いちつくるひと

白木 黒

文字の大きさ
上 下
2 / 5
一章

2 35日、残像

しおりを挟む

架委かいは私に最も近かった。
“最も”と理由なく言い切れるくらいに。
1つでもよかったのではないかと思えるくらいに。
気を抜いたら混ざり合ってしまうほどに。


架委は私を知っている。
私は架委を知らない。


カーテンが静かに風を受ける朝。
電子ホワイトボードに文字を書きつける小気味良い音が響く教室にて。
教授と手元の液晶を交互に見つめる子供たちの呼気は密やかに眠気を帯びている。
十分な日光が広々とした教室を白く暖かく満たす。
揺らぎがほとんどない、シンプルで、安心感のある、つまらない空間。
どの授業もほとんど変わらない。
私達は穏やかに、素直に教えを吸収する。
「はい」
カン、と教授がピリオドを打つ音が響く。
「ここまでの15の定理及び公式を用いて、冒頭に述べた現象を説明して行きます。ここまでで何か質問は」
私は欠伸をかみ殺す。
生徒が1人、手を挙げる。
「最後の公式の密度nは公式6のnとは異なる物質についての状態値を表していると考えて良いですか」
「そうだね、公式6では…」
シンプルで、安心感のある、つまらない空間。
つまり、つまらない空間。
シャープペンシルが淡々と回る。


校舎はどこもかしこも広々と白い。
清掃が行き届き、部屋の隅までもが清潔感を主張する。柔らかく威圧的な白。
食堂も同じ。
ナンバーを払いパンとサラダを受け取る。
友達達は0と5のつく日の授業を午後遅くに詰めていてまだ学校にいない。
私は時々何となく朝一番の授業を取る。
昨日もなぜ今日一限を受けるのかと問われたが、興味がある授業なのだと嘘をついた。
皆も待ち合わせて朝食でも食べているのだろうか。
何人かはまだ寝ているに違いない。
8時前は気だるい。
まだ二限が行われている時間なので食堂の生徒は疎ら。
黙々と食す。
ふと視線を感じ、フォークを動かす手を止めた。
私のちょうど正面、5つ離れた長机で、同様にパンとサラダを食す人がいる。
その人がまた顔を上げた。
目があった。
顎まで真っ直ぐな髪を伸ばした人だ。
首元の広く開いたシャツを着ている。
シャツから伸びる白い首が印象的。
互いにフォークを持ち見つめ合って静止。
縁が編まれていくような知らない感覚。
それはまだ危うく、儚い。目をそらしたとたんに一切の痕跡を残さず消えてしまう、そんな予感がある。
軽く会釈してみる。
相手は1つ瞬きをして、恐る恐るといった感じで会釈。
静止。

私達は再びパンと向き合う。
何事も無かったかのように。


風のない涼しい朝。
授業開始前、子供達の雑談が泳ぐ教室にて。
窓近く、後方席に座りノートを広げる。
取り出した消しゴムが手から溢れ、1つ跳ねて長机の向こうに姿を消した。
覗き込んだが見当たらない。
溜息。
腰を浮かしたとき、右から手が伸びてきた。
白い手のひらに消しゴム。
「あ、りがとう」
「いえいえ」
真っ直ぐな髪が彼の微笑みで揺れる。
つられて私も微笑んでしまう。
食堂の時と同じように首のあいた白いシャツ。
「この前もこの時間の授業をとってたね。そして、食堂でパンを食べてた」
何気ない調子で彼は言った。
「そちらも。パンを食べてた」
私の言葉に、彼はふわりと頷く。
「会釈がなんとなく嬉しかった。隣いい?」
「もちろん。どうぞ」
彼は荷物を隣の椅子に置き、ノートを広げる。
 「私がこの前の授業に出ていたのを、なぜ知っているの」
教室は広い。偶然覚えていたのだろうか。
「それは」
彼は肘をついた右手にもたれて私を見た。
「見てたから」
何を。
私を?
「なぜ?」
教授が教室に入ってきた。
彼の目がなにげなく教授を追う。
「なんでだろう」
彼は心底不思議だ、という顔をして、ふと首を傾げた。



縁の始まりは密やかに、揺るぎなく編まれた。
行き先は知らない。
止める術は、昔に沈んだ。















しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

私は心を捨てました 〜「お前なんかどうでもいい」と言ったあなた、どうして今更なのですか?〜

月橋りら
恋愛
私に婚約の打診をしてきたのは、ルイス・フォン・ラグリー侯爵子息。 だが、彼には幼い頃から大切に想う少女がいたーー。 「お前なんかどうでもいい」 そうあなたが言ったから。 私は心を捨てたのに。 あなたはいきなり許しを乞うてきた。 そして優しくしてくるようになった。 ーー私が想いを捨てた後で。 どうして今更なのですかーー。 *この小説はカクヨム様、エブリスタ様でも連載しております。

もう死んでしまった私へ

ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。 幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか? 今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!! ゆるゆる設定です。

(完結)貴方から解放してくださいー私はもう疲れました(全4話)

青空一夏
恋愛
私はローワン伯爵家の一人娘クララ。私には大好きな男性がいるの。それはイーサン・ドミニク。侯爵家の子息である彼と私は相思相愛だと信じていた。 だって、私のお誕生日には私の瞳色のジャボ(今のネクタイのようなもの)をして参加してくれて、別れ際にキスまでしてくれたから。 けれど、翌日「僕の手紙を君の親友ダーシィに渡してくれないか?」と、唐突に言われた。意味がわからない。愛されていると信じていたからだ。 「なぜですか?」 「うん、実のところ私が本当に愛しているのはダーシィなんだ」 イーサン様は私の心をかき乱す。なぜ、私はこれほどにふりまわすの? これは大好きな男性に心をかき乱された女性が悩んで・・・・・・結果、幸せになったお話しです。(元さやではない) 因果応報的ざまぁ。主人公がなにかを仕掛けるわけではありません。中世ヨーロッパ風世界で、現代的表現や機器がでてくるかもしれない異世界のお話しです。ご都合主義です。タグ修正、追加の可能性あり。

結婚30年、契約満了したので離婚しませんか?

おもちのかたまり
恋愛
恋愛・小説 11位になりました! 皆様ありがとうございます。 「私、旦那様とお付き合いも甘いやり取りもしたことが無いから…ごめんなさい、ちょっと他人事なのかも。もちろん、貴方達の事は心から愛しているし、命より大事よ。」 眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。 「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」 ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 20年前に攻略対象だった父親と、悪役令嬢の取り巻きだった母親の現在のお話。 ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視 上記に当てはまりますので、苦手な方、ご不快に感じる方はお気を付けください。

白い結婚をめぐる二年の攻防

藍田ひびき
恋愛
「白い結婚で離縁されたなど、貴族夫人にとってはこの上ない恥だろう。だから俺のいう事を聞け」 「分かりました。二年間閨事がなければ離縁ということですね」 「え、いやその」  父が遺した伯爵位を継いだシルヴィア。叔父の勧めで結婚した夫エグモントは彼女を貶めるばかりか、爵位を寄越さなければ閨事を拒否すると言う。  だがそれはシルヴィアにとってむしろ願っても無いことだった。    妻を思い通りにしようとする夫と、それを拒否する妻の攻防戦が幕を開ける。 ※ なろうにも投稿しています。

命を狙われたお飾り妃の最後の願い

幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】 重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。 イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。 短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。 『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。

20代前半無職の俺が明日、異世界転移するらしい。

ひさまま
ファンタジー
 30代社畜〜の、別バージョンです。  こちらは、麻袋(マジックバック)無し、ハードバージョン。母同伴。  亀更新です。のはずが、終わりました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...