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譲れないもの
【13】知らぬが仏(2)
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確かに、その通りだった。単に見たいだけなら、沙稀がわざわざこの場に来なくても、忒畝に申し出ればいいだけのこと。
忒畝は、何かを提示する。部屋を案内される前、沙稀が手に取って食い入るように見ていた資料だ。さらに、提示した資料を確認するように広げ始める。
「今の地図は、ほぼ中心に鴻嫗城がある。それは、世界に君臨する城だから。地図の常識が覆ることは、まずあり得ない。だから、この地図をあんなに見ていたんでしょ」
沙稀はドキリとした。口にしなかったことを指摘されて。
「これでは、まるで……世界の中心が神如のようだと、そう思ったんじゃない?」
「言う通りだ。鴻嫗城の歴史には、地位を一度だけ退いたことが記されている。……つまり、その地図は現実の歴史を残すもので、伝説は、現実に起こっていたことになる」
「そうだとして、どうしたいの?」
「わからない。だた……」
「ただ?」
「知らないといけない気がする」
沙稀の言葉を聞いて、忒畝は本棚の前からとなりへと移動する。
「どうぞ。ただ、知らない方がいいこともあるかもよ」
それは一種の脅しとも聞こえたが、沙稀にためらいはない。一番厚い赤い本を手に取ると、見入るように頁をめくる。
そこには、女悪神の血は女性のみが継ぐこと、男児は生まれてもまもなく命尽きてしまうこと、そして、覚醒をすると大いなる力が手に入る代わりに人の形を保てなくなることが記されていた。そして、読み進めた沙稀の手は、あるところで止まる。いや、止まってしまったという方が正しい。
「白緑色の髪と、アクアの瞳……」
白緑色──浅葱色よりも薄いその色は、どこかで見たことがあった。どこか──それは、あまりにも身近なことで。つい先ほどまで──。
沙稀の視線は、忒畝のツンツンとした髪に向けられていた。その視線に気づいたように、
「こんな色?」
と、忒畝は言う。その口角は上がっているのに、やさしいと感じる表情ではない。いうならば、静かな圧力を伝えてくるような。
沙稀は固唾を呑む。──忒畝の言葉通りだった。知らない方がいいこともある、確かに、その通りだ。
しかし、忒畝の瞳は父譲りの薄荷色──若葉を思わせるような色。アクアの瞳ではない。
おもむろに沙稀はうなづく。すると、
「それで、何が聞きたいの?」
と、忒畝は静かに言った。
「女悪神の血は、四戦獣が最後で、彼女らは封印された。つまり、女悪神の血は根絶した……ということでいいんだよな?」
「記録上は、そうだね」
忒畝はなんとも歯切れの悪い答え方をする。
「詮索されたくないことは、誰にでもあると思うんだ。例えば」
沙稀が持つ本を手からスッと抜くと、パタリと本を閉じ、
「僕が三歳になる前の話だ。梛懦乙大陸の鴻嫗城には、双子の男の子がいた。……母がね、かわいい双子がいるって、夢中になってたのを覚えているんだ。確か、双子の片方の名前は沙稀」
ていねいに本をもとの位置に戻す。そして、沙稀をジッと見る。
「でも、別人だと思うんだ。彼らは僕よりも五歳年上だった。沙稀は、僕よりひとつ上。ほら、年齢が合わない。だから、別人だと思うのが自然でしょう? 母は、僕が三歳になってすぐに行方不明になったから、いつの間にかその双子を意識することもなくなった。だから、僕も忘れていたんだ。でも、君主代理をするようになってから思い出して驚いたよ。いつの間にか双子の存在は消えて、鴻嫗城にはいなかったはずの姫がいたんだから。僕よりもひとつ年下の姫が、ね」
沙稀に返答はできない。忒畝は頭が切れる。迂闊に何かを言うわけにはいかない。──だが、否定をせずに黙秘を貫くのも、その態度自体が肯定を示してしまう。
沙稀は言葉を探していた。切り抜けられる、何かを。
すると、忒畝がふと口を開いた。
「なんてね。お互いに色々と思慮してしまったね。そろそろ寝ようか」
忒畝は、何かを提示する。部屋を案内される前、沙稀が手に取って食い入るように見ていた資料だ。さらに、提示した資料を確認するように広げ始める。
「今の地図は、ほぼ中心に鴻嫗城がある。それは、世界に君臨する城だから。地図の常識が覆ることは、まずあり得ない。だから、この地図をあんなに見ていたんでしょ」
沙稀はドキリとした。口にしなかったことを指摘されて。
「これでは、まるで……世界の中心が神如のようだと、そう思ったんじゃない?」
「言う通りだ。鴻嫗城の歴史には、地位を一度だけ退いたことが記されている。……つまり、その地図は現実の歴史を残すもので、伝説は、現実に起こっていたことになる」
「そうだとして、どうしたいの?」
「わからない。だた……」
「ただ?」
「知らないといけない気がする」
沙稀の言葉を聞いて、忒畝は本棚の前からとなりへと移動する。
「どうぞ。ただ、知らない方がいいこともあるかもよ」
それは一種の脅しとも聞こえたが、沙稀にためらいはない。一番厚い赤い本を手に取ると、見入るように頁をめくる。
そこには、女悪神の血は女性のみが継ぐこと、男児は生まれてもまもなく命尽きてしまうこと、そして、覚醒をすると大いなる力が手に入る代わりに人の形を保てなくなることが記されていた。そして、読み進めた沙稀の手は、あるところで止まる。いや、止まってしまったという方が正しい。
「白緑色の髪と、アクアの瞳……」
白緑色──浅葱色よりも薄いその色は、どこかで見たことがあった。どこか──それは、あまりにも身近なことで。つい先ほどまで──。
沙稀の視線は、忒畝のツンツンとした髪に向けられていた。その視線に気づいたように、
「こんな色?」
と、忒畝は言う。その口角は上がっているのに、やさしいと感じる表情ではない。いうならば、静かな圧力を伝えてくるような。
沙稀は固唾を呑む。──忒畝の言葉通りだった。知らない方がいいこともある、確かに、その通りだ。
しかし、忒畝の瞳は父譲りの薄荷色──若葉を思わせるような色。アクアの瞳ではない。
おもむろに沙稀はうなづく。すると、
「それで、何が聞きたいの?」
と、忒畝は静かに言った。
「女悪神の血は、四戦獣が最後で、彼女らは封印された。つまり、女悪神の血は根絶した……ということでいいんだよな?」
「記録上は、そうだね」
忒畝はなんとも歯切れの悪い答え方をする。
「詮索されたくないことは、誰にでもあると思うんだ。例えば」
沙稀が持つ本を手からスッと抜くと、パタリと本を閉じ、
「僕が三歳になる前の話だ。梛懦乙大陸の鴻嫗城には、双子の男の子がいた。……母がね、かわいい双子がいるって、夢中になってたのを覚えているんだ。確か、双子の片方の名前は沙稀」
ていねいに本をもとの位置に戻す。そして、沙稀をジッと見る。
「でも、別人だと思うんだ。彼らは僕よりも五歳年上だった。沙稀は、僕よりひとつ上。ほら、年齢が合わない。だから、別人だと思うのが自然でしょう? 母は、僕が三歳になってすぐに行方不明になったから、いつの間にかその双子を意識することもなくなった。だから、僕も忘れていたんだ。でも、君主代理をするようになってから思い出して驚いたよ。いつの間にか双子の存在は消えて、鴻嫗城にはいなかったはずの姫がいたんだから。僕よりもひとつ年下の姫が、ね」
沙稀に返答はできない。忒畝は頭が切れる。迂闊に何かを言うわけにはいかない。──だが、否定をせずに黙秘を貫くのも、その態度自体が肯定を示してしまう。
沙稀は言葉を探していた。切り抜けられる、何かを。
すると、忒畝がふと口を開いた。
「なんてね。お互いに色々と思慮してしまったね。そろそろ寝ようか」
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