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王位継承──後編
【54】わだかまり(2)
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鴻嫗城の血筋を持つ者は、真に愛する人との初めての子が『娘』だと言われている。恭良が紗如の娘だとすれば、沙稀が恭良の父を知らないのはおかしいと大臣は言っている。
唏劉は、瑠既と沙稀が産まれる前に死亡している。鴻嫗城で、ひどい扱いを受け、汚名を着せられて。
尚且つ、瑠既と沙稀が父と聞いている唏劉がこの世を去って、五年以上も経ってから恭良は産まれている。
紗如が恭良を産んだと仮定するならば、瑠既も沙稀も、恭良の父が誰か検討くらいつかなければおかしい。紗如の部屋に頻繁に出入りできる人物のはずだから。──断定して言った沙稀も、それは承知だ。だからこそ、大臣に否定を求めたと言うのに。
沙稀は自らの矛盾を指摘すると自覚しながら、大臣に言葉を返す。
「そんな人物は……いない。父上が生きていない限り、妹も弟も産まれるはずはないとは思っている。それに、父上が生きているはずはない。仮に、父上以外を母上が愛したとしても……」
詰まる思いが沙稀の言葉を消していく。──もし、母に双子の知らない想いを寄せる人がいたのなら、あんな男とではなく、愛しい人と結婚を望んだはずだと。
大臣は言葉を汲み取るように続ける。
「あの王であるわけがない、ですね?」
沙稀は静かにうなづく。
「それでは、消去法で恭良様は王の連れ子……今まで私がお伝えしてきた通りなのでは?」
「そうだけど……」
納得しきれない、そんな様子がうかがえる。沙稀は言葉を詰まらせ、左手で長い前髪をかき上げた。
「それとも、沙稀様。ご自身が『男』として生まれたことに納得がいっていないとでも?」
ふと、沙稀はうつむく顔を上げた。
気にしたことがないと言えば、嘘になるのだろう。あえて双子の間でも触れないようにしてきたことだ。瑠既と沙稀は、唏劉の死の真意を母から涙ながらに聞いている。
唏劉は汚名を着せられ、この城でひどい処刑をされた。双子の生まれる前、紗如のお腹に、子がいると知らないころだったと。
唏劉の汚名は『紗如を凌辱した』こと。けれど、母から聞いた事実は違う。
唏劉が紗如の護衛として、涼舞城から来たのは十八歳のとき。涼舞城は一流剣士の名家として知らない者はいなかった。由緒正しき鴻嫗城に長男を仕えさせることで涼舞城は長年、鴻嫗城に忠誠を立ててきた。つまり、涼舞城は次男が後継者となり続いてきた城だった。
当時の紗如は十歳。幼い姫は大人の男性の姿に憧れ、その姿はいつしか心を惹かれるものに変わり、恋をしたのだという。
月日が流れ、唏劉の結婚が決まった。紗如は唏劉が結婚相手を想っているのも知っていたという。
その結婚前日──紗如は居ても立っても居られず、想いを遂げた。だから、決して唏劉のせいではないと、唏劉の命が絶たれてしまったのは、自らのせいだと双子に懺悔した。
紗如は涙を次から次へとあふれさせながら、双子に『産まれてきてくれて、ありがとう』と言った。
だから、沙稀は。何かがあると両親の描かれた絵画のもとに足を運ぶ。絵画を見上げて『この両親の子だ』と、心に刻みながら過ごしてきた。父を慕い、見えない背中を追いかけ。どんなに辛くとも母と父を支えに生きてこられた。
幼いころに母から懺悔をされても、母を嫌いになれなかった。むしろ、泣いている母を守りたいと、支えたいと願った。
父には後ろめたい気持ちはあった。けれど、自身も護衛について。父は母を好いていたのではないかと思うようになった。沙稀も同じ立場になったから。気のないそぶりをして、諦めてもらわなくてはと行動していたのではないかと。
けれど、矛盾が生まれる。だからこそ──。
「それは多分、俺も瑠既も考えないようにしていると思う」
『他の誰か』であるかもしれないと、沙稀は父を疑わない。しかし、両親の気持ちを疑うこともしない。考え始めてしまえば、そのどちらかを受け入れなければならなくなる。
母の話を基にすれば、答えは明確。それでも、汚名を着せられ、ひどい末路を迎えた唏劉を、沙稀は信じていたかった。
唏劉も、事態が明るみになれば己の身がどうなるかくらい見当は容易についていたはず。他に想う相手がいたのなら、尚更、不自然だ。
「では、沙稀様」
大臣が仕切り直しというように、口調を強めて言う。
「結論は出ましたね? 恭良様に、真実をお伝えします。よろしいですか」
質問ではなく、同意を求めるだけの断定。そこには、大臣の断固たる決意が表れている。
「貴男とご結婚されるのですから、恭良様の立場が変わることはありませんよ」
楽観的な大臣の言葉は、沙稀の耳を通過する。
「俺と似た経験をさせたくはない」
頑なな沙稀の態度に、大臣はふうとため息をもらす。
「これは、私からの提案ではなく……誄姫と瑠既様からの結婚条件、なんですけどね」
これには沙稀の表情が変わる。見開いたリラの瞳は大臣を疑うように見──大臣はにっこりと笑う。
「瑠既様の話では、誄姫から仰ったそうですよ。『婚約発表のときであれば、瑠既様と沙稀様が双子だと公表できるのでは』と」
大臣の言葉に、更に沙稀は驚く。『大臣の計画』ではなかったのかと。その間も、淡々と大臣の言葉は続く。
「誄姫からの提案に、瑠既様は同意した……と聞きました。まぁ、瑠既様は結婚条件だと私に仰ったので、誄姫にも確認済みです。相違ないと……さあ、沙稀様。どうされますか。沙稀様の返答によってはおふたりの結婚が破談になりますが、何を選ぶかは沙稀様のご意思次第です」
大臣は立場上のことしか発言しない。『大臣』としては当たり前のこと。
唏劉は、瑠既と沙稀が産まれる前に死亡している。鴻嫗城で、ひどい扱いを受け、汚名を着せられて。
尚且つ、瑠既と沙稀が父と聞いている唏劉がこの世を去って、五年以上も経ってから恭良は産まれている。
紗如が恭良を産んだと仮定するならば、瑠既も沙稀も、恭良の父が誰か検討くらいつかなければおかしい。紗如の部屋に頻繁に出入りできる人物のはずだから。──断定して言った沙稀も、それは承知だ。だからこそ、大臣に否定を求めたと言うのに。
沙稀は自らの矛盾を指摘すると自覚しながら、大臣に言葉を返す。
「そんな人物は……いない。父上が生きていない限り、妹も弟も産まれるはずはないとは思っている。それに、父上が生きているはずはない。仮に、父上以外を母上が愛したとしても……」
詰まる思いが沙稀の言葉を消していく。──もし、母に双子の知らない想いを寄せる人がいたのなら、あんな男とではなく、愛しい人と結婚を望んだはずだと。
大臣は言葉を汲み取るように続ける。
「あの王であるわけがない、ですね?」
沙稀は静かにうなづく。
「それでは、消去法で恭良様は王の連れ子……今まで私がお伝えしてきた通りなのでは?」
「そうだけど……」
納得しきれない、そんな様子がうかがえる。沙稀は言葉を詰まらせ、左手で長い前髪をかき上げた。
「それとも、沙稀様。ご自身が『男』として生まれたことに納得がいっていないとでも?」
ふと、沙稀はうつむく顔を上げた。
気にしたことがないと言えば、嘘になるのだろう。あえて双子の間でも触れないようにしてきたことだ。瑠既と沙稀は、唏劉の死の真意を母から涙ながらに聞いている。
唏劉は汚名を着せられ、この城でひどい処刑をされた。双子の生まれる前、紗如のお腹に、子がいると知らないころだったと。
唏劉の汚名は『紗如を凌辱した』こと。けれど、母から聞いた事実は違う。
唏劉が紗如の護衛として、涼舞城から来たのは十八歳のとき。涼舞城は一流剣士の名家として知らない者はいなかった。由緒正しき鴻嫗城に長男を仕えさせることで涼舞城は長年、鴻嫗城に忠誠を立ててきた。つまり、涼舞城は次男が後継者となり続いてきた城だった。
当時の紗如は十歳。幼い姫は大人の男性の姿に憧れ、その姿はいつしか心を惹かれるものに変わり、恋をしたのだという。
月日が流れ、唏劉の結婚が決まった。紗如は唏劉が結婚相手を想っているのも知っていたという。
その結婚前日──紗如は居ても立っても居られず、想いを遂げた。だから、決して唏劉のせいではないと、唏劉の命が絶たれてしまったのは、自らのせいだと双子に懺悔した。
紗如は涙を次から次へとあふれさせながら、双子に『産まれてきてくれて、ありがとう』と言った。
だから、沙稀は。何かがあると両親の描かれた絵画のもとに足を運ぶ。絵画を見上げて『この両親の子だ』と、心に刻みながら過ごしてきた。父を慕い、見えない背中を追いかけ。どんなに辛くとも母と父を支えに生きてこられた。
幼いころに母から懺悔をされても、母を嫌いになれなかった。むしろ、泣いている母を守りたいと、支えたいと願った。
父には後ろめたい気持ちはあった。けれど、自身も護衛について。父は母を好いていたのではないかと思うようになった。沙稀も同じ立場になったから。気のないそぶりをして、諦めてもらわなくてはと行動していたのではないかと。
けれど、矛盾が生まれる。だからこそ──。
「それは多分、俺も瑠既も考えないようにしていると思う」
『他の誰か』であるかもしれないと、沙稀は父を疑わない。しかし、両親の気持ちを疑うこともしない。考え始めてしまえば、そのどちらかを受け入れなければならなくなる。
母の話を基にすれば、答えは明確。それでも、汚名を着せられ、ひどい末路を迎えた唏劉を、沙稀は信じていたかった。
唏劉も、事態が明るみになれば己の身がどうなるかくらい見当は容易についていたはず。他に想う相手がいたのなら、尚更、不自然だ。
「では、沙稀様」
大臣が仕切り直しというように、口調を強めて言う。
「結論は出ましたね? 恭良様に、真実をお伝えします。よろしいですか」
質問ではなく、同意を求めるだけの断定。そこには、大臣の断固たる決意が表れている。
「貴男とご結婚されるのですから、恭良様の立場が変わることはありませんよ」
楽観的な大臣の言葉は、沙稀の耳を通過する。
「俺と似た経験をさせたくはない」
頑なな沙稀の態度に、大臣はふうとため息をもらす。
「これは、私からの提案ではなく……誄姫と瑠既様からの結婚条件、なんですけどね」
これには沙稀の表情が変わる。見開いたリラの瞳は大臣を疑うように見──大臣はにっこりと笑う。
「瑠既様の話では、誄姫から仰ったそうですよ。『婚約発表のときであれば、瑠既様と沙稀様が双子だと公表できるのでは』と」
大臣の言葉に、更に沙稀は驚く。『大臣の計画』ではなかったのかと。その間も、淡々と大臣の言葉は続く。
「誄姫からの提案に、瑠既様は同意した……と聞きました。まぁ、瑠既様は結婚条件だと私に仰ったので、誄姫にも確認済みです。相違ないと……さあ、沙稀様。どうされますか。沙稀様の返答によってはおふたりの結婚が破談になりますが、何を選ぶかは沙稀様のご意思次第です」
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