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愛する者たち
【31】十六年(2)
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見たことのない短い髪なのだ。誰かと驚いても無理ないと思いつつも、羅凍は苦笑いをする。羅暁城にいることになるなら、また髪を伸ばすかなと、昔言われた言葉を思い出していると、捷羅がクスリと笑った。
髪を切ったのが『羅凍らしい』とでも、思ったのかもしれない。
「おかえり、羅凍!」
捷羅が一直線に駆けてきて飛びつく。
あまりのことに羅凍は数秒固まったものの、
「ただいま……兄貴」
と、懐かしさを覚えつつ捷羅の背をポンポンと叩く。
『ふふふふ』と捷羅が照れ笑いをして離れれば、羅凍もつられて照れ笑いをし離れる。
引き合わせた蓮羅は、無意識で口角が上がっている。
「もう要らないって言われちゃったんだ」
羅凍が言えば、
「俺が残って下さるようにとお願いしたんです!」
と、蓮羅が必死に言う。
それを捷羅と羅凍が同じタイミングで、同じように目を丸めて蓮羅を見──何をそんなにおかしいのか、堪えきれずに先ほどと同様に笑い始める。
「え? え?」
困惑する蓮羅に、
「ありがとう」
と、両サイドから背に手が回る。
ふたりが戸惑う蓮羅を押すように歩き出し、王の間を退室していく。
「みんなを呼んでお茶会をしよう。もちろん、玄さんも呼ぶよ」
捷羅が言えば、羅凍が流れるように答える。
「『みんな』なら、そうなるでしょ?」
まるで、離れていた年月を共有していたかのように、昔ながらのやりとりだ。
「ふふ、羅凍が会ったことのない、麗もね」
「あ~……、会うときが来るとは思ってなかった」
「こうしてね」
「そうだね」
機会を得たのは蓮羅のお陰だと、捷羅と羅凍は中央の人物をまた軽く叩く。
蓮羅は戸惑いつつも、父たちが楽しそうに笑っている姿に笑みをこぼした。
笑いながら歩いていた三人が辿り着いたのは、宮城研究施設。
凪裟は賑やかに入って来た三人の姿──特に、羅凍を──見て声を失うほど驚いた。
「久し振り」
ぎこちなく羅凍があいさつをすれば、凪裟は狐につままれたかのように『おかえり』と返す。
そして、捷羅が団らんをしようと、仕事の休止を促す。
蓮羅がテラスで行うことを提案し、玄と麗を呼びに行くと言い、退室。
積もる話をしようと思ったのか、駆けつけた凪裟を羅凍は制し、移動を提案。
捷羅が女官へと指示をし、
「さぁ、向かおうか」
と、中央に割り込んでふたりの手を取る。
慌ただしく準備のされたテラスで捷羅が女官たちに礼を言い、羅凍の帰城を告げる。
歓喜が上がる女官の声を羅凍が『短髪に驚いている』と勘違いしたところで、蓮羅が玄と麗を連れて来た。
一歩、羅凍が踏み込む。
玄と麗に向け、スッと上半身を深く下げる。
「お顔を……上げて下さい」
重力に従う漆黒の短髪に、玄が言う。そのうしろでは、麗がぎゅっと玄のドレスを握った。
けれど、漆黒の髪が重力へと引っ張られるように更に下がる。詫びる言葉もないと言うかのように。
玄が、大きく息を吸った。
「羅凍様、聞こえていますか?」
叱るかのような強い口調に驚き、羅凍が少し頭を上げて傾け、玄を見上げる。
「聞こえていらっしゃるなら、直ってください」
しっかりした言い様に、羅凍は戸惑いつつも姿勢を戻す。居心地の悪い羅凍に、
「おかえりなさい」
と、玄は微笑んだ。だが、羅凍は返す言葉はなく、目を伏せる。
更に玄が、またハッキリとした物言いで羅凍に言う。
「羅凍様は私の願いを叶えて下さった。羅凍様も、願いを叶えに行った……なのに、どうしてそんなに困っていらっしゃるのです?」
「それは……」
「私の願いだった、麗です」
玄は麗にあいさつをするよう促す。
戸惑う様子は、羅凍の鏡かのようで──けれど、本人たちはまったく気づかないのだろう。
「父上と麗って、似ているんだよね」
動けない麗に『ああ、逆か』と蓮羅が助け船を出す。
「お兄様……」
「前にも話したけど、俺はちいさいとき父上に剣の指導を受けていたからさ……何となく思っていたんだけど、こうして見ると、本当に似ている」
疑うような丸く幼い漆黒の瞳が、羅凍へと向く。
「あの……う、麗、です……」
玄と蓮羅に背を、肩を支えられ、おずおずと羅凍の前へと姿を現す麗。漆黒の美しいストレートの髪は、肘までありそうだ。目鼻立ちも整い、まさに噂通りの絶世の美女。
けれど、羅凍は弱々しい姿だとじっと見つめる。麗の姿は他人事ではない。己の幼少期が重なるように映っている。
羅凍にしか見えない、父を恐れている遠い昔の己の姿が、うっすらと重なっているのだ。
「ああ……麗。君は……」
初対面だ。噂が耳を通り抜けていただけの存在だ。『絶世の美女』と聞いても、風の噂の真意など、興味がなかった。
いや、見ないようにしていた。視界に入れれば、娘だと見たかもしれない。『似ているか』と面影を探したかもしれない。
玄の、羅凍自身の。
だから見ずに、聞き流し、『噂だけの存在』にしてきた。
ただ、目の前にして、遠い昔の己の姿を重ねてしまったなら、どうだろう。
求める言葉を、視線を、知ってしまっている。
もらえず、抱える思いも、知ってしまっている。
どちらも知っていて、羅凍は言わずにはいられなかった。
「俺の、娘だ」
ふと、うっすらと重なっていた遠い過去の羅凍が消えていった。
母と兄に支えられている、か細い体が震え始めている。あんなにパッチリと開いていた大きな瞳は潰れ、いつの間にか下まぶたには、すぐにでもあふれてしまいそうな涙がたまっていた。
羅凍が一歩踏み出し、二歩、三歩と近づく。そうして麗を支える玄と蓮羅の肩に手を置き、三人を抱き締める。
「ただいま」
一部始終を見ていた凪裟が感激し、捷羅と『よかった』と言葉を交わす。
目元を拭く凪裟と手をつないだ捷羅は、羅凍のもとへ近づき、背を叩く。
双子が見合い、意思疎通をすれば。自然と皆で微笑み合い、あたたかい紅茶の入ったテーブルへと各々が声をかけつつ向かう。
十数年振りの、初めての家族会。
『今年もよく積もった』と、誰かが言い、『梓維大陸らしい』と誰かが言う。
他愛のない会話が、やわらかい家族の時を刻む。
雪が舞えば、天使の贈り物。
彩る季節は白を纏っていても、賑やかな声が景色を染めていく。
髪を切ったのが『羅凍らしい』とでも、思ったのかもしれない。
「おかえり、羅凍!」
捷羅が一直線に駆けてきて飛びつく。
あまりのことに羅凍は数秒固まったものの、
「ただいま……兄貴」
と、懐かしさを覚えつつ捷羅の背をポンポンと叩く。
『ふふふふ』と捷羅が照れ笑いをして離れれば、羅凍もつられて照れ笑いをし離れる。
引き合わせた蓮羅は、無意識で口角が上がっている。
「もう要らないって言われちゃったんだ」
羅凍が言えば、
「俺が残って下さるようにとお願いしたんです!」
と、蓮羅が必死に言う。
それを捷羅と羅凍が同じタイミングで、同じように目を丸めて蓮羅を見──何をそんなにおかしいのか、堪えきれずに先ほどと同様に笑い始める。
「え? え?」
困惑する蓮羅に、
「ありがとう」
と、両サイドから背に手が回る。
ふたりが戸惑う蓮羅を押すように歩き出し、王の間を退室していく。
「みんなを呼んでお茶会をしよう。もちろん、玄さんも呼ぶよ」
捷羅が言えば、羅凍が流れるように答える。
「『みんな』なら、そうなるでしょ?」
まるで、離れていた年月を共有していたかのように、昔ながらのやりとりだ。
「ふふ、羅凍が会ったことのない、麗もね」
「あ~……、会うときが来るとは思ってなかった」
「こうしてね」
「そうだね」
機会を得たのは蓮羅のお陰だと、捷羅と羅凍は中央の人物をまた軽く叩く。
蓮羅は戸惑いつつも、父たちが楽しそうに笑っている姿に笑みをこぼした。
笑いながら歩いていた三人が辿り着いたのは、宮城研究施設。
凪裟は賑やかに入って来た三人の姿──特に、羅凍を──見て声を失うほど驚いた。
「久し振り」
ぎこちなく羅凍があいさつをすれば、凪裟は狐につままれたかのように『おかえり』と返す。
そして、捷羅が団らんをしようと、仕事の休止を促す。
蓮羅がテラスで行うことを提案し、玄と麗を呼びに行くと言い、退室。
積もる話をしようと思ったのか、駆けつけた凪裟を羅凍は制し、移動を提案。
捷羅が女官へと指示をし、
「さぁ、向かおうか」
と、中央に割り込んでふたりの手を取る。
慌ただしく準備のされたテラスで捷羅が女官たちに礼を言い、羅凍の帰城を告げる。
歓喜が上がる女官の声を羅凍が『短髪に驚いている』と勘違いしたところで、蓮羅が玄と麗を連れて来た。
一歩、羅凍が踏み込む。
玄と麗に向け、スッと上半身を深く下げる。
「お顔を……上げて下さい」
重力に従う漆黒の短髪に、玄が言う。そのうしろでは、麗がぎゅっと玄のドレスを握った。
けれど、漆黒の髪が重力へと引っ張られるように更に下がる。詫びる言葉もないと言うかのように。
玄が、大きく息を吸った。
「羅凍様、聞こえていますか?」
叱るかのような強い口調に驚き、羅凍が少し頭を上げて傾け、玄を見上げる。
「聞こえていらっしゃるなら、直ってください」
しっかりした言い様に、羅凍は戸惑いつつも姿勢を戻す。居心地の悪い羅凍に、
「おかえりなさい」
と、玄は微笑んだ。だが、羅凍は返す言葉はなく、目を伏せる。
更に玄が、またハッキリとした物言いで羅凍に言う。
「羅凍様は私の願いを叶えて下さった。羅凍様も、願いを叶えに行った……なのに、どうしてそんなに困っていらっしゃるのです?」
「それは……」
「私の願いだった、麗です」
玄は麗にあいさつをするよう促す。
戸惑う様子は、羅凍の鏡かのようで──けれど、本人たちはまったく気づかないのだろう。
「父上と麗って、似ているんだよね」
動けない麗に『ああ、逆か』と蓮羅が助け船を出す。
「お兄様……」
「前にも話したけど、俺はちいさいとき父上に剣の指導を受けていたからさ……何となく思っていたんだけど、こうして見ると、本当に似ている」
疑うような丸く幼い漆黒の瞳が、羅凍へと向く。
「あの……う、麗、です……」
玄と蓮羅に背を、肩を支えられ、おずおずと羅凍の前へと姿を現す麗。漆黒の美しいストレートの髪は、肘までありそうだ。目鼻立ちも整い、まさに噂通りの絶世の美女。
けれど、羅凍は弱々しい姿だとじっと見つめる。麗の姿は他人事ではない。己の幼少期が重なるように映っている。
羅凍にしか見えない、父を恐れている遠い昔の己の姿が、うっすらと重なっているのだ。
「ああ……麗。君は……」
初対面だ。噂が耳を通り抜けていただけの存在だ。『絶世の美女』と聞いても、風の噂の真意など、興味がなかった。
いや、見ないようにしていた。視界に入れれば、娘だと見たかもしれない。『似ているか』と面影を探したかもしれない。
玄の、羅凍自身の。
だから見ずに、聞き流し、『噂だけの存在』にしてきた。
ただ、目の前にして、遠い昔の己の姿を重ねてしまったなら、どうだろう。
求める言葉を、視線を、知ってしまっている。
もらえず、抱える思いも、知ってしまっている。
どちらも知っていて、羅凍は言わずにはいられなかった。
「俺の、娘だ」
ふと、うっすらと重なっていた遠い過去の羅凍が消えていった。
母と兄に支えられている、か細い体が震え始めている。あんなにパッチリと開いていた大きな瞳は潰れ、いつの間にか下まぶたには、すぐにでもあふれてしまいそうな涙がたまっていた。
羅凍が一歩踏み出し、二歩、三歩と近づく。そうして麗を支える玄と蓮羅の肩に手を置き、三人を抱き締める。
「ただいま」
一部始終を見ていた凪裟が感激し、捷羅と『よかった』と言葉を交わす。
目元を拭く凪裟と手をつないだ捷羅は、羅凍のもとへ近づき、背を叩く。
双子が見合い、意思疎通をすれば。自然と皆で微笑み合い、あたたかい紅茶の入ったテーブルへと各々が声をかけつつ向かう。
十数年振りの、初めての家族会。
『今年もよく積もった』と、誰かが言い、『梓維大陸らしい』と誰かが言う。
他愛のない会話が、やわらかい家族の時を刻む。
雪が舞えば、天使の贈り物。
彩る季節は白を纏っていても、賑やかな声が景色を染めていく。
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