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譲れないもの【12】~【18】までに登場する人物の話
猫の手にも及ばなかった者
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-------------------前書き-------------------
【15】願わぬ再会(2) で瑠既と倭穏が話している短期バイトが入ってくる前の話です。
ネタバレというより、本編の内容を深く知れるという話になっていると思います。
「猫の手を借りた結果」というテーマのときに執筆した短編。
【ジャンル】恋愛
【タグ】猫の手を借りた結果 愛娘 父と息子のような関係
---------------------------------------------------------
綺という宿屋の亭主に拾われ、かれこれ十年経つひとりの青年がいる。繁忙期を前にし、亭主に苦言を呈する。
「叔さんさ、短期でもいいから……人を雇おうよ?」
カウンターで帳簿をつける亭主は一瞬だけ顔を上げて、ニヤリと笑う。
「そういや去年もそんなことを言っていたな、瑠」
すぐに帳簿に戻った視線を見れば、興味がないのは一目瞭然。だが、カウンターに乗り出すようにして食い下がる。
「去年も一昨年も、その前も言ってるよ。年末年始は毎年忙しいだろ? 猫の手だって借りたいほどだよ。何人か雇ったっていいじゃん」
「ダメだ」
「どーして?」
「俺は、かんたんに人を信じられないんだよ」
「俺は拾ったのに?」
「瑠は別だ」
亭主の叔が淡々と書く帳簿を睨み、瑠──こと、瑠既は乗り出していた身を戻す。聞く耳を持たないと判断したのか、独り言のように愚痴る。
「俺が言いたいのはさ、『監視の目を増やそう』ってことなんだけどな。繁忙期じゃなくったって、行き届いているとは……」
「ほう」
愚痴をしっかりと聞かれ、瑠既はギクリとして黙る。
「わかった。俺はお前を信じるよ。どーも年を取ると頑固になってよくねぇかんなぁ……」
わっはっはと豪快に叔は笑い、瑠既は苦笑いで胸をなで降ろした。
翌日から求人の紙が綺の店頭に貼り出される。苦し紛れに言った通りの短期の募集だったが、複数人を雇う気が叔にはあるようだった。
瑠既が綺の仕事を手伝い始めたころは、文字がまともに書けなかった。人見知りも激しかった。猫の手にも到底及ばなかっただろう。だが、今となっては叔が寝込んでもその穴を埋められる。人間、同じことを長期していれば、それなりに何でもできると瑠既は身をもって知っている。
だから、本当は短期ではなく、普通に人を雇ってほしかった。己が成長した分、叔の体が心配だから。ただ、頑なに拒んでいた人員を、短期とはいえ受け入れる気になってくれたのには感謝している。この十年育ててくれた恩を、どう返せるのかと頭の片隅に様々な事柄がチラつく。
こうして無事に年末が来る前に、ふたりの短期バイトが入った。ひとりはまったくの素人だったが、もうひとりは接客経験があり、面倒見のいい人物だった。お陰でふたりで人に慣れ、仕事に慣れるのもはやく、無事に戦力となった。
年明けのカウントダウン前、一年の締めくくりに看板娘の踊り子が舞台に立つ。黒く長い髪を丸く束ね、けれど、そのまとまりからはぐれた長い髪が天女のように妖艶に舞っている。
「おお、瑠の言うように人を雇ってよかったよ」
手を止めて舞台を見入っていた瑠既に、叔から声がかかる。そして、『こんな風に倭穏の踊りを眺められたのは、久し振りだ』と笑った。
俺も、と瑠既が返す。
「イイ女だろ、俺の愛娘は」
「ああ」
間髪無しの返答に、叔がニヤニヤとして瑠既を小突く。
『ん?』と瑠既が目を丸くすれば、叔は満足そうに笑った。
【15】願わぬ再会(2) で瑠既と倭穏が話している短期バイトが入ってくる前の話です。
ネタバレというより、本編の内容を深く知れるという話になっていると思います。
「猫の手を借りた結果」というテーマのときに執筆した短編。
【ジャンル】恋愛
【タグ】猫の手を借りた結果 愛娘 父と息子のような関係
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綺という宿屋の亭主に拾われ、かれこれ十年経つひとりの青年がいる。繁忙期を前にし、亭主に苦言を呈する。
「叔さんさ、短期でもいいから……人を雇おうよ?」
カウンターで帳簿をつける亭主は一瞬だけ顔を上げて、ニヤリと笑う。
「そういや去年もそんなことを言っていたな、瑠」
すぐに帳簿に戻った視線を見れば、興味がないのは一目瞭然。だが、カウンターに乗り出すようにして食い下がる。
「去年も一昨年も、その前も言ってるよ。年末年始は毎年忙しいだろ? 猫の手だって借りたいほどだよ。何人か雇ったっていいじゃん」
「ダメだ」
「どーして?」
「俺は、かんたんに人を信じられないんだよ」
「俺は拾ったのに?」
「瑠は別だ」
亭主の叔が淡々と書く帳簿を睨み、瑠──こと、瑠既は乗り出していた身を戻す。聞く耳を持たないと判断したのか、独り言のように愚痴る。
「俺が言いたいのはさ、『監視の目を増やそう』ってことなんだけどな。繁忙期じゃなくったって、行き届いているとは……」
「ほう」
愚痴をしっかりと聞かれ、瑠既はギクリとして黙る。
「わかった。俺はお前を信じるよ。どーも年を取ると頑固になってよくねぇかんなぁ……」
わっはっはと豪快に叔は笑い、瑠既は苦笑いで胸をなで降ろした。
翌日から求人の紙が綺の店頭に貼り出される。苦し紛れに言った通りの短期の募集だったが、複数人を雇う気が叔にはあるようだった。
瑠既が綺の仕事を手伝い始めたころは、文字がまともに書けなかった。人見知りも激しかった。猫の手にも到底及ばなかっただろう。だが、今となっては叔が寝込んでもその穴を埋められる。人間、同じことを長期していれば、それなりに何でもできると瑠既は身をもって知っている。
だから、本当は短期ではなく、普通に人を雇ってほしかった。己が成長した分、叔の体が心配だから。ただ、頑なに拒んでいた人員を、短期とはいえ受け入れる気になってくれたのには感謝している。この十年育ててくれた恩を、どう返せるのかと頭の片隅に様々な事柄がチラつく。
こうして無事に年末が来る前に、ふたりの短期バイトが入った。ひとりはまったくの素人だったが、もうひとりは接客経験があり、面倒見のいい人物だった。お陰でふたりで人に慣れ、仕事に慣れるのもはやく、無事に戦力となった。
年明けのカウントダウン前、一年の締めくくりに看板娘の踊り子が舞台に立つ。黒く長い髪を丸く束ね、けれど、そのまとまりからはぐれた長い髪が天女のように妖艶に舞っている。
「おお、瑠の言うように人を雇ってよかったよ」
手を止めて舞台を見入っていた瑠既に、叔から声がかかる。そして、『こんな風に倭穏の踊りを眺められたのは、久し振りだ』と笑った。
俺も、と瑠既が返す。
「イイ女だろ、俺の愛娘は」
「ああ」
間髪無しの返答に、叔がニヤニヤとして瑠既を小突く。
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