【完結】霧の街のアイナ

夏伐

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3 神託とは気まぐれ

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 かわいい子供もいるし、夫婦仲も良い。刺激はないけれど、平穏で安定した生活。
 私がそんなことを言えば彼は、とても焦って立ち上がった。

「ま、まさか……好きな男がいたとか……? いや、私は向こうの世界で誰かと暮らしたりは……そもそもあの都市に住み着いているのは異形の中でも筋金入りの変わり者だけだから……」

「そうじゃなくて」

 彼の肩を軽く押して椅子に座らせる。

「『運命の人』という言葉で結婚相手と思ったんでしょうけど、あなたは儀式に潜り込まなくてもきっと選ばれてたってこと。それで結局行方不明になってたと思うの。
 神託では、霧の都市に行くことは決まっていたでしょう?」

「そうなんだが、どうしても我慢が出来ず……つい、な」

 子供のように子供の頃の言い訳をする彼に呆れてしまう。

「運命の人は、あなたを連れ帰る人ということじゃない? あの世界はとても広いから、二度も出会うなんてそれこそ運命でないとね」
「今が幸せならそれでいいんじゃないか?」

 あっけらかんと彼は言ってのける。

「そうだけれど、その神託は『迷子になっても帰ってこれるよ』程度のものだったんじゃないかって話! あなたならもっと良い家柄の貴族家に歓迎されたはずなのに……」

 神託が誤解だったら、私たち親子は国を巻き込んで神も利用した詐欺師になってしまう。その疑問はずっとついてまわっていた。

 神の定めた『運命』とはなんなのか。

「あの世界で君を見た時、本当に嬉しかったんだ。だから、こうして君と一緒にいるとほっとする」
「他の子供たちは?」
「一度も出会わなかった。それに、あの世界では一週間に一度祭りがあった。それが向こうの儀式と同じだと気づいた時、急に帰るのが恐ろしくなった」

 彼の口から、向こうでの楽しい思い出しか聞いたことが無かった。

「だから二度目に出会って、父からの手紙をもらった時、本当に嬉しかった。家族が生きていたことが、帰る場所があることが」

 あの世界は恐ろしくも、とても惹きつけられる。
 彼がこの世界にあるための錨が、私ということなのかもしれない。もし、彼がまたあの世界に行ったら、連れて帰れるのはきっと私だけ。

「あなたが何度いなくなっても、私はきっと見つけるわ。それなら結婚していた方が効率が良いってことなのかもね」

 それなら『不思議な世界で出会い結ばれた二人』の物語は、ありといえばありなのかもしれない。

 私はその絵本を彼に差し出した。
 噂話が一人歩きして、こうして本になってしまったらしい。それを裏付けするのはあの『神託』。

 出版前に一応こうして元ネタに送ってくれるだけ親切だ。
 彼はよくできた絵本を前に、懐かしそうにけれども本当におかしそうに笑っている。

 こんな生活が続くのなら、『運命』も良いかもしれない。
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