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『第三部 因果と果報』 救いの代償
17◀宮 1:片割れ
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「付き合っていた。……昨日まで」
いつから双子の弟に違和感があったかと振り返れば、瑠既はこのころだと振り返る。
七学年が残り半年を切ったころだった。
「何もしないまま別れたの? もたいないね、それも」
仲のいい双子だと思っていたのに、わからなくなった。
「したよ。言葉にできないようなことまで」
手探りで模索しても、つかめたと思ったら消えていて。
「おもしろい冗談言うね」
後悔と言ったら、少し違う気がする。
でも、やり直せるなら、このときだったような気がして仕方ない。
決定打は、他愛のない会話のあとだ。
「俺、家出るから」
沙稀は宣言通り、新学期が始まる前に家から姿を消した。
そうして八学年を飛び、九学年になっていた。
どのくらい巻き戻せば、『普通』に戻れただろう。
どのくらい巻き戻せば──。
そんな日は、あったのだろうか。
瑠既は『IF』を思い、思考を繰り返す。
双子の弟の沙稀とは、いつも一緒だった。それこそ、この世に生を受ける前から。
『片割れ』という言葉がしっくりくる。
己の一部のような存在で、でも別人で。別人であるのに、言葉にしなくても何でもわかり合える──瑠既にとっては、そんな感覚だった。
隣人に同い年の女の子──誄がいて、同じクロッカスの色彩を瞳と髪の毛に持っていた。瑠既は似た存在に感じ、遊ぶときは一緒にいるのが自然になって──物心ついたころには、三人で過ごすのが当たり前のようになっていった。
そんな関係が、微妙に変化したのは六歳のとき。──妹が産まれた。
恭良と名付けられた妹を、瑠既はふしぎとかわいいと思えなかった。
けれど、双子の弟の沙稀は違ったようで。
瑠既は、これまでに抱えたことのない感情を覚えた。
初めて好きも、嫌いも、意識をするようになる。
『俺は、恭良が嫌いだ』
いつからか、家族が増える前の生活が楽しかったと思うようになっていた。
抱えたモヤモヤを恭良に押しつけ、気づけば誄とふたりで過ごすようになる。
両親は、沙稀と恭良を『仲睦まじい兄妹』と、微笑ましく見ていたのだろう。
恭良は沙稀について回り、沙稀は兄らしく妹をかわいがっていた。
それこそ、親代わりになるほど。
そう、まるで我が子のように率先して恭良の世話をする沙稀を、両親は頼りにしていた節もあったのかもしれない。
子どもは実に素直だ。一番愛情を注いでくれる人物を見分け、その人にべったりになる。生きていく術であり、効率的だ。
沙稀も沙稀で。世話をした者に懐かれるのは、悪い気はしないはずだ。理解はできる。
ただ、瑠既には、それがおもしろくないというだけだ。
一方の瑠既は、最低限しか恭良の面倒をみなかった。面倒をみたところで、瑠既は恭良をかわいらしいと思うこともなく。沙稀がかわいがる理由がまったく理解できないことが、不快で不快でたまらなかった。
そのうち、恭良も瑠既に好かれていないと感じたのだろう。物心がつく年齢になっても、さほど懐いてこなかった。
それを瑠既は不満に思うことなく、返って清々しいとすら思っていた。
ただ、どうしても目につく。
沙稀のまわりを恭良がついて回るから。沙稀も、それを良しとしているから。
そんな光景を遠目で見て、双子の弟を──ずい分後から生まれた妹に──取られてしまったような嫉妬心が、フツフツと沸くようになっていた。
後悔に近い念が渦巻いている。
憎しみが、あふれてくる。
家族が、増えなかったら──と。
こんな風に、何度も頭の中で繰り返してしまっている。沙稀が家を出る前に会話した日も、こうして何度も彷徨う。
「宮。……お~い、宮?」
新緑のような、鮮やかな緑色の髪の毛──クラスメイトの椄箕だ。
「おう、悪い」
クラスにいるのに、ぼうっとしていた。思い返せば、このころから『どうしたら沙稀と昔のように戻れるか』と、つい考え込んでしまうようになっていたのかもしれない。
椄箕は何度も同じクラスになり、気心を知っている。だからか、いつの間にか校内では一緒にいることが多かった。
「ったく……。あ~あ、何回確認しても信じられないよなぁ。あの鴻之宮様と双子だってのが」
「いや、俺も『鴻之宮』だって……信じてないんだろ?」
「そうとも言う」
ニヘラと笑う椄箕に、『まぁ、いいんだけど』と瑠既は返す。
『宮』とは、椄箕が瑠既につけたあだ名だ。
由緒正しい苗字に、あだ名など本来あり得ないが、瑠既はそれを咎めなかった。
元貴族の苗字の取り決めが、煩わしいと感じているからだ。
貴族制度が廃止されてずい分経つとされているのに、未だ身分差の隔たりがある。呼び方も代表的なものだが、まだまだ通例が残っている物事が多い。そういうひとつひとつが、実にくだらなく思える。
瑠既がため息を吐きそうになったとき、廊下を歩くひとりの男の姿に目を引かれた。
机の上にへばりそうになっていた上半身を起こし、思わず立ち上がる。
「沙稀!」
すれ違いの生活を送るようになって、数週間が経っていた。
それまでは誄と三人で登下校をしていたのに、いつの間にか沙稀は瑠既が起床するころには家にいなくなっていたのだ。
帰宅してから話そうとしても、家族といるときは恭良がべったりだ。ならばと部屋を訪ねても『勉強するから』の一言で遮断される。
だから、学校で捕まえて話すしか手立てがなくなっていた。
避けられている理由を聞かなくてはと、瑠既はそれとなく聞くつもりだ。
沙稀はすんなりと足を止め、瑠既を毎度拒むときと同じ表情を浮かべている。
瑠既は場を和ませ、沙稀の機嫌をほぐそうと冗談めかす。
「お前さ、あの子と付き合ってるの?」
沙稀は瑠既が耳にするだけでも人気があり、彼女候補が囁かれるほどだった。
一学年下の『琉倚』。かつての涼舞城の末裔とされる苗字を持つ女子らしい。血筋を考えるなら、彼女にふさわしいのは琉倚だろうと言われている。
ただ、これには誄が瑠既の彼女と言われているのと多少関係があるかもしれない。名の韻が同じだ。
沙稀自身も耳に入っているはず──と、何気ない話題を瑠既はしたつもりだった。
けれど、まさかそこに本人が登場するとは。瑠既はまったく想定しておらず──ただ、幸いなことに。瑠既は琉倚の眼中に入らなかったらしい。
琉倚は歩きながら強いくせっ毛をフワフワ揺らし、
「あ~、先輩! おはよ!」
と、愛想たっぷりの仕草を沙稀に振りまく。
一方の沙稀は知り合いに会った程度の──いや、それよりははるかに愛想のないテンションで──軽いあいさつを琉倚に返した。
温度差を感じなかったのか、そういう趣味なのか──琉倚は満足げにテンポ良く通り過ぎていく。
──何てタイミングだ……。
いつから双子の弟に違和感があったかと振り返れば、瑠既はこのころだと振り返る。
七学年が残り半年を切ったころだった。
「何もしないまま別れたの? もたいないね、それも」
仲のいい双子だと思っていたのに、わからなくなった。
「したよ。言葉にできないようなことまで」
手探りで模索しても、つかめたと思ったら消えていて。
「おもしろい冗談言うね」
後悔と言ったら、少し違う気がする。
でも、やり直せるなら、このときだったような気がして仕方ない。
決定打は、他愛のない会話のあとだ。
「俺、家出るから」
沙稀は宣言通り、新学期が始まる前に家から姿を消した。
そうして八学年を飛び、九学年になっていた。
どのくらい巻き戻せば、『普通』に戻れただろう。
どのくらい巻き戻せば──。
そんな日は、あったのだろうか。
瑠既は『IF』を思い、思考を繰り返す。
双子の弟の沙稀とは、いつも一緒だった。それこそ、この世に生を受ける前から。
『片割れ』という言葉がしっくりくる。
己の一部のような存在で、でも別人で。別人であるのに、言葉にしなくても何でもわかり合える──瑠既にとっては、そんな感覚だった。
隣人に同い年の女の子──誄がいて、同じクロッカスの色彩を瞳と髪の毛に持っていた。瑠既は似た存在に感じ、遊ぶときは一緒にいるのが自然になって──物心ついたころには、三人で過ごすのが当たり前のようになっていった。
そんな関係が、微妙に変化したのは六歳のとき。──妹が産まれた。
恭良と名付けられた妹を、瑠既はふしぎとかわいいと思えなかった。
けれど、双子の弟の沙稀は違ったようで。
瑠既は、これまでに抱えたことのない感情を覚えた。
初めて好きも、嫌いも、意識をするようになる。
『俺は、恭良が嫌いだ』
いつからか、家族が増える前の生活が楽しかったと思うようになっていた。
抱えたモヤモヤを恭良に押しつけ、気づけば誄とふたりで過ごすようになる。
両親は、沙稀と恭良を『仲睦まじい兄妹』と、微笑ましく見ていたのだろう。
恭良は沙稀について回り、沙稀は兄らしく妹をかわいがっていた。
それこそ、親代わりになるほど。
そう、まるで我が子のように率先して恭良の世話をする沙稀を、両親は頼りにしていた節もあったのかもしれない。
子どもは実に素直だ。一番愛情を注いでくれる人物を見分け、その人にべったりになる。生きていく術であり、効率的だ。
沙稀も沙稀で。世話をした者に懐かれるのは、悪い気はしないはずだ。理解はできる。
ただ、瑠既には、それがおもしろくないというだけだ。
一方の瑠既は、最低限しか恭良の面倒をみなかった。面倒をみたところで、瑠既は恭良をかわいらしいと思うこともなく。沙稀がかわいがる理由がまったく理解できないことが、不快で不快でたまらなかった。
そのうち、恭良も瑠既に好かれていないと感じたのだろう。物心がつく年齢になっても、さほど懐いてこなかった。
それを瑠既は不満に思うことなく、返って清々しいとすら思っていた。
ただ、どうしても目につく。
沙稀のまわりを恭良がついて回るから。沙稀も、それを良しとしているから。
そんな光景を遠目で見て、双子の弟を──ずい分後から生まれた妹に──取られてしまったような嫉妬心が、フツフツと沸くようになっていた。
後悔に近い念が渦巻いている。
憎しみが、あふれてくる。
家族が、増えなかったら──と。
こんな風に、何度も頭の中で繰り返してしまっている。沙稀が家を出る前に会話した日も、こうして何度も彷徨う。
「宮。……お~い、宮?」
新緑のような、鮮やかな緑色の髪の毛──クラスメイトの椄箕だ。
「おう、悪い」
クラスにいるのに、ぼうっとしていた。思い返せば、このころから『どうしたら沙稀と昔のように戻れるか』と、つい考え込んでしまうようになっていたのかもしれない。
椄箕は何度も同じクラスになり、気心を知っている。だからか、いつの間にか校内では一緒にいることが多かった。
「ったく……。あ~あ、何回確認しても信じられないよなぁ。あの鴻之宮様と双子だってのが」
「いや、俺も『鴻之宮』だって……信じてないんだろ?」
「そうとも言う」
ニヘラと笑う椄箕に、『まぁ、いいんだけど』と瑠既は返す。
『宮』とは、椄箕が瑠既につけたあだ名だ。
由緒正しい苗字に、あだ名など本来あり得ないが、瑠既はそれを咎めなかった。
元貴族の苗字の取り決めが、煩わしいと感じているからだ。
貴族制度が廃止されてずい分経つとされているのに、未だ身分差の隔たりがある。呼び方も代表的なものだが、まだまだ通例が残っている物事が多い。そういうひとつひとつが、実にくだらなく思える。
瑠既がため息を吐きそうになったとき、廊下を歩くひとりの男の姿に目を引かれた。
机の上にへばりそうになっていた上半身を起こし、思わず立ち上がる。
「沙稀!」
すれ違いの生活を送るようになって、数週間が経っていた。
それまでは誄と三人で登下校をしていたのに、いつの間にか沙稀は瑠既が起床するころには家にいなくなっていたのだ。
帰宅してから話そうとしても、家族といるときは恭良がべったりだ。ならばと部屋を訪ねても『勉強するから』の一言で遮断される。
だから、学校で捕まえて話すしか手立てがなくなっていた。
避けられている理由を聞かなくてはと、瑠既はそれとなく聞くつもりだ。
沙稀はすんなりと足を止め、瑠既を毎度拒むときと同じ表情を浮かべている。
瑠既は場を和ませ、沙稀の機嫌をほぐそうと冗談めかす。
「お前さ、あの子と付き合ってるの?」
沙稀は瑠既が耳にするだけでも人気があり、彼女候補が囁かれるほどだった。
一学年下の『琉倚』。かつての涼舞城の末裔とされる苗字を持つ女子らしい。血筋を考えるなら、彼女にふさわしいのは琉倚だろうと言われている。
ただ、これには誄が瑠既の彼女と言われているのと多少関係があるかもしれない。名の韻が同じだ。
沙稀自身も耳に入っているはず──と、何気ない話題を瑠既はしたつもりだった。
けれど、まさかそこに本人が登場するとは。瑠既はまったく想定しておらず──ただ、幸いなことに。瑠既は琉倚の眼中に入らなかったらしい。
琉倚は歩きながら強いくせっ毛をフワフワ揺らし、
「あ~、先輩! おはよ!」
と、愛想たっぷりの仕草を沙稀に振りまく。
一方の沙稀は知り合いに会った程度の──いや、それよりははるかに愛想のないテンションで──軽いあいさつを琉倚に返した。
温度差を感じなかったのか、そういう趣味なのか──琉倚は満足げにテンポ良く通り過ぎていく。
──何てタイミングだ……。
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