上 下
374 / 378
『第三部 因果と果報』 救いの代償

39▶琴瑟相和 5:最高の日々

しおりを挟む
「そうですね。ご本人が面会を拒否しない限りは」
 医師の回答に、ルイは決意を固める。

 医師の話が終わり、ルイは病院を出る。沙稀イサキの容態が心配だが、ルイにはしなければいけないことがあった。入院用の荷物を持って来こなければならない。
 急いで家へと戻り、病院から渡された用紙を見て荷造りする。数年間一緒に住んでいたとはいえ、みだりに沙稀イサキの部屋に入ったことはない。まして、洗濯もお互いにそれぞれで行っていた。
 すごく抵抗がある。勝手に引き出しを開け、衣服に触れることに。
 ──ごめんなさい!
 懺悔する思いでルイは衣類をまとめる。必要な物だから、仕方ないから、私しかできないことだから──そんなことを脳内で繰り返した。
 けれど、それも時計を見れば吹き飛ぶ。入院手続きの受付時間に合うかは、ギリギリだ。
 悲鳴を上げそうになる。ちいさな声が短くもれたが、ルイは飲み込みバタバタと支度を急いだ。

 駆け足で病院へと向かう。ギリギリだったが何とか受付時間に間に合い、手続きを終えた。そうして、沙稀イサキの病室を聞く。ふと映ったガラスに足を止め、髪を手で整える。
 慌てて大変だったと、気づかれたくない。
 深呼吸をして、心も整える。これから沙稀イサキに会う。きちんと色々話せるようにと、心構えをする。
 ふうと、一息。ニコリと笑顔の確認をし、歩き出す。

 着いた先は個室だった。他の人に気遣いせず会話できるのは助かる。けれど、それだけいい病状ではないのかと思えば気が重くなる。
 できるだけ明るく、自然に──ルイは自らに言い聞かせて扉を開けた。すると、沙稀イサキは起きていて、視線が合う。
「どうですか?」
 沙稀イサキに問えば、
「ん……どうなんだろうね……」
 と、弱々しい言葉が返ってきた。
 ただ病院に運ばれてきただけだ。ルイがいない間に検査をしたとしても、すぐに足が動くようになるわけではないだろう。
 原因がわかるのか──わかったところで、病の影響だとなれば手の施しようはないのかもしれない。
 恐らく、沙稀イサキはそれをわかっている。
 医師からの言葉を沙稀イサキに伝えた方がいい──そう直感したルイは、荷物を取りに行く前に言われたことを話した。
「そっか。思いの外、短い間だったね」
 覚悟を決めている沙稀イサキを前に、ルイは耐えられなくなる。
「家族しか会えない、立ち会えない可能性があるらしいです。ですから……家族になってください!」
 ルイは必死になって言ったのに、言われた沙稀イサキは思考が止まったかのように一瞬で固まった。
「お願いします!」
 もう一押しするように言うと、ポソリと沙稀イサキが口を開く。
「それだけのために?」
「充分すぎる理由です!」
 涙で視界が歪む。それでもルイは、沙稀イサキをグッと見つめる。──すると、
「負けた」
 と、沙稀イサキが力なく笑った。そして──。
「ありがとう」
 それは、とても安らかな微笑みだった。



 入院して数日後のこと。沙稀イサキがポツリと言った。
「念のため、恭良ユキヅキを面会謝絶にしておいて」

 沙稀イサキの体調は、下り坂のように日に日に悪くなっている。このまま急下降して、ずっと眠ったようにいつなるか──医師でも判断がつかない。
 ただ、ハッキリしているのは、退院の見込みがないこと。
 急降下でなくても、ゆるやかに悪化していくのだ。
「わかりました」
 了承の返事を置いて、ルイは管理室へと向かう。

 本当は、会いたいから名が出たのだろう。そう思えば、少々心がザワザワする。
 ──弱っていく姿を、いつかは……眠ったままの姿を……。大好きな人には見られたくないと願ったのかしら。
 わからなくはない。けれど、そんな最期のときまで付き添う許可を、沙稀イサキルイにくれたのだ。
 そうと思えば、ささいなザワザワは消えていく。この世から消えてしまうときに立ち会っていいとは、最高の特権ではないかと。

 そうして、ふと気づく。

 拒否する人を指名したのだ。
 家族に連絡していいのだろう。

 ルイは院内の電話を探し、番号を押す。馴染みの数字は、思い出そうとするよりも感覚が覚えていた。



 何日もしないうちに瑠既リュウキが来て、
「ほら。やっぱりルイちゃんとそういう仲になってんじゃん」
 と沙稀イサキをひやかす。
 だが、
「そうじゃないから。現状はルイちゃんのやさしさ。俺は甘えることにしただけ」
 と、サラリと返答する。
 これはこれで、少々憎らしい。それでも、ふたり並べば──変わらず視界は動いてしまうのだから、嫌になる。
「そういや、息子が産まれてさ。穏既シズキっていうんだけど……今度連れてくるよ」
「へぇ、おめでとう」
 瑠既リュウキ沙稀イサキも、たわいのない会話を楽しそうにしている。

 昔から仲のいい双子だった。何年会わなくても、昨日も会っていたかのように見える。
 ──ずっと一緒にいればよかったのに。
 懐かしい感覚に包まれながら、うれしさとさみしさと悲しみが同居する。

 たわいのない会話ができる、こんな時間がルイは好きだった。子どものころは、永遠に続くと疑わなかった。
 なのに、バラバラになって。何年も経ち、折角また戻れたのに──永遠には続かない。
ルイちゃんも今度会ってね」
「楽しみにしています」
 瑠既リュウキの笑顔はルイに向いているようで、向いていない。沙稀イサキと会えたのが純粋にうれしいのだろう。

 瑠既リュウキは昔からそうだ。自覚はないのだろうが、沙稀イサキがいるだけで楽しそうな雰囲気であふれている。
 双子の不思議な繋がりというか──決して揺るがないものなのだろう。

 楽しい時間は、日頃よりも何倍にもはやく過ぎていって、
「やべっ。こんな時間……帰んなきゃ」
 時計にギョッとした瑠既リュウキは、
「んじゃ、また来るわ」
 と、ゆるゆる手を振って姿を消した。
 沙稀イサキはいつになく瑠既リュウキの姿をずっと視線で追っていて、名残惜しそうに見えた。
ルイちゃん」
 急に呼ばれた真面目な声に、ルイはドキリとする。バクバクと心音がうるさい。
「好意に甘えてしまったけれど、ルイちゃんのご両親にも悪いことをしたね」
 しんみりと言われ、ルイの心臓も大人しくなる。
 ルイはひとりっ子だ。でも、だから何だというのだろうと疑問符が浮かぶ。
「いいえ、行き遅れた娘が嫁げたんです。それだけで両親は……それに、お相手が沙稀イサキ様だから、とても喜んでくれましたよ」
 にこりと笑えば、
「結婚……できるなんて思っていなかった……」
 沙稀イサキは苦笑いする。
 以前、沙稀イサキ恭良ユキヅキと一緒になると公言し、父に殴られたと聞いた。だが、正式な結婚はできないと当然わかっていたのだろう。
「あら、私もです」
 ふふふと笑った刹那、ギュッと引き寄せられた。
「誰かがそばにいてくれるって、ありがたいね」
 反則だ。こんなかわいらしさを全開にされたら、ルイの母性本能が大いにくすぐられる。
 ──沙稀イサキ様って、こんなにかわいらしく甘えてくれるんだ……。
「もっとはやく結婚してくださいって……言えばよかった」
 庇護欲がキュ~っと上昇していく。

 ──頭をなでなでしたい……。
 してもいいものかとドキドキしながら手を伸ばし、戸惑いながら触れてさすれば、心地よさそうに瞼をつぶった。
 そうして、安心したかのようにスースーと寝息をたてる。

 たとえるなら犬や猫が懐いてくれた感覚に似ているのに、沙稀イサキだと視覚で認識するから破壊力が半端ない。

 これは重傷になりかねないと、ルイは絶壁に立った気分だ。
 転げ落ちてはいけないと冷静を保ちつつも、骨抜きになりそうだ。真っ二つの気持ちが同居している。

 ──押しつけだと思っていたけど、よかった。
 弱みに思いっきりつけ込んだ自覚はある。でも、弱っていく沙稀イサキを見捨てたくなかった。
 グチャグチャになりそうな思考に溺れそうになる。
 けれど、ルイは腕の中の愛らしい存在に、何もかもを吹き飛ばす。

 結果、どちらも今が幸せなのなら、よかったのだ──と。

 わかってしまっている。
 もう、長くない。

 それなら疑似恋愛でも弱っているからでもいいから、最期を添い遂げるときまでに──最高の夫婦になると誓う。

 一秒でも長く、お互いに笑って過ごせるように。
 最高の日々を重ねていけるように。
しおりを挟む
感想 16

あなたにおすすめの小説

偉物騎士様の裏の顔~告白を断ったらムカつく程に執着されたので、徹底的に拒絶した結果~

甘寧
恋愛
「結婚を前提にお付き合いを─」 「全力でお断りします」 主人公であるティナは、園遊会と言う公の場で色気と魅了が服を着ていると言われるユリウスに告白される。 だが、それは罰ゲームで言わされていると言うことを知っているティナは即答で断りを入れた。 …それがよくなかった。プライドを傷けられたユリウスはティナに執着するようになる。そうティナは解釈していたが、ユリウスの本心は違う様で… 一方、ユリウスに関心を持たれたティナの事を面白くないと思う令嬢がいるのも必然。 令嬢達からの嫌がらせと、ユリウスの病的までの執着から逃げる日々だったが……

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

【取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

処理中です...