短編集 そうでないひとの短編集

白木 黒

文字の大きさ
上 下
10 / 38

僕らはないてた

しおりを挟む


彼の濡れた小さな体は人間への恐怖でいっぱいだった。
彼が捨てられた廃ホテルの裏口からは風が吹くたびに胸が悪くなりそうな人間のにおいが流れ込んできて、彼は懸命に奥へと逃げた。
重たい体を引きずって、一段一段階段を登った。少しでもこの空気から逃れたかった。
二階の廊下は薄暗く、遠い先の窓から夕方の光がわずかにさしていた。
彼は体を休められる部屋を探した。
どのドアもピタリと閉ざされていて、こじ開ける力を彼はもたなかった。
ひとつだけ、薄く開いた戸が目に入った。
安堵が胸に広がり、後少し、と感覚の鈍い手足に鞭打って扉に向かう。
戸の隙間に鼻先をねじ込み、体を滑り込ませた。
暗い室内に目を凝らし、空気を嗅ぐ。カビの匂いに混じって、懐かしい匂いがそこかしこからした。

(先客がいる)

2、いや3匹、この闇に潜んでいる。
追い出されるかもしれない、という警戒心が湧くが、悲鳴を上げている体がそれならもうすでにやられているはずだ、ここは安全だと説得にかかる。

(もう動けない)

追い出されようが、噛み殺されようが、その時はその時だ、と彼は結論付けた。
闇になれた目で室内を見渡し、そばにある大きなベットに目を止めた。あの裏、壁との間に隠れよう、眠ろう、そう決めた。
カビと埃の匂いが強い。だが暗がりと隙間に体が収まる感覚に安心感を覚え、すっかり熱を失った体をようやく横たえた。

「濡れているのか、新入り」

中性的な声が暗闇をかき分けて耳に滑り込んできた。奥に目を凝らすと、同じようにベッドと壁の隙間に体を横たえる先客の姿があった。黄緑色の鈍く光る二つの目が、薄く彼を見ていた。
敵意は感じない、むしろ興味を持っているような、そんな目つきと口ぶりだった。

「黙って入ってきてすみません、それに、あの、臭いますよねぼく...すみません」

道端の排水溝の雨水の匂い。泥もこびりついた毛は彼自身でもわかる、湿った悪臭を纏っていた。

「よい、べつに誰の場所というわけではない。匂いはできれば落としてきてくれると助かるね、正直あまり嗅いでいたくない匂いだ」

先客はすんと鼻を鳴らした。

「そうですよね、すみません。どこか流せる場所を知っていますか、水溜りとか」

数秒の沈黙の後、先客は再び口を開いた。

「そうだな、あることはある。だが今は無理だ。案内する気力がない。それに、それは新入り、お前も同じだろう。少し休みたまえ。頃合いになったら案内してやる」

そういうと先客は目を閉じ、腕と尻尾を置き直して静かになった。

「ありがとう、ございます」

彼は囁くようにいってから、体を丸め、瞳を閉じた。
緊張が緩み、彼は瞬く間に意識を沈めた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】

絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。 下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。 ※全話オリジナル作品です。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

壁乳

リリーブルー
BL
俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 (作者の挿絵付きです。)

アルバイトで実験台

夏向りん
BL
給料いいバイトあるよ、と教えてもらったバイト先は大人用玩具実験台だった! ローター、オナホ、フェラ、玩具責め、放置、等々の要素有り

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

処理中です...