「女神回収プログラム」短編集

呂兎来 弥欷助(呂彪 弥欷助)

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第一部 伝説と伝承【1】~【11】までに登場する人物の話

二度目の恋の始まり<後編>

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 聞こえてきた声に捷羅ショウラは固まる。背後からの声は、そう、苦手とする者の声。
沙稀イサキ!」
 姫のかわいらしい声が歓喜を伝えてくる。捷羅ショウラは手をひっこめ立ち上がる。
 護衛は大陸の雰囲気に合わせてか、祝いの席に合わせてか。軽装備の甲冑を解き、肩に黒いラインの二本入った白い詰襟のジャケットを着ていた。姫に笑顔を返していたが、次の瞬間、
「失礼します」
 言ったと同時、捷羅ショウラの右腕はつかまれる。
 ゆるく束ねられた長い髪から垂れる、鎖骨まで届く美しいリラの髪も去ることながら、腰にしっかりと持つ長剣に目がいく。
ユキ姫に、何か御用でしたか?」
 さすがというべきか、護衛の目は行き届いていたようだ。笑顔の沙稀イサキに対し、捷羅ショウラの背筋は凍る。
「いえ……かわいらしい方ですので、ごあいさつに」
 最高位の姫に別の人のことを聞こうとしたとは、口が裂けても言えない。
「そうでしたか。以前にもお伝えしたと思うのですが、恭《ユキ》姫には触れようとしないでいただきたい。大切なお方ですから」
 二度目の忠告を受け捷羅ショウラの腕は解放されたが、もはや沙稀イサキの顔は見たくない。捷羅ショウラは笑うフリをして目を閉じる。そうして場を持たせていると、
「あ~、もう!」
 と、聞き慣れた低音が近寄って来た。救いに船とは、正にこのこと。双子の弟だ。
「申し訳ありませんでした。すぐに連れて行きます」
 兄を恥と言わんばかりの言葉だが、捷羅ショウラは安堵する。護衛と弟は、仲がいいと知っているから。
 弟は頭を下げ、捷羅ショウラの左腕を引っ張る。捷羅ショウラは懲りずに恭良ユキヅキに微笑み、弟に引きずられるように会場をあとにした。


「本っ当にああいうことは止めてくれよな、兄貴」
 短気な弟のこういう態度はいつものこと。むしろ、城外な分、大人しい。
羅凍ラトウ、悪かった。……ほら、戻らない?」
 まったく反省していない。弟には助けてもらった礼を言いたいくらいだが、一先ずはご機嫌取りだ。
 羅凍ラトウは疑いの眼差しを送る。
「もう……しない?」
「はい」
 待ってました! とばかりに捷羅ショウラは笑顔で即答。その様子に羅凍ラトウはため息をつく。
「戻ろ」
 決して、兄を信じたわけではないだろう。反省を促すのが間違いだと思ったのか。羅凍ラトウは会場へと戻って行く。
 弟は美形と名高い父によく似ている。いつからか、弟の方が背が高い。気を引き締めるように高く一本に結わかれた髪。艶やかな漆黒の髪と瞳は、女性が一目見て虜になる。顔に似つかない低音な声も、一声聞けば心地よさに囚われるのだろう。
 双子なのに、気質もまるで違う。
 捷羅ショウラ羅凍ラトウに駆け寄り、すこし屈んでのぞき込む。
「気になる女性がひとりいるんだ」
「珍しいね。ひとり、だなんて」
 冷たい言葉に、捷羅ショウラはごまかすように笑う。
恭良ユキヅキ様の他にも、クロッカスの髪の方がいらしただろう?」
「ああ、凪裟ナギサのこと? そういえば兄貴は知らないんだっけ。鴻嫗トキウ城の研究術士。今は取締役で……」
凪裟ナギサさん、か」
 羅凍ラトウは、しまったと足を止める。引きつった表情が後悔を物語っている。一方の捷羅ショウラは満面の笑み。
「ありがとう」
 先ほどの救済の礼も兼ねて。
 捷羅ショウラはうれしさを隠さず、会場へと一足先に戻る。羅凍ラトウが自己嫌悪に苛まれているとは思わずに。


 捷羅ショウラは『凪裟ナギサ』を探す。他の女性たちにあいさつで軽く手を振りながらも、目的はひとり。

 一瞬だったが、しっかり特徴と顔を覚えている。恭良ユキヅキよりも長いクロッカス髪。肩より下、腰よりは上。横髪の一部を下で束ねていた。
 クロッカスの髪と瞳は高貴な血筋を継ぐ証。けれど、ドレス姿ではなく。白のジャケットとタイトなミニスカート姿だった。
 羅凍ラトウが言っていた。彼女は宮城研究施設の取締役だと。研究術士として来ていて、姫としては生きていないのか。
 ふと、捷羅ショウラは走る。二度と見失いたくなくて。

凪裟ナギサさん、ですよね?」
 突然知らぬ声に呼び止められたからか。彼女はグラスを落としそうになった。助けようと伸ばした手は一歩遅く、彼女は自力でグラスを持ち直す。
「あ、はい」
 普段ならこの隙に手に触れただろう。しかし、留まる。
 大きく見開かれたクロッカスの瞳に捷羅ショウラが映っている。戸惑う様子に捷羅ショウラは微笑んだ。
「初めまして。私は梓維シンイ大陸、羅暁ラトキ城の捷羅ショウラと申します」
 胸元に手をあて、ていねいに一礼する。下でまとめる漆黒の髪が、前に垂れる。
「あ……初めまして! 鴻嫗トキウ城、宮城研究術士の凪裟ナギサです」
 グラスを両手で持つ凪裟ナギサのあいさつはぎこちない。慌てて頭を下げたと伝わる。整った服装と落ち着いた声に対し、凪裟ナギサの様子はどこか幼い。顔を上げた凪裟ナギサは、わたわたと口を開く。
「もしかして羅凍ラトウの、あ……羅凍ラトウ様のお兄様、ですか?」
 羅凍ラトウから凪裟ナギサの名を聞て来た。ふたりは仲がいいのかもしれない。鴻嫗トキウ城の姫の護衛と仲がいい羅凍ラトウだ。同じように凪裟ナギサと交流があってもおかしくない。
 困惑気味の凪裟ナギサは、とてもかわいらしく見えて。口元がだらしなく緩むのを必死に抑える。
「はい。羅凍ラトウとは双子で、私が兄です」
 声が弾む。しかし、凪裟ナギサの返答はない。呆然と遠くを見ていると思った矢先、彼女は上半身を右に傾けて笑った。
「あ」
 手を振り始める。誰に向けたものかと捷羅ショウラは後方を見た。直後、目にしたのは、
「兄上……ここにいたんだ。探したよ」
 苦笑いした羅凍ラトウ捷羅ショウラ凪裟ナギサに向き直し、
凪裟ナギサさん、よろしければ一緒にいらしてくださいませんか?」
 と誘う。そこへ、ふわりと真紅のマントが凪裟ナギサの姿を隠す。──羅凍ラトウだ。
「ごめんね。兄上って『いつも』こうなんだ」
 羅凍ラトウ越しに、凪裟ナギサのくすくす笑う声が聞こえる。
「いいよ。じゃ、またね。私、恭良ユキヅキ様のところに戻らなくちゃ」
 足音が聞こえ、捷羅ショウラは一目だけでもまたその姿を見ようと一歩下がる。
 すると、凪裟ナギサは振り返った。目が合い、表情をやわらかくさせる。その気遣いに、捷羅ショウラは無理に追いかけようとは思えなかったのか。遠のく姿に笑顔で手を振る。
凪裟ナギサさんって、かわいらしい方だね」
 捷羅ショウラの振る手は止まらない。
 羅凍ラトウはその光景を微笑ましく見れず、送る視線は冷たい。
「兄貴って、わかりやすいね」
 呟く弟の声は通り抜け、残るはかわいらしい彼女の笑顔だけ。

 捷羅ショウラは城に戻っても彼女の笑顔が残り、もう一度話がしたいと筆を取った。それが、一度目の手紙だった。
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