発明の天敵はムチムチ幼馴染

深海10メートル

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 学校から自宅までの帰り道を外れ、商店街を抜けて都市部のほうへ向かうと、大きなアミューズメント施設がある。ボーリングにネットカフェ、ダーツ場など様々な施設が統合されており、今回はそのうちの一つであるゲームセンターへやってきた。
 普段は学校帰りに寄るような場所ではないが、夕鶴トマリの誘いにのってしまったのである。制服のままでいると補導される可能性はあるが、長居しなければ大丈夫だろう。
 自動ドアが開くと、キンキンと甲高いゲーム音が濁流のように耳を襲う。この瞬間ばかりは何度来ても慣れることがない。入口には店内の見取り図が設置してある。内部は現在地のホールを中心に、いくつかのコーナーに分かれていた。
「どこに行くんだ?」
 騒がしい環境音に顔をしかめる俺に対し、トマリは余裕の表情を浮かべている。彼女とは過去に何度かここへ来たことはあるが、いつもこんなに平然としていただろうか。
「おーい、どのコーナーに行くんだって?」
「赤コーナーにすがるんだって?」
「なに言ってんだ、お前……」
 入店してからトマリの反応が鈍く、俺の言葉にも妙な聞き間違いをしている。いぶかしんでいると、彼女はさっと自分の耳を塞いだ。あまりに不自然な動きだったため、俺は反射的に彼女の両手へ自分の両手を重ねた。
 腕に力を込めてトマリの手を引き剥がそうと試みるも、彼女もぐっと踏ん張って抵抗してくる。
「おい、なにを隠してるんだ?」
「か、隠してないよぉ」
「じゃあこの手をゆるめんか!」
「ススムちゃんがゆるめなよぉ……!」
 強情に抵抗を続けるトマリから、両耳を晒す意志は感じ取れない。俺はより力を入れれるように、腕をたたんで彼女との距離を短くした。それが功をそうし、彼女の両手が少しずつ頭から離れ始める。
「や、やだぁ」
「諦めろ、これが力の差だ!」
 いつも主導権を握ってくるトマリに、今の俺は強くでることができている。その事実に多少、高揚感を得る。俺はさらに腕を引き締め、彼女の抵抗にとどめを刺しにかかった。
「やだ、あそこのカップル。こんなところでキスしようとしてる~」
「しかも男のほうが強引に迫ってるな。若いね~」
 聞き捨てならない台詞が聞こえてきた。
 思わず首を振って周囲を見渡すと、いくつもの好奇の視線が俺たちに向けられていた。改めて自分の状況を俯瞰してみる。ムチムチの女子の腕を掴み強引に迫る男子、という構図が出来上がっていた。
「だ、だめだよススムちゃん! みんな見てるよぉ!」
「ここぞとばかりに大声出すんじゃねえ!」
「これは合意の上なのでお気遣いなくぅ!」
「その口を閉じろー!」
 あわや警備員を呼ばれるところだったが、なんとか騒ぎが起こる前にその場を離れることができた。


 今だに感じる好機の視線を避けつつ、俺とトマリは逃げ込むように、ヤング向けと題されたコーナーへ足を踏み入れた。このコーナーはユーフォ―キャッチャーなどの、若者が盛り上がれる筐体が集められている。俺たちと同じく、ちらほらと制服姿の学生が目についた。
 ユーフォ―キャッチャーにでも手を出そうかと思っていると、トマリに腕をぐいっと引かれる。逆らわずにいると、派手なメイクをした女性が外装に描かれている筐体まで誘導された。それはピンクの暖簾で入口を仕切り、簡易的な個室を作っている。プリクラの筐体だ。
「入ろっかぁ」
 提案ではなく宣言のようで、俺が言葉を返す間もなくトマリは暖簾をくぐっていった。彼女に続いて俺も筐体の中へ入る。
 筐体内は白色で統一された空間になっており、スピーカーと液晶画面が備え付けられている。
 トマリは両耳をごそごそといじくり、小さな黄色い部品を取りだした。耳栓だろうか。道理で騒音に対し平然としていたわけだ。
「ゲームは楽しいと思うけど、大きい音はちょっとね……」
 俺の視線に気づき、トマリが伏し目がちにそう言った。彼女に年相応の弱味を見つけると、少しばかり胸がざわつく。彼女をしおらしい女の子と錯覚してしまいそうだ。
「そうまでして来たかったのか」
「うん。ススムちゃんとぉ、プリクラ撮りたかったの」
 再び俺の胸がざわついた。
「もしかして照れたぁ……?」
「照れてないっ!」
 見透かされたことを誤魔化すため、液晶画面に手を伸ばす。表示された額の硬貨を入れると、スピーカーから案内が流れ始めた。いわく、三枚撮るから好きなポーズをとれ、とのことだ。
「よし、証明写真みたく真顔で撮ってやる」
「だめだよぉ! せっかくだから、仲良しって感じで撮るの」
「仲良しって、どんな感じだよ?」
「まず服を脱ぐよぉ」
「あほか!」
 言い合ってるうちに『十秒、九、八――』とカウントダウンが始まる。さすがに証明写真を実行する気にはならず、とっさにトマリの肩を抱いた。
 部屋内が一瞬発光して、画面に写真が表示される。写真の中の俺は堅い笑みを浮かべ、トマリを抱き寄せていた。
 トマリはというと、意外にも体を堅くして、大きな胸の前で両腕をぎゅっと閉じて写っている。まるで男慣れしていない淑女のようである。
「ススムちゃん、大胆だねぇ……」
 からかいの言葉を口にするが、トマリはふっくらとした頬をゆるませてだらしない表情を晒している。
 俺は禁欲を邪魔されるせいでトマリを邪険に扱うが、決して嫌っているわけではない。普段と違い真っ当に好意をを示されると、いかんせんどう反応していいものか迷ってしまう。
「な、仲良しって感じなら、これくらい普通だ! 二枚目、撮るぞ」
 間が空いて冷静になったのもあって、二枚目の写真は少し距離感のあるポーズだった。それでもトマリは「んふふ」と笑みを漏らし、画面を嬉しそうに見つめている。
 そういう乙女じみた反応をされると、こちらとしてもまんざらではない。いつものことは今だけ忘れ、トマリの要望を引き出してもよいかと思った。
「あー、トマリ。したいポーズがあるなら、やってもいいぞ」
「え、じゃあ服を……」
「それ以外でな!」
 油断も隙もあったもんじゃない。
 トマリの要望を聞いたことに早速後悔していると、彼女は「じゃあ」と前置きしてから笑みを作った。
、撮ろっかぁ」
 その笑みは先ほどの乙女のものではなく、艶やかな女のそれだった。


 トマリは俺の首に両腕を回して、ずいっと顔を近づけてくる。俺の頬に彼女の吐息がかかり、生ぬるく湿った空気がまとわりついた。
 俺とトマリに身長差はほとんどなく、彼女が少し背伸びをするだけで頭が並んでしまう。それでも爪先立ちではあるので、彼女は俺に寄り掛かりバランスをとった。彼女の胸が俺の胸板に押し付けられ、柔らかく形を崩すのが伝わってくる。
「キス、するね? まずは頬からぁ」
 頬にぬめりとした感触が押し当てられる。そうして、ちゅっと音を鳴らして吸いついた。間もなく感触が消えたかと思うと、すぐに場所をずらして再開する。短い感覚でそれらが繰り返された。
「ちゅっ、ちゅっ、ちゅっ……んふふ、ちゅっ……」
 微笑み混じりにキスの雨を降らし、トマリの唇が俺の頬を点々と移動する。幼い少女の愛情表現を思わせるそれは、俺を焦らして情欲の炎をくすぶらせた。無意識に握りこぶしを作ってしまう。
 トマリは一度キスを中断すると、俺の耳元に唇を寄せた。
「我慢だよぉ? 我慢したら、私からたぁくさんしてあげるからねぇ」
 不機嫌な赤ん坊をあやすように言って、トマリはまた幼いキスを繰り返す。頬だけにおさまらず、俺のひたいや鼻頭にも唇を浴びせる。
 不意に俺の唇の端とトマリの唇が触れ合った。彼女の舌先がちろりと俺の唇をなぞる。待ち望んでいた刺激に、俺の体が小刻みに震えた。
「ちゅうしたい? 唇と唇でぇ、ちゅっちゅってしたい? ――してあげるぅ」
 トマリは顔を傾かせ、俺と互い違いになるように唇を重ねた。それだけでなく、じゅるじゅると汁っけのある音をたて、俺の唇をすすり始めた。
 少女のキスとは一転、男をむさぼる貪欲な接吻が開始される。
 俺の後頭部がトマリの手の平で支えられ、頭の動きを固定させられた。
「ぢゅる、ぢゅるる、んぷっ……ちゅっ、ぢゅるるるる」
 口内にトマリの舌が伸びてくる。それは俺の歯茎をそってぬらぬらと動き、上顎を舐めとって背筋に掻痒感を走らせた。
 たまらず俺が舌を突き出すと、トマリは唇をすぼめてそれを捕まえる。俺の舌先を舌先で迎え入れ、弾くようにいじくった。
 トマリの唇が俺の舌腹を挟み、甘い棒付きキャンディを味わうがごとく前後に動いて舐めしゃぶる。興奮しているのか、彼女の鼻息はひどく荒い。
「すすむちゃん、すすむちゃん、んじゅるっ、ちゅぱ、ちゅぶるるるる!」
 我を忘れたように俺の名前を呼び、トマリに一際大きく舌をすすられる。思わず腰が痙攣し、つられて全身がびくりびくりと反応した。興奮がピークに達したせいか、体の力が抜けていく。彼女の口が離れたところで、限界がおとずれた。
 トマリを支えながら、できる限りゆっくりと腰を下ろす。彼女はへたりこんだ俺の腰あたりにまたがった。
 至近距離でトマリと見つめ合う。彼女の目線はどこかうわの空で、本当に俺を見ているのか判断できなかった。
「ススムちゃん……」
 トマリの小さな唇はお互いの唾液でぐちょぐちょになり、淫靡に光を反射している。それがすっと滑らかな動作で近づいてきた。また、唇が重なる。
 吸ったり舐めたりのない、コミュニケーションとしてのキスだった。快楽で満たされていた思考に、一抹の熱が吹き込まれる。
 しばらくの間、唇が離れることはなかった。


 液晶画面に三枚の写真が並ぶ。一枚目、二枚目はいいとして、三枚目はひどい有様だった。
 赤い斑点模様の頬を隠しもせず、ほうけきった表情の俺が写っている。その隣で俺に抱き着き、背中を向けたまま肩越しに笑みを見せるトマリの姿もあった。
「ほらぁ、せっかく落書きできるんだから、ススムちゃんもしようよぉ」
「いやだ! 見たくない、そんな情けない格好の俺は見たくなーい!」
 プリクラ特有の写真を加工できる機能を使い、トマリは楽しそうに三枚の写真をいじくっている。対して俺はどの写真も恥ずかしくて直視することができず、加工を彼女に任せっきりにしていた。
 アナウンスが流れ、写真が完成したことを知らせる。シールとしてプリントアウトされたそれが、排出口に落とされた。
 写真を手に取り眺めてみると、そこには顔から火が出そうな落書きがなされている。トマリが横から覗き込み、写真の出来に「んふふ」と笑った。
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