完結まで5話【女神回収プログラム ~三回転生したその先に~】姫の側近の剣士の、決して口外できない秘密は

呂兎来 弥欷助(呂彪 弥欷助)

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幻想と真実を追う者

【17】真実を閉ざした者(1)

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 何日かが過ぎた。
 ひとりで出かけた初日、馬車に乗り込むところを大臣に見つかってしまった颯唏サツキは、毎朝出発時間を少しずつ早めた。
 宣言通り颯唏サツキ琉倚ルイのところへ連日通っている。初日ですら疎かにした朝食はろくに手をつけなくなり、今日はついに横目で見るだけになった。それでも変わらずに身支度には余念がない。
 結局、初日と比べ一時間近く出発がはやくなった。

 馬車に揺られながら遠のいていく鴻嫗トキウ城を見つめる。ひとりで出かけた初日、帰城するとレキに会い、『どこに行っていたのか』と聞かれた。『大事な用を済ませに』とだけ言えば、レキ颯唏サツキの身なりを上から下まで見て呑み込んだようだった。それ以降、レキは同じ質問をしてこない。
 心配をさせたと伝わってきたのに、嫌な答え方をしたと思う。けれど、ああ答える以外に、どう答えたらよかったのだろう。
 鴻嫗トキウ城が見えなくなりしばらくすると、揺れと耳に残る独特な音がしてくる。慣れたといえば嘘で、居心地はよくない。
 そうして荒れ地を目にしていれば、やがて馬車は止まり颯唏サツキはしっかりと降りて、不穏な道のりを行く。

 塔の内部まで着くと、やはり琉倚ルイはドレスを着ていない。挙句、腰の剣まで目につけば『姫』というよりは『剣士』だ。
 ところが、颯唏サツキを目にした琉倚ルイは、驚いたような表情を浮かべる。
 颯唏サツキはふしぎに思いつつも、定位置まで行きひざまずく。
「体調、よくないんじゃないの? 短期間で痩せている気がするんだけど……」
 気遣う言葉に琉倚ルイの心の傾きを感じ取る。ゆるみそうになる口元を無理に歪ませ、颯唏サツキは戸惑う琉倚ルイを見上げる。
「恋煩いって言うんですか? あまり食べられなくて」
 苦笑いしつつも態度は軽く、真実か否かの判別はしにくい。
 ただ、琉倚ルイ鴻嫗トキウ城に行くと言わない限り、颯唏サツキはこうして来ると琉倚ルイは痛感したのだろう。
「今度……鴻嫗トキウ城にうかがいます。颯唏サツキくんを、その……こ、婚約者と認めたわけではないけれど」
 ボソボソと言っていた琉倚ルイが視線を颯唏サツキに向ける。今度、目を丸くしたのは颯唏サツキの方だ。颯唏サツキが想像していた以上に、協力を仰いだ効果があったらしい。
「この間言っていたことが気になるし……」
 颯唏サツキの作戦勝ちだ。
 ところが、ボソボソと言っていた口調が一転する。
「だから、ここに来ては駄目。……いい?」
 叱咤のような口調。──もしかしたら、大臣が琉倚ルイを説得したのかもしれない。大臣も、琉倚ルイがここにいる限り、颯唏サツキは通うと勘づいたのだろう。
「わかりました」
 了承したものの、口約束だ。琉倚ルイが来る保証はない。一緒に行くと言っているわけではない以上、体よく断っている可能性もある。
 だが、
「信じています、貴女を」
 と、颯唏サツキ琉倚ルイを信じて待つことを選んだ。



 帰城すると、颯唏サツキは少しはやくとも昼食にする。けれど、脳裏には広がった荒野と右に傾く塔が残っている。耳には砂利を歩く音、体には心地悪く揺れる感覚。フォークとナイフを手にしたところで、平衡感覚を失いそうになり食事に手が伸びていかない。
 信じて待つと帰ってきたが、琉倚ルイは本当に来るのか。来るとして、ドレスで? それとも、剣士の格好で?
『婚約者として認めたわけではない』と言っていたのだから、後者の姿で来るのかもしれない。それでも構わないと思う一方、レキたちに会えば何と言おうかと思案にふける。
颯唏サツキ
 凛とした声に颯唏サツキが顔を上げると、クロッカスの色彩が降り注ぐ。やわらかく、癒す微笑みを携えたその人物は──。
「姉上」
「食べないの?」
 姉のやさしい口調に、颯唏サツキの視線は下がる。
 視界は、きれいに並べられた料理の数々。それも、どれもが美しい皿に彩られている。
 颯唏サツキ琉倚ルイを思い浮かべる。琉倚ルイは、どのようなものを食べているのか。
「出されるものが……」
『贅沢すぎて』と言おうとし、颯唏サツキは言葉を止める。懸命に国務と子育てをする姉に、余計な心配をかけたくない。
「なんだか、食欲が湧かなくて。……駄目ですよね、残すなんて」
 琉倚ルイと会ってから、颯唏サツキは日を追うごとに食事が喉を通らなくなっている。琉倚ルイに感情移入している影響だ。琉倚ルイの存在を知ったとき、貴族らしい生活を送れていないことは想像していたはずなのに、姿を見て想像から外れてしまった。
 彼女の実際の生活がどのようなものかは知らないが、聞いても失礼なだけ。けれど、想像せずにはいられない。
 ふと、庾月ユツキの悲しみを含んだ声がこぼれ落ちてくる。
「今の颯唏サツキに無理をしなさいなんて……私は言えないわ」
 影が颯唏サツキを覆ったかという刹那、そっと抱き寄せられた。
「あなたが辛いときは、私も辛いわ。覚えていてね」
 颯唏サツキはやわらかい姉のあたたかさに瞳を閉じていく。

 姉は、リュウと子どもたちに会いたくはないのだろうか。――いや、会いたいに決まっていると考えを打ち消す。
 だが、姉の幸せな生活を取り戻す術は、颯唏サツキには見出せない。



 翌日から颯唏サツキは、朝食後のレキとの稽古を再開する。
 何事もなかったかのように笑う颯唏サツキを見てレキは喜んだが、稽古は初めてのころのように軽いものだった。
レキニイ……腕鈍った?」
 真顔で言う颯唏サツキの頭を、レキはクシャクシャとなでる。
「そういう冗談は、体調を治してからでいいよ」
 痩せた──というよりも、やつれていくような印象だったのだろう。颯唏サツキを気遣い、軽い稽古にレキがしたと気づく。
「なかなか……改善しないんだね」
『恋煩いだ』とは、冗談でも言えない。そんなことを言えば、真面目なレキが心配で耳を大きくしてしまう。
「まぁ……。それより、レキニイも最近忙しそうじゃん」
 言葉を濁したつもりが、レキが目を丸くした。颯唏サツキレキの様子に、何かがあったと直感する。
「え、あぁ……うん。レイ姉上が出産されて……」
「姪っ子が産まれた楽しさだけとは思えないんだけど?」
 レキがハッとしたように颯唏サツキを見る。何か言ってはいけないことを言ったかのようなレキに、颯唏サツキは思わず納得する。
「ふ~ん……それで、もう告白くらいしたの?」
 みるみるうちにレキの頬が赤みを増す。
 颯唏サツキは呆然とした。琉倚ルイに連日の猛アタックをしていた颯唏サツキからしてみれば、あり得ない事態だ。
「もしかして……まだ?」
 疑うように聞いた颯唏サツキに、レキはぎこちなくうなずく。
「はぁ? レキニイ、いい加減年齢意識しなよ! 何、純情しちゃってんの」
「そんな言い方しなくったって……」
「まさか、異性の手も握ったことないなんて……言わないよね」
 乾いたような颯唏サツキの声に、レキは首を傾げる。
「ないよ。……え? 颯唏サツキはあるの?」
 純真無垢な答えに、颯唏サツキは自己嫌悪する。
レキニイの透明さが怖いよ……」
 だが、その純粋さは羨ましくもある。まっすぐに、真剣に向き合ってくれるレキは、きっと想い人を大切にするし、それが相手にもきっと伝わる。
「言いなよ」
 颯唏サツキは呟くようなちいさな声でしか言えなかった。
レキニイはやさしいもん。レキニイに告白されて嫌に思う人なんて、いないよ」
『俺が女だったらうれしい』と、颯唏サツキはにっこりと冗談のように言う。
 レキ颯唏サツキと一緒になって笑ったが、徐々にレキの笑顔は消えた。
「でも……」
「立場なんてなしにしてさ。……いいじゃん。想いを伝えるくらい、してみても」
 やさしいレキが気にすることと言ったら、立場や建前だ。
 ──少しくらい、そこは伯父上の図太さが似ればよかったのに。
 戸惑うようなレキを前に、颯唏サツキはふと、思わずにはいられない。姉は、惜しい人を逃してしまったな、とも。
 颯唏サツキレキの戸惑いを吹き飛ばすかのように、おどける。
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