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砂のセーラー服と僕、そして彼

、そして彼

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キールはうっとおしそうに顔の前で手を振り、半ば倒れこむように壁にもたれて座った。

「っとに、しょうがねえなあ」

呆れてもはやかける言葉がない。
手を引っ張り上げ、立たせようとするが脱力した人間の足は役に立たず、俺に寄りかかるばかりで一歩も動かない。
はあ、とわざと大きくため息をつき、掴んでいたキールの服の袖を放るように放した。
支えを失ったキールの背がシャッターにぶつかって音を立てた。
俯きほとんど眠っているような状態のキールの前にしゃがみ、顔を覗き込む。

「これは、当分起きねえな」

肩をすくめてみせるが、当の本人は半目を開けたまま別世界を漂っているらしい。

「バカみたいな飲み方をすんなっていつも言ってんのに」

忠告を聞き入れてもらえた試しがない。
キールの隣で同じようにシャッターにもたれると、煙草に火をつけた。
正面の自販機の明かりで、吐き出した煙が広がるのが微かに見える。煙か、或いは冷気に炙り出された呼気か。
煙草を持つ手が震える。

「寒」

ポケットに突っ込んだもう片方の手も、既に感覚が鈍い。
キールのコートの前をしめてやり、ついでにフードも被せた。

「おい。こんなところで寝たら死ぬぞ」
「んー、ん…」

キールはもぞもぞと体勢を変えて俺から顔を背けた。
お手上げだ。
もう放っておこうか。
一瞬投げやりな考えが浮かんだが、凍死でもされたらたまらない。
とりあえず地下に戻ることにする。
そろそろこいつを家に連れて行かないとまずいと思って出てきたが、それは肩を貸せば歩けるだろうと見込んでのことだった。
またひとつ、白いため息をついてからキールの脇に背後から手を突っ込み、羽交い締めのような形で引きずって地下街への入り口まで連れて行く。
裏路地の奥まった場所に出るこの出入り口を使う人は俺たち以外殆どいない。



多くの若者が集う“ウッズ”は無数の入り口をもつ地下街だ。
ある入り口は裏路地のなんの変哲も無い鉄扉の向こうに、ある入り口は安居酒屋の裏口の錆びたロッカーの中に、またあるものはボロいアパートの陰の古い倉庫にある。
ウッズは若者達の、気怠さと希望がぐちゃぐちゃに絡まった行き場のないエネルギーを受け止めている。
いや、溜め込んで膨らんでいっている。
全貌を知る人は存在するのだろうか。

地図なんてすましたものはない。
ウッズは地上の馬鹿みたいに大きなビル群の根の間を縫うように広がっている。
所々にある巨大な空間がウッズの“本体”といえる。天井の見えない広い空間の底に電飾を纏った出店が雑多に散らばり、ひしめきあい、酒とタバコの匂いと喧騒が充満している。
清潔なわけでも美しく整っているわけでもない。
だが混じり合うネオンカラーが、通りを歩くとすれ違う毛色も背格好も違う人々が、退屈さを打ち崩す出会いと刺激を予感させ、若者たちを惹きつける。


地上は60年ほど前に「完成した」。
500階を優に超えるビル群が多くの連絡通路で有機的に結びつき、間を縫うように電動個送車のケーブルとトンネルが張り巡らされている。
空は油膜のように虹色が揺らめく二層のシールドに覆われ、その向こうからやけに近い銀河が見下ろしている。

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