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譲れないもの
【15】願わぬ再会(2)
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「どうして、こう……瑠既って服装に関心がないのかなぁ。絶対、もっと……」
「もっと?」
冷静につっこまれて、倭穏は慌てる。頭の中で瑠既に好みの服装を着せて楽しんでいたとは、恥ずかしくてとても言えない。どんな服かと聞かれるのがオチだ。
「な、何でもない」
ぷうっと倭穏の頬は膨らむ。
頬が膨れていても、怒っているわけではない。照れてふて腐れるだけだ。そんな倭穏を見て、瑠既は笑う。
「お前もその派手な服、なんとかなんねぇの? お水の同伴してるみたいじゃん」
「お水って! ちが……私の服装は、踊り子の仕事の影響で……」
反論するが小言になり、声は消えていく。ブツブツと言っていると、倭穏の脳裏に別のことが浮かんできた。
今度は、ふいっと瑠既から顔を背ける。
「瑠既って、准ちゃん……好みでしょ」
「はぁ?」
唐突な言葉に、瑠既は気の抜けた声を出した。
「だって、准ちゃん……きれいな可愛い~色の髪の毛だしさっ。スッと細いしさ、清楚だしさ」
瑠既は声を出して笑い出す。
「なによ?」
「はい、はい」
倭穏のヤキモチを瑠既は笑って流す。からかわれている感覚に襲われた倭穏は、心が不満で埋まっていく。
「あ~、ムカつく」
しかし、その口調はまったくムカついていない。猫なで声がそれを証明している。ただ、心が満たされるような言葉を返してほしいだけに過ぎない。
ただ、その要望に応えるような相手ではない。却って、油を注ぐ。
「俺のことより、お前こそ。椄箕に手ぇ出して、准を悲しませるようなことはするなよ」
「当たり前じゃない!」
勢いよく返ってきた返答に、瑠既は再び声を出して笑った。完全に倭穏の反応を楽しんでいるだけだ。
そんな楽しそうに笑う瑠既を見て、
「もう。……父さんに似てきたね」
倭穏はぽつりと言う。
「なに?」
「なんでもない」
瑠既はじっと倭穏を見るが、倭穏は遠くをぼんやりと見ている。そして、急にさみしそうな声を出す。
「あ~あ、あと一ヶ月くらいであのふたりは……短期バイトだから辞めちゃうんだ」
「い~じゃん」
倭穏の顔が上がり、視線が合うと、頭をなでる。
「いつでも会いに行けるだろ?」
「うん。……そうね」
倭穏はうなずくと微笑んだ──のは束の間。
「あっ! あれ買ってないかも」
突然、倭穏は叫ぶ。瑠既の持っていた買い物袋を、
「見せて!」
と催促し、中をガサガサと漁る。
一通り見ると、ため息をついた。
「買い物しそびれてたか?」
瑠既の問いに、倭穏は情けない表情を浮かべた。その表情に、瑠既は半笑だ。
「俺が……」
行ってくると言おうとが、視線が偶然捉えてしまったものに釘付けになった。
「あ~、あれ限定物なんだよね! 私ちょっと行ってくる。瑠既、悪いけどここで待ってて」
倭穏が早口で言ったことに対し、返事はない。ぼんやりする瑠既に、倭穏はもう一度声をかける。
「ね?」
「あ? ああ」
瑠既が返事をすると、倭穏は急いで走り出す。──同時に瑠既もおもむろに足を踏み出していた。
視線の先には『瑠既』という名前に反応して、立ち止った人物がいた。
──沙稀だ。
聞き覚えのある──いや、決して忘れることのできない名前。沙稀は立ち止り、ゆっくりと振り向いた。その名前の人物を、確認するようにじっくりと見る。
全体的にやや長めである短い紫色の髪。体格は沙稀と似ているように見えたが、身長は十cmほど高いと思われる。見知らぬ派手な女性と話していると思い、見ていたら『瑠既』が振り向き、視線は合ってしまった。
「沙稀~?」
恭良の声だ。人々のざわめく中でも、恭良の高い声はよく通る。
「沙稀?」
耳にした名前を瑠既も確認するように呟く。──その低音の声に沙稀は我に返り、咄嗟に恭良に返事をする。
「はい。今、行きます」
沙稀は駆け寄ろうとする。しかし、沙稀の言葉に、瑠既は疑問を抱かずにはいられなかった。
「おいっ」
瑠既は駆け足になり、勢いのまま沙稀の左腕をつかむ。
離れた恭良たちの場所からは、瑠既の姿は見えない。それを知らず、沙稀は急いで瑠既の手を振り払う。
「お前がそういう気持ちなら……帰って来たくないのなら、帰って来るな」
沙稀の瞳は、鋭く瑠既を捕らえていた。発せられたのは、噛み殺すような冷たい声。
瑠既は声が出せなかった。沙稀は背を向け、走り去っていく。その背中をただ見ているしかできない。
──荷物を投げて、追いかけたい衝動に駆られていた。叫んで呼び止めたいとも思っていた。しかし、そのすべての行動を奪うものが瑠既を捉えていた。──この、短い髪。これを見て言われた言葉は、そう思われても仕方はない言葉。決別の証。過去と決別したと思いながら、瑠既は何年も過ごしてきたのだから。
──そう、決別だと思って──
「瑠既?」
名前を呼ばれ、倭穏が戻って来たと瑠既は気づく。
「倭穏……」
倭穏はひとつにまとめた髪から垂れる、長く黒い髪を揺らす。
「え……どうして? 今の、沙稀様……だったよね? 瑠既、知り合いなの?」
興奮気味に話すその様子から、やりとりを多少見られていたと瑠既は察する。素直に答えるか、否か──瑠既は悩みながら言葉を出す。
「知り合いも何も、俺と沙稀は……」
だが、それ以上は言えず、言葉は途中で止まってしまった。しかし、倭穏は続きの言葉を待ち、じっと瑠既を見ている。何かを言わなくてはならない状況の瑠既は、
「なぁに? 俺がいるのに、いい男だから紹介しろって言うの?」
と、いつもの口調を意識して話を逸らした。
「瑠、これ三番テ─ブルさんな」
叔はキッチンから料理を出すが、返答はない。違和感を覚え、視線を向ける。案の定、瑠既はぼうっとしていた。
「あ─、言わんこっちゃない」
ポンと、瑠既の腕を叩く。ハッと我に返った瑠既に、叔はニヤリとして言う。
「瑠、風邪ひいたな。今日はもう休んでていいぞ」
ポンポンと更に腕を叩く。
お疲れと叩かれた瑠既だが、そう言われても体調は悪くない。
「過保護だな。大丈夫だよ」
すぐに心配するんだからと苦笑いする。すると、
「過保護くらいが調度いいんだよ。ほら、あのふたりもいるからよ」
と、准と椄箕を叔は呼んだ。
──確かに、叔の言う通りだ。人手が足りているとは言いがたいが、店に立っている間に上の空になるなら、足手まといになる。
「叔さん、悪い。今日は言葉に甘える」
「おう! しっかり治せよ」
上がった片手に、瑠既も片手を上げ、奥へと下がる。
慌ただしい音が遠ざかっていき、瑠既は悪かったなと反省して自室へと入る。
しかし、何度、切り替えようと思ってみても、どうしても思い出してしまっていた。偶然会った、見た、あの姿を。
「今ごろ、あいつは……船の中か」
船──瑠既が船に乗ったのは、一度きりだ。いや、乗るつもりなどなかった。ただ、あのときは──。
「もっと?」
冷静につっこまれて、倭穏は慌てる。頭の中で瑠既に好みの服装を着せて楽しんでいたとは、恥ずかしくてとても言えない。どんな服かと聞かれるのがオチだ。
「な、何でもない」
ぷうっと倭穏の頬は膨らむ。
頬が膨れていても、怒っているわけではない。照れてふて腐れるだけだ。そんな倭穏を見て、瑠既は笑う。
「お前もその派手な服、なんとかなんねぇの? お水の同伴してるみたいじゃん」
「お水って! ちが……私の服装は、踊り子の仕事の影響で……」
反論するが小言になり、声は消えていく。ブツブツと言っていると、倭穏の脳裏に別のことが浮かんできた。
今度は、ふいっと瑠既から顔を背ける。
「瑠既って、准ちゃん……好みでしょ」
「はぁ?」
唐突な言葉に、瑠既は気の抜けた声を出した。
「だって、准ちゃん……きれいな可愛い~色の髪の毛だしさっ。スッと細いしさ、清楚だしさ」
瑠既は声を出して笑い出す。
「なによ?」
「はい、はい」
倭穏のヤキモチを瑠既は笑って流す。からかわれている感覚に襲われた倭穏は、心が不満で埋まっていく。
「あ~、ムカつく」
しかし、その口調はまったくムカついていない。猫なで声がそれを証明している。ただ、心が満たされるような言葉を返してほしいだけに過ぎない。
ただ、その要望に応えるような相手ではない。却って、油を注ぐ。
「俺のことより、お前こそ。椄箕に手ぇ出して、准を悲しませるようなことはするなよ」
「当たり前じゃない!」
勢いよく返ってきた返答に、瑠既は再び声を出して笑った。完全に倭穏の反応を楽しんでいるだけだ。
そんな楽しそうに笑う瑠既を見て、
「もう。……父さんに似てきたね」
倭穏はぽつりと言う。
「なに?」
「なんでもない」
瑠既はじっと倭穏を見るが、倭穏は遠くをぼんやりと見ている。そして、急にさみしそうな声を出す。
「あ~あ、あと一ヶ月くらいであのふたりは……短期バイトだから辞めちゃうんだ」
「い~じゃん」
倭穏の顔が上がり、視線が合うと、頭をなでる。
「いつでも会いに行けるだろ?」
「うん。……そうね」
倭穏はうなずくと微笑んだ──のは束の間。
「あっ! あれ買ってないかも」
突然、倭穏は叫ぶ。瑠既の持っていた買い物袋を、
「見せて!」
と催促し、中をガサガサと漁る。
一通り見ると、ため息をついた。
「買い物しそびれてたか?」
瑠既の問いに、倭穏は情けない表情を浮かべた。その表情に、瑠既は半笑だ。
「俺が……」
行ってくると言おうとが、視線が偶然捉えてしまったものに釘付けになった。
「あ~、あれ限定物なんだよね! 私ちょっと行ってくる。瑠既、悪いけどここで待ってて」
倭穏が早口で言ったことに対し、返事はない。ぼんやりする瑠既に、倭穏はもう一度声をかける。
「ね?」
「あ? ああ」
瑠既が返事をすると、倭穏は急いで走り出す。──同時に瑠既もおもむろに足を踏み出していた。
視線の先には『瑠既』という名前に反応して、立ち止った人物がいた。
──沙稀だ。
聞き覚えのある──いや、決して忘れることのできない名前。沙稀は立ち止り、ゆっくりと振り向いた。その名前の人物を、確認するようにじっくりと見る。
全体的にやや長めである短い紫色の髪。体格は沙稀と似ているように見えたが、身長は十cmほど高いと思われる。見知らぬ派手な女性と話していると思い、見ていたら『瑠既』が振り向き、視線は合ってしまった。
「沙稀~?」
恭良の声だ。人々のざわめく中でも、恭良の高い声はよく通る。
「沙稀?」
耳にした名前を瑠既も確認するように呟く。──その低音の声に沙稀は我に返り、咄嗟に恭良に返事をする。
「はい。今、行きます」
沙稀は駆け寄ろうとする。しかし、沙稀の言葉に、瑠既は疑問を抱かずにはいられなかった。
「おいっ」
瑠既は駆け足になり、勢いのまま沙稀の左腕をつかむ。
離れた恭良たちの場所からは、瑠既の姿は見えない。それを知らず、沙稀は急いで瑠既の手を振り払う。
「お前がそういう気持ちなら……帰って来たくないのなら、帰って来るな」
沙稀の瞳は、鋭く瑠既を捕らえていた。発せられたのは、噛み殺すような冷たい声。
瑠既は声が出せなかった。沙稀は背を向け、走り去っていく。その背中をただ見ているしかできない。
──荷物を投げて、追いかけたい衝動に駆られていた。叫んで呼び止めたいとも思っていた。しかし、そのすべての行動を奪うものが瑠既を捉えていた。──この、短い髪。これを見て言われた言葉は、そう思われても仕方はない言葉。決別の証。過去と決別したと思いながら、瑠既は何年も過ごしてきたのだから。
──そう、決別だと思って──
「瑠既?」
名前を呼ばれ、倭穏が戻って来たと瑠既は気づく。
「倭穏……」
倭穏はひとつにまとめた髪から垂れる、長く黒い髪を揺らす。
「え……どうして? 今の、沙稀様……だったよね? 瑠既、知り合いなの?」
興奮気味に話すその様子から、やりとりを多少見られていたと瑠既は察する。素直に答えるか、否か──瑠既は悩みながら言葉を出す。
「知り合いも何も、俺と沙稀は……」
だが、それ以上は言えず、言葉は途中で止まってしまった。しかし、倭穏は続きの言葉を待ち、じっと瑠既を見ている。何かを言わなくてはならない状況の瑠既は、
「なぁに? 俺がいるのに、いい男だから紹介しろって言うの?」
と、いつもの口調を意識して話を逸らした。
「瑠、これ三番テ─ブルさんな」
叔はキッチンから料理を出すが、返答はない。違和感を覚え、視線を向ける。案の定、瑠既はぼうっとしていた。
「あ─、言わんこっちゃない」
ポンと、瑠既の腕を叩く。ハッと我に返った瑠既に、叔はニヤリとして言う。
「瑠、風邪ひいたな。今日はもう休んでていいぞ」
ポンポンと更に腕を叩く。
お疲れと叩かれた瑠既だが、そう言われても体調は悪くない。
「過保護だな。大丈夫だよ」
すぐに心配するんだからと苦笑いする。すると、
「過保護くらいが調度いいんだよ。ほら、あのふたりもいるからよ」
と、准と椄箕を叔は呼んだ。
──確かに、叔の言う通りだ。人手が足りているとは言いがたいが、店に立っている間に上の空になるなら、足手まといになる。
「叔さん、悪い。今日は言葉に甘える」
「おう! しっかり治せよ」
上がった片手に、瑠既も片手を上げ、奥へと下がる。
慌ただしい音が遠ざかっていき、瑠既は悪かったなと反省して自室へと入る。
しかし、何度、切り替えようと思ってみても、どうしても思い出してしまっていた。偶然会った、見た、あの姿を。
「今ごろ、あいつは……船の中か」
船──瑠既が船に乗ったのは、一度きりだ。いや、乗るつもりなどなかった。ただ、あのときは──。
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