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0003 聞こえるカチューシャ

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 ててててーん、とアホのようにくるりと幼馴染の冴島ミクルが手渡してきたのは少し子供っぽいカチューシャだった。

「みゃーちゃんもちょっとは年ごろの女の子っぽくオシャレしてみない?」

 と、ミクルは年より幼く見える下ツインテールを揺らしていたずらっぽく微笑んだ。
 研究室のようなここは、ミクルの二つ目の部屋だ。実験が大好きな彼女へ、彼女のお優しい親が買い与えたマンションの一室。
 小学生にマンション……。

 そこでAIと機械を駆使しして変なものを作ってはいつも私を実験台にする。
 このカチューシャだって、どうせ変なものだろう。
 未来のロボットを気取って変なリズムで紹介する道具は本当にへんてこなものばかりだ。

 例えば地面が消える香水。――人の平衡感覚を失わせ、効果が切れるまで気持ちの悪い浮遊感を味わわせる。
 例えば人が認識しなくなる帽子。――この帽子をかぶって近づくと、ほとんどの人間が意識を失った。

 彼女の作る不思議な道具はもはやテロだ。しかし、それをアニメへのリスペクトだと言って聞かないし、彼女の親は死人やけが人が出ていないし、被害者は勝手知ったる私だからまあ良いかと思っているらしい。

「オシャレ? そんなこと言うくらいならミクルはファッションリーダーだとでもいうわけ? へぇそれは知りませんでした」

「もー嫌味なんだから~! はい!」

 台を引きずってきて無理やり私の頭にカチューシャを取り付けた。
 なぜ大人しく彼女の実験になっているのか? そんなもの決まっている。迷惑料として彼女の両親から多額のお金を受け取っているのだ。
 そして私の家の経済状況も良いとは言えない。

 お金以上に迷惑すぎて孤立しているミクルとコスパの良いバイトを探している私、ウィンウィンな関係だ。

『こら~~~~!!!』

 どこからか声がした。

「どう?」

 背の小さいミクルは自慢するように背伸びした。私はそれを見下ろしてため息を吐いた。

「なんかわめいているのが聞こえる、かも?」

「ふふ、何の声でしょうか~!! 明日までに当ててみてね!」

 ミクルは私を部屋から押し出した。扉が閉まる寸前に、私はミクルに「チェーンロック! 忘れないでよ!」と声をかけた。ミクルはにっこりと笑みを作った。

「オートロックだから大丈夫だもん!」

「その油断がだめなのよ!」

 私の声は、壁の厚い高級マンションの部屋に届いただろうか。不安におもいつつも、いつもの流れということもあり諦めて私は家路についた。
 その間も『も~~~××だよ~~!!!』『なおしてよ~~~!』などという変な声は聞こえてくる。

「まさか……」

 この話し方……ミクルは自分で声を入れたのか……?
 明日に待っているだろう面倒なクイズに頭を悩ませてスーパーに寄った。この時間帯、このスーパーはとんでもない戦場になっている。商品を売り切るためにとんでもない値引きをしているのだ。
 顔見知りでもある見切り品ハンターたちは、知人ではない、敵だ。

 私が半額シュークリームに手を伸ばした瞬間、カチューシャから『だめ~~~!!!』という叫びがした。反射的に手が止まる。その瞬間に、横からシュークリームがかっさらわれた。

「なっ……!」

 その後も、半額弁当、半額白菜、半額バナナに至るまで全てカチューシャのせいで競り負けた。しぶしぶ今日の夕飯分を購入すると、既に顔見知りになっていたレジのお姉さんに「体調大丈夫?」と心配されてしまった。

 くっ、この戦績は体調が悪い時と同じだ。

 絶妙に邪魔なタイミングで話しかけてくる。このカチューシャのどこかに超小型カメラが付いており、そこからミクルが話しているんじゃないか? 思えばすぐにマンションを追い出されたことから怪しい。
 その時、録音を流していて、今は遠隔でミクルが声を出している。

 そう考えるとスーパーでの一件も納得だ。私は明日に備えて早く眠ることにした。お風呂に入るためにカチューシャをとり……はずし……とって……!――とれない!!!!!
 おじいちゃんおばあちゃんに引っ張ってもらっても石鹸を塗りこんでも油をたらしてもカチューシャはとれなかった。
 むしろその度に『いやん!』『も~やめてよ~』などというバカみたいな声が流れる始末。

 私はしぶしぶカチューシャをつけたまま日常を過ごし、眠りについた。

『え~~~ん』

「うるさいっ!」

 怒鳴るとカチューシャは静かになった。やはり声の正体はミクルだろう。私にしか聞こえないのはきっと骨伝導だとか何とかしてるからだ。
 科学が憎い……ッ!

 翌日、私はすぐにミクルのマンションに向かった。
 合鍵を使って入り込むと、眠っているミクルを揺さぶって起こした。

「なぁに?」
「これ、はずして……!」
「え~、好きって言ってくれないとはずせないよ~」
「はぁ?」

 こいつはまたこうやってふざけたことを言う。
 ただ、その悪ふざけに魔法のような科学が付きまとっている。そして経験上、彼女の言う通りにしなければいけない。

「……好き」

『わたしも……』

 照れたような声が聞こえてポロリとカチューシャがはずれた。
 私はカチューシャをミクルが眠っているベッドのすみに叩きつけた。ミクルは寝ぼけ眼をこすりつつ、へにゃりと笑う。

「みゃーちゃん、真っ赤になってておもしろーい!」

 こいつは私がみゃーちゃんと呼ばれることが照れくさいのを分かっててずっとそう呼ぶ。会った時からそうだった。ミクルは人の嫌がることが大好きなんだ!!!!!

「ふふ、ミクルAIはどうだった? すっごーい私だったでしょ?」

「ほんと!!嫌い!!!!」
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