちは人担いでるんです! 意外と軽いですけど」
「軽いのならさっさと走りなさい。私はあの地面の草を燃やしながらくる炎狼の相手しとくから!」
向かって来る炎狼の前にソニアが立ち塞がる。そして、優先順位を自信を攻撃しようとしているソニアに変更し炎狼は遠吠えをする。
そして、炎狼の注意がソニアに向いた瞬間に、アスカを背負うレンは取り敢えず炎狼の目に入らないようにするために森へと入って行った。
森に入ってからはレンとソニアが馬車に乗って通って来た崖道を歩く。馬車はここを通り掛かった時にでも乗せてもらえばいいだろう。
「これは酷い……」
崖道を歩いていると、先程の暴風雨による土砂崩れが道を塞いでいた。
積もった土を登って行けないこともないが、今回はアスカを背負っている。この場合は登っていくより崖下の道を通って行った方がいいだろう。
幸い、今いる崖道はまだ入ってすぐの所。今から少し引き換えして下の道に進路を変更すれば、あの時のアスカのようなことにはならない。
「よし……」
レンは崖道を少し引き返し、階段2、3段くらいの高さの所まで来ると下の道に降りる。そして、崖沿いに村の方へと進んで行った。
この崖下の道と上の崖道は、先程レンが降りた場所ともう1つ──ここから少し進んだ辺りで合流する
では何故、殆どの人は上の崖道を進むのか。それはまず、上の道の方がこの崖道を抜けるのが早いからだ。
この道は言わばインとアウトの関係。インである上の道を通れば早く抜けられるし、レンが歩いているアウトの道を通れば少し抜けるのにかかる時間は遅くなる。
それに加え、下の道はまるで整備されておらずガタガタ。とても馬車が通れる道ではない。
そんな道を通る以上、足場についてはいつも以上に気をつけなければならない。
もしも転びでもすれば、背負っているアスカが怪我をしてしまう。そうなれば、更に復帰するまでに時間がかかってしまう。
実際にはクロの治癒力で怪我はすぐに治るが、それを知らないレンはとにかくアスカに怪我をさせないように心掛けていた。
「……よっと」
地面から出てきている木の根に気をつけて進んでいく。
そして、レンがある程度進みもう時期この道を抜けるという時に、突然レンを囲むようにローブを着た者達が来る。
まるで、ここで待ち伏せしていたかのように。
「……どなたか存じませんが、少しそこをどいてくれませんか?」
「その女をよこせ。そうすれば、我々は危害を加えずここから立ち去ろう」
顔は見えない。しかし、声からして1人は男だ。それも、結構若い声だ。
「断る、と言えば?」
「その時は………」
レンがそう言うと、包囲していたローブの集団は一斉に武器を構える。その武器はナイフやボウガンなど様々な武器で、遠中近のどの距離でもバランスよく戦えるようになっている。
もしもこの状況でアスカが倒れていなければ、レンはこの謎の集団を意図も簡単に倒すことができた。しかし、今の現状では勝つことよりも逃げることに専念した方がいい。
それに、どうやら狙いはアスカのようだ。つまり、レンにとってはアスカの護衛イベントでもある。
そのため、レンはアスカを降ろしてこの集団を倒すことができない。降ろして戦えば、一瞬の隙をついてこの集団はアスカを攫っていくだろう。
アスカがあの集団の手に渡ると、何かが起きるとかそう言うのはレンにはわからない。しかし、だからと言ってこんな怪しさMAXの集団に渡せるはずかない。
「しかし、どうするか……」
自分よりも多い集団。そして逃げ道はない。アスカも背負っている。
どちらが不利でどちらが有利かなど、言わずともわかるだろう。
「返答がないということは、交渉は決裂ということでいいなんだな?」
「っ………」
返答に待ちかねたローブの男がそう言うと、一斉に他のローブを着た人達が武器をレンに向ける。今にも攻撃してきそうだ。
一応、レンにも突破する策はある。しかしそれはリスクが高く、最悪2人してやられるなんて可能性もある。だが、この方法に思いつくかと言われれば全く思いつかない。
──一か八かでやってみるしかない!
レンは背負っていた手の内の右手に銃を出現させ、村の方向にいるローブの人達を撃とうとする。
──しかし、それと同時に1人のローブを着た人が槍を投擲する。
その槍は、真っ直ぐレンの方へと向かっていく。更に不幸なことに、それはレンの死角からであり、自身に迫る危機に気付いていない。
そしてレンが槍の存在に気がついたのは──
「なっ!?」
「斬撃だと!?」
突然現れた斬撃によって弾かれた後だった。
「ちょっと落ち着けよ。そこの信者さん達」
するとまたまた突然に空間が開く。中から現れたのは案の定シロウであった。
「どうしてシロウさんが……?」
「いや、ちょっとそいつに言い忘れてたことがあってな。ま、言う前になってしまったようだがな」
「この体調不良のことですか?」
「話は後だ。さっさと俺が開けた空間の中に入れ」
少し納得がいかないが、今はともかくこの場から逃げることを考えるレンはシロウの言う通りに開いた空間の中に入る。
「逃がすな!」
しかし、そう易々と逃がすはずもないローブを着た人達はボウガンをレンに構える。
「おっと、いいのか? お前らがもしもそこから攻撃……いや、1歩でも動けば──」
するとシロウは手に持っていた刀をレンが背負うアスカに向ける。
「この女の命はないぞ」
「シロウさん、一体どういうつもり……ってあれ?」
アスカに刀を向けられ、レンは一瞬だけシロウを敵視する。しかし、少し妙なことに気がついた。
──シロウが刀を向けた瞬間、ローブを着た人達が動かなくなったのだ。
いつでも撃てる距離にいる。ボウガンの引き金を引けばすぐにでもレンを行動不能にできる。
しかしそれでもなお、ローブを着た人達は動かなかった。
「これは一体……」
「話は後だって言ってるだろ。今の内にさっさとそこを通って村まで行け」
「村までって、こんなどこかも検討がつかない場所をどうやって……」
「これを持っていけ」
シロウは自分が持っていた刀をレンに手渡した。何故この刀を渡したのかはわからないが、恐らく空間を斬ったのはこの刀だ。きっと何かあるのだろう。そうレンは思った。
「ざっくり説明すると、光、斬る。以上だ」
「ちょっ、それだけですか!? というか、シロウさんの武器は……」
「安心しろ、もう1本ある。万が一の時は奥の手を使わせてもらうが」
そしてシロウが説明を終えると、段々と空間が閉じていく。そして、空間が完全に閉じた。
「……貴様、どこのどいつだ。我々の邪魔をするとは、何が目的だ」
「それはこっちのセリフだ。とでも言っておけばいいのか?」
「まあ、貴様が誰かはどうでもいい。とにかく、我々の邪魔をした罪をここで償ってもらうぞ」
レンがいなくなったい今、狙われるのはアスカを背負ったレンを逃がす手伝いをしたシロウだ。
ローブを着た人達は、レンに向けていた武器を今度はシロウに向ける。
「生憎だが、俺はお前らの正体を知っているし、目的も既に知っている。それに、これ以上償うのが大変な罪を被るのは御免なんでな」
「だったら尚更この場で生かしておくわけにはいかないな」
その瞬間、ローブを着た人達が持つボウガンが放たれる。四方八方からの攻撃だ。簡単には避けられない。
四方八方からの攻撃を避けるには上に飛ぶかしゃがむしかない。しかし、それはどちらも隙を晒してしまう行動だ。
その攻撃を避けたところで貴様はジ・エンドなのだよ。
そうローブを着た男は思っていた。
そして、その男の予想通りにシロウは上へと飛んだ。常人のジャンプなので高さこそ普通だが、ボウガンの矢を避けるには十分の高さだ。
「空中にいる今、奴の防御は薄い。接近戦で仕留めろ!」
勝ちを確信した笑みを出しながら男は他の仲間にそう指示を出した。そして、指示通りに動いた仲間数人が持っていた剣や斧で攻撃しに行く。
──我々の邪魔をするからこうなるのだ。
じっくり串刺しにされ、悲鳴を上げる姿を見てやろうと男はシロウをじっくり見ていた。
「フッ……、ハァアアーー!!」
「な、馬鹿な!?」
「ぐぁあッ!!」
しかし男がそこで見た光景は、シロウではなく自身の仲間が悲鳴を上げる光景であった。
男は、一体今何が起こったのかが理解できなかった。
空中でシロウがとった行動は明らかに常人ではできないことだ。
「空中を蹴った……だと?」
そう。シロウは空中を蹴り、その蹴った勢いで自身の体のバランスを整え体勢を立て直したのだ。そして更に空中を蹴り、今度は自身の体を回転させ、接近して来ていた男の仲間に回転斬りを浴びせたのだ。
こんな物理法則を無視した動きをするなんて誰が予想できたであろうか。
「お前らとは違ってこっちは死闘をくぐり抜けてきたんだ。知識だけしか取り柄がないお前らでは俺には勝てんぞ」
「チッ、訳のわからん動きをしやがって……。だが、この人数に勝てるかな?」
ローブを着た人はまだ大勢いる。それに対してシロウは1人。人数差では負けている。
しかし、シロウは量より質。この人数でも問題ない実力を持っている。
「奴を何としてでも倒すのだ!」
「さて、軽いパーティーとでも行きますか!」
大勢向かって来るローブを着た人達を見て動揺することなく、いつも通り……いや、いつもよりも楽しそうにシロウは突っ込んで行った。
「さて、俺はこの辺りでお暇させてもらうぞ。元々クエストの帰りでな」
「クエストの帰りに人殺そうとしたのかお前」
「ついでだ、ついで。お前だって1度帰るついでになにかしたことはあるだろ?」
「スケールが違い過ぎるんだよ」
「ま、精々頑張るんだな」
そう一言残すと、シロウは先程のように空間を斬り、斬った空間の中へと入って行った。斬れていた空間が閉じると、アスカは途中はぐれたレンとソニアを探しに歩き始めた。
しかし、既にわかっていたことだが中々見つからない。
それもそうだ。これだけだだっ広い平原から手がかりもなしに2人を見つけ出すなんて簡単なことではない。それに、大雨のせいで視界も悪い。
「全く、探すだけでも一苦労だ」
愚痴を言いながらアスカは平原を歩いた。少なくとも、自分が落ちたあの崖の方向を森沿いに歩いていけば、そのうち本来通る予定だった道に辿り着けるということはわかっていた。なお、確証は全くない。
「……もうすぐ止むか」
空を見てみると、雨で見にくいが少し先の方がうっすらと晴れていた。そしてその空がある方向は今現在の風向と同じ向きであった。
ということは、時期にこの雨も強風も止む。言わずともわかるだろう。
「……服どうするかなー」
アスカは傘なんて便利な道具は持ってもいないので、この暴風雨を全身に浴びていた。そのため、着ていた服がびちょびちょだ。
防具についても殆ど布を使っているので水を吸収する。
それに、別に男の時は気にしなかったが、濡れた服が水で透け、更に体に引っ付いているのだ。1部の男性が喜ぶ姿だが、アスカにとっては寒いし気持ちが悪いと嫌な要素しかない。
「とにかく、雨が止んだら誰も来ないうちに着替え」
「おーい!」
「………はぁ」
何故いつもこうタイミングが悪いのかと疑問を持つアスカ。
声のする方からは、馬車から降りたレンとソニアがいた。恐らく、アスカが森から出てくると信じて平原と森の境目にて待機していたのだろう。
その行動はアスカにとってはとてもありがたい。より仲間だということに実感を持てるからだ。
しかし、タイミングというものがある。誰かに見つからないうちに雨が止んでから着替えようとしたのに、これでは人前で1度服を脱いで着替えるのと同じではないか。
「良かった、無事だった」
「心配しましたよアスカさん……」
アスカを見つけられたことに2人は安心した表情をしていた。
それもそうだ。なんたって、崖から落ちるなんて生きている事が奇跡な出来事があったのだから。
「2人も無事でよかったです。もう少し遅く見つけてもらってもよかったんだけどな……」
「何……あー、そういうことね」
「え、何ですか姉さん」
「取り敢えず、今はアスカちゃんを見ないで。見た場合、しばらく意識を失ってもらうわ」
「急に怖い!?」
ソニアの言葉に恐怖を覚えたレンは急いで後ろに振り返ろうと足を移動させる。
「うわっ!」
しかし、雨のせいで柔らかくなった地面で足を捻りバランスを崩す。そして、レンは偶然アスカがいる方に倒れ込む。
そして──
ムニュッ
「…………」
「…………」
レンは反射的に出してしまっていた手で、アスカの小さな胸を触り、そして揉んでしまった。
「……レン」
「……えっと……あの……その……」
これは所謂ラッキースケベというものだが、そんな事故に対してまるでゴミを見るような視線を送るアスカとソニア。その視線による圧力の中、レンが発した言葉は……、
「意外とあるんですね」
「っ…………」
その言葉はアスカの逆鱗に触れ、アスカは心の底から激怒した。コンプレックスについてを容赦なく触れてきたレンに対して、アスカは激怒した。
「呆れた男だ。生かしては置けぬ」
アスカはゴゴゴゴゴ……という擬音が聞こえそうな笑顔でレンを見る。そして、今まで以上の力でレンの右腕をガシッと掴む。
「落ち着いてください! あれは故意ではなく事故であって……」
「今のはレン君が悪いわ」
「庇ってくれないんですか姉さん!?」
「意外とあるだと? 見てみろ。これのどこがあるように見える? 触ってようやく分かるくらいの大きさだ。あんな発言をしたところで嘘だってわかってるんだよ。ただの気遣いだってこともわかってるんだよ。たがらこそ余計にタチが悪い。というか胸なんて必要あるのか? 大きいだとか言われても正直──」
あれからずっとアスカはレンに向かってグチグチと言っていた。アスカの1度逆鱗に触れてしまえばしばらくは戻らない。この時アスカは我を忘れる程に頭にきているからだ。
そしてアスカの愚痴は、アスカが冷静になり我に返るまで続いた。
****
積乱雲も過ぎ去り、先程の暴風雨が嘘のように晴れる。アスカ達は本来の目的である炎狼を探していた。
「……ハ……クチュン……!」
「大丈夫ですか?」
「ぅ……頭痛い。風邪引いたか……?」
雨に打たれてすぐに風邪にはならない。しかし、どうもアスカの体調は優れていなかった。
レン達から見る現在のアスカは顔色が青白く、フラフラとしながら歩いている。今にも倒れそうだ。
「……いたわよ。炎狼」
ソニアが炎狼の姿を確認すると、すぐ様アスカとレンに伏せるように合図を送る。合図を見たアスカは伏せようとするが、一瞬意識がフワッとしたせいで伏せるどころか倒れる。
──やばい、しんどい……。
「アスカちゃん!?」
「……凄い熱です。さっきの雨が原因かと」
「着替えてなかったしね……。ともかく、炎狼程度なら私1人でなんとかできるから、レン君はアスカちゃんを村まで連れて帰って」
「歩いてですか?」
「嫌ならそこらで馬車拾いなさい。それと、いくら息が荒くなってて色っぽく見えるからって襲わないように」
「襲いませんよ! 襲ったところで損するのは僕だけですし」
レンがアスカを背負って立ち上がる。すると、立ち上がったレンを視認した炎狼がこちらに向かって走ってくる。
「こっち来た! 早く走って!」
「無茶言わないでください! こっちは人担いでるんです! 意外と軽いですけど」
「軽いのならさっさと走りなさい。私はあの地面の草を燃やしながらくる炎狼の相手しとくから!」
向かって来る炎狼の前にソニアが立ち塞がる。そして、優先順位を自信を攻撃しようとしているソニアに変更し炎狼は遠吠えをする。
そして、炎狼の注意がソニアに向いた瞬間に、アスカを背負うレンは取り敢えず炎狼の目に入らないようにするために森へと入って行った。
森に入ってからはレンとソニアが馬車に乗って通って来た崖道を歩く。馬車はここを通り掛かった時にでも乗せてもらえばいいだろう。
「これは酷い……」
崖道を歩いていると、先程の暴風雨による土砂崩れが道を塞いでいた。
積もった土を登って行けないこともないが、今回はアスカを背負っている。この場合は登っていくより崖下の道を通って行った方がいいだろう。
幸い、今いる崖道はまだ入ってすぐの所。今から少し引き換えして下の道に進路を変更すれば、あの時のアスカのようなことにはならない。
「よし……」
レンは崖道を少し引き返し、階段2、3段くらいの高さの所まで来ると下の道に降りる。そして、崖沿いに村の方へと進んで行った。
この崖下の道と上の崖道は、先程レンが降りた場所ともう1つ──ここから少し進んだ辺りで合流する
では何故、殆どの人は上の崖道を進むのか。それはまず、上の道の方がこの崖道を抜けるのが早いからだ。
この道は言わばインとアウトの関係。インである上の道を通れば早く抜けられるし、レンが歩いているアウトの道を通れば少し抜けるのにかかる時間は遅くなる。
それに加え、下の道はまるで整備されておらずガタガタ。とても馬車が通れる道ではない。
そんな道を通る以上、足場についてはいつも以上に気をつけなければならない。
もしも転びでもすれば、背負っているアスカが怪我をしてしまう。そうなれば、更に復帰するまでに時間がかかってしまう。
実際にはクロの治癒力で怪我はすぐに治るが、それを知らないレンはとにかくアスカに怪我をさせないように心掛けていた。
「……よっと」
地面から出てきている木の根に気をつけて進んでいく。
そして、レンがある程度進みもう時期この道を抜けるという時に、突然レンを囲むようにローブを着た者達が来る。
まるで、ここで待ち伏せしていたかのように。
「……どなたか存じませんが、少しそこをどいてくれませんか?」
「その女をよこせ。そうすれば、我々は危害を加えずここから立ち去ろう」
顔は見えない。しかし、声からして1人は男だ。それも、結構若い声だ。
「断る、と言えば?」
「その時は………」
レンがそう言うと、包囲していたローブの集団は一斉に武器を構える。その武器はナイフやボウガンなど様々な武器で、遠中近のどの距離でもバランスよく戦えるようになっている。
もしもこの状況でアスカが倒れていなければ、レンはこの謎の集団を意図も簡単に倒すことができた。しかし、今の現状では勝つことよりも逃げることに専念した方がいい。
それに、どうやら狙いはアスカのようだ。つまり、レンにとってはアスカの護衛イベントでもある。
そのため、レンはアスカを降ろしてこの集団を倒すことができない。降ろして戦えば、一瞬の隙をついてこの集団はアスカを攫っていくだろう。
アスカがあの集団の手に渡ると、何かが起きるとかそう言うのはレンにはわからない。しかし、だからと言ってこんな怪しさMAXの集団に渡せるはずかない。
「しかし、どうするか……」
自分よりも多い集団。そして逃げ道はない。アスカも背負っている。
どちらが不利でどちらが有利かなど、言わずともわかるだろう。
「返答がないということは、交渉は決裂ということでいいなんだな?」
「っ………」
返答に待ちかねたローブの男がそう言うと、一斉に他のローブを着た人達が武器をレンに向ける。今にも攻撃してきそうだ。
一応、レンにも突破する策はある。しかしそれはリスクが高く、最悪2人してやられるなんて可能性もある。だが、この方法に思いつくかと言われれば全く思いつかない。
──一か八かでやってみるしかない!
レンは背負っていた手の内の右手に銃を出現させ、村の方向にいるローブの人達を撃とうとする。
──しかし、それと同時に1人のローブを着た人が槍を投擲する。
その槍は、真っ直ぐレンの方へと向かっていく。更に不幸なことに、それはレンの死角からであり、自身に迫る危機に気付いていない。
そしてレンが槍の存在に気がついたのは──
「なっ!?」
「斬撃だと!?」
突然現れた斬撃によって弾かれた後だった。
「ちょっと落ち着けよ。そこの信者さん達」
するとまたまた突然に空間が開く。中から現れたのは案の定シロウであった。
「どうしてシロウさんが……?」
「いや、ちょっとそいつに言い忘れてたことがあってな。ま、言う前になってしまったようだがな」
「この体調不良のことですか?」
「話は後だ。さっさと俺が開けた空間の中に入れ」
少し納得がいかないが、今はともかくこの場から逃げることを考えるレンはシロウの言う通りに開いた空間の中に入る。
「逃がすな!」
しかし、そう易々と逃がすはずもないローブを着た人達はボウガンをレンに構える。
「おっと、いいのか? お前らがもしもそこから攻撃……いや、1歩でも動けば──」
するとシロウは手に持っていた刀をレンが背負うアスカに向ける。
「この女の命はないぞ」
「シロウさん、一体どういうつもり……ってあれ?」
アスカに刀を向けられ、レンは一瞬だけシロウを敵視する。しかし、少し妙なことに気がついた。
──シロウが刀を向けた瞬間、ローブを着た人達が動かなくなったのだ。
いつでも撃てる距離にいる。ボウガンの引き金を引けばすぐにでもレンを行動不能にできる。
しかしそれでもなお、ローブを着た人達は動かなかった。
「これは一体……」
「話は後だって言ってるだろ。今の内にさっさとそこを通って村まで行け」
「村までって、こんなどこかも検討がつかない場所をどうやって……」
「これを持っていけ」
シロウは自分が持っていた刀をレンに手渡した。何故この刀を渡したのかはわからないが、恐らく空間を斬ったのはこの刀だ。きっと何かあるのだろう。そうレンは思った。
「ざっくり説明すると、光、斬る。以上だ」
「ちょっ、それだけですか!? というか、シロウさんの武器は……」
「安心しろ、もう1本ある。万が一の時は奥の手を使わせてもらうが」
そしてシロウが説明を終えると、段々と空間が閉じていく。そして、空間が完全に閉じた。
「……貴様、どこのどいつだ。我々の邪魔をするとは、何が目的だ」
「それはこっちのセリフだ。とでも言っておけばいいのか?」
「まあ、貴様が誰かはどうでもいい。とにかく、我々の邪魔をした罪をここで償ってもらうぞ」
レンがいなくなったい今、狙われるのはアスカを背負ったレンを逃がす手伝いをしたシロウだ。
ローブを着た人達は、レンに向けていた武器を今度はシロウに向ける。
「生憎だが、俺はお前らの正体を知っているし、目的も既に知っている。それに、これ以上償うのが大変な罪を被るのは御免なんでな」
「だったら尚更この場で生かしておくわけにはいかないな」
その瞬間、ローブを着た人達が持つボウガンが放たれる。四方八方からの攻撃だ。簡単には避けられない。
四方八方からの攻撃を避けるには上に飛ぶかしゃがむしかない。しかし、それはどちらも隙を晒してしまう行動だ。
その攻撃を避けたところで貴様はジ・エンドなのだよ。
そうローブを着た男は思っていた。
そして、その男の予想通りにシロウは上へと飛んだ。常人のジャンプなので高さこそ普通だが、ボウガンの矢を避けるには十分の高さだ。
「空中にいる今、奴の防御は薄い。接近戦で仕留めろ!」
勝ちを確信した笑みを出しながら男は他の仲間にそう指示を出した。そして、指示通りに動いた仲間数人が持っていた剣や斧で攻撃しに行く。
──我々の邪魔をするからこうなるのだ。
じっくり串刺しにされ、悲鳴を上げる姿を見てやろうと男はシロウをじっくり見ていた。
「フッ……、ハァアアーー!!」
「な、馬鹿な!?」
「ぐぁあッ!!」
しかし男がそこで見た光景は、シロウではなく自身の仲間が悲鳴を上げる光景であった。
男は、一体今何が起こったのかが理解できなかった。
空中でシロウがとった行動は明らかに常人ではできないことだ。
「空中を蹴った……だと?」
そう。シロウは空中を蹴り、その蹴った勢いで自身の体のバランスを整え体勢を立て直したのだ。そして更に空中を蹴り、今度は自身の体を回転させ、接近して来ていた男の仲間に回転斬りを浴びせたのだ。
こんな物理法則を無視した動きをするなんて誰が予想できたであろうか。
「お前らとは違ってこっちは死闘をくぐり抜けてきたんだ。知識だけしか取り柄がないお前らでは俺には勝てんぞ」
「チッ、訳のわからん動きをしやがって……。だが、この人数に勝てるかな?」
ローブを着た人はまだ大勢いる。それに対してシロウは1人。人数差では負けている。
しかし、シロウは量より質。この人数でも問題ない実力を持っている。
「奴を何としてでも倒すのだ!」
「さて、軽いパーティーとでも行きますか!」
大勢向かって来るローブを着た人達を見て動揺することなく、いつも通り……いや、いつもよりも楽しそうにシロウは突っ込んで行った。
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だが、異世界に着くと前途多難なことばかり、思わず「おい、アルテナ、聞いてないぞ!」と、叫びたくなるような事態も発覚したり──
でも、何はともあれ、女神様に異世界召喚されることになり、生まれた世界では持て余したチート級の力を使い、異世界へと魔王を倒しに行く主人公の、異世界ファンタジー物語!!

異端の紅赤マギ
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その日、瀧田暖はいつもの様にコンビニへ夕食の調達に出掛けた。
いつもの街並みは、何故か真上から視線を感じて見上げた天上で暖を見る巨大な『眼』と視線を交わした瞬間激変した。
それまで見ていたいた街並みは巨大な『眼』を見た瞬間、全くの別物へと変貌を遂げていた。
「ここは異世界だ!!」
退屈な日常から解き放たれ、悠々自適の冒険者生活を期待した暖に襲いかかる絶望。
「冒険者なんて職業は存在しない!?」
「俺には魔力が無い!?」
これは自身の『能力』を使えばイージーモードなのに何故か超絶ヘルモードへと突き進む一人の人ならざる者の物語・・・
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「初投稿作品」で色々と至らない点、文章も稚拙だったりするかもしれませんが、一生懸命書いていきます。
また、時間があれば表現等見直しを行っていきたいと思っています。※特に1章辺りは大幅に表現等変更予定です、時間があれば・・・
★次章執筆大幅に遅れています。
★なんやかんやありまして...
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