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僕らはないてた
しおりを挟む彼の濡れた小さな体は人間への恐怖でいっぱいだった。
彼が捨てられた廃ホテルの裏口からは風が吹くたびに胸が悪くなりそうな人間のにおいが流れ込んできて、彼は懸命に奥へと逃げた。
重たい体を引きずって、一段一段階段を登った。少しでもこの空気から逃れたかった。
二階の廊下は薄暗く、遠い先の窓から夕方の光がわずかにさしていた。
彼は体を休められる部屋を探した。
どのドアもピタリと閉ざされていて、こじ開ける力を彼はもたなかった。
ひとつだけ、薄く開いた戸が目に入った。
安堵が胸に広がり、後少し、と感覚の鈍い手足に鞭打って扉に向かう。
戸の隙間に鼻先をねじ込み、体を滑り込ませた。
暗い室内に目を凝らし、空気を嗅ぐ。カビの匂いに混じって、懐かしい匂いがそこかしこからした。
(先客がいる)
2、いや3匹、この闇に潜んでいる。
追い出されるかもしれない、という警戒心が湧くが、悲鳴を上げている体がそれならもうすでにやられているはずだ、ここは安全だと説得にかかる。
(もう動けない)
追い出されようが、噛み殺されようが、その時はその時だ、と彼は結論付けた。
闇になれた目で室内を見渡し、そばにある大きなベットに目を止めた。あの裏、壁との間に隠れよう、眠ろう、そう決めた。
カビと埃の匂いが強い。だが暗がりと隙間に体が収まる感覚に安心感を覚え、すっかり熱を失った体をようやく横たえた。
「濡れているのか、新入り」
中性的な声が暗闇をかき分けて耳に滑り込んできた。奥に目を凝らすと、同じようにベッドと壁の隙間に体を横たえる先客の姿があった。黄緑色の鈍く光る二つの目が、薄く彼を見ていた。
敵意は感じない、むしろ興味を持っているような、そんな目つきと口ぶりだった。
「黙って入ってきてすみません、それに、あの、臭いますよねぼく...すみません」
道端の排水溝の雨水の匂い。泥もこびりついた毛は彼自身でもわかる、湿った悪臭を纏っていた。
「よい、べつに誰の場所というわけではない。匂いはできれば落としてきてくれると助かるね、正直あまり嗅いでいたくない匂いだ」
先客はすんと鼻を鳴らした。
「そうですよね、すみません。どこか流せる場所を知っていますか、水溜りとか」
数秒の沈黙の後、先客は再び口を開いた。
「そうだな、あることはある。だが今は無理だ。案内する気力がない。それに、それは新入り、お前も同じだろう。少し休みたまえ。頃合いになったら案内してやる」
そういうと先客は目を閉じ、腕と尻尾を置き直して静かになった。
「ありがとう、ございます」
彼は囁くようにいってから、体を丸め、瞳を閉じた。
緊張が緩み、彼は瞬く間に意識を沈めた。
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