[完結]つむぐ世界の使い

夏伐

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糸の世界

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 生まれて初めて恋をした。
 ロープを片手に、ネットで絶対にほどけない結び方を覚えて、そしていざ足を踏み入れたのは地元でも心霊スポットと名高い山道だった。

 そこで自分で入念に準備した死を撤回するほどの衝撃を受けた。

 もしかしたら死神なのかもしれない。
 彼女は暗い森の中央で、たくさんの糸を紡ぎながらぼくを見据えていた。すぐに興味なさそうに目を反らす。
 どこかの神話の女神だろうか。思わずその場に立ち尽くしてしまった。

 ぼくがじっと見つめても彼女はただ糸ツムギでただ何かを待っている。

 そう、何かを待っていた。

 彼女が飽きたようにぼくを見て、その瞬間にぼくがどうして生まれてきたのか不思議と理解した。彼女が何をしているのかも。
 山へ足を踏み入れた時とは違い、帰る足取りは軽かった。

 家に帰り自然な笑顔の練習をした。はじめはただ歪んでいるだけだった顔も、だんだんと人に好かれるような表情になってきた。
 会話の本を読み漁り、少しずつ人とのつながりを意識した生活を送り始めた。

 休日に遊びに行くような友達も出来て、そしてぼくはまた彼女に会いに行った。新しくできた友達と共に。

 朱色に染まる森の中、彼女は美しい笑みをぼくの隣の人間に向けた。
 バイト先の後輩で、将来は人を救う仕事をしたいと言って看護学校へ行きたいと言っていた女子高校生だ。

「先輩? 何か見えるんですか?」

「見えないの?」

 あんなに美しいのに。
 怯える後輩にぼくは安心させるように微笑んだ。

「冗談やめてくださいよ……?」

 心霊スポットに行ってみよう、そんな風に連れ出した。
 不安そうにする後輩を安心させるようにして、神の前に手を引いて歩いて行った。

 女神は目を大きく見開き、彼女を吟味する。
 視線を感じるのか、それともただ不安なのか後輩はキョロキョロと周囲を見渡した。

『転生しましょう』

「先輩?」

 そんな呟きが聞こえたかと思うと、まばたきの間に後輩の姿が消えていた。

 女神はようやくぼくを見据え、微笑んでくれた。

 異界の神、彼女の紡ぐ糸は彼女の支配する世界の『時』そのものであり、『材料』が無くなれば世界はただ終わってしまう。それはそれで良いのだろうが、『材料』さえあればもっとたくさんの糸が出来上がる。

 ぼくは材料である人の魂を差し出した。

 なにも、人を殺したわけじゃない。後輩は彼女のつむぐ世界でその人生が続いている時間の糸に生まれ変わって存在するだけだ。

 魂には質がある。ぼくのような人間にはあまり価値がなく彼女のおめがねには叶わない。後輩のように美しい魂を持っていればまた違ったのだろうが、それでも良い。

 そのおかげで僕は恋する人の笑顔を何度も見る事ができるのだから。
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