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過去からの使者
【Program1】1(2)
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来葵の走った場所は、数々の死骸が悪臭を放ち、腐敗した姿を露わにしている通路だ。一番人気のすくない道を選んでいるのだろう。
悪臭は来葵の鼻を通り、視界はむごたらしさを伝えているはずだ。吐き気を覚えるのか、顔色は青いが、一気に走り抜ける。大きな荷物を抱えて走る、来葵の呼吸は荒い。そこへ──。
「大胆……というべき、かな?」
淡々とした声が背後から聞こえ、来葵は血の気がひいた。足が止まる。
おそるおそる振り返る来葵。いたのは──壬だ。
「あの焼印係は、処罰されるだろうな」
「見逃してほしい」
記録にしても、焼印にしても欠番は許されないと壬は示唆している。来葵も理解していると言ったも同然。理解した上で、行ったということだ。
他人にまで罪を共有させる行為をしておいて、都合のいい言葉を言っている。愚かしいと来葵自身も思っているかのような。
「戻ったら、私も処罰を受ける。そのつもりでいるし、覚悟もある。ただ、この方を送り届けなくてはいけない」
壬は来葵に冷たい視線を送る。それが来葵を熱くさせたのか、懇願は続く。
「頼む! さっき、助けてもらった礼すら出来ていないのに、虫のいいことを言っている自覚は……ある」
来葵は荷物を一度置き、両手をついて頭を下げた。頭を踏まれても構わないと思っているのか。一心不乱に、額を冷たい床につける。──すると、不思議なことが起こった。
異臭がふっと消え、温度管理のされている建物内に、冷たい風が吹き荒れる。
ふと、来葵は頭を上げる。
壬はいない。
後ろを向く。
すると、裏口の扉が開いている。見える外の景色は真っ暗で、白い雪の粉と思わしき物が斜めに落ちている。
その開く扉の前に、壬はいた。
「今日は、生憎の大雪だ」
壬は来葵に笑いかけるように言う。冷たい瞳が、嘘のようにとけている。そして、奇跡は続いた。
「私も行こう。……君と同罪で構わない」
「壬……」
「ゆっくり話している時間はないな。ここで命尽きるわけにはいかない……そうでしょう?」
壬の言葉に、来葵は涙があふれる。涙を拭い、無言でうなづき立ち上がる。大事に布で包んだかごを抱えて。
ふたりは雪の降りしきる中、どのくらい歩いたのか。
おぼろげになにかの建物が見えた。──教会だ。ふたりは自分たちの姿を見られないようにするためか、裏手へ向かう。
裏手には、目立たないが扉がある。その手前、屋根がある下にふたりはかごをやさしく置く。
来葵は大切なものを確認するように、ゆっくりと布をめくる。──大人しく赤ん坊は眠っていた。
来葵は胸をなで下ろす。そして、跪き祈る。
「生きて、生きて下さい」
名残惜しそうに来葵は見つめる。
壬は無表情でその光景を見ていたが、おもむろに口を開く。
「私たちができるのは、ここまでだ」
「わかっている」
「大丈夫だ。ご加護は、あるはずだから」
来葵の瞳には、かすかに涙が浮かんでいる。
「ああ」
涙を拭い、来葵は立ち上がる。
すると、壬は来た道に歩き始め、来葵もそれについて行く。
月明かりは赤ん坊を包むかのような、微かな光を見せ始める。
雪は次第に弱くなっていく。──そのとき、教会の裏手、扉が開く。
「まだ、雪はゆっくり降っている」
静かに扉を開けたのは、教会の神父。
神父は視線を落とす。赤ん坊の姿に気がついたようで、ゆっくりと膝を折っていく。座り込み、赤ん坊にやさしく触れる。
すると、眠っていた赤ん坊は、神父の温かい指に反応したかのように笑った。
「こんな雪の日に……そうか。ここへ私を呼んだのは、お前か」
神父は赤ん坊に話しかけると、抱き上げて空を見上げる。
「お前は、月に見守られたのか」
夜空はいつの間にか、月の光が神々しく輝いている。
「そうか、そうか。では、お前の名前は、月から頂こうか」
神父は立ち上がると、冷えた赤ん坊をあやす。泣かない、静かな赤ん坊。
「琉菜磬……どうだ? 気に入ったか? ああ、そうだ。ここがお前の我が家になるのだから、はやく入って温まろうか」
神父は赤ん坊にやさしく微笑み、教会の中に入るとゆっくり扉を閉めた。
月明かりは扉が閉まるのと同時に、雲に隠れる。
雪は、再び降り始めた。
それは、忌まわしき足跡を消していくように。
悪臭は来葵の鼻を通り、視界はむごたらしさを伝えているはずだ。吐き気を覚えるのか、顔色は青いが、一気に走り抜ける。大きな荷物を抱えて走る、来葵の呼吸は荒い。そこへ──。
「大胆……というべき、かな?」
淡々とした声が背後から聞こえ、来葵は血の気がひいた。足が止まる。
おそるおそる振り返る来葵。いたのは──壬だ。
「あの焼印係は、処罰されるだろうな」
「見逃してほしい」
記録にしても、焼印にしても欠番は許されないと壬は示唆している。来葵も理解していると言ったも同然。理解した上で、行ったということだ。
他人にまで罪を共有させる行為をしておいて、都合のいい言葉を言っている。愚かしいと来葵自身も思っているかのような。
「戻ったら、私も処罰を受ける。そのつもりでいるし、覚悟もある。ただ、この方を送り届けなくてはいけない」
壬は来葵に冷たい視線を送る。それが来葵を熱くさせたのか、懇願は続く。
「頼む! さっき、助けてもらった礼すら出来ていないのに、虫のいいことを言っている自覚は……ある」
来葵は荷物を一度置き、両手をついて頭を下げた。頭を踏まれても構わないと思っているのか。一心不乱に、額を冷たい床につける。──すると、不思議なことが起こった。
異臭がふっと消え、温度管理のされている建物内に、冷たい風が吹き荒れる。
ふと、来葵は頭を上げる。
壬はいない。
後ろを向く。
すると、裏口の扉が開いている。見える外の景色は真っ暗で、白い雪の粉と思わしき物が斜めに落ちている。
その開く扉の前に、壬はいた。
「今日は、生憎の大雪だ」
壬は来葵に笑いかけるように言う。冷たい瞳が、嘘のようにとけている。そして、奇跡は続いた。
「私も行こう。……君と同罪で構わない」
「壬……」
「ゆっくり話している時間はないな。ここで命尽きるわけにはいかない……そうでしょう?」
壬の言葉に、来葵は涙があふれる。涙を拭い、無言でうなづき立ち上がる。大事に布で包んだかごを抱えて。
ふたりは雪の降りしきる中、どのくらい歩いたのか。
おぼろげになにかの建物が見えた。──教会だ。ふたりは自分たちの姿を見られないようにするためか、裏手へ向かう。
裏手には、目立たないが扉がある。その手前、屋根がある下にふたりはかごをやさしく置く。
来葵は大切なものを確認するように、ゆっくりと布をめくる。──大人しく赤ん坊は眠っていた。
来葵は胸をなで下ろす。そして、跪き祈る。
「生きて、生きて下さい」
名残惜しそうに来葵は見つめる。
壬は無表情でその光景を見ていたが、おもむろに口を開く。
「私たちができるのは、ここまでだ」
「わかっている」
「大丈夫だ。ご加護は、あるはずだから」
来葵の瞳には、かすかに涙が浮かんでいる。
「ああ」
涙を拭い、来葵は立ち上がる。
すると、壬は来た道に歩き始め、来葵もそれについて行く。
月明かりは赤ん坊を包むかのような、微かな光を見せ始める。
雪は次第に弱くなっていく。──そのとき、教会の裏手、扉が開く。
「まだ、雪はゆっくり降っている」
静かに扉を開けたのは、教会の神父。
神父は視線を落とす。赤ん坊の姿に気がついたようで、ゆっくりと膝を折っていく。座り込み、赤ん坊にやさしく触れる。
すると、眠っていた赤ん坊は、神父の温かい指に反応したかのように笑った。
「こんな雪の日に……そうか。ここへ私を呼んだのは、お前か」
神父は赤ん坊に話しかけると、抱き上げて空を見上げる。
「お前は、月に見守られたのか」
夜空はいつの間にか、月の光が神々しく輝いている。
「そうか、そうか。では、お前の名前は、月から頂こうか」
神父は立ち上がると、冷えた赤ん坊をあやす。泣かない、静かな赤ん坊。
「琉菜磬……どうだ? 気に入ったか? ああ、そうだ。ここがお前の我が家になるのだから、はやく入って温まろうか」
神父は赤ん坊にやさしく微笑み、教会の中に入るとゆっくり扉を閉めた。
月明かりは扉が閉まるのと同時に、雲に隠れる。
雪は、再び降り始めた。
それは、忌まわしき足跡を消していくように。
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