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王位継承──前編
【39】決別と行く末(2)
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思ってもみなかった言葉の数々に、思考が停止した瑠既は、本能のままに叔を追う。だが、無情に扉は閉まる。拒否するように、強く。
瑠既は扉を叩く。
「叔さん!」
悲痛な声が響く。
そのまま扉にすがるように、膝を曲げていく。
静まる室内に、嗚咽だけが響く。
「瑠既様」
大臣がそっと声をかける。その呼びかけに、瑠既は自嘲するようにうっすらと笑う。
「様付けなんて……止めてくれ。俺は、そんなのが相応しい人間じゃない!」
悔しさを、歯がゆさをぶつけるように強く扉を叩く。脳裏には、綺で過ごした日々──叔と初めて出会ったときから、家族のように笑い合えた日々、体を心配された日々や気がかりをなくしてくると言った日などが次々に駆け巡る。
「叔さんはあんな人じゃないんだ……どうして、あんな……」
見捨てられたと言いたげな口調。
大臣は奥歯を噛む。瑠既の態度に、叔と親子のような関係を築いていたのだと、容易に想像できて。
「その理由は貴男が、よくおわかりになるはずでしょう?」
瑠既は無言で大臣を見上げる。困惑した表情を浮かべて。
「これから俺は、どこで……どう過ごせばいい?」
抜け殻のような声。
大臣は諭すように言う。
「お忘れですか? 鴻嫗城は、貴男の生家です。鴻嫗城にいるのが、鴻嫗城で過ごすのが、貴男の『正しい道』なのでは?」
大臣の言葉を受け、瑠既の視線は下がる。
「俺にはもう、そんな資格は……」
「ない、なんて貴男がどこで何があったとしても、私には言えません。私に言えることは『貴男』は、紛れもなく『瑠既様』であり、『紗如様のご子息』だということです」
存在を肯定するように、いつになく強く言う。そして、ため息をもらす。
「私の言うことに、帰ってきてから初めて従い正装をしたかと思えば……今の貴男には『自分の意思がなかっただけ』ということですか」
それは、まるで独り言のようで。言葉は瑠既の耳に届かずに、空気に溶けていく。
ふと、重いため息がまたひとつ。ゆらりと大臣は瑠既に近づく。
瑠既は気配に気づいたかのように、顔を上げる。──その顔は、生気の抜けたもので。瑠既の顔を見た大臣は、手を振り上げていた。
弾けるような音。空間がパッカリと切り開いたかのように、声が響き渡る。
平手が、瑠既の頬を叩いていた。
「しっかりなさい! 幼いままの瑠既様は、私の中だけで充分です」
大臣の悔しそうな声。
フッと、瑠既は笑う。涙を拭い、立ち上がる。
大臣の言葉は『これから道を探せばいい』と伝わってきて、慰めのようだった。
瑠既は自室に戻ろうと長い廊下を歩く。大臣はしばらく一緒にいてくれるようだったが、
「少しひとりでゆっくりしたい」
と断った。間を開けて了承した大臣。その間は、心配だ。気持ちを押し殺し、了承してくれたと瑠既は人知れず感謝する。
自室に着いてぼんやり室内を見れば、沙稀といたときには気づかなかったことばかり。
ベッドが新しくなっている。それに、ソファーもテーブルも、小物まで。飾られていた幼いころの写真だけがそのままと言ってもいい。
まるで別人の部屋になった室内を歩き、そっとウォークインクローゼットを覗く。すると、洋服はもちろん、靴やベルトまで何不自由ないほど身につける物が揃っていた。
「はあ……」
大きなため息がもれると、瑠既は腰が砕けたようにその場に膝をつき、手までつく。
そういえば──と思い出すのは、昼食後のこと。まったく耳に入ってこなかったが、沙稀はこの部屋の状況を説明していたように思う。
「サイズはお前に合うようになっていると思うが、合わない物、不足の物があれば都度言ってくれ。俺でも大臣でも構わない」
ふいに思い出した言葉の一部。それに顔を上げて見渡せば、広い空間にポツンと置き去りにされた感覚が沸きあがり、
「はは……」
と、力ない笑いがこぼれる。
「冗談キツイぜ」
これが当然だった。こういう立場にいた。それを受け入れて、その生活にすぐになじめというのは無理がある。
フラフラと立ちあがる。結局、一切ウォークインクローゼットの中の物に手を振れず。ヨロヨロとベッドに座り、なだれ込むように倒れる。
「あ~あ。どうしたらいいんだか……なぁ」
体を預けるベッドも、客室のベッドと格が違うとわかる。客室のベッドが悪いというわけでは決してない。今横わっているベッドが最上級の品に近しいだけだ。
幼いころは世間知らずだった──そう思えば、そうだ。それだけのことかもしれない。しかし、それだけでは言い表せない感情が沸きあがる。
──母上がいたら『おかえり』と言って、抱き締めてくれるだろうか。
浮かんだ言葉を消すように、瑠既は声を出して大袈裟に笑った。
しばらくすると、
「夕食です」
と、大臣が呼びに来た。ついて行き、部屋に通されたが、そのまま大臣は着席する。
「え?」
「私と一緒では、お嫌ですか?」
「いや、そうじゃなくて……珍しいなと思って」
瑠既が記憶を辿っても、大臣と食をともにした記憶は出てこない。
「そうですね……さぁ、食べましょう」
なんとなく大臣に話を流された気がしたが、瑠既も席につく。
「いただきます」
瑠既が言うと、
「いただきます」
大臣は深々と言った。
瑠既がなんとなくぼんやりしていたせいか、大臣は料理に舌鼓を打っている。その様子に、瑠既は言葉に形容しがたい違和感を抱く。
「なんか……俺が気落ちしすぎないように、気を遣ってない?」
「私がですか? 気のせいですよ」
驚いたような、それでいて受け流すような。だからこそ、返せる言葉は限られる。
「そう……ならいいけど」
笑顔を返してくる大臣に、やはり瑠既は流されているような感覚が残る。いくら思考がまわらないとは言え、大臣にうまく流されるままでいるのも癪に障る。
結論は出ていないが、話題としてはいいと思ったのか、瑠既は本題を切り出す。
「沙稀のことだけどさ……なんとかなんねぇのかな」
「なんとか、とは?」
「本人は今で満足しているのかもしれねぇけど……俺は、本来あるべき立場に戻したい」
「方法は、あります」
妙にはやい返答に、瑠既は目を見開く。
瑠既は扉を叩く。
「叔さん!」
悲痛な声が響く。
そのまま扉にすがるように、膝を曲げていく。
静まる室内に、嗚咽だけが響く。
「瑠既様」
大臣がそっと声をかける。その呼びかけに、瑠既は自嘲するようにうっすらと笑う。
「様付けなんて……止めてくれ。俺は、そんなのが相応しい人間じゃない!」
悔しさを、歯がゆさをぶつけるように強く扉を叩く。脳裏には、綺で過ごした日々──叔と初めて出会ったときから、家族のように笑い合えた日々、体を心配された日々や気がかりをなくしてくると言った日などが次々に駆け巡る。
「叔さんはあんな人じゃないんだ……どうして、あんな……」
見捨てられたと言いたげな口調。
大臣は奥歯を噛む。瑠既の態度に、叔と親子のような関係を築いていたのだと、容易に想像できて。
「その理由は貴男が、よくおわかりになるはずでしょう?」
瑠既は無言で大臣を見上げる。困惑した表情を浮かべて。
「これから俺は、どこで……どう過ごせばいい?」
抜け殻のような声。
大臣は諭すように言う。
「お忘れですか? 鴻嫗城は、貴男の生家です。鴻嫗城にいるのが、鴻嫗城で過ごすのが、貴男の『正しい道』なのでは?」
大臣の言葉を受け、瑠既の視線は下がる。
「俺にはもう、そんな資格は……」
「ない、なんて貴男がどこで何があったとしても、私には言えません。私に言えることは『貴男』は、紛れもなく『瑠既様』であり、『紗如様のご子息』だということです」
存在を肯定するように、いつになく強く言う。そして、ため息をもらす。
「私の言うことに、帰ってきてから初めて従い正装をしたかと思えば……今の貴男には『自分の意思がなかっただけ』ということですか」
それは、まるで独り言のようで。言葉は瑠既の耳に届かずに、空気に溶けていく。
ふと、重いため息がまたひとつ。ゆらりと大臣は瑠既に近づく。
瑠既は気配に気づいたかのように、顔を上げる。──その顔は、生気の抜けたもので。瑠既の顔を見た大臣は、手を振り上げていた。
弾けるような音。空間がパッカリと切り開いたかのように、声が響き渡る。
平手が、瑠既の頬を叩いていた。
「しっかりなさい! 幼いままの瑠既様は、私の中だけで充分です」
大臣の悔しそうな声。
フッと、瑠既は笑う。涙を拭い、立ち上がる。
大臣の言葉は『これから道を探せばいい』と伝わってきて、慰めのようだった。
瑠既は自室に戻ろうと長い廊下を歩く。大臣はしばらく一緒にいてくれるようだったが、
「少しひとりでゆっくりしたい」
と断った。間を開けて了承した大臣。その間は、心配だ。気持ちを押し殺し、了承してくれたと瑠既は人知れず感謝する。
自室に着いてぼんやり室内を見れば、沙稀といたときには気づかなかったことばかり。
ベッドが新しくなっている。それに、ソファーもテーブルも、小物まで。飾られていた幼いころの写真だけがそのままと言ってもいい。
まるで別人の部屋になった室内を歩き、そっとウォークインクローゼットを覗く。すると、洋服はもちろん、靴やベルトまで何不自由ないほど身につける物が揃っていた。
「はあ……」
大きなため息がもれると、瑠既は腰が砕けたようにその場に膝をつき、手までつく。
そういえば──と思い出すのは、昼食後のこと。まったく耳に入ってこなかったが、沙稀はこの部屋の状況を説明していたように思う。
「サイズはお前に合うようになっていると思うが、合わない物、不足の物があれば都度言ってくれ。俺でも大臣でも構わない」
ふいに思い出した言葉の一部。それに顔を上げて見渡せば、広い空間にポツンと置き去りにされた感覚が沸きあがり、
「はは……」
と、力ない笑いがこぼれる。
「冗談キツイぜ」
これが当然だった。こういう立場にいた。それを受け入れて、その生活にすぐになじめというのは無理がある。
フラフラと立ちあがる。結局、一切ウォークインクローゼットの中の物に手を振れず。ヨロヨロとベッドに座り、なだれ込むように倒れる。
「あ~あ。どうしたらいいんだか……なぁ」
体を預けるベッドも、客室のベッドと格が違うとわかる。客室のベッドが悪いというわけでは決してない。今横わっているベッドが最上級の品に近しいだけだ。
幼いころは世間知らずだった──そう思えば、そうだ。それだけのことかもしれない。しかし、それだけでは言い表せない感情が沸きあがる。
──母上がいたら『おかえり』と言って、抱き締めてくれるだろうか。
浮かんだ言葉を消すように、瑠既は声を出して大袈裟に笑った。
しばらくすると、
「夕食です」
と、大臣が呼びに来た。ついて行き、部屋に通されたが、そのまま大臣は着席する。
「え?」
「私と一緒では、お嫌ですか?」
「いや、そうじゃなくて……珍しいなと思って」
瑠既が記憶を辿っても、大臣と食をともにした記憶は出てこない。
「そうですね……さぁ、食べましょう」
なんとなく大臣に話を流された気がしたが、瑠既も席につく。
「いただきます」
瑠既が言うと、
「いただきます」
大臣は深々と言った。
瑠既がなんとなくぼんやりしていたせいか、大臣は料理に舌鼓を打っている。その様子に、瑠既は言葉に形容しがたい違和感を抱く。
「なんか……俺が気落ちしすぎないように、気を遣ってない?」
「私がですか? 気のせいですよ」
驚いたような、それでいて受け流すような。だからこそ、返せる言葉は限られる。
「そう……ならいいけど」
笑顔を返してくる大臣に、やはり瑠既は流されているような感覚が残る。いくら思考がまわらないとは言え、大臣にうまく流されるままでいるのも癪に障る。
結論は出ていないが、話題としてはいいと思ったのか、瑠既は本題を切り出す。
「沙稀のことだけどさ……なんとかなんねぇのかな」
「なんとか、とは?」
「本人は今で満足しているのかもしれねぇけど……俺は、本来あるべき立場に戻したい」
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