冬の一陽

聿竹年萬

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少年期 少年の進路編

(62)天秤にかける物

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 時間の感覚がすっかりわからなくなっていた。何度も槍を振るった。風による爆裂魔法も二度三度と使ううちに抵抗感もなくなっていった。怪我人が出れば即座に治癒をかける。魔力が抜けて体が冷える感覚にもだいぶ慣れてきた。

 ややもせずイレーナが合流するとそこからは一方的だった。目に映る魔獣という魔獣の全身が火に包まれた。広範囲に及びながら精細な操作を伴う魔術であった。

 頭部を焼かれた魔獣は怯み、その足からは俊敏さが奪われる。すかさず前衛の誰もが剣を振り下ろし、魔獣に致命傷を与えた。恐ろしき炎の魔術師の登場により、ようやく身の安全が取りやすくなった。

 火柱があがり、火球が飛び、雄叫びの波が巻き起こる。
 魔獣を殺し、怪我人を治し、また槍を振るい負傷者を回復させる。しばらくもすると生来の学習能力の高さからフィンの動きは洗練されていき、すぐにその場の誰よりも上手に殺せるようになっていた。

(なんで僕はこんなに円滑に殺すことができているのだろう)

 魔獣の一匹が魔術の隙間を縫って跳ぶ。つぶさに即応したフィンは次の瞬間には肋骨の隙間から槍を突いて心臓を通していた。槍を引き抜き、また次の敵をと姿勢を整える。

(思えば僕は自分の手で命を奪うことに苦痛を覚えていたようだけど、今は動作のひとつひとつが最適化されてしまっている)

 魔術を行使する。魔獣らの耳の周辺から一気に空気を抜く。鼓膜が破れたと見え、対象となった魔獣らはその場に転倒した。

(命を奪うということはこんなにも容易いことだったのか……)

 転倒する魔獣らの首を断ちながらフィンは頭の中ではいくつもの情報が行き交うようであった。そうして、ある一つの回答に辿り着く。

(目の前の獲物を殺して持って帰らないと村の誰かが飢えてしまうという想像力と、獲物の命と自分たちの生活のどちらを大切にするかという心の天秤が。それらが僕には足りていなかったんだろうな)

 取り分け体躯の大きい魔獣がムイロに突貫を仕掛けようとするのが見えた。フィンとムイロまでの間には既に魔獣の死骸が折り重なっていた。

 フィンは耳の周りから空気を抜いた。大型魔獣はどうにか転倒を免れたものの、精彩を欠いた挙動のため易々とムイロに肉薄されてしまう。

 きっとあの魔獣はこの群のボスだったのだろう。これほどにまで統率され、突破力のある魔獣が群れでいたのだ。山林の草食獣は食いつくしてしまい、餌を求めているうちに街まで下りてきてしまったのだろう。
 横たわる死骸の多くが細く痩せていた。きっとこの想像も当たらずとも遠からぬものと思われた。
 飢餓感と群への責任と。次々に倒れていく同法の姿と。どれほどの無力感が彼にあったかはフィンには察するには余りあることだった。

「せあっ!」

 気合とともにムイロがそのボスと思しき魔獣を貫いた。

「僕たちの勝ちだ」

 との声は、恐らく領民に聞かせるためにわざわざ大きな声で唱えたのだろう。ムイロの表情は別段興奮しているようには見えなかった。

 ごう、と風を孕む轟音とともに大きな火柱が立つ。煌々と闇を照らし、最後の命を刈り取る炎はどうしようもなく美しく見えた。
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