完結まで5話【女神回収プログラム ~三回転生したその先に~】姫の側近の剣士の、決して口外できない秘密は

呂兎来 弥欷助(呂彪 弥欷助)

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『第二部【後半】幻想と真実』 未来と過去に向かって

【11】発言(2)

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 父は、母と結婚をする前に世話になっていた人の娘と付き合っていて、その人がリュウの母だと言っていた。過去に『色々あった』とだけ父は言ったが、レキにとっては処理が追いついていない。
 だからと言って、リュウからは話しかけられないだろうと気にかける。リュウ瑠既リュウキを『父』と認識し、育ってきた様子。『父の家族』としてレキたちを知っているのなら、事情を理解している分、余計に気まずいかもしれない。
「おめでとうございます」
 レキは深々と頭を下げた。庾月ユツキの婚約者への対応として、無難だと選んで。──しかし。
「ありがとう……ございます」
 聞こえてきた言葉は戸惑いを過分に含んでいる。
 一度途切れ、続いた声にレキは奥歯を噛む。
「やめてください、俺に敬語なんて使うの」
「いや、でも……」
 リュウの挙動があからさまに身分の差を表し、レキの心は乱れそうになる。けれど、レキはグッと呑み込む。
 リュウが悪いのでもない。父が悪いのでもない。当然、庾月ユツキのせいでもない。
 認められていないレキ自身が悪いと自戒する。
「俺は……貴男の、弟にあたります……」
 リュウは持つはずの色彩を持っていない。だが、レキはそれをあえて指摘しようとは思えなかった。
 本来持つべき色彩だけで血縁を否定することは、沙稀イサキを否定することと同様と感じたのだ。
『色々あった』──父がその一言で過去の説明を終わらせたのは、そういう意図もあったのだろう。詮索してすべてを知っても、きっと結果は『聞かなければよかった』と後悔する。
 本当は、レキの抱えるモヤモヤはもっと違うところにあったと、己の気持ちを知ることとなる。レキはどちらかといえば母似で、昔から父よりも母の方が話しやすかった。そのせいか、気持ちも母と少し似たのかもしれない。父を少し遠くに感じ、憧れのように見ていた。
 その父の、ひとり息子だと自負している気持ちが、心の片隅にあったのだ。
 それが、壊されたような──大事なものすべてを奪われたような、そんな気持ちが抱えた思いの正体だった。
「すみません」
 リュウが謝り、レキは妙に腹が立つ。
 ただし、原因はレキ自身にあると気づいた以上、リュウに怒りをぶつけたら八つ当たりになってしまう。
 レキは深呼吸をし、冷静になろうと心がける。
「いいんです。……いや、貴男でよかったです」
 父の『もうひとりの息子』であるなら、他の誰よりもよかったと本心で思える。いや、何よりも庾月ユツキが選んだ相手なのだから、『リュウでよかった』のだ。
 何とかレキが気持ちの整理をつけようとしていると、ふいに意外な言葉が聞こえた。
「もしかして……庾月ユツキのことを?」
 弱々しい声に、ギクリとする。
 一度はケリをつけた想い。けれど、消えていないとも自覚していた。庾月ユツキが『婚約者』を連れて来ると聞いて、気持ちが大きく揺れたから。
 ただ、奪う気は毛頭ない。
 何よりも願うのは、庾月ユツキの幸せ。──だから、リュウにはどうしても伝えておきたいと、願った。たとえ、想い人に伝わってはいけない気持ちを交えても。
 レキは、おもむに口を開く。
「俺は、幼いころから『鴻嫗トキウ城』に関して深い知識を与えられて育ちました。……叶わないと知っていました。願ってはいけないと思っていました。俺の身分では、庾月ユツキは届かないと……想ってはいけない存在だったのです。俺からは言ってはいけない……そんな、遠い存在の人です。庾月ユツキは」
 いつになく声は沈んでいる。言葉に出せば、こんなにも悔しいと思い知る。
 レキは涙を瞳に留め、悔しさを受け入れる。
「幸せにしてください」
 身分では庾月ユツキに届かないと、ずっと想いを伝えずに過ごしてきた。それなのに、庾月ユツキが選んだ相手は、『身分』を意識しないで過ごしてきた人物だった。生きる世界そのものが違う、俗世間の──。
「約束します」
 父が同じで、本妻の子ではないと世間から存在を隠して生きてきたような──いいや、育ての親にはたくさん愛されて育ってきたのだろう。だからこそ、城でもない生家を捨てられないと、逆に庾月ユツキが行くとまで言い出した。
 レキは誠心誠意、深く頭を下げる。
「お願いします」
 庾月ユツキが選んだ人物だから――それだけで。レキの望みをかんたんに叶える人物だったから。



 夜空にかすかな光が混ざり始める。

 颯唏サツキの疑問への正解は、レキには答えられない。その当時は庾月ユツキがなるべく元気でいられるようにと、レキは気を張りつめているのが精一杯だった。
 レキがその場に立ち会っていない以上、父と大臣の発言でしか判断がつけられない。だからといって、父に颯唏サツキの疑問を問うことはできないし、安易に颯唏サツキに現状が正しいとも言ってあげられない。
 リュウ庾月ユツキと結ばれてよかったと心底思う。颯唏サツキが望むように、義兄にはなれた。多少、形は違っていても。
「四、五日離れるって知ったら、颯唏サツキは寂しがるかなぁ……」
 かわいい義弟を想像して笑う。
 颯唏サツキに言ったことは本音だ。今は颯唏サツキが一番の気がかりで、恋愛に回せる意識がない。
 レキはベッドに戻り身を横たえると、そのまま幸せそうに眠った。



 翌日も鴻嫗トキウ城へと稽古に行ったレキは、颯唏サツキに数日の不在を告げる。
「ふ~ん……」
 無関心な返事をする颯唏サツキを『強がっている』とレキは判断したが、若干の寂しさを覚えた。颯唏サツキの手をいつかは離さないといけないが、今すぐと言われればレキが離したくないと気づかされる。
 レキも十六歳。ひとり立ちのできる年齢が近づいていると、そろそろしっかりしなくてはと腹を括る。

 そうして一週間が過ぎ、鴻嫗トキウ城の正面の入り口には二台の馬車が用意される。
「お気をつけて」
 大臣がそう言えば、瑠既リュウキは軽く手を上げ馬車へと向かう。皆が一礼して続き、レキも同様に足を踏み出せば、背後から甘える声が聞こえた。
レキニイまで行っちゃうの?」
 振り返れば、未だ子どもの表情を見せる颯唏サツキがいる。つい、レキの頬がゆるむ。
「一週間も会えないわけじゃないから」
「でも……」
 うつむく颯唏サツキに、レキは冗談を言う。
「じゃあ颯唏サツキも、俺たち家族と一緒に行く?」
 颯唏サツキは『ん~』と声にならぬ声でうなる。自分では判断できないのだろう。すぐ右側にいる護衛に視線を移す。
 視線の合った羅凍ラトウは『どうするんですか?』と表情で呼びかけた。そこへ、瑠既リュウキの声が飛ぶ。
「こら、颯唏サツキ羅凍ラトウを困らせるな。……レキも、颯唏サツキを甘やかしてばかりいるな」
 レキの背筋がピッと伸びる。
「ごめんね、行ってくるね」
 咄嗟にレキは謝ったが、颯唏サツキはムッとした視線を瑠既リュウキへと向ける。それにも瑠既リュウキは気づいたのか、『それに』と続け、
「俺たちは『家族』の話をしてくるんだ。颯唏サツキは大人しく恭良ユキヅキのそばにいろ」
 と、突き放す。
 颯唏サツキはしょんぼりというよりも、すっかりふてくされていて、
「行ってらっしゃい、レキニイ
 と、強がり片手で別れを告げる。
 レキは苦笑いだ。やはりまだまだ、颯唏サツキがかわいらしい。
「行ってきます。羅凍ラトウ、頼んだよ」
 手を振り返し、後ろ髪をひかれながらも馬車に乗り込む。

 颯唏サツキが気になるが、レキは振り返らない。颯唏サツキ羅凍ラトウにもそれなりに懐いている。
 きちんと颯唏サツキが寂しがってくれることに喜びを覚えつつ、レキは浮かれる姉たちとの談笑を楽しんだ。
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