完結まで5話【女神回収プログラム ~三回転生したその先に~】姫の側近の剣士の、決して口外できない秘密は

呂兎来 弥欷助(呂彪 弥欷助)

文字の大きさ
上 下
311 / 383
遠き日々

【27】償い(1)

しおりを挟む
 馬車から降り、鴻嫗トキウ城に一歩入ると颯唏サツキは立ち止まった。食い入るように天井を見上げる。

 解放感のあふれる城内。それは、この天井の高さも関係しているだろう。差し込む光に颯唏サツキは絵画でも見ているような感覚に陥った。
 決意し、振り返る。
「大臣、少し……歩ける?」

 行きはフラフラと何時間も歩いたのだ。大臣は考える。颯唏サツキが馬車で迎えに来てくれたからよかったものの、少しとはいえ、行先によってはかなりしんどい。
 颯唏サツキは大臣がしんどいであろうことはお見通しのはず。それでも連れて行きたい場所とは──と考えたところで、幻覚を見たかのように大臣の視界がかすんでいく。
 目の前でゆれる長いクロッカスの髪がぼやける。色彩だけが色濃く映り、歴代の姫が重なっていく。
 行先を大臣が『もしかしたら』と思い浮かべたとき、颯唏サツキが苦笑いをした。
「決着をつけるなら、俺たちには行かなくちゃいけない場所がある」
 以前とは違い、おだやかな颯唏サツキに大臣は首肯した。



 おもむろに鍵が開けられる。颯唏サツキが先陣を切り入って行ったが、大臣にはためらわれた。
 幾度となく、何年も見てきた光景だ。未知と怖いわけではない。それに、今の大臣に秘密はなくなった。颯唏サツキはすべてを知っている。恐れることは、何ひとつない。
『おいでよ』と、まるで自室に招くかのように颯唏サツキは大臣に手招きをする。颯唏サツキの言う通りだ。このまま、ここで呆然と立ち尽くしていて、誰かの目にとまる方がまずい。
 大臣は一歩、二歩と入るとていねいに扉を閉め、先へ進む。

 行く先が、あの絵画の部屋だとわかっているからか、鼓動が高鳴る。見慣れるというくらいに眺めてきた光景なのに、過去を鮮明に思い出したからか──大臣には十字架に張りつけられる思いだ。

 三方向のちいさなライトからの光がこぼれる中、大臣はなかなか入れない。すると、
「はやく」
 と、中から颯唏サツキの呼ぶ声がした。
 体調を気遣われ、承諾して来たのだ。体調が悪いと言い訳はできない。重い足を、ズシリと動かす。

 颯唏サツキはライトが照らす絵画をジッと見上げていた。
「この絵を……外そう」
 絵画は動かないのに、紗如サユキ唏劉キリュウも大臣に微笑んだ気がした。
「変えるんだ。もう、何もかもが終わるんだから」
 颯唏サツキが大臣と向かい合う。どうしてか、颯唏サツキはどこか寂しそうだ。
「この部屋を変えて、大臣も……解放されるべきだよ」
颯唏サツキ様……」
「俺も……父上から解放されるから」
 言葉は弱々しかったが、一瞬で颯唏サツキは寂しさを消す。
「これからは、俺は『俺の人生』を取り戻しながら歩いていく。そのためには……ここを変えないと進めない。……俺も、大臣も」
 それは、とても強い言葉で。大臣は救いを見出すように絵画へと視線が動く。

 当然、絵画に描かれたふたりは描かれた状態のままだ。

 これまで大臣には、このふたりの笑みがあたたかいものに見えることはなかった。
 しかし、颯唏サツキの言葉を受けてからは、絵画に描かれているふたりが目の前にいるかのようだった。
稀霤キリュウ』と呼び、微笑んでいる。
 大臣はふたりが生きていたころに戻ったかのような錯覚に陥り、膝を折る。ふたりは導くかのようにまぶたを閉じ、罪は浄化されたと言わんばかりに深くうなづく。

 颯唏サツキとともにいるのだから、ふたりが生きているはずはない。矛盾を察し、我に返った大臣は瞳を閉じてうつむく。
「そう……ですね」
 再び大臣がまぶたを開ける。ライトの照らす先には、何年も見てきた光景が広がっているだけだ。
「今度は、どんな絵を飾りましょうか」

 大臣がこの場所を初めて訪れたときは、沙稀イサキがともにいた。
「ここに、母上と父上の絵画を飾ろう」
 あれは沙稀イサキが『結婚しない』と、明確に発言したあとだったか。
「おふたりのですか……わかりました。そういたしましょう」
 大臣が返事をしたあと、沙稀イサキは更に言葉を続けていた。
「ここは後継者の肖像画が代々飾られてきたと聞いた。お婆様は、ご自身の肖像画を外されてそれきり……。初めて母上と来たとき、俺の絵画を飾るかと聞かれた。……俺は、首を横に振った」
 留妃リュウキがなぜ紗如サユキの絵画を飾らなかったのか、その想いを沙稀イサキは知らない。大臣は知っていたが、言うわけにはいかないと呑んだ。
 もし話してしまったら、沙稀イサキ紗如サユキと大臣の間柄を勘づいただろう。
 ふたりの絵画を飾ってから、数年後。
 一心に絵画を見つめる沙稀イサキに、大臣は問いかけた。
「ご自身が『男』として生まれたことに、納得ができないとでも?」
 ふと、絵画から沙稀イサキは視線を外し、うつむく。その姿は、大臣には自問自答しているように見えた。
 そして、長考した後、
「それは多分、俺も瑠既リュウキも考えないようにしていると思う」
 とだけ言い残し、沙稀イサキは退室して行った。
 恐らく、紗如サユキの肖像画が飾られていなかったことが、沙稀イサキには衝撃的で、ずっと消化できないことだったのだ。
 結婚したあとは、恭良ユキヅキの肖像画も飾れなかったことが後ろめたかったのだろう。本来ならあるべきだったと考えたのかもしれない。──だからこそ、沙稀イサキが継ぎ、庾月ユツキが産まれてからも、この部屋の絵画は変えられなかった。

「姉上の絵がいい」
 この部屋に関して、何も知らないはずの颯唏サツキがキッパリと言う。
「姉上が子どもたちに囲まれている幸せな絵を……ここに飾ろう」
 颯唏サツキの頬からは一筋の涙が流れる。それはすぐに二本になり、幾重にも流れていった。
 絵画を見つめたまま涙を落とし続ける姿が、大臣に痛々しく映る。大臣は、らしくない行動をとった。颯唏サツキをしっかりと抱き締めていた。
 大臣の腕を握り、顔を埋め、
「ありがとう、お爺様」
 と、颯唏サツキは声を詰まらせながら告げる。
「俺が背負った罪を、一緒に背負ってくれて」
「いいえ」
 込み上げる思いを堪えきれず、大臣の瞳からも雫が落ちる。
「いいえ、私の罪を一緒に背負ってくれたのは……」
 言いながら大臣はわからなかった。
 どこからなら颯唏サツキにまで罪を感じさせず、自由に喜怒哀楽を表せる存在でいさせられたのかと。

 いくら考えようとも、答えはない。
 颯唏サツキは大臣が罪を重ね続けたからこそ、今ここに存在しているのだから。

 そう結論が出て、大臣はもはや『大臣』として颯唏サツキを抱き締めているわけではないと自覚する。
「すまなかった、颯唏サツキ



 散々ふたりで泣いたあと、明るい廊下に出た颯唏サツキは、大臣を部屋まで送ると言った。
 だが、大臣は首を横に振る。
「今は……一緒にいられないです。私が……気持ちの整理をつけられないもので」
しおりを挟む
感想 16

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

冤罪だと誰も信じてくれず追い詰められた僕、濡れ衣が明るみになったけど今更仲直りなんてできない

一本橋
恋愛
女子の体操着を盗んだという身に覚えのない罪を着せられ、僕は皆の信頼を失った。 クラスメイトからは日常的に罵倒を浴びせられ、向けられるのは蔑みの目。 さらに、信じていた初恋だった女友達でさえ僕を見限った。 両親からは拒絶され、姉からもいないものと扱われる日々。 ……だが、転機は訪れる。冤罪だった事が明かになったのだ。 それを機に、今まで僕を蔑ろに扱った人達から次々と謝罪の声が。 皆は僕と関係を戻したいみたいだけど、今更仲直りなんてできない。 ※小説家になろう、カクヨムと同時に投稿しています。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

誰の代わりに愛されているのか知った私は優しい嘘に溺れていく

矢野りと
恋愛
彼がかつて愛した人は私の知っている人だった。 髪色、瞳の色、そして後ろ姿は私にとても似ている。 いいえ違う…、似ているのは彼女ではなく私だ。望まれて嫁いだから愛されているのかと思っていたけれども、それは間違いだと知ってしまった。 『私はただの身代わりだったのね…』 彼は変わらない。 いつも優しい言葉を紡いでくれる。 でも真実を知ってしまった私にはそれが嘘だと分かっているから…。

処理中です...