完結まで5話【女神回収プログラム ~三回転生したその先に~】姫の側近の剣士の、決して口外できない秘密は

呂兎来 弥欷助(呂彪 弥欷助)

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思い出

【34】名前(2)

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沙稀イサキも駄目だと思う?」
「正直驚いた。ただ、悪い意図がないなら、レイが物心ついてからも……傷つくことはないだろう」
「そっか。……今後は気をつけます」
 悲しみが繋がっていくことを瑠既リュウキは望んだわけではない。その不満が口からこぼれて、内面を口に出してしまったと、瑠既リュウキは気づく。
 パッと表情を変え、
「じゃあ、またね」
 と、切り替えて飄々と振る舞い、手を振って帰っていく。

 取り残された大臣と沙稀イサキは、瑠既リュウキの背を見ながら呆然と呟く。
「何だろうね、あの自由さは」
「育ち……ですかね」
「そうか、育ちか。それなら、俺は鴻嫗城ココに残れただけ……よかったんだろうな」
沙稀イサキ様は、自由ですか? 不自由ではないですか?」
『自由だ』と言おうとしたが、瑠既リュウキの姿が離れず、沙稀イサキは言葉を選ぶ。
「俺にはある程度の自由くらいが、ちょうどいい」
 沙稀イサキの言葉に、大臣は安心したようだった。そんな大臣を、沙稀イサキはやさしく見つめる。
「大臣は?」
 沙稀イサキには、深い意味はない。
 けれど、大臣にとっては過去を呼び起こした。大臣が鴻嫗トキウ城から解放される日が来ないのは、本人がよくわかっている。囚われた状態になることも、自由を捨てたのも、本人の意思だ。
「昔……沙稀イサキ様の髪を、無理に染めたことがありましたね」
「ああ、そんなことも……あったね」
 途中からリラに変わった髪を、瞳を、大臣はどう見ていたのか。沙稀イサキには興味のある話だ。
「あれでも、私も悩んだのですよ? 染めるのと、切るのではどちらの方がいいのかと」
 沙稀イサキは耳を疑う。まさか、と。
 どちらがいいのかと問われたとき、選択肢を問答無用で一択にするためだけに『切る』と言われたとずっと思っていたから。
 長髪を短く切る――その行動は貴族にとっては血筋との決別を意味する。だから、沙稀イサキは幼いころ、従わなければ切られると判断して、染めるという一択を呑んだのだ。
「私自身も切れませんでした。染める方が、気が楽でした。貴男も同じかと……染める方を選びました」
「いつの話?」
 大臣の出生を、沙稀イサキは考えたことがない。誰にでも知られたくない過去はある。身をもって体験をしたことも、沙稀イサキにはある。
 これまで大臣が、沙稀イサキに出生を話すなど一切なかった。同じように大臣も『貴族』として生まれ育ったのだと、初めて知る。
 城を出た者が出生を隠すため、象徴となる髪の色を変えることは少なくない。
「貴男たちが産まれる前の話です」
 沙稀イサキたちが幼いころ、大臣は二十代後半から三十代前半だった。淡く桃色がかっている紫は長く、肩より十センチほど下だっただろうか。髪の毛の長さはあまり変わっていないが、ひとつに纏まった髪は、瞳よりも薄い色をしていた。
 瞳は今でも変わらない。ライラックだ。
 沙稀イサキが七歳で深い眠りにつき、再び意識を取り戻したとき、大臣は三十五歳前後だったはず。若くして、その髪は白髪に変わっていたが。
 そういえば、沙稀イサキが剣士になってから、大臣の髪は年々、少しずつ短くなった気がする。それでも、既定の範囲は、きちんと守られている。
 沙稀イサキはおそるおそる聞く。
「今は……もう染めては、ない?」
「はい」
「瞳は?」
「カラーコンタクトです」
 大臣は沙稀イサキの問いに淡々と答える。
 沙稀イサキは迷う。どこまで聞いていいのかと。
 大臣は以前、『肩の荷が降りた』と言っていた。今だからこそ、吐き出せることもあるのかもしれない──沙稀イサキはできる限り、大臣の話を聞きたかった。辛かった過去を解放するのが、今かも知れないと感じて。
「名前」
 幼いころから知りたかった、大臣を示す唯一無二のもの。沙稀イサキにとっては、大臣の出生を知るよりも知りたいことだ。
 知っている大臣の名が仮名だと、母にさえ名を偽っていたと知ったとき、沙稀イサキは大きなショックを受けた。あれは、いつだったか。物心がついて、まもなくだったかもしれない。
 沙稀イサキが幼いころは、大臣が頼りだった。憧れを、追いかける道標を、教えてくれる人物だった。
 大きなショックを振り払うように、沙稀イサキ瑠既リュウキも、それから大臣を名で呼ばなくなった。『大臣』としか、双子が呼ばなくなったのを、大臣も気づいているだろう。
「名前は、本当に仮名なのか?」
 偽りの王が来たとき、その名を知り、幼い双子はまた大きなショックを受けた。母と結婚すると紹介された男もまた、『世良イヅキ』と言った。尚且つ、こちらは本名だった。
世良イヅキ』は双子にとって、大臣を示す名。だから、沙稀イサキも、瑠既リュウキも忌々しく思いながらも、偽りの王だとしても、あの男を『王』と言い表し、『呼名』と割り切ったのだ。
 それだけ『世良イヅキ』という名が双子にとっては大切な名であり、憎らしい人物の名に置き換えたくない名だった。
 そんな沙稀イサキの気持ちを知らずか、
「はい」
 と、大臣は迷わずに答える。それが、沙稀イサキには辛い。大事に思ってきた『世良イヅキ』という名は、忌々しい名で正となる。
「もう、大臣の過去を知る者はいないだろう? だから、本名を名乗っても……」
「嫌です」
「どうして!」
 沙稀イサキはもどかしい気持ちをぶつける。瞬時、いけないことをしたと、後悔した。辛い過去と向き合おうとする苦しさは知っている。それなのに、大臣に追い打ちをかける真似をしてしまった。
 咄嗟に口を閉じた沙稀イサキの後悔を大臣は感じたのか、呟くように言葉がこぼれる。
「名が嫌いだから変えただけです。他に理由はありません」
 沙稀イサキの心配をよそに、大臣は清々しい顔をしている。それを見て沙稀イサキは、なぜか胸がザワザワとした。
「何か……俺たちに隠してないよな?」
「貴男方に何かを隠して、私に何のメリットがあるのですか」
 素早い回答、それが沙稀イサキの救いになる。そうだと、沙稀イサキは納得する。
 ずっと、鴻嫗コノ城を、沙稀イサキを、恭良ユキヅキを大臣は守ってきてくれた。『肩の荷が降りた』と言ったほど、すべてをひとりで抱え込んできた。
 沙稀イサキは大臣を信頼している。ここまで、大臣と二人三脚で来たようなものだ。絶対に裏切らないと言える。大切な存在だ。
「私は他に行く当てはありませんから、鴻嫗城ココにいれるようにと、職務に励むのみです」
鴻嫗城ココにいなよ」
 一瞬でも疑ったことを、沙稀イサキは悔いる。
 何があっても、大臣にはずっと信頼を置いて過ごしてきた。沙稀イサキにとって、鴻嫗トキウ城に大臣がいるのは当たり前のことだ。──また、一時でも鴻嫗トキウ城からいなくなってしまうなど、考えたくないほどの存在だ。
 ただ、それはあまりに幼いころの感情に戻ったもので、言葉にした沙稀イサキは今になって気恥ずかしそうにしている。
沙稀イサキ様がそんなことを仰って、照れるなんて……かわいらしいですね」
「は?」
 大臣の言葉に、沙稀イサキはからかわれている気がして、すぐに目元を引き締める。しかし、その反応がまた、大臣にはかわいいと思えたのか。大臣はクスクス笑うと、沙稀イサキの頭を幼子のようになでる。
「はい、わかりました、わかりました」
「なでるな!」
 沙稀イサキは反射的に大臣の手を振り払う。そうして、ふと、ここ数ヶ月で何度か大臣から、幼子のように扱われたことがあったと思い出す。
「大臣って……子どもが好きだったのか?」
「はい?」
 大臣は独り身だ。幼少期から面倒を見てきた者たちが各々身を固め、物悲しさを感じているのか。
 ここ一年で、大臣は過去を稀に口にする。だが、それは沙稀イサキの知りたいと切望する内容からすれば、果てしなく遠い切れ端。
 やさしい笑顔を浮かべて微笑む大臣を前に、闇で覆われた大臣の過去を想像することは、沙稀イサキには困難だった。
「いや、何でもない」
「そうですか?」
 大臣はおだやかに微笑み、幸せそうだ。
 沙稀イサキは昔、こんな大臣をずっと見ていたと回想する。

 沙稀イサキが物心ついたころの大臣は、毎日こんな風に沙稀イサキ瑠既リュウキに接していた。
 あの時期が、大臣の幸せそうな時期だったのではないか。

 大臣にとって、今があのころのように幸せならば、重ねていく時間を大切にしていきたいと沙稀イサキは強く願った。
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◆一話お試しゲーム小説◆
第一部【1】異端児

◆Wordの読み上げ機能を使いました。
あらすじ
プロローグ

女神回収プログラムの頂いたイラストはこちら※個人HPです

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