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幻想と真実を追う者
【18】真実を開ける者(1)
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「父上は、誰にも言わず……再建しようとしていたんです。涼舞城を」
颯唏は琉倚の前に紙を置く。琉倚がつられるように視線を動かし、見入る。
見取り図だ。
颯唏は更に数枚に手を伸ばす。その数枚も見取り図。全体的に似たもの、細部だけが違うもあるが、描かれている場所が別々かのような構図のものもある。
琉倚がそれらにも見入ると、颯唏はまた数枚を手に取る。今度は様々な城の外観や、風景画。
「色々と……ありますよね。俺も驚きました。多分……決まらなかったんです」
迷いを示すように色違いのものまで多種多様だ。
「父上は、涼舞城に行ったことが……なかったから」
颯唏が悲しげな声で静かに呟くと、琉倚の視線が颯唏へと動いた。それに気づき、颯唏は無理に笑う。
琉倚は何も言えないのか。暫時、ふたりは見つめ合う。
すっと颯唏の唇が開いた。
だが、声は聞こえない。何かを言おうとし、声にしないまま唇を閉じる。
「何?」
やわらかい口調で琉倚が聞く。すると、颯唏はためらいながらも発する。
「琉倚姫にとっては、辛いことだと思います。でも、俺は……琉倚姫に酷いお願いばかりをします」
颯唏の眉間に皺が寄る。大きく息を吸い、琉倚を見つめる。
「一緒に、決めてくれませんか?」
懇願するように、更に一言。
「俺とともに背負ってくれる人は、琉倚姫しかいないのです」
卑怯な手段だ。颯唏は自覚している。
琉倚はまた視線を下げ、架空の城を見つめる。そうして、ちいさな返事をした。
「わかった」
琉倚の勇気で颯唏の胸はいっぱいになる。
「ありがとうございます!」
抱き締め、すぐに離れて詫び、離れる。そうして、ぎこちない距離感のまま、ふたりは沙稀の遺した作画を見、どう進めていくかと話した。
夕食の時間が近づき、颯唏は大臣に報告の電話をする。涼舞の再建を琉倚が協力してくれると颯唏が伝えると、
「わかりました」
と大臣は言い、すぐに電話は終わった。颯唏が呆気にとられていると、ほどなくしてノック音がする。
「食事の用意ができたのかもしれません」
笑顔で琉倚に言い、颯唏は扉を開ける。すると、大臣だった。
颯唏は目を丸くする。
「琉倚はいますか?」
大臣の声に琉倚が椅子から飛び降り、駆けつけてくる。そのまま大臣は琉倚と歩き初め、颯唏は咄嗟に口を開く。
「どこに……」
「客室へと案内します。琉倚、あなたにはしばらく鴻嫗城に滞在することを許可します」
「はい」
一瞬だけ足を止め、大臣は颯唏に告げたが、すぐに琉倚に向き直り部屋から遠ざかっていく。
止める間もなく颯唏は取り残され、みるみる口がへの字になっていく。
不服の事態だ。
そもそも颯唏が婚約を申し込んだ。琉倚は颯唏の根気に負けて、鴻嫗城に来てくれたに過ぎずない。
尚且つ、颯唏が懇願し協力をしてくれることになったにも関わらず、『しばらくの滞在を許可する』という言い方はおかしいと納得ができない。
けれど、颯唏は大臣にとって琉倚はそれほどに大切な存在だと、今回は飲み込むことにした。
それに、大臣のことだ。颯唏の出方次第で策を打ってくるのかもしれない。
もどかしくとも、待つしかないと颯唏は判断する。琉倚の協力まで白紙に戻されるわけにはいかない。
颯唏は様子をみることにした。
琉倚には長期滞在用の客間が与えられるはず。大臣に聞かずとも、食事係に聞けば場所の特定はできる。
颯唏はダイニングテーブルに広がった紙の束の光景を遠目に見る。琉倚が、先ほどまでここにいた。それだけで何歩も前進している。
ただし、これからだ。
漠然とでも再建する姿を固めてからでなければ、土地の購入を始めとした現実的な一歩は踏み出せない。
焦るなと、焦る心に言い聞かす。前進するのみ、振り向かないと己を奮い立たせる。
翌日から颯唏は、琉倚の部屋まで朝の迎えと夜の見送りを甲斐甲斐しくする。昼間は多量の紙との格闘だ。
見取り図も風景も、外観なども涼舞城と似ている部分のある物を琉倚が選ぶが、颯唏には関連性を見出せず。それぞれを比べてどう似ているのかと聞いた。
それを何日も何日も繰り返し、得た情報から颯唏が組み合わせ直し、琉倚に再び確認をしながら再作成をしていく。
何ヶ月もかかり、ようやく暫定的なものが見えてきた。
疲労がないと言えば、嘘になる。特に琉倚の精神的負担は大きいだろう。それでも、琉倚は根を上げず颯唏に付き合い続けてくれる。
だからこそ、夕飯前に颯唏は毎日作業を切り上げ、琉倚を客間まで送る。距離にすれば短いようで遠く、遠いようで短い。颯唏にとっては言いたいことを整理しようとするだけで時間になってしまう距離だ。
琉倚から口を開くことはない。気持ちが傾きもしないのだろう。まっすぐ前を向いて歩き、ちいさな背は颯唏が呼びかけない限り止まりも振り返りもしない。
フワフワのリラの髪を、細い腕を、ピンと伸びた背筋を──手に収めたい衝動を抑制するだけで精一杯になる。
「ありがとうございました。また明日」
精一杯の言葉を颯唏が紡げば、
「お疲れ様、颯唏くん」
と、琉倚は定型文のような言葉を残して扉を閉める。
パタリと閉まる光景も、カチャリと閉まる鍵の音も、当然といえば当然なのに、颯唏の想いは沈む。
颯唏はトボトボと踵を返す。琉倚と望む関係を、颯唏は正式に結べないままだ。距離の縮め方にこんなにも悩む日が来るとは思ってもいなかった。
何度、朝食を一緒に食べようと言ってみようと思ったか。何度、こらから一緒に夕食を食べようと言おうと思ったか。
食事に誘うくらいすれば、距離は縮まるのかもしれない。かんたんなことと思いながらも、どうしても言えないままでいる。言おうとする度に、もう一言が浮かぶのだ。
──だけど、拒否されたら?
否定が同時に浮かぶから、踏み込めずにいる。拒否されるのを、以上に恐れている。
後退しない、振り返らないと決めているのに、琉倚に拒否された事実が効いている。見放されることを恐れている。
こんなに、好きになるとは思ってもいなかった。
大臣からの言動はない。
まるで、初めから婚約の話など颯唏が出さなかったかのように。
涼舞城の再建が実現のものになりつつあると進展を実感できるのに、身の行く末が見えずに焦燥感が募る。
まだ焦る年齢ではない。それに、まだ結婚できる年齢でもない。けれども、不安で仕方ないのだ。琉倚が、いつでも結婚できる年齢だから。
見た目は颯唏よりも年下にしか見えないのに、声も子どもそのものなのに、妙に淡々と話す口調はいつもどこか冷めている。琉倚の瞳も同様だ。
──琉倚姫の瞳は……。
何を映しているのだろう──考えるまでもない。毎日見つめる数々の用紙の奥に、それらを描いた人物を見ていると断言できる。琉倚がこれまで色めいたのは、その人物の名を口にしたときだけなのだから。
悔しさはない。
その人物のお陰で、琉倚はこうして鴻嫗城にいる。
考えが一周したかのように、颯唏はため息を吐く。
──そろそろ……大臣に動いてもらうしかないか。
明日から、内部の詳細に着手する。琉倚には自身も過ごす城として想像してもらいたい。
強行手段となっても構わない。そういう道を行くと決め、進んできた。
颯唏はグッと拳を握り、大臣の部屋へと向かう。
絨毯が赤から紫紺へと変わり、颯唏の心はより陰る。
琉倚を誰にも渡したくない。けれど、琉倚のことは恋愛感情とは別の軸の話だ。琉倚が必須で、要求する立場は充分すぎるほど持っている。
仮に想い人が琉倚以外だったとしても、颯唏は迷わずに琉倚を選ぶ。
この紫紺の絨毯が汚されたのは、いつからだろう。颯唏の心にぽっかりと開いた穴。罪の証。消えるものでも、消せるものでも、切り離せるものでもないのだ。
怯んで二の足を踏んでいる場合ではない。颯唏はしっかりと前を向き直す。
言わば懺悔だ。すべてを終わらせるための。
腹を括り、颯唏は大臣の部屋を強くノックする。
扉を開けた大臣は、口を一文字にした颯唏を見、何の話か察したようだった。
部屋に入るなり、颯唏は大臣に詰め寄る。
颯唏は琉倚の前に紙を置く。琉倚がつられるように視線を動かし、見入る。
見取り図だ。
颯唏は更に数枚に手を伸ばす。その数枚も見取り図。全体的に似たもの、細部だけが違うもあるが、描かれている場所が別々かのような構図のものもある。
琉倚がそれらにも見入ると、颯唏はまた数枚を手に取る。今度は様々な城の外観や、風景画。
「色々と……ありますよね。俺も驚きました。多分……決まらなかったんです」
迷いを示すように色違いのものまで多種多様だ。
「父上は、涼舞城に行ったことが……なかったから」
颯唏が悲しげな声で静かに呟くと、琉倚の視線が颯唏へと動いた。それに気づき、颯唏は無理に笑う。
琉倚は何も言えないのか。暫時、ふたりは見つめ合う。
すっと颯唏の唇が開いた。
だが、声は聞こえない。何かを言おうとし、声にしないまま唇を閉じる。
「何?」
やわらかい口調で琉倚が聞く。すると、颯唏はためらいながらも発する。
「琉倚姫にとっては、辛いことだと思います。でも、俺は……琉倚姫に酷いお願いばかりをします」
颯唏の眉間に皺が寄る。大きく息を吸い、琉倚を見つめる。
「一緒に、決めてくれませんか?」
懇願するように、更に一言。
「俺とともに背負ってくれる人は、琉倚姫しかいないのです」
卑怯な手段だ。颯唏は自覚している。
琉倚はまた視線を下げ、架空の城を見つめる。そうして、ちいさな返事をした。
「わかった」
琉倚の勇気で颯唏の胸はいっぱいになる。
「ありがとうございます!」
抱き締め、すぐに離れて詫び、離れる。そうして、ぎこちない距離感のまま、ふたりは沙稀の遺した作画を見、どう進めていくかと話した。
夕食の時間が近づき、颯唏は大臣に報告の電話をする。涼舞の再建を琉倚が協力してくれると颯唏が伝えると、
「わかりました」
と大臣は言い、すぐに電話は終わった。颯唏が呆気にとられていると、ほどなくしてノック音がする。
「食事の用意ができたのかもしれません」
笑顔で琉倚に言い、颯唏は扉を開ける。すると、大臣だった。
颯唏は目を丸くする。
「琉倚はいますか?」
大臣の声に琉倚が椅子から飛び降り、駆けつけてくる。そのまま大臣は琉倚と歩き初め、颯唏は咄嗟に口を開く。
「どこに……」
「客室へと案内します。琉倚、あなたにはしばらく鴻嫗城に滞在することを許可します」
「はい」
一瞬だけ足を止め、大臣は颯唏に告げたが、すぐに琉倚に向き直り部屋から遠ざかっていく。
止める間もなく颯唏は取り残され、みるみる口がへの字になっていく。
不服の事態だ。
そもそも颯唏が婚約を申し込んだ。琉倚は颯唏の根気に負けて、鴻嫗城に来てくれたに過ぎずない。
尚且つ、颯唏が懇願し協力をしてくれることになったにも関わらず、『しばらくの滞在を許可する』という言い方はおかしいと納得ができない。
けれど、颯唏は大臣にとって琉倚はそれほどに大切な存在だと、今回は飲み込むことにした。
それに、大臣のことだ。颯唏の出方次第で策を打ってくるのかもしれない。
もどかしくとも、待つしかないと颯唏は判断する。琉倚の協力まで白紙に戻されるわけにはいかない。
颯唏は様子をみることにした。
琉倚には長期滞在用の客間が与えられるはず。大臣に聞かずとも、食事係に聞けば場所の特定はできる。
颯唏はダイニングテーブルに広がった紙の束の光景を遠目に見る。琉倚が、先ほどまでここにいた。それだけで何歩も前進している。
ただし、これからだ。
漠然とでも再建する姿を固めてからでなければ、土地の購入を始めとした現実的な一歩は踏み出せない。
焦るなと、焦る心に言い聞かす。前進するのみ、振り向かないと己を奮い立たせる。
翌日から颯唏は、琉倚の部屋まで朝の迎えと夜の見送りを甲斐甲斐しくする。昼間は多量の紙との格闘だ。
見取り図も風景も、外観なども涼舞城と似ている部分のある物を琉倚が選ぶが、颯唏には関連性を見出せず。それぞれを比べてどう似ているのかと聞いた。
それを何日も何日も繰り返し、得た情報から颯唏が組み合わせ直し、琉倚に再び確認をしながら再作成をしていく。
何ヶ月もかかり、ようやく暫定的なものが見えてきた。
疲労がないと言えば、嘘になる。特に琉倚の精神的負担は大きいだろう。それでも、琉倚は根を上げず颯唏に付き合い続けてくれる。
だからこそ、夕飯前に颯唏は毎日作業を切り上げ、琉倚を客間まで送る。距離にすれば短いようで遠く、遠いようで短い。颯唏にとっては言いたいことを整理しようとするだけで時間になってしまう距離だ。
琉倚から口を開くことはない。気持ちが傾きもしないのだろう。まっすぐ前を向いて歩き、ちいさな背は颯唏が呼びかけない限り止まりも振り返りもしない。
フワフワのリラの髪を、細い腕を、ピンと伸びた背筋を──手に収めたい衝動を抑制するだけで精一杯になる。
「ありがとうございました。また明日」
精一杯の言葉を颯唏が紡げば、
「お疲れ様、颯唏くん」
と、琉倚は定型文のような言葉を残して扉を閉める。
パタリと閉まる光景も、カチャリと閉まる鍵の音も、当然といえば当然なのに、颯唏の想いは沈む。
颯唏はトボトボと踵を返す。琉倚と望む関係を、颯唏は正式に結べないままだ。距離の縮め方にこんなにも悩む日が来るとは思ってもいなかった。
何度、朝食を一緒に食べようと言ってみようと思ったか。何度、こらから一緒に夕食を食べようと言おうと思ったか。
食事に誘うくらいすれば、距離は縮まるのかもしれない。かんたんなことと思いながらも、どうしても言えないままでいる。言おうとする度に、もう一言が浮かぶのだ。
──だけど、拒否されたら?
否定が同時に浮かぶから、踏み込めずにいる。拒否されるのを、以上に恐れている。
後退しない、振り返らないと決めているのに、琉倚に拒否された事実が効いている。見放されることを恐れている。
こんなに、好きになるとは思ってもいなかった。
大臣からの言動はない。
まるで、初めから婚約の話など颯唏が出さなかったかのように。
涼舞城の再建が実現のものになりつつあると進展を実感できるのに、身の行く末が見えずに焦燥感が募る。
まだ焦る年齢ではない。それに、まだ結婚できる年齢でもない。けれども、不安で仕方ないのだ。琉倚が、いつでも結婚できる年齢だから。
見た目は颯唏よりも年下にしか見えないのに、声も子どもそのものなのに、妙に淡々と話す口調はいつもどこか冷めている。琉倚の瞳も同様だ。
──琉倚姫の瞳は……。
何を映しているのだろう──考えるまでもない。毎日見つめる数々の用紙の奥に、それらを描いた人物を見ていると断言できる。琉倚がこれまで色めいたのは、その人物の名を口にしたときだけなのだから。
悔しさはない。
その人物のお陰で、琉倚はこうして鴻嫗城にいる。
考えが一周したかのように、颯唏はため息を吐く。
──そろそろ……大臣に動いてもらうしかないか。
明日から、内部の詳細に着手する。琉倚には自身も過ごす城として想像してもらいたい。
強行手段となっても構わない。そういう道を行くと決め、進んできた。
颯唏はグッと拳を握り、大臣の部屋へと向かう。
絨毯が赤から紫紺へと変わり、颯唏の心はより陰る。
琉倚を誰にも渡したくない。けれど、琉倚のことは恋愛感情とは別の軸の話だ。琉倚が必須で、要求する立場は充分すぎるほど持っている。
仮に想い人が琉倚以外だったとしても、颯唏は迷わずに琉倚を選ぶ。
この紫紺の絨毯が汚されたのは、いつからだろう。颯唏の心にぽっかりと開いた穴。罪の証。消えるものでも、消せるものでも、切り離せるものでもないのだ。
怯んで二の足を踏んでいる場合ではない。颯唏はしっかりと前を向き直す。
言わば懺悔だ。すべてを終わらせるための。
腹を括り、颯唏は大臣の部屋を強くノックする。
扉を開けた大臣は、口を一文字にした颯唏を見、何の話か察したようだった。
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