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呈出と堅忍

【19】嫌な予感(2)

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「そうだよな、俺がお前の抑制を外す手助けしちまったんだもんな」
 今更、後悔しても遅いが、まだ間に合うと信じたい。
 思い返せば今朝、恭良ユキヅキに違和感を抱いたときに引き留めておけば──後悔は募る。小骨がひっかかるような不快感が沸く。
「何だか……嫌な感じがしてさ」
「嫌な感じ?」
「嫌な予感っていうか」
 露骨に|恭良ユキヅキに仕掛けられたとは言えない。いや、言えば沙稀イサキは否定するだろう。
 単に瑠既リュウキの憶測だ。恭良ユキヅキを毛嫌いしているから、嫌な風に映るのかもしれない。
「うまく言えないけど」
「もし、俺が同じことを言ったとして……瑠既リュウキもふたつ返事で納得しないだろ?」
「まぁ……そうだな」
「心配してくれてるってことは、覚えているようにしておく。ただ、悪いが何があっても俺は恭良ユキヅキと別れることはない」
「俺が、悪かったんだな」
「さぁ? ……確かなのは、俺が今、幸せを感じていられるのは、恭良ユキヅキのお蔭だってことだ」
 数秒の間が静か流れ、僅かなすれ違いがあったと瑠既リュウキは認識する。
 鴻嫗コノ城に来て、沙稀イサキと再会したとき──恭良ユキヅキに対する想いを沙稀イサキが口にしていたときと、似た空気だった。
『お前がどう生きてきたか、知らない』
 あの沙稀イサキの言葉は、瑠既リュウキにとっては突き放された気がした。
「もう、いいか?」
 沙稀イサキの声に、瑠既リュウキは我に返る。
「悪かったな」
「いいや」
 咄嗟に間を繋ごうとしたが、沙稀イサキが終わらせた。
 そうして、沙稀イサキが背を向ける間際、瑠既リュウキはしっかりとその表情を見る。──沙稀イサキは深く悩んでいるようだった。

 瑠既リュウキは声をかけなかった。

 僅かなすれ違いを感じていたのは瑠既リュウキだけではなかったようだ。沙稀イサキもまた、同じく感じていたのか。
 徐々にちいさくなる背中を見送りながら、瑠既リュウキには双子の弟が確実に、少しずつ離れて行ってしまうように感じていた。



 沙稀イサキが退室して間もなく、瑠既リュウキも自室を後にする。ふと、沙稀イサキの背が見えた。瑠既リュウキがこれから向かうのは宮城研究施設。沙稀イサキとは歩いていく方向が反対だ。
 少しずつ離れていく姿を眺め、仕方のないことだと背を向け歩き出す。
 沙稀イサキには王としての職務もあるだろうし、長年してきた剣士としての職務もあるだろう。多忙を極めているに違いない。

 ──俺たちの『時』は……どこかでまた、合流するのか?
 美しい鴻嫗トキウ城の壁を、瑠既リュウキの足音が壊すかのように響いていく。
 鴻嫗トキウ城にいなかった時間を『空白の時間』のように感じるときがある。ただ、瑠既リュウキにとっては『貴族でなかった』時間。──沙稀イサキにとっての『空白の時間』は、完全なる欠落。
 同じ言葉を使ったとしても、意味はまったく違う。

 瑠既リュウキルイと結婚してから、ずい分貴族らしい感覚が戻ってきた。言葉遣いこそ修正しようと思わないが、いざ、必要な場面に出くわしても、過剰に緊張せず正しい言葉で話せる気がする。
 ──沙稀イサキも、恭良ユキヅキと結婚してから……埋まっているのなら……。
 いい、とは続かず、後悔が思考を止めた。だが、深呼吸をして思い直す。
 ──俺が恭良ユキヅキを毛嫌いしているのか。

 崩壊したように感じた壁は、見渡せば一切、崩れた形跡はない。
 ──それだけだよな、きっと。
 ああだ、こうだと思考を巡らし、はた、と瑠既リュウキの足が止まる。そういえば、ルイは慌てているように見えて冷静だったと。

『宮城研究施設で待っていますから、瑠既リュウキ様は沙稀イサキ様とお会いして来て下さい』

 ルイはあんな事態を目の当たりにしても、沙稀イサキが単に嫉妬しているだけだとわかっていたのだろう、と今更ながら背を押してくれたと気づく。
 ──ルイ姫は俺より長く……沙稀イサキといるんだもんな。
 ふっと笑みが浮かぶ。ルイが待機場所を宮城研究施設に選んだのは、実に抜かりのないと感心する。歩き始め、歩数を数えるように理由が浮かぶ。
 第一に、ルイが待機する場所に選んで不自然ではない。第二に、大臣の手を煩わせない。第三に、恭良ユキヅキが来る確率が高い。
 するすると浮かぶ理由にも、瑠既リュウキは感嘆する。
 誰にも迷惑をかけず、振り回さず、きちんと瑠既リュウキ沙稀イサキとふたりで話せるようにと、ルイは行動していた。尚且つ、誰に一番気をまわしたかが伝わってきて、瑠既リュウキは柄にもなく頬が赤らむ。自覚し、つい、首元と頬を触る。
 鐙鷃トウアン城にルイとはやく帰城した方がいいだろう──と考えつつ、瑠既リュウキは大臣と話したいと考えを改め、紫紺の絨毯が敷かれた廊下でふと足を止める。
 行き先を突然変えても、新たな進路を選べる。鴻嫗城ココ瑠既リュウキの生家でもあるのだから、迷子にはならない。
 ただし、経路を一度、脳内で確認。方向転換し、スイスイと大臣の部屋を目指す。片側が一面のガラスで覆われ、中庭が見える通路を介さずに瑠既リュウキは深部を通って行く。


 コンコンコン

「はい」
 大臣の返答がはやいなと思いつつ、瑠既リュウキはドアを開ける。入室し扉を閉めると、瑠既リュウキは扉に寄りかかって腕を組む。
「大臣、聞きたいことがある」
「何ですか?」
恭良ユキヅキのことだ」
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