上 下
301 / 379
遠き日々

【23】色(1)

しおりを挟む
 稀霤キリュウは客間に案内をされ、ひとりの時間を持ち緊張感が切れた。泥のように眠り新たな日を迎えたが、何やら騒々しい。

 使いの者が留妃リュウキが呼んでいると声をかけてきた。
 稀霤キリュウが使いの者についていくと、昨日、留妃リュウキと謁見した王の間に案内された。
 入室すれば、留妃リュウキが棺の中を覗いて立ち尽くしている。稀霤キリュウの気配に気づいたのか、顔を上げた留妃リュウキは悲し気に微笑んだ。
 案の定、伯父が息絶えているのだろう。

 留妃リュウキの近くまで着けば『発見したのは、城内の剣士だったのよ』と、涙とともにポツリと落ちる。
 棺に入った伯父を見て静かに涙を落とす留妃リュウキからすれば、晴天の霹靂だったのだろう。
 けれど、予期していた稀霤キリュウに驚きはない。
 どうりで騒がしかったわけだと納得する。

 だが、一方で心がざわついてくる。
 見ている方が痛々しいのだ。

 棺を目の前にする留妃リュウキの姿が、数日前の己の姿と重なる。
 兄は鴻嫗城ココに来てからS級を取得し、鴻嫗トキウ城の剣士たちを統括していた。
『若造が』と言いたくとも、誰もそむけなかったのだろう。日頃温厚な分、剣を握った兄は別人のようだった。
 兄の死後、稀霤キリュウが対面したのは何日後だったのか。稀霤キリュウは正確な日付を知らない。
 兄が死去してから、伯父が剣士たちを統括していたと判断するのが妥当だろうか。兄の来る前に戻っただけだが、現状は不在になってしまった。

 稀霤キリュウは遺体となった伯父をじっと見つめる。
 この人の最期が、自害になると昨日までは思わなかった。

 しかし、困った状況になった。
 まさか命が残り、しかも留妃リュウキ鴻嫗城ココにいるようにと声をかけてもらえるとは思っていなかった。命が残ったと判断したときは、夜には放浪していると思い込んでいた。
 伯父の遺体を目にしなければ、こんな困惑は抱かなかっただろう。知らないと、済んだ話だ。
 けれど、こんな留妃リュウキをとなりにしては、稀霤キリュウまで投げ出せなくなる。昨日の時点で伯父を引き止めておけばよかったと後悔しても、後の祭りだ。

『私のせいで』

 留妃リュウキは言葉にこそしなかったが、そう思っていると稀霤キリュウにはヒシヒシと伝わってきた。
 非常に困った。
『それでは、さようなら』と放り出せない。

「この人の自害を、公表するわけにはいきません。密葬させて頂きます」
 拠り所を失ったように感じていたが、留妃リュウキは気丈だ。稀霤キリュウのことを、まったくあてにしていない。
「すみません」
 留妃リュウキが呟く。──と、堰を切ったように留妃リュウキは号泣する。

 彼女は、何かを成すためには大きな犠牲を払わなければいけないと知っていたのだろう。後悔のない、自責だ。
 だからこそ、稀霤キリュウは言ってしまったのかもしれない。
「私が、鴻嫗城ココにいます」
 留妃リュウキが涙を落としながら稀霤キリュウを見上げる。
「貴女が……『鴻嫗城ココにいなさい』と、私に言ったのです」
 少なくとも稀霤キリュウは、留妃リュウキの一貫とした行動に誠意を感じていた。保守的な貴族とは異なるような、自由を求める姿に惹かれていた。
 同志になりたいと、思わされていた。

 留妃リュウキは驚いたかのようにきょとんとし、稀霤キリュウを見上げる。そうして、申し訳なさそうに伯父を見、
「そうね」
 と、留妃リュウキは悲しげに微笑んだ。



 伯父の密葬が執り行われる。内密で行うのは、通常よりも手がかかる。
 詳細は、また後日ということになった。

 念のため、稀霤キリュウは剣士の志願をしておいた。失うはずだった命だ。遠征に出て命尽きても思い残すこともなければ、命も惜しくない。

 王の間を後にしてから、稀霤キリュウは『あ』と立ち止まる。部屋を用意してほしいと言うのを忘れてしまった。
 声にならない声とともに、ため息はもれる。

 昨日与えられたのは、就寝用の簡易的な部屋だった。──戻る場所を失ってしまった。
 身を置く場所と思考を凝らし、浮かんだ行き場はひとつ。紗如サユキが静養している部屋しかない。

 ──そういえば、気にかけてくれた礼を言っていない。
 鴻嫗トキウ城にいることになったのなら、留妃リュウキの大切にする娘とも、ある程度良好な関係を築いておかなくてはならない。
 二度と会わないでいられると思ったのにと不服を言っている場合ではないと、仕方なく稀霤キリュウは知っている道を辿る。



 目的地に着き、稀霤キリュウはためらう。紗如サユキは姫だ。あんなに自由奔放で、人を振り回すが、鴻嫗トキウ城の姫だ。使用人のひとりくらいは付き添っているだろう。
 一昨日が異例だっただけだ。

 だが、ここに来て思い悩んでもどうにもならないと開き直る。
 使用人に会ったら、礼を伝えに来たと言えばいい。そうだ、紗如サユキに一先ず今日を凌げる部屋を用意してもらえばいいのだ、と。

 稀霤キリュウは名案だと言わんばかりにひとり頷き、紳士にノックをする。すると、『どうぞ』と、警戒心のない紗如サユキの声が返ってきた。
 誰が来ても警戒する必要がないくらい使用人がいるのか──と、扉を開け入室した稀霤キリュウはすぐさま後悔をする。
「どうして、こう……何日も使用人がいないのですか」
しおりを挟む
感想 16

あなたにおすすめの小説

【1/23取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

愛のゆくえ【完結】

春の小径
恋愛
私、あなたが好きでした ですが、告白した私にあなたは言いました 「妹にしか思えない」 私は幼馴染みと婚約しました それなのに、あなたはなぜ今になって私にプロポーズするのですか? ☆12時30分より1時間更新 (6月1日0時30分 完結) こう言う話はサクッと完結してから読みたいですよね? ……違う? とりあえず13日後ではなく13時間で完結させてみました。 他社でも公開

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

私は貴方を許さない

白湯子
恋愛
甘やかされて育ってきたエリザベータは皇太子殿下を見た瞬間、前世の記憶を思い出す。無実の罪を着させられ、最期には断頭台で処刑されたことを。 前世の記憶に酷く混乱するも、優しい義弟に支えられ今世では自分のために生きようとするが…。

女性として見れない私は、もう不要な様です〜俺の事は忘れて幸せになって欲しい。と言われたのでそうする事にした結果〜

流雲青人
恋愛
子爵令嬢のプレセアは目の前に広がる光景に静かに涙を零した。 偶然にも居合わせてしまったのだ。 学園の裏庭で、婚約者がプレセアの友人へと告白している場面に。 そして後日、婚約者に呼び出され告げられた。 「君を女性として見ることが出来ない」 幼馴染であり、共に過ごして来た時間はとても長い。 その中でどうやら彼はプレセアを友人以上として見れなくなってしまったらしい。 「俺の事は忘れて幸せになって欲しい。君は幸せになるべき人だから」 大切な二人だからこそ、清く身を引いて、大好きな人と友人の恋を応援したい。 そう思っている筈なのに、恋心がその気持ちを邪魔してきて...。 ※ ゆるふわ設定です。 完結しました。

貴方といると、お茶が不味い

わらびもち
恋愛
貴方の婚約者は私。 なのに貴方は私との逢瀬に別の女性を同伴する。 王太子殿下の婚約者である令嬢を―――。

処理中です...