冬の一陽

聿竹年萬

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少年期 大学生活編

(17)傍から見たら子供二人

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「少し出かけましょうか」
 そう小さな師が弟子に誘いかけたのは、よく晴れた週末の休みの日のことであった。休み、とはいえ単に大学構内に学生の姿が疎らになっているだけで、研究ある者達はいつもと変わらない日常を過ごしていた。
 フィンも学生とはいえドロシーの弟子として彼女の研究室に寝泊まりしている身であるから前例に漏れず、師の研究の手伝いをするなり講義の予習復習に勤しんだり、運動場で戦闘訓練に参加したりといつものように過ごしていた。そうしていつも通り、理由や原因に心当たりもないままの行き詰まりをいつも通りに感じているところであった。
「ええ、ご一緒します」
 師の誘いに元気に応えると、フィンの憂鬱は幾分和らぐかのようであった。
 ドロシーの案内に従って大学東門から外に出ると、空は青々としていた。下界を見下ろすと遠くの方まで青々とした草木が見えた。遠目に、放牧された家畜が見えた。石造りの建物がひしめく居住区の向こうに見えるその景色は、何度見てもフィンを興奮させた。人々の生活が視界いっぱいに凝縮されているようであった。
「まだ少し、肌寒さを感じます。これから徐々に温かくなっていくのですが我々の暮らすこの高度では然程熱くはなりません。私自身寒さは好みませんが、熱さに過ぎるよりは好ましい具合です」
「僕は……冬は少し苦手です。毎年、冬の前には蓄えが足りるか心配になって、冬の間も誰にも何もないようにと祈らない日はありませんでした」
 不意に村での冬のことが思い出され、フィンは村のあるであろう方角を眺めてみた。遠い山々ほど青白く煙って見えて、故郷がどの辺りにあるのかフィンにはわからなかった。
「そう。フィンは他者に優しい人間なのでしょうね」
「どうですかね。僕は。そんな風に言ってくれたのは先生くらいのものです。ああ、村長はよく、人に優しくなりなさいと言っていましたが」
 二人横並びに歩く。広い通りには人々が多く歩く。道沿いの店を眺める人に、露天商と交渉する人、住民と思しき人もあれば旅人のような人もあった。身の丈程ある大荷物を担ぐ人もある。往来を駆け抜け遊ぶ子供たちもある。押し屋には見えない、それなりの身なりの人に馬車を押させている者もいた。
「あの馬車は大学の食堂への納入業者ですよ。自分のとこの召使に馬車を押させているのです。幌に社名が書かれていますね。この高度まで馬車を押し上げなくてはならないのはおおよそ大学か兵舎に用事のある業者です」
 フィンの視線を察してドロシーが説明をする。この小さな体のどこにその膨大な知識が格納されているのか、フィンには不思議でならなかった。
 しばらく大通りを下っていくと往来の人はいっぱいになっていく。それとともに活気も強まり、お互いの声を聞き取るのも難儀なくらいであった。ドロシーがフィンに向かって言葉を発したが、彼には師の口がパクパクと動いたようにしか見えなかった。
 フィンが「聞こえません」と示すべく首を横に振ると、彼女はグッとフィンの耳元に口を寄せた。
「大通りから外れます。ついてきてください」
 吐息もかかる距離からの師の言葉にフィンは胸を緊張させた。
 ドロシーは構わず少年の手を掴むと少し強く握り、大通りから外れて路地へ入り込んだ。するとそこには紙の束を描いた看板があった。紙屋、とある。
「ここで少しスクロール用の紙を注文していきます」
 空いている方の手でドロシーは店を指して見せた。「遠からずこの店での買い物を頼むかもしれませんので覚えておいてください」と付け加えて。
「最初から手を繋いでおけばよかったですね。そうすれば声が聞こえなくても誘導もしやすいですし迷子にもならずに済みます。我々は背丈がありませんからお互いに見失ってしまうと大儀ですからね」
 フィンの手を握る力が少しきつくなった。そのままドロシーは紙屋の中に入って行った。
 もう手を握る必要は無いのでは、とフィンは考えながらもその師の手を手放しがたく思われた。ドロシーと出会ってから、正確にはドロシーに就いて村を出てから、今までに覚えのない感情は感覚を覚えることが富みに増えたと思う。それは自分の思考の中になんとも言い難い、大人っぽさというか臭さというか、が芽吹いてしまっているような気がしてならなかった。
 少し自分が汚いものになっていくような気配を感じつつも、ドロシーの手の温もりはやはり少年には酷く心地よかった。
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