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【51】回想3(2)

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「もし、子どもが生まれたら……連れてきなよ。父親に子どもが会うんだったら、正当な理由だろ。外の世界が邪悪にまみれたものか、子どもに知る権利があるはずだ。丞樺ショウカさんだって、俺が克主研究所ココにいて、子どもが会いに来ているなら……またいつだって口実つけて、出て来られるだろ?」
 丞樺ショウカは驚いたように目を丸くして、首を傾げる。
「そう、ですね」
「俺には丞樺ショウカさんがどうしてあの町に帰りたいと思ったのかわからないけど、片道切符じゃないから。克主研究所ココじゃなくたって、丞樺ショウカさんなら研究者を続けられるさ。いつだってさ」
充忠ミナルさんにそう言ってもらえると……そんな気がします」
「そう。じゃあ、忘れないで」
「ありがとうございます。私、やっぱり充忠ミナルさんを好きになってよかったです」


 間もなく、丞樺ショウカ克主ナリス研究所を後にした。それから一年して、丞樺ショウカは息子を連れてくる。
 年に数回、息子の成長を見せに来ては、丞樺ショウカはすやすやと一日中眠り続ける。あの町で、どんなに多くの人を救っているのか、どれだけの激務か、充忠ミナルには想像もつかない。


 馨民カミン丞樺ショウカと同じ年に女の子を出産した。ちいさな命は『岷音ミント』と名付けた。

 丞樺ショウカの連れてくる息子と岷音ミントを、馨民カミンは分け隔てなくかわいがる。世話を一緒に見たり、兄妹のように子どもたちを遊ばせたりする。
「子どもに罪はないし」
 と言ったり、
「私も、充忠ミナルと考えが似ているのかもしれないわね」
 と言ったりする。その割に、一日中寝ている丞樺ショウカに文句も言わない。あの町のことを馨民カミンはまったく知らないのに、丞樺ショウカが疲れているとわかるのか。労い、労わり、
「また、いつでも来てね」
 と笑顔で見送る。
 馨民カミンも、父親を知らない。母の釈来シャクナ馨民カミンの父親はわからないと言うのだから、知りようがないと当たり前のように言う。馨民カミン釈来シャクナがひとりで産み、精一杯育ててくれたことに感謝しているのだろう。
 子育ての大変さも、身に染みているのだろう。丞樺ショウカを、よき友と思っているのかもしれない。


 馨民カミン岷音ミントを産んだ直後に、忒畝トクセが様子を見に来たと話したことがあった。


「おめでとう」
 忙しいだろうに、喜々として駆けつけてきたらしい。
 娘を抱き幸せを噛みしめていた馨民カミンは、忒畝トクセに言った。
「ねぇ、抱っこしてあげて」
 馨民カミンが催促をすると、忒畝トクセは驚いた様子だったと言う。それはそうだ。充忠ミナルが来る前だったと言うのだから。
 馨民カミンが娘を渡そうとすると、忒畝トクセは慌てながらも抱き上げ、それはうれしそうに微笑んだと言う。
「かわいいね」
 忒畝トクセは慣れた手つきで岷音ミントをあやし、幸せそうだったそうだ。──その様子を見た馨民カミンは、自分と同じ憧れを抱きながらも忒畝トクセは憧れを手放したとしみじみ思い、自然と涙が零れた。
 不意に忒畝トクセと視線が合い、馨民カミンは照れた笑いをした。

「幸せ過ぎると人って泣けるのね」

 忒畝トクセに、初めて嘘をついた──と、馨民カミン充忠ミナルに話したのは、忒畝トクセに二度と詫びることができなくなったからかもしれない。


 そういえば、産後の馨民カミンが適度に動けるようになったころ、充忠ミナル釈来シャクナの職場に赴いた。
 釈来シャクナは初孫を満足そうに見て、けれど、どこか他人事のようだった。
「『みんな友達』って意味なのよね?」
「母さんが言うと、何かが違うわ」
 馨民カミンが冷静に突っ込む。
「本当は?」
 酉惟ユイ充忠ミナルに尋ねる。
「俺たちが『三人で親友だった』ってことを、何かで残したくて。……って、酉惟ユイさん、照れます。こういう話」
 真面目に答え始めたが、急に充忠ミナルは恥ずかしくなった。口ごもったような充忠ミナルに構わず、釈来シャクナがパッと明るくケラっとした声を出す。
「ほら。『みんな友達』って意味じゃない」
「だから、母さんが言うと何かが違うの」
 馨民カミンはどこか恥ずかしそうだった。
 充忠ミナルは母娘で二人三脚してきたふたりならではの会話だなと聞いていたが、
「ねぇ?」
 と馨民カミンに同意を求められ、充忠ミナルは苦笑した。

 合同の誕生日会をする仲だったのに、忒畝トクセがしないと言ったと聞いたとき、充忠ミナルは無性に腹立たしかった。無理にでも連れ出そうと思ったほどだ。
 充忠ミナルにとって、忒畝トクセは間違いなく『家族』だった。弟でもなく、兄でもなく、もちろん親でもないが、『家族』だったのだ。
忒畝アイツは自分の何かを残そうとしつつも、全部を……消そうともしている気がして」
 ポツリと言葉がもれた。
 無理にでも連れ出さなかったのは、忒畝トクセを追い詰める結果になってしまったら、『僕がいなくなってから、違和感を抱いてほしくない』と言われそうだったからだ。
 忒畝トクセは死を迎える準備をしているようだった。それを、明白な言葉で突きつけられたくはなかったのだ。
忒畝アイツ……一回、本気で殴んないと俺の気持ちなんか、わかんないんだろぉな」
「熱い男の友情っていうより……深いね」
 酉惟ユイはポツンと充忠ミナルに言葉を投げた。言葉を受け、充忠ミナルは背筋を伸ばす。
「何なんでしょうね。もちろん、息子っていう感覚でもないし、弟や兄っていう感覚でもないのに……昔っから忒畝アイツのこと、放っておけなくて」
充忠ミナル君は、面倒見がいいからじゃない?」
「苦労人ってことですか?」
 感情の込められていない言葉に、酉惟ユイは目を細めた。
「ある意味ね」
「ストレスで身体的な影響が出ないように……と、願っておきます」
 酉惟ユイが吹き出し、充忠ミナルは目を丸くする。
「それは大丈夫でしょ。充忠ミナル君、打たれ強いから」
酉惟ユイさんにそう言って頂けるのは光栄ですが」
「が?」
「いいえ」
 充忠ミナルは先々を思い、自然と言葉を閉ざした。
 酉惟ユイ釈来シャクナの職場の鬼の門番と呼ばれる人物。釈来シャクナとの良好な関係を維持するには、酉惟ユイとも良好な関係の維持が必須だ。
「ほら、充忠ミナル君は強がったりしないでしょ? それが『強さ』だよ」
 意外な言葉だった。
 酉惟ユイは昔から釈来シャクナとも悠畝ヒサセとも懇意の仲だと耳にしたことがある。酉惟ユイが、悠畝ヒサセに親し気にしている様子を目にしたことはない。逆に、悠畝ヒサセ酉惟ユイに笑みを投げかけていた記憶もないが。
「そうなんですかねぇ」
 ふたりにはふたりの間柄でしかわからないこともある。充忠ミナルはそんなことを思いながら、忒畝トクセを浮かべていた。
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