冬の一陽

聿竹年萬

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少年期 大学入学~生活編

(N31)窮地

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「ドロシー女史の調子はいかがかな」

 普段の調子でオリヴァントが言う。ゆったりとした口調、細い目に微笑み。柔和そうな雰囲気を纏っている。
 しかしながら、フィンは彼の口調が少し強まっていることを感じていた。その目が真っ直ぐにこちらの目を見ていることを感じていた。覚えがある。

「今は寝て休んでいます」

「君はこれから何を?」

「城下の工場へ納品が遅れることを伝えて謝りに」

 オリヴァントは顎に手を当ててうんうんと頷いて見せる。

「遅れてしまうのはなんだったかな」

 徐々に尋問のような具合になってきたように感じたフィンは、この問答は一種の見極めなのかもしれないと直覚した。ドロシー含め、大学の教員、教授に仕事を依頼する場合は大学を通じて依頼する決まりである。その申請は全て学長であるところのオリヴァントが目を通しているのだから、このような質問をすること自体が不自然だ。つまるところ自分がどの程度ドロシーの仕事を、状況を把握しているかを試しているのだと理解した。

「はい、工場内でオペレーターが魔術操作をする際の魔力安定化のスクロールです」

 ドロシーがどのような仕事に取り組んでいるか、彼女の手仕事を見て学んだ。

「その構造は?」

「供給された魔力を狭い回路に通し、定量ずつ対象物に供給し続けます。回路から溢れた魔力は、一度スクロールの外部接続から魔石にプールし、さらにそこから引き出す点画を付与するので、大量の魔力を一度注げば操作を必要としない効果を発揮します」

 少し、オリヴァントが意外そうな顔をしたのがわかった。フィンはオリヴァントの評価を覆せた手ごたえを覚えて得意になる。

「魔力の流量が想定を下回った場合は?」

「任意の数の回路を用意し、うち一本でもエラーがあれば魔石にその異常を返して、オペレーターを呼びます。この動作は予備魔力の残量が二割を下回った場合も同じ動作を返します」

「では今回、発注に至った経緯は?」

「具体的な経緯は知らないのですが、このスクロールは大量の魔力が常に流れ続けているのでどうしても短期間で劣化してしまいます。たぶんそろそろ、ということなのではないかと思います」

 フィンは歯噛みする。そこまでは把握できていなかった。
 オリヴァントが「なるほどね」と頷いた。少し空気が和らいで見えた。

「君はそこまで理解していて、手を出さないことを選択する人なのだね」

 しかしその口から放たれた言葉は酷く冷たく、失望を隠そうともしない内容であった。
 心臓が跳ねる。緊張で頭が真っ白になる。

「い、いや、選択も何も。僕はスクロールを作れないですし……」

「この納品先の工場は各種薬品の製造、開発を行っている。今年、急遽国策で広範な開墾を行ったため肥料と農薬と、勿論牛馬も足りないが、とにかく薬品の製造が追いつかずラインを増やした。急ピッチ作業ではあるけれど、どうにか状況に間に合わせるべく、金を積んでとにかく早さを求めた案件だったんだよ。
 とにかく、納期だけは早くしてほしい、とにかくそれだけの案件だったんだ」

 オリヴァントが酷く冷めた目で自分を見ているのがわかる。

「別に、最初は君に期待してはいなかったのだけどね。言っても十二歳の少年だからドロシー女史が育てるつもりでいると思っていたしね。でも君、講義の理解度は高いし、様々のことを危なげなくこなしているじゃない。しかも、スクロールについても十分理解していると来ている。出来るじゃないか。出来るのにしない、というのはそういう選択を君がしているんだ。そうでないならなんだというのかな」

 呼吸がままならない。こうして失望され、見限られるのは懐かしい感覚だった。
 すっかり慣れた感覚だと思っていたのにオリヴァントの顔を見ていられない。ドロシーより高位の人物から失望されていると理解したフィンは、思考がまとまらなくなっている。

「……もういいよ。君はドロシー女史の元に戻って看病していなさい。納品の遅延は大学の責任だからね。学長自ら行くさ」

 そう言って、オリヴァントはローブを翻し歩き出す。

「ああ、そうそう」

 数歩のところで学長がフィンに振り返りざまに言う。

「君は小間使いとして彼女に求められたのか、よく考えないといけないときに来ているからね」

 柔和な表情でそう言い残すと、オリヴァントはもう振り返らなかった。
 フィンは、しばらく動くことができなかった。

 講義が終了し昼休みを告げる鐘がなる。廊下は俄かに騒がしくなり、学生や教員が静寂を塗りつぶしていった。

――結局、母の言う通りなのか――?

 フィンは覚束ない足取りで、来た道を帰っていく。
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