1 / 1
悲観的な風
しおりを挟む「また海面が上昇し、一つの島が世界から消えました」
ニュースではいつものように、環境問題を取り上げている。
僕は扇風機の首を自分の方へ固定させつつ、アイスをかじった。型落ちでインターネットを介してタダで譲ってもらった冷凍庫で作ったため、凍り方にもムラがあるし、手作りゆえに味がぱっとしない。
今、世界では失業に加え、土地が減った事による食料自給率の低下、故郷を海に飲まれた人々は難民化し治安も悪化しているという。
常温で放置したアイスが溶けるように、地球の氷河が溶けているらしい。
僕はエアコンをガンガンかけた室内で、扇風機の音を聞く。
今使ってる電気はマンションに備え付けられたソーラーパネルで発電されたものだ。
ほとんどの人はこの暑い中、エアコンも扇風機もなく、必死に緑のカーテンやうちわで暑さをしのいでいる。
なんだか複雑な気持ちになった僕は扇風機を止めた。音はピタリと止む。
環境に良いと言われる発電方法だとしても、今の日本では批判の対象になってしまう。
一人でいると色々と考えてしまうが、頭を振って仕事に集中する。古い家電に囲まれているものの、パソコンだけは最新の最高スペックだ。
風一つで悲観的にも楽観的にもなる。
しかし僕がそんな風に考えられるのも親がお金を持っていて、電気を気にせずに使うことができるからだろう。
就職に失敗しつつも、不動産管理だとか会社の経理なんかについての勉強をしつつ、テレワークで親の会社で仕事をしている。
今住んでいるマンションも親に買ってもらったものだ。
僕は間違いなく恵まれている。
何十年も前に話題になっていた『格差社会』は、今では生死に直結するような問題になっている。
仕事中に計画停電中に熱中症で倒れてそのまま……という話も珍しくはない。救急船を呼ぶことも出来るが、地続きだった頃に比べて助けに来てくれるまでが長い。
学校でも問題になっていた。学習環境を整えなければ今後の国の発展がどうとか。
かなり有名な会社では昔のような設備が整っているようだし、自社で発電設備を揃えている所も多くなってきた。だが、それはまだまだ先の話。
ほとんどの会社はエアコンがあっても使えないし、パソコンよりも手書きで書類を作成したり時代は戻りはじめている。
今は昔に比べてずっと、ずっと季節による死者が増えた。そうニュースで言っていた。
僕は今日〆切の書類を送信し、画面に表示された緑のバーが満たされるのを見届けた。
手作りアイスの棒をくわえたまま、外に出る。
玄関は二重ロック。面倒だが仕方がない。
一度、何かの事件に巻き込まれた住人が襲撃されて、それから一段と警備が増えた。
最近は、富裕層に対する反感も大きく、僕もほとんど買い物はネットで家族と会うこともめったにない。
出歩けばそれだけ襲撃されるリスクが増えるからだ。
マンションの屋上では、かつてあった文明の栄枯衰退を見ることが出来る。フェンス越しに海に沈んだビル群を眺めていると、自分がこの世界ではないどこかにいるような気分だ。
「おーい!」
下の方から小さく、男の声が聞こえた。
僕が声の主を探すと、船を操りながら道路をこちらに向かって進む男の姿があった。
僕も手を振る。
――ヒュッ
一瞬、風が通りすぎる音がして、次いで『バンッ』と発砲音が響いた。
撃たれたのだ、と気づいた時には僕はその場に倒れ込んでいた。
頬が熱い。確認すると、血が流れていた。
サイレンが響いて、騒ぎがどんどん大きくなる。マンションに常駐している警備隊が男を取り押さえたらしい。
明日のニュースで男の氏名と動機を知ることになるのだろう。
このマンションはかなり治安が良い。家賃も高いし警備もいる。にもかかわらず屋上やベランダには銃弾の痕や血痕が残っている。
僕は事情聴取される前にそそくさと部屋に戻った。
玄関の鍵を閉めると、途端に心臓がドッドッと音を立てて動き出す。へたりこみそうになったが、このままでは頭がおかしくなりそうだった。
扇風機を付けると、送風する音が部屋に響く。床に倒れ込むと、冷蔵庫の小さな起動音、パソコンのファンの音。
この小さな箱の中で音に包まれて、僕は自分がなくなっていくのを感じた。
心臓が落ち着いていく。
この古い家電の海に溶けてしまいそうだった。
扇風機は一生懸命に風を送る。あの男の動機は本当の所は分からない。でも、この現状に不満を持ってということならば――そう想像すると、僕は部屋に起きた小さな風をとても悲観的なものだとそう思った。
0
お気に入りに追加
1
この作品の感想を投稿する
みんなの感想(1件)
あなたにおすすめの小説
鋼殻牙龍ドラグリヲ
南蛮蜥蜴
ファンタジー
歪なる怪物「害獣」の侵攻によって緩やかに滅びゆく世界にて、「アーマメントビースト」と呼ばれる兵器を操り、相棒のアンドロイド「カルマ」と共に戦いに明け暮れる主人公「真継雪兎」
ある日、彼はとある任務中に害獣に寄生され、身体を根本から造り替えられてしまう。 乗っ取られる危険を意識しつつも生きることを選んだ雪兎だったが、それが苦難の道のりの始まりだった。
次々と出現する凶悪な害獣達相手に、無双の機械龍「ドラグリヲ」が咆哮と共に牙を剥く。
延々と繰り返される殺戮と喪失の果てに、勇敢で臆病な青年を待ち受けるのは絶対的な破滅か、それともささやかな希望か。
※小説になろう、カクヨム、ノベプラでも掲載中です。
※挿絵は雨川真優(アメカワマユ)様@zgmf_x11dより頂きました。利用許可済です。
決戦の夜が明ける ~第3堡塁の側壁~
独立国家の作り方
SF
ドグミス国連軍陣地に立て籠もり、全滅の危機にある島民と共に戦おうと、再上陸を果たした陸上自衛隊警備中隊は、条約軍との激戦を戦い抜き、遂には玉砕してしまいます。
今より少し先の未来、第3次世界大戦が終戦しても、世界は統一政府を樹立出来ていません。
南太平洋の小国をめぐり、新世界秩序は、新国連軍とS条約同盟軍との拮抗状態により、4度目の世界大戦を待逃れています。
そんな最中、ドグミス島で警備中隊を率いて戦った、旧陸上自衛隊1等陸尉 三枝啓一の弟、三枝龍二は、兄の志を継ぐべく「国防大学校」と名称が変更されたばかりの旧防衛大学校へと進みます。
しかし、その弟で三枝家三男、陸軍工科学校1学年の三枝昭三は、駆け落ち騒動の中で、共に協力してくれた同期生たちと、駐屯地の一部を占拠し、反乱を起こして徹底抗戦を宣言してしまいます。
龍二達防大学生たちは、そんな状況を打破すべく、駆け落ちの相手の父親、東京第1師団長 上条中将との交渉に挑みますが、関係者全員の軍籍剥奪を賭けた、訓練による決戦を申し出られるのです。
力を持たない学生や生徒達が、大人に対し、一歩に引くことなく戦いを挑んで行きますが、彼らの選択は、正しかったと世論が認めるでしょうか?
是非、ご一読ください。
INNER NAUTS(インナーノーツ) 〜精神と異界の航海者〜
SunYoh
SF
ーー22世紀半ばーー
魂の源とされる精神世界「インナースペース」……その次元から無尽蔵のエネルギーを得ることを可能にした代償に、さまざまな災害や心身への未知の脅威が発生していた。
「インナーノーツ」は、時空を超越する船<アマテラス>を駆り、脅威の解消に「インナースペース」へ挑む。
<第一章 「誘い」>
粗筋
余剰次元活動艇<アマテラス>の最終試験となった有人起動試験は、原因不明のトラブルに見舞われ、中断を余儀なくされたが、同じ頃、「インナーノーツ」が所属する研究機関で保護していた少女「亜夢」にもまた異変が起こっていた……5年もの間、眠り続けていた彼女の深層無意識の中で何かが目覚めようとしている。
「インナースペース」のエネルギーを解放する特異な能力を秘めた亜夢の目覚めは、即ち、「インナースペース」のみならず、物質世界である「現象界(この世)」にも甚大な被害をもたらす可能性がある。
ーー亜夢が目覚める前に、この脅威を解消するーー
「インナーノーツ」は、この使命を胸に<アマテラス>を駆り、未知なる世界「インナースペース」へと旅立つ!
そこで彼らを待ち受けていたものとは……
※この物語はフィクションです。実際の国や団体などとは関係ありません。
※SFジャンルですが殆ど空想科学です。
※セルフレイティングに関して、若干抵触する可能性がある表現が含まれます。
※「小説家になろう」、「ノベルアップ+」でも連載中
※スピリチュアル系の内容を含みますが、特定の宗教団体等とは一切関係無く、布教、勧誘等を目的とした作品ではありません。
立ち止まっている暇はない
柊 あると
ライト文芸
西野葵(にしのあおい)。2016年8月20日時点で18歳の大学1年生だ。
「へそから血脈(ちみゃく)を辿って毛細血管の最先端まで行くために、オートバイの免許を取った」と理解不能宣言をした。
聞いていたのは、清水悠真(しみずゆうま)。小林巧(こばやしたくみ)、小松清太郎(こまつ)(せいたろう)。西田文一(にしだぶんいち)。「十王輪友会(じゅうおうりんゆうかい)」というライダーズクラブのメンバーだ。
葵が言う「へそ」とは、上田市にある「生島足島神社(いくしまたらしまじんじゃ)」のことだ。別名「日本のへそ」と言われている。
上田市には「真田幸村」の居城がある。「十王」とは「真田十勇士」から取ったものだった。
「十王」になれるだけのテクニック。オートバイを御せるだけの精神力。ゆるぎない信念。どんなに辛いことにも屈しないで立ち上がる。絶対に諦めない。「やさしさ」は心の余裕の部分に住んでいる。その場所を持ち続けられるもの。それが、彼らが目指す「十王」だった。
葵はどかっと大地に足を付けた、重たい奴らの背中を追いながら、「十王」になっていった。
星渦のエンコーダー
山森むむむ
ライト文芸
繭(コクーン)というコックピットのような機械に入ることにより、体に埋め込まれたチップで精神を電脳世界に移行させることができる時代。世界は平和の中、現実ベースの身体能力とアバターの固有能力、そして電脳世界のありえない物理法則を利用して戦うレースゲーム、「ネオトラバース」が人気となっている。プロデビューし連戦連勝の戦績を誇る少年・東雲柳は、周囲からは順風満帆の人生を送っているかのように見えた。その心の断片を知る幼馴染の桐崎クリスタル(クリス)は彼を想う恋心に振り回される日々。しかしある日、試合中の柳が突然、激痛とフラッシュバックに襲われ倒れる。搬送先の病院で受けた治療のセッションは、彼を意のままに操ろうとする陰謀に繋がっていた。柳が競技から離れてしまうことを危惧して、クリスは自身もネオトラバース選手の道を志願する。
二人は名門・未来ノ島学園付属高専ネオトラバース部に入部するが、その青春は部活動だけでは終わらなかった。サスペンスとバーチャルリアリティスポーツバトル、学校生活の裏で繰り広げられる戦い、そしてクリスの一途な恋心。柳の抱える過去と大きな傷跡。数々の事件と彼らの心の動きが交錯する中、未来ノ島の日々は一体どう変わるのか?
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
●●●●●●●●●●●●●●●
小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。
ChatGPTに陰謀論を作ってもらうことにしました
月歌(ツキウタ)
ライト文芸
ChatGPTとコミュニケーションを取りながら、陰謀論を作ってもらいます。倫理観の高いChatGPTに陰謀論を語らせましょう。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
コメントありがとうございます!
温暖化で海面が上昇し、土地が狭くなってしまったので貧富の差が拡大しています。この辺りはレミニセンスという映画に多大な影響を受けたので、レビューは様々ですが世界観が美しかったので私はとても好きです。
お読みいただきありがとうございます。