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ただ彼女はさゆみであるだけだった。
どういう漢字なのか、平仮名なのかすら知らない。
俺が言った言葉に彼女は、ふっと冷たい笑みを浮かべる。
「もう分かってるでしょ」
全てを見透かしたように、俺のいかれた考えを彼女は把握して意地の悪い微笑みで見守る。
「でも、いや、おかしいだろ」
パキリ
さゆみが一歩踏みしめて、基地の残骸が音を立てる。
「さゆみが俺にだけしか見えてない、なんて――そんな、」
「どうして基地をこの場所にしたのか覚えてる?」
「それは――」俺は思い出す。あの頃、面白くなさそうにぼんやりと山で遊ぶ俺たちを見ていた少女。「さゆみがいたから」
一目で、恋に落ちたのだと思う。それも今思えばという話だ。
彼女を見たくて、彼女に俺を見て欲しくて、山に通っていた。嫌がる裕二を連れて。あまりにも裕二が嫌がるものだから、秘密基地を作ろうと誘った。
その時に勇気を出してさゆみを誘った。
嬉しそうな彼女の顔は今でも鮮明に思い出せる。先ほどまで膨大な記憶の山に埋もれていたのに、そんな事は感じないほど色鮮やかで鮮明だ。
「私、ずっと寂しかったの」
「そうなんだ。また一緒に遊ぼうよ!」
「そういうんじゃなくて……分かってて言ってるの?」
さゆみの姿が透けて、後ろに粗末な墓石が見える。
少しずつ彼女が俺に近づいてくる。
家の前で裕二と別れた時、あの時裕二は家に帰ったのだろう。だから扉を開けるガチャリと言う音がした。
その後、俺と一緒に基地に行った裕二は彼とは違うナニカだ。
さゆみが俺に見せた幻想かもしれない。
裕二にも基地を覚えていてほしいという俺の幻想。
彼女は俺の表情を読み取ったのか、思考を読み取ったのか――。
「――そう、知らないふりするんだ」
俺自身の記憶は、そこで途切れている。恐ろしく冷たい笑みを浮かべるさゆみの姿だけが脳の裏側に焼き付いている。ただ恐怖は少しも感じなかった。
翌日、俺は秘密基地の残骸の上で目を覚ました。
さゆみはいないし、俺を起こしたのは消えたはずの裕二だった。
「おい、何してるんだ」
「あれ? 裕二?」
「家の前で別れたのに、なんでこんな所まで……」
嫌そうにつぶやく裕二は、休日らしいラフな格好をしている。それでも俺と違って新しさを感じるTシャツだ。
「こんな何もない所に、お前のじいさんばあさん心配してたぞ」
「うん」
裕二が差し出した手を掴んだ。
彼に助けられつつ、体を起こしながら、俺は墓石、俺がそう感じるだけの粗末な石の塔を見つめた。
「な、ゆーじ、さゆみって覚えてるか?」
すがるような気持ちだった。
彼は何となく懐かしさを感じるような笑みを浮かべた。
「ああ、お前の見えないお友達だろ。イマジナリーフレンドってやつ」
「そっか」
俺は頷いた。
「そうだよな。さゆみは見えないんだよな」
裕二は可笑しそうに笑った。
「どうしたんだよ。――早く帰るぞ。みんなお前を探してる」
俺がここに秘密基地を建設して、そしてこのクソ田舎から出れなかった理由。初恋の女の子。もしかしたら、さゆみがここにいるから、どうしてもここから離れられなかったのかもしれない。
俺には秘密基地の残骸に見えるが、裕二にはただの林にしか見えない。それほど朽ち果てている。
裕二に連れられて秘密基地の陣地からどんどん離れていく。
後ろを振り向くと、そこには朽ち果てた木材に埋もれるようにしてポツンと石が積み上げられていた。
「また来るよ。今度はもっと君に会いに来る」
自分に言い聞かせるように言った。
「何か言ったか?」
「いや、何でもない」
裕二が俺を見つめる。たとえこいつが都会に染まってしまっても田舎にいた頃と地続きだ。その小さな暖かさを感じながら俺はさゆみから離れるようにして裕二に近づいた。
『――またね』
頭に響くように女の声が聞こえた。
俺は振り向かずに頷いた。
また来るよ。絶対にまた来る。君が俺を嫌いになっても、俺はずっと君を好きでいる。
家に帰るとじーちゃんに怒られた。裕二が場所を告げると、その怒りは失意に代わった。
「ああ、あの子か。もうワシには見えんからな」
「おじいさんの見えないお友達ですか? 小さい頃から女の子がいるって言ってましたけど……」祖父の失意を祖母は明るく笑った。「浩太も小さい頃はそう言ってましたね」
さゆみはずっとそこにいた。これまでも、そしてこれからもそこに居続ける。
裕二もばーちゃんもいない時、じーちゃんが俺にポツリと言った。
「恋をすると見えなくなるんだ」
「そっか」
俺は何も知らなかったように、スマホに目を落とす。
今もさゆみの事が好きだって、見透かされたような気がしたから。
どういう漢字なのか、平仮名なのかすら知らない。
俺が言った言葉に彼女は、ふっと冷たい笑みを浮かべる。
「もう分かってるでしょ」
全てを見透かしたように、俺のいかれた考えを彼女は把握して意地の悪い微笑みで見守る。
「でも、いや、おかしいだろ」
パキリ
さゆみが一歩踏みしめて、基地の残骸が音を立てる。
「さゆみが俺にだけしか見えてない、なんて――そんな、」
「どうして基地をこの場所にしたのか覚えてる?」
「それは――」俺は思い出す。あの頃、面白くなさそうにぼんやりと山で遊ぶ俺たちを見ていた少女。「さゆみがいたから」
一目で、恋に落ちたのだと思う。それも今思えばという話だ。
彼女を見たくて、彼女に俺を見て欲しくて、山に通っていた。嫌がる裕二を連れて。あまりにも裕二が嫌がるものだから、秘密基地を作ろうと誘った。
その時に勇気を出してさゆみを誘った。
嬉しそうな彼女の顔は今でも鮮明に思い出せる。先ほどまで膨大な記憶の山に埋もれていたのに、そんな事は感じないほど色鮮やかで鮮明だ。
「私、ずっと寂しかったの」
「そうなんだ。また一緒に遊ぼうよ!」
「そういうんじゃなくて……分かってて言ってるの?」
さゆみの姿が透けて、後ろに粗末な墓石が見える。
少しずつ彼女が俺に近づいてくる。
家の前で裕二と別れた時、あの時裕二は家に帰ったのだろう。だから扉を開けるガチャリと言う音がした。
その後、俺と一緒に基地に行った裕二は彼とは違うナニカだ。
さゆみが俺に見せた幻想かもしれない。
裕二にも基地を覚えていてほしいという俺の幻想。
彼女は俺の表情を読み取ったのか、思考を読み取ったのか――。
「――そう、知らないふりするんだ」
俺自身の記憶は、そこで途切れている。恐ろしく冷たい笑みを浮かべるさゆみの姿だけが脳の裏側に焼き付いている。ただ恐怖は少しも感じなかった。
翌日、俺は秘密基地の残骸の上で目を覚ました。
さゆみはいないし、俺を起こしたのは消えたはずの裕二だった。
「おい、何してるんだ」
「あれ? 裕二?」
「家の前で別れたのに、なんでこんな所まで……」
嫌そうにつぶやく裕二は、休日らしいラフな格好をしている。それでも俺と違って新しさを感じるTシャツだ。
「こんな何もない所に、お前のじいさんばあさん心配してたぞ」
「うん」
裕二が差し出した手を掴んだ。
彼に助けられつつ、体を起こしながら、俺は墓石、俺がそう感じるだけの粗末な石の塔を見つめた。
「な、ゆーじ、さゆみって覚えてるか?」
すがるような気持ちだった。
彼は何となく懐かしさを感じるような笑みを浮かべた。
「ああ、お前の見えないお友達だろ。イマジナリーフレンドってやつ」
「そっか」
俺は頷いた。
「そうだよな。さゆみは見えないんだよな」
裕二は可笑しそうに笑った。
「どうしたんだよ。――早く帰るぞ。みんなお前を探してる」
俺がここに秘密基地を建設して、そしてこのクソ田舎から出れなかった理由。初恋の女の子。もしかしたら、さゆみがここにいるから、どうしてもここから離れられなかったのかもしれない。
俺には秘密基地の残骸に見えるが、裕二にはただの林にしか見えない。それほど朽ち果てている。
裕二に連れられて秘密基地の陣地からどんどん離れていく。
後ろを振り向くと、そこには朽ち果てた木材に埋もれるようにしてポツンと石が積み上げられていた。
「また来るよ。今度はもっと君に会いに来る」
自分に言い聞かせるように言った。
「何か言ったか?」
「いや、何でもない」
裕二が俺を見つめる。たとえこいつが都会に染まってしまっても田舎にいた頃と地続きだ。その小さな暖かさを感じながら俺はさゆみから離れるようにして裕二に近づいた。
『――またね』
頭に響くように女の声が聞こえた。
俺は振り向かずに頷いた。
また来るよ。絶対にまた来る。君が俺を嫌いになっても、俺はずっと君を好きでいる。
家に帰るとじーちゃんに怒られた。裕二が場所を告げると、その怒りは失意に代わった。
「ああ、あの子か。もうワシには見えんからな」
「おじいさんの見えないお友達ですか? 小さい頃から女の子がいるって言ってましたけど……」祖父の失意を祖母は明るく笑った。「浩太も小さい頃はそう言ってましたね」
さゆみはずっとそこにいた。これまでも、そしてこれからもそこに居続ける。
裕二もばーちゃんもいない時、じーちゃんが俺にポツリと言った。
「恋をすると見えなくなるんだ」
「そっか」
俺は何も知らなかったように、スマホに目を落とす。
今もさゆみの事が好きだって、見透かされたような気がしたから。
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