[完結]尾を切る理由

夏伐

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祈り

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 寂れた村の広場にたくさんの人々が集まっていた。木を組んで作った巨大な火を囲み、騒がしい。ご馳走が用意され、子供たちは楽しそうに遊んでいる。
 一見楽しい祭りにしか見えないが、大人たちの様子はものものしい。

 儀式が始まり、火を背に若者たちが村人たちの前に出る。その顔はみな不安そうだ。

「領地を出るならば、この儀式は受けなくてはいけない」

 村長の言葉に、村人たちは悲しそうにため息をはいた。
 若者たちはとても悲しそうだ。

 ここは獣人族の領地。その果てにある貧しい村だ。

「私……やっぱり……」

 そう弱音を吐く少女に、隣に立っていた少年が奮い立たせるように少女の名前を呼んだ。二人は幼馴染であり、村を出るという少年に、少女はただ恋心のためだけについて行くという。

「儀式を終えたとしても、村に帰ってきてはいけないという決まりはない。これは贖罪の証なのだ……現にわしも外からまた帰ってきた者だ」

 村長のその言葉は、毎年聞く。
 ただ、村に帰って来るのは数十年に一人。毎年送りだして、そのくらいしか帰ってこない。帰って来たものは、みな外は恐ろしいと言う。

 村長が言う贖罪がなんなのか、大人になれば教えてもらえるというが、村を出ていく年齢では教えてもらえない。
 だから外に行ってその罪を知るという。

 ぼくは、その光景を忘れることが出来ない。三つ年上の兄と、幼馴染の少女が旅立つこともうらやましいというより、妬ましい。たった三年遅れて生まれただけで、生まれた時からあの子の心はぼくになかった。

 儀式の一部始終を見届けようと思い、今日ははしゃぐ年下の子供たちの子守から離れた。大人たちは意図的にこの儀式を子供の興味から離そうとしていた。祭りで偽装して、けれども火の近くには寄らせない。

 今年見ようと思わなかったら、知らなかったかもしれない。

 儀式とは、尾を切ることだった。

 獣人として生まれ、誇り高き獣神の祖先とつながっている証といわれて育った。村長は外へ出た時に戦闘でと言っていたのに。

 若者たちも驚いていたが、もう逃げ出せる雰囲気ではない。
 痛みを伴い、証を捨て、それでも外へ出ようとする決意は固いようで、儀式が終わってすぐに彼らは旅立ってしまった。
 後はぼくが知るいつもの儀式になる。

 ご馳走を食べ、これからの若者の未来を祈って踊る。楽しい祭りだ。

 そうして数年。
 ぼくもついに贖罪の意味について知ることができる年になった。ぼくはどうしてもそれを知りたかった。
 おとぎ話風にして伝えられたその話は、昔いた魔王という存在と……現在世界を支配している勇者について。そして亜人族がどうして忌み嫌われているか。

 魔王という存在に立ち向かうべく、様々な人族から一人ずつ代表者として英雄たちを魔王討伐の旅に送り出した。彼らは勇者と呼ばれた。
 資金も少なく、つらい旅。けれども英雄たちは能力や知識を活かして各地の問題を解決しながらついに魔王を討ちたおした。

 勇者たちのリーダーは人族だった。

 最終的な世界平和の褒章は人族が受け取る。人族の中にも勇者が気に食わない人間はいたし、それらはすぐに結託し、彼らの暗殺を企てた。

 結果、苦難を共に乗り越えた仲間を失った勇者は魔王よりも恐ろしい存在になり、亜人族たちは人族たちに疎まれる存在になった。

「それと尾を切ることに何の関係が?」

 ぼくが聞くと昔よりもずっと小さくなった村長は、ふむとひげをなでた。

「それはただ、形を見せることが大事なだけだ」

 村長はなごりおしそうに、自分の腰に手をあてて尾があったところをさすった。

「人間も参加したはずの暗殺の話は、人族はもう忘れている。亜人族が、勇者を恐れてやったことだと思っている」

「どうして正しい歴史を伝えないんです……」

 この話を、ぼくだけが真面目に聞いていた。周囲は、もう帰りたがっているようで足の爪でコツコツと小さく床をたたいている。

「その方が楽なのだよ。被害者でいるのは楽だからだ」

「そんな中に……兄さんたちを送り出したんですか……」

「そうだ。それに、……ここだけの話にしなさい。わかったな。――尾を切れば獣人族としての価値が下がる」

 村長はみんなをジロリとにらみつけてそう言った。

「価値?」
「しっぽが?」

 ぼく以外にも村長の言葉に疑問をいだいた数人が呟いた。

「そうだ。奴隷としての価値だ」

「奴隷!?」

 ぼくは反射的に声を上げた。それを皮切りに、家族を送り出したことがある数人が息を飲んだ。

「奴隷として価値が下がれば、もし奴隷に落ちたとしても早く死ぬことができる。価値があれば生かされる。これが我々、悪にされた者の運命だ」

 兄さんや、ぼくが恋焦がれて得られなかったあの子も……。
 話を面倒がるものはもういなかった。

「差別はそうひどくはない。勇者は、魔王よりももっと恐ろしい。生かさず殺さず魔物の数をコントロールしている。この世界はもう魔物がなくては成り立たない。
 わしが、外に出て逃げ帰りここで村長になれた理由が分かるか?」

 もうぼくでさえ、村長の言葉をさえぎることができなかった。

「この奴隷の話は、ほとんどの者は知らない。この現実を知っているものが、送り出す代表として彼らの価値を落とすのだ」

「そんな……真実を話して止めればいいじゃないですか……」

「我々にとっての安全地帯はこの獣神領だけだ。獣としての血が、本能的に弱い種に支配されることに怒りを覚えるのだろうな。幾度も戦争を行い、そして犠牲になるのはいつも戦を望まないものたちだった。
 それに、人族の中でも真実を知る家系はある。
 勇者が作り出したこの奇妙なバランス……彼らは『規律権力』と呼んでいたが、それさえ守れば我々は共通の敵を見出して協力していけるのだ」

「我々……?」

「勇者以外の全ての人種だ。人族も、エルフも、ドワーフも……全ての亜人族が手を取り合うためには規律に従わねばならん。そのためには、余計な情報はいらんだろう」

 村長はジロリとみんなをにらみつけた。弱々しい老人の瞳は、外を知る絶望の色が宿っていた。その鬼気迫る様子にぼくらは黙るしかなかった。

「英雄になるか、向こうで細々と暮らすか、奴隷におちるか、それは本人次第だ。英雄になることができれば、高級な回復薬や素晴らしい魔法でしっぽは取り戻せる」

 かか、と村長は笑った。
 ぼくはもう忘れかけていた、兄さんとあの子との懐かしい日々を思い出した。ぼくがいつも二人の後をついていく。
 ずっと兄さんの真似をしていた。

 兄さんと違う道を選んだのは、外に出るか、出ないか、それだけだった。

 ぼくらは村長の家から帰された。厳重に口止めをされたが、ぼく自身は家族にも言うつもりはなかった。ただでさえ、兄の身を案じていた家族たちにそんなことは言えなかった。

 それに、ぼくには誇りを失っても良いと思うほどの外への希望は存在していなかった。ぼくの隣には、あの子はいなかった。

 それからしばらくして、ぼくと他数人が次期村長候補として選ばれた。

 ぼくはもう祈るしかない。
 兄さんたちが無事帰ってきますように。そして兄さんが村長になってくれますように。
 もう横恋慕なんてしない。だからどうか二人が無事に帰ってきてくれますように。

 なんで村長はあんな話をしたんだろうか。村長候補になったみんなと話すとき、みなジロリとぼくを見る。その目はぼくを責めるものだ。

 彼らは村人たちに、ぼくの評判を良く広めてしまう。最終的に村人たちが村長を決めるからだ。

 だからぼくは一生懸命に二人の無事を、兄さんの無事を祈っている。
 それも信心深いととられてしまうが、神がいるならぼくの願いを叶えてください。兄さんを連れ戻してください。

 ぼくの心には将来に対する不安と、秘密を知ってしまった重みと、そしていつか自分が送り出さなければいけない子供たちに対する罪悪感でいっぱいだ。
 儀式の秘密など知らなければ良かった。
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