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伝説の終わり──もうひとつの始まり

【92】伝説の終わり──もうひとつの始まり(2)

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「そう、どちらも真実。けれど、ふたつをとして合わせてはいけなかった」
 忒畝トクセ充忠ミナルから絵本童話をスッと受け取る。
「え? どういうことだ?」
 充忠ミナルが混乱する中、馨民カミンがため息をつく。
「あ~、もう。つまりね、誰かが、何かの意図を気づかれたくないってことよ」
「誰かって?」
「それは……」
「案外、『大神』かもしれないよ」
 馨民カミンがためらったことを、サラリと忒畝トクセが言う。瞬時、馨民カミン忒畝トクセを見た。
「なぁんて。……真相はわからないけど、ってことも、世の中にはあるってことだよ。つまりはね。歴史って、都合の悪いことは消して後世に残していきたいと思う人もいるし、そういう意図を示すこともある。だから、『誰』とは言えない。明確なのは、このふたつの真実は後世に残したい。けれど、何かしら隠したい意図があるということ。そして、それは、ということ」
 忒畝トクセの言葉に馨民カミンは何度もうなづく。
「じゃあ……まぁ、これは見なかったことにして、俺らは帰ればいいんだな?」
「そうだね。研究者としては、残念だけど……解いてはいけないことだったと忘れるのが賢明なんだろうね」
 話しを終了させておきながら、忒畝トクセの心の中はザワザワと騒ぐ。
「あ~あ、どうして克主ナリス研究所には残ってくれなかったのかなぁ。あればなぁ……」
忒畝トクセと一緒になって俺に釘刺しておいて、探求心くすぐられてんじゃねぇよ」
『は~い』と残念そうな馨民カミンの声がする。賑やかな空気の中、忒畝トクセはふたりに見せる前のことを思い出す。
 忒畝トクセはふたりに見せる前に一度読んでいた。けれど、羅凍ラトウに言われていたことだという警戒心の低さからか。忒畝トクセ充忠ミナルが指摘するまで、まったく『伝説』とは話が繋がらなかった。
 ──なんでだろう……。
 そう、初めて手に取り読んだというのに、知らない気がしなかった。
 ──とにかく明日、帰る前に大臣に返さないと。
 大事な物という認識があるからだが、それ以前に。なぜか忒畝トクセは手元に置いておいてはいけない気がした。


 その夜、忒畝トクセはふしぎな夢を見る。荒波に飲まれたかのように、グラグラと大きく何かが揺れていた。いや、正確には傾いていた何かが戻り、揺れていたような感覚。
「『月と太陽の神』よ」
 聞こえたのは、人の声とは到底思えないような、ずっしりと重く響く『音』。
「お呼びでしょうか」
 忒畝トクセが発したわけではないのに、自身が言っているような感覚。視界は見えるような、けれど、逆光が激しく、物質がハッキリとは確認できない。一定のところまで歩き、ひざまずく。
「身を挺して重大な任務を遂行できるのはお前くらいだ。……厭わずに行ってくれるか?」
「身の余るお言葉をいただき、光栄です。喜んでお受けいたします」
 すぐに返答すると、ずっしりと重く響く『音』は笑ったようだった。
「『月と太陽の神』には助けがいるな」
 その『音』は、脳内に充満する。
ミズノト
『音』はひとつを呼んだようだったのに、ふたつの発光体が傍らに浮かぶ。
「水の精霊、ミズノエミズノト、お前たちにも任務を託す」
 発光体は一瞬光を大きくし──それは、『はい』と返事をしたようだった。
「まずはミズノト、お前には『月と太陽の神』の救護が第一任務だ。第二任務は『愛と美の神』を補佐すること。……アヤツを止めることはできないだろう。だが、それは案ずるな。修業の一環だと、頑張ってみるがいい」
 ひとつの発光体が、返事をするようにまた一瞬だけ大きく光った。
 それぞれは陽をあらわすと、陰をあらわすで対となっている──知らないはずなのに、ぼんやりと思い出すような感覚。
ミズノエ、お前は傍観者だ。人間界にはそれぞれに任務を遂行している者がいる。お前の担う責務は第一にミズノトの生命を狙った輩から守ること。ミズノトが『月と太陽の神』の救護をできるように見張ること。それと、万が一のときは……ミズノトはお前が手を下せ。ただし、他には一切の手出しをするな。第二は、世を見守れ。下界を知ることもまた、修行の一環。傍観者は、悪を最後まで見届けよ。それが使命だ」
 もうひとつの発光体が、返事をするように一瞬だけ大きく光る。
 ふと、何かの視線を感じる。『音』に視線はないはずなのに、いや、この神々しい光の中では見えないだけだろうか。
「『月と太陽の神』、お前には『四神シシン』の回収を託す。人間界では長い時間を要するだろうが、こちらの感覚にしてしまえばほんの些細なものだ。はやく天界へと回収するに越したことはないが、それよりも……失敗をしないことだ。ミズノエミズノトの不在は他の十干が力を合わせて埋めるだろう。だが、お前も不在で『四神シシン』も不在となれば、私は少々辛い」
「仰せのままに」
 身に染みる激励を受け、胸に手をあて頭を下げる。けれど、次の瞬間には──。
「ご心配をいただき、その上で差し出がましいのですが……大神、今回の任務はふたつのはずです。ひとつは『四神シシン』、もうひとつは『愛と美の神』の回収なのではないですか? ……私は『四神シシン』の回収だけでよろしいのですか?」
 姿の確認できない『音』は、どうやらとんでもない存在だったらしい。それは、大袈裟に笑った気がした。
「『月と太陽の神』よ、いくら我が娘『死と再生の神』の夫とはいえ、『四神シシン』の回収だけで手一杯の任務となるだろう。それに、お前には多難ばかりが降りかかるかもしれん」
「それは……より一層の修業をできる喜びですね」
 大神の言葉に微かな笑みを浮かべ答える。──なんと大胆で不敵なことか。そんな『月と太陽の神』の態度は、大神にとって満足だったのだろう。むしろ、野心の塊であることに、悦びさえ感じているのかもしれない。『音』が喜々として響く。
「転生は三回だ。三回目の後に皆、帰還するように。……わかっているな? くれぐれも業を残すな。承知とは思うが、未練もその一部だ」
「承知しております」
 立ち上がる『月と太陽の神』に続き、ミズノエミズノトも気を引き締めるようにシュッと細長くなる。
 一筋の神々しい光が、スッと視界を切り裂いた。
「行け!」
 愉快そうな、けれど、ずっしりとした『音』が響き渡る。
「これより『女神回収』のプログラムを発令する」



 光が一面に広がり、視界をギラギラと輝かせ──忒畝トクセは眩しいと唸りながら目を覚ます。いつになく、寝起きが最悪だ。頭痛がひどい。それに、若干の吐き気を覚えている。
 ──なんだか、とてつもない光を感じていたような……。
 そう思いつつも、思い出そうとすれば体調は悪くなり。これから船に長時間揺られると思えば、体調回復に努めることが最良だと明確で。
 ふと、目にした『絵本童話』を見れば、思い出すのは、昨夜の親友との会話。
「忘れることが、賢明……か」
 誰もが解明しないことこそ、研究者を刺激するというもの。けれど、何かの祟りのように体調不良になるのであれば、忘れる選択をせざるを得ない。
 体が主本。つくづく忒畝トクセは痛感する。

 こうして、忒畝トクセ沙稀イサキに言われていた通り、大臣に『絵本童話』を返す。
「貴重な物を預けていただき、ありがとうございました」
 きちんと礼を告げて。
「いえ、気をつけてお帰りください。こちらこそ、ありがとうございました」
 今度は充忠ミナル馨民カミンも含めて三人で礼を返す。

 向かうは帰路。
 忒畝トクセは、本来いるべき場所へと戻る。──『四神シシン』の回収の使命を終え、『四神シシン』は無事に大神のもとへと戻った。功績を称え、大神から忒畝トクセは激励を受けていた。だが、それには気づかず。これからも忒畝トクセは『忒畝トクセ』として余生を過ごす。



『女神回収』プログラム──残るは『愛と美の神』。
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