【完結】霧の街のアイナ

夏伐

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1 夢の祭り

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 私の住む国には一つの行事があった。
 年に一度、選ばれた子供がその儀式に参加する。拒否権はなく、選ばれる事はとても光栄なことだ。

 身分を問わず選ばれるために、栄誉のために子供をさらうような事件も過去に起きているなんて噂さえある。

 とはいえ、ただの形式的なもので変な飲み物を飲んで一晩を神殿で過ごすというもの。
 今年は私も選ばれてしまった。

 周囲を見渡すと、私の他にも数人が神官の話を聞いている。

「夢の中に現れる都市がどのようなものかは分かっていない。使えるかは分からないが、いくつかの宝石を渡しておく。他にも何か持っておきたいものがあれば持ち込める」

 夢に何かを持ち込む? これは、夢の話なのよね……?

 おかしな儀式の説明を聞いていると、ひとまずの『危険はない』ことが長々と説明された。

「誰に会ったか、どのように過ごしたのか、目を覚ましたらすぐさま近くの神官に伝えるように」

 その後、配られた飲み物は妙に甘ったるい味がした。その場に小さなベッドが運び込まれる。簡易的な作りだが、暴れでもしない限り壊れたりしないだろう。

 ベッドに入ると、疲れや緊張もあったのか、ふわふわのマットレスに体が沈み込むように私は眠ってしまった。

 神官の言葉が頭をぐるぐると回る。
 手探りで持ち物を確認しても、いつも身に着けている祖母の形見のネックレスや、いつも来ているものと同じ服だ。
 そして眠る前に手渡された宝石の入った袋を持っていた。

 意識がはっきりしても、周囲の景色を見る事はできない。近くの景色はぼんやりと見えるものの、周囲は霧に飲まれている。
 自分の足元を見ることすら目をこらさなければならない。

 ここは夢……?
 それとも口減らしを儀式としているだけで、どこか見知らぬ街に捨てられたの?

 私はとにかく一歩ずつこの街を探ることにした。
 ここは霧が深い都市だが、どこか楽しげな歌声が聞こえてくる。歌声かと思ったそれは、だんだんと祭りのような喧騒に変化していった。

「ん?」

 どうやら本当に祭りなのかもしれない。
 道行く人は異形の服装をしている。そのほとんどが仮面をつけている。

「お嬢ちゃん、旅人かい?」

 霧が深くてよく見えないが、近くにいる店主に話しかけたらしい。キョロキョロしていると、影が近づいてきて、私に仮面をくれた。

「この霧で目がきかなくなるなんて、旅人さんだね。これをつけていくと良い。今日は年に一度のカーニバルの日だ! ぜひ楽しんでくれ」

「あ、ありがとう!」

 礼を言うために店主を見るが、大きな影のようにしか見えない。
 仮面をつけつつ、陽気そうな店主に聞いてみることにした。どのような顔をしているかは分からないが、声からするに陽気なおじさんのようだ。

「あの、ここはどこなんですか?」
「ここはどこにあるのか、何の都市なのか分からない。色んな世界から旅人や商人が年に一度、ここでお祭り騒ぎをするってだけの場所さ。たまに住み着くやつもいるけどな」
「夢の街ってこと?」

 神官が言っていた場所はここなのか。
 私が疑問を伝えると、店主は大きな声を上げて笑った。

「ああ、『子供の国』の! じゃあまずは石を金に換えないとな! ずっと向こうの端に両替屋がいるから」

 店主の指さす方へ歩を進めようとすると、「ちょっと待ったー!」と呼び止められた。

「他にも何か危ないことがあるの?」
「違う違う! 霧の中で別れたらまた出会えるか分からないじゃないか。記念にうちでなんか買ってきなよ」
「でも……」
「うちは結構良い品質のもんが安く売ってるぜ! 内緒だけど、この祭りでは在庫処分してんだ」

 私は首を横に振った。とたんに「そうかい?」と店主の残念そうな声が聞こえる。

「霧が深くて、何を売ってるか分からないの……」

 大きな影はバチンと自分の頭を叩いたようだ。

「じゃあカーニバルを歩くのに必要そうなものを見繕ってやる!」
「ほんと?」

 私は袋から宝石を一つ取り出した。緑色のキラキラしたものだ。
 手を伸ばして渡すと、向こうからは見えているのか大きな手が差し出された。お店の形もぼんやりと見えているが、とても大きい。

「上等なエメラルドじゃねぇか! そいじゃこっちも奮発して、竜のぬけがらから作ったコート! お嬢ちゃんみたいなのは目立つからフードをかぶっていくんだぞ。
 それからこっちは、竜のウロコを縫い付けたリュック、見習い冒険者が喉から手が出るほどほしがる装備さ!
 これは霧を見通すための魔法が付与されているブレスレット!」

 ドサドサと手渡され、急いで装備する。
 コートやリュックは小柄な私でも少し大きいくらいで、店主の目利きの腕は確かなのだろう。

「こんなにいっぱいいいの!?」

 大きな影は頷いて、面白そうに笑っている。

「お嬢ちゃん、ブレスレットつけてみな」

 言われた通りに、美しいブレスレットを腕にはめる。
 世界が急速に色づいていくかのように周囲の景色が見えるようになった。

 思っていたよりもずっと大きな建物だ。お城よりも神殿よりも大きい。まるで自分が小さな動物にでもなってしまったみたいだ。

 そして周囲に、とても大きな異種族がたくさんいる。ずっと小さな種族もたくさん歩いている。異形の恰好や服装をしているのではなく……。
 彼らは私に敵意を向けるでもなく、ただ興味深そうにこちらを見ている。

 驚いて店主を見れば、彼は全身が大きなウロコに覆われた竜人だ。

「驚かせちまったか?」

 それがポリポリと困ったように頭を爪でかいている。
 その大きな腕を伸ばし、私にフードをかぶせてくれた。

「今日はカーニバルだ。どんな種族もいる。でもお嬢ちゃんみたいなのは目立つんだ」
「他の人にも見えてたの?」

「みんなこの霧の対策をしてここにやってくるからな」

 なんだか恥ずかしい。
 フードの端をぎゅっとつかむと、店主は大笑いした。

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